昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

石ころと流れ星  49

2012年01月25日 | 日記

封筒を開けては閉め、閉めては開けて、久しぶりの朝寝坊をした。開けたままだった低い窓ににじり寄り外を覗くと、いきなり瓦の照り返しが目を刺した。まだ夏の日差しが続いている。すっきり目覚めたはずの頭が、気だるく淀んでいく。眠りに落ちる直前ふと浮かびなかなか消えることのなかった「東京に行く前にディキシーに顔を出してみようかな」という想いがまた浮かび、うっすらと漂っている。何かが身体の中で胎動を始めているようだ。それが何から生まれてきたものなのか、どのような姿で生まれてこようとしているものなのかを、僕は考えようとした。汗で少し湿った布団に転がり目を閉じると、瞼の裏に様々な映像が次々と浮かんでは消えていった。

上村が赤ヘルと白ヘルの集団に襲われている夢で目覚めると、布団がぐっしょり濡れていた。枕元の時計は、午後2時を差している。急がなくては‥‥

井戸の残っている中庭で身体を拭き、数通の返信されてきた手紙と下着一枚、読みかけの文庫本2冊をビニールバッグに入れ、封筒をジーンズのポケットに捻じ込んだ。東京三人組からのアドバイス1万円札一枚はソックスに入れておいた方がいいぞは、無視した。そして午後4時過ぎ、逃げ出すかのような素早さで、僕はもう新幹線ひかりに乗っていた。

夕闇迫る東京駅は、さして僕を驚かせることはなかった。しかし、そこから友人達が最も多く暮らしている小田急沿線への道程には驚くことばかりだった。

どこへ行こうとも途切れることのない人の群れ、それを次々と吐き出し吸い込んでいく列車の列、林立するビルとその窓という窓から煌々と漏れてくる光、時折眼下に現れるヘッドライトの途切れることのない流れ‥‥。そこに、田舎ではいつも身近にあった人の営みは感じることはできなかった。

「まず中央線の快速、一番端のホームからオレンジ色の電車に乗れ。で、新宿で降りて、次は小田急だ。今度は青いラインの入った電車だからな。各駅停車に乗るんだぞ。で、豪徳寺という駅で降りてくれ。俺が待ってるから」

東京駅から電話して指示を受けたとおり、新宿で降りた。降ると突然、西口広場を見てみたくなった。こんなにも多くの人が行き交う、こんなにも生活感のない、広くて狭苦しい街で、果たして本当に若者の力は結集したのだろうか。結集した力の痕跡は残っているのだろうか。匂いは?名残りは?

かつて新聞配達の仲間だった、自衛隊から逃亡した男が浮かんだ。新宿西口広場の名前を口にする時の彼の紅潮した顔も浮かんできた。と同時に、小学校の運動会で旗持ちをしている時に、徒競走を走り終えて旗の後ろに並ぶ下級生達の顔が思い出された。

駅員から聞いた道順に新宿駅構内を移動した。二度、人にぶつかった。警察官を4人見かけた。次第に、ディキシーでの会話や、今突入しているはずの大学のストライキや、それらに関わり切ることもなくふわりと旅に出た僕が、ちんまりと小さくて身勝手な存在に思えてきた。ちょっぴり切なく、大いに虚しかった。

ひょっとすると、僕が忌み嫌っていた東京的なものとは、こうした虚しさを植え付けられた多くの人々を、巧みに使ってやろうとしている存在かもしれない、と思った。

そう考えると西口広場さえ、虚しさに行き着く道標のように思えてきた僕は、くるりと踵を返した。とにかく、この旅行を楽しんでやろうと決めた。友達が駅で待ってくれているじゃないか。それに、奈緒子だって、きっと。

つづきをお楽しみに~~。

                      Kakky(柿本)

第一章親父への旅を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第二章とっちゃんの宵山を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第三章石ころと流れ星を最初から読んでみたい方は、コチラへhttp://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/14d4cdc5b7f8c92ae8b95894960f7a02


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