とっちゃんを連れて相談カウンターへ。係員の目が量るようにとっちゃんに鋭く注がれ、すぐに緩む。緊張に引き締まったとっちゃんの横顔は、常識をわきまえた男に見えなくもない。
申し込み書類に書き込むよう誘い、耳元に小声で指示を出す。
「なに?ここでええの?ここか?」
とっちゃんの大きな確認の声が僕の気遣いをかき消す。係員が皮肉な笑みを向けてくる。睨み返したい気持ちを抑え、なんとか申し込み種類を書き終える。
とっちゃんの誕生日が僕とわずか2日違いであること。お母さんがまだ40歳になったばかりであること。一人っ子であること。などを確認。
係員が書類をチェックしている間、とっちゃんの暮らしや親子関係をぼんやりと思い描く。あまり日の光の差しこまない、奥に和室が見える板の間に卓袱台が一つ。端に置かれた水屋の前に立つ若いお母さんが、卓袱台の脇に座っているとっちゃんに、お使いを指示している……。そんな光景が浮かぶ。
「どうしますか?今日、顔出してみるんやったら、これから電話しとくけど…」
係員の声に不意を突かれ、「そうします!」と即答する。同時に、思い浮かんだとっちゃんの家族の光景は僕自身の幼い頃のものだったことに気付く。とっちゃんの面倒を見る、と思い込みながら僕は、実は僕自身の心のケアをしていたのかもしれない。とっちゃんのためにとっちゃんと行動するということは、行動することができてない僕自身の行動欲求の代償行為かも知れない、とも思った。
「いいよね、とっちゃん。すぐ行った方がいいよね。行こうね」
自分も納得させようとする気持ちが、言葉にまで表れる。
「ええで。行こうか」
書類を書き終え、一仕事終わった気分のとっちゃんは、いつものようにどこか他人事だ。壁の時計を見ると、まだ11時にもなっていない。お昼の忙しい時間帯を迎える前に行けば、一気に片付く。歩いて30分もかからない距離のはず。電話連絡をしてもらい、これからの訪問を了承してもらえるようなら、すぐに向かうことにした。
「まあ、行ってみて。あかんかったら、またおいで」
電話で了承を取ると、係員は手で払うように僕たちを出ていくよう促す。気付くと、僕たちが来た時よりも所内は混んでいた。数人のグループもやって来ていた。思わず、“おっさん”の姿はないか、探した。が、いなかった。
蕎麦屋の名前と住所を再確認。「新京極を北から南へ歩いてると、見つかる」という説明だったので、安心して出発した。
「店の名前、何やった?」
店名を憶えさせようと同じ質問を繰り返しながら、僕たちは急いだ。
「店の…」と言っただけで、「ショウアン!」と答えが返ってくるようになって、初めて僕はとっちゃんが即決した理由を聞いた。
「蕎麦屋、珍しいやん。うどん屋はようけあるけど、なあ。場所もええしなあ」
な~~んだ、と思いつつも、きっかけはそんなものでいいのだろう、とも思った。
“松庵”に着いたのは、11時半を少し回ったところ。店内はお昼の慌ただしさに突入しかけていた。
手拭いを禿頭に巻いた店主は、「兄ちゃんか?いくつや?」と書類を出した僕に声を掛け、汗を拭った。
「いいえ、彼なんですけど…」
頭を下げ、そのまま後ろを振り向き、とっちゃんを掴まえて前に押し出す。
書類ととっちゃんを交互に2~3度見ていた店主は、「そうか~~」と吐息混じりに言った後、頭の手拭いをくるりと外し顔を拭ったかと思うと、「よっしゃ、とりあえず、これから働いてみるか」と言って、とっちゃんの肩を抱き込むように奥へ連れて行こうとした。
とっちゃんの拉致されそうになった子供のような目に、「これからですか~~?」と声で追いかけると、「出前やからなあ。地図あるし、近所やし、すぐできる、て。すぐできる。なあ、せやろ?」ととっちゃんの顔に念を押す。
出前という言葉に安心したのか、とっちゃんはこくんと頷いた。
「兄ちゃんは、帰ってええで。これから忙しゅうなるし。大丈夫やから。なあ」
僕は、とっちゃんの頭がもう一度頷くのを見て、「じゃ、よろしくお願いします」と帰ることにした。
店主の率直な人柄には安心と好感を抱いたが、予想もしていなかった展開ととっちゃんを奪い取られたよう感覚に、妙に心許ない気分だった。
*月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。
もう2つ、ブログ書いています。
1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと、ペットのこと等あれこれ日記)
2.60sFACTORY活動日記(オーセンティックなアメリカントラッドのモノ作りや着こなし等々のお話)
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