それから僕は丸3日間、次々と現れる同級生達と酒を飲んで過ごした。そして3日目の朝遅く、高くなった日の光を浴びて目を覚ますと、友人達の酒に疲れた寝顔が間近にあった。すえた酒の臭いから逃れるようにトイレに行き、ポケットの中のメモを取り出した。
奈緒子の電話番号を確認。1〜2度口の中で反復してみた。電話を掛ける、指定された場所に行く、顔を合わせる、そして‥‥‥。その一連の行動がやがて僕自身によって起こされていくものだとは、とても思えなかった。ただ、中華料理屋裏の一室で天井を見つめ、奈緒子と会う瞬間を夢想していた時よりも激しく、胸は高鳴った。大きく息を吐き、窓の外に広がる畑とその向こうの真新しいアパートを眩しく見つめた。駅へと続く道はその向こう側にある。畑の中を真っ直ぐに歩いて行く若い女性の後ろ姿に奈緒子を重ねていたのか、彼女が振り向くと、ふと身を屈めてしまう。心の在り処がどうもわからない。
トイレのドアが叩かれる音に我に帰ったようにチャックを上げるのと、「柿本〜!大丈夫か〜?」と大きな声を掛けられたのはほぼ同時だった。
「大丈夫やけど〜」とドアを開けると、瀬野が立っていた。
「お前、吐いてるんじゃないかって宇沢に言われて来てみたん‥‥」
瀬野はそこまで言って吹き出した。人指し指を下の方に突き出している。
指の先をたどるとそこは、今上げたばかりのチャックだった。洩らしたのかな、と慌てて押さえると、瀬野はさらに大きく吹き出した。
「お前、元気だな〜。‥‥‥よくしまえたな〜」
言われて初めてジーンズの違和感を感じた僕は、みるみる顔が紅潮していくのを感じた。
「朝やしなあ。日に当たったしなあ。‥‥俺、大丈夫やで」
「そりゃあ大丈夫だろう。元気そうだしなあ」
先を部屋へと歩きながら、瀬野の背中が笑っている。部屋に戻るとからかわれるんだろうなあ、と僕は覚悟した。そしてその時は、奈緒子の電話番号を書いたメモを落としていることに気付いていなかった。
2〜3歩遅れて部屋に戻ると、ちょうど瀬野の宇沢への耳打ちが終わろうとしているところだった。横たわったままこちらに首を捻った宇沢の目が笑っている。
「俺、元気らしいわ」と言うと、「元気過ぎる!‥分けてくれ〜!」と宇沢は、身体を反転させて笑った。
その大きな笑い声に、壁にへばりつくように寝ていた清水が跳ね起きて、「ダメだ〜」と転がるように部屋を出ていく。
「あいつ、お前と違って元気ないみたいだなあ」
宇沢がもう一度身体を反転させて僕を見るや、また笑った。つられるように瀬野が、そしてついには僕も、笑いに巻き込まれていった。
ひとしきり笑い終わった頃、「久しぶりに胃液吐いちゃったよ」と清水が帰ってきた。その指にひらひらと紙切れが揺れている。
「誰か落としてたぞ」とかざされた紙切れに、慌ててジーンズのポケットを探ろうとした僕に「お前のか〜。大事そうな電話番号をトイレに落としちゃダメだろう」と、殊更にひらめかせる。
「ちょっと見せろ」と急いで手を延ばした僕よりも速く奪い取った宇沢が、メモに目を通しながら部屋の中を逃げ回る。
「あれ!?この奈緒子って、下級生の?あの福山奈緒子か〜?」
宇沢の大きな目がさらに見開かれ、僕の方に向けられる。同時に他の二人の歓声が上がる。「え!?福山奈緒子〜!?」
いつも話題になっている名前を意外なところで目にしたらしい三人の驚き方に僕はたじろぎ、ただただメモを宇沢の手から奪い返そうとした。
「わかった、わかった!そんなに引っ張ったら破れるだろう。返してやるから!‥‥ちょっと話聞かせろよ。なあ!」
宇沢の声に瀬野が「それは聞きたい!」と言うと、清水は大きく頷いた。
つづきをお楽しみに~~。
Kakky(柿本)
第一章“親父への旅”を最初から読んでみたい方は、コチラへ。
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第三章“石ころと流れ星” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。
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