昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―⑯

2017年02月17日 | 日記

僕たちは準備を始めた。大沢さんの部屋にそれぞれのタオルと着替えを用意。日頃の会話に、それとなく「今度一緒に銭湯に行かへんか?」という言葉を混ぜるようにした。その言葉に、みんなが楽しそうに反応することも忘れなかった。

そして、7月に入って間もなく、努力は報われた。

僕が、午後の激しい夕立に汚れた足を表の水道で水洗いしている時だった。

「ひどい夕立やったなあ」

バイクを止めたカズさんが、声を掛けてきた。チャンス到来だった。

「暑いし、夕立やし。ビショビショのドロドロですわ」

玄関戸を開け、大沢さん、桑原君、とっちゃんが揃っているのを確認しながら、後ろのカズさんに大声で言う。桑原君が中から返してくる。

「僕もやわ~~」

「今日は特別やなあ。雨も、最初は涼しゅうなってええわ、思うたんやけどなあ。えらいひどうなって。なあ、とっちゃん」

大沢さんが続く。

「あれはあかん。あれはあかんわなあ。こっちは新聞抱えてるんやからなあ。あんないっぺんに降ったらあかんで」

尖った口先から抜いたタバコが半分折れて指に残り、慌てたとっちゃんは火の点いた半分を振り落とす。

「タバコ落としたらあかん言うてるやろう」

おっちゃんに注意される。

「ほら、これや。わしが怒られたがな。タバコが濡れたんかて、雨のせいやっちゅうのに」

いささか不満げなとっちゃんに、大沢さんがすかさず声を掛ける。

「みんなでさっぱりしに行こうか。どう?」

僕はタオルで頭を拭いていた手を止め、桑原君の同意を誘うふりをする。

「たまにはみんなで銭湯に行くのもええなあ。なあ、とっちゃん」

桑原君がとっちゃんに声を掛ける。

大沢さんと桑原君、二人の不自然なくらいの自然さが可笑しく、僕は少し顔を背けてしまう。

「栗崎君、どうや?」

桑原君が僕をちらりと見る。

「行こう、行こう!」

慌てて応え、それとなくとっちゃんの様子を窺う。とっちゃんは次のタバコに火を点けている。

大沢さんはその様子を見て、2階に駆け上がっていく。

「タオルだけでええか?」

すぐ駆け下りてきた大沢さんの手にはタオルの束。

「行こうや、とっちゃん。えらい汚れてるで」

大沢さんからタオルを受け取った桑原君は、とっちゃんを見上げる。

とっちゃんのズボンとシャツの汚れ方は尋常ではない。

「わしも行った方がええやろなあ、今日は。汗と泥でえらいことになってるもんなあ」

とっちゃんのその言葉を耳にした瞬間、今度は僕がとっちゃんに声を掛ける。

「そうしようや、とっちゃん。たまには一緒に行くのもええんちゃう?」

すかさず桑原君が、念を押す。

「みんなで行くんやったら、いつもとっちゃんが行ってる銭湯が近くてええんちゃう?大沢さん、そうしませんか?な!とっちゃん、連れてってくれるか?」

とっちゃんは、ついにうれしそうに胸を張る。

「おっしゃ、わかった!連れてったるわ~~」 

とっちゃんに案内された“松の湯”は、販売所から数百m東へ行き北山通りから2~30m北へ上がった所、まだ農地の残る新興住宅エリア、新築アパート群の一角にあった。

僕たち3人は“松の湯”の前でとっちゃんを待った。“おっさん”にいよいよ会えることに、気分は高揚していた。

30分近く僕たちを待たせ、とっちゃんはやってきた。ランニングシャツとショートパンツ姿、胸には青い洗い桶。洗い桶の上には白いタオルが乗っている。

「いかにも、いうスタイルやなあ」

桑原君はそう言って笑いを押し殺したが、僕はとっちゃんのひと際白いランニングシャツとタオルに母親の存在と愛情を感じる。

「さ、行くで~~」

僕たちの前を通り過ぎざま声を掛け、とっちゃんは顎をしゃくった。

                  Kakky(柿本洋一)

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