意欲のなさをその横顔に露わにしながら、怠惰な動きで“おっさん”は作業を続けていた。屋台を完成する頃には、沈み始めている陽は落ちてしまい、とっぷりと暗くなってしまうのではないかと思わせるほどだった。道路脇の提灯が集蛾灯のように人を引き寄せ、辺りはこれから混雑を極めていく予感に満ち満ちていた。
「もう、帰ろう」。人混みと暗さに“おっさん”の姿も見えにくくなったので、僕はとっちゃんを帰路へと誘った。
「あ!」。とっちゃんが、小さく声を上げた。背伸びして見ると、“ぽっこり”の姿があった。サックスブルーの長袖シャツを着ている。
「あ!」。今度は僕が、思わず声を上げてしまった。“ぽっこり”が“おっさん”の頭を叩くのが見えたからだった。とっちゃんは生唾を飲み、僕は顔が上気していくのを感じた。見てはいけないものを見てしまった気分だった。早く帰るべきだったと後悔した。
「とっちゃん!帰ろ!」。声を押し殺しながら、強い声で言う。とっちゃんは、帰るそぶりを見せながら、僕に訴えるように言った。「さっきも、はたいてたんや、“おっさん”を」。
突然立ち止まった理由がわかった。とっちゃんにとって絶対に近い存在だった“おっさん”が頭を叩かれているのをとっちゃんは遠くに見たのだ。しかも、叩いたのが、“おっさん”の子分とも言うべき“ぽっこり”だとは……。
僕はもう一度「帰ろ!」と言い、とっちゃんの腕を引いた。彼らに近付かないよう向きを変え、御池通りを南へ渡った。鴨川べりに出て北上しようと思ったのだった。
とっちゃんは素直についてきた。しかし、御池橋の袂で鴨川の河川敷に降りると、また立ち止まった。僕を窺う目つきが何か言いたそうだ。
“おっさん”たちの相関関係の図式が崩れ、僕の頭も混乱していた。小さな怒りが湧き上がって来ていた。僕は「ちょっと座らへんか?」と、とっちゃんを鴨川の護岸まで連れて行った。
いつもの夕暮れよりもたくさんのカップルが、打ち合わせたかのように等間隔で座っている。やむなく御池橋の下で川の近くまで降り、二人並んで座った。
「びっくりしたなあ」。軽い調子で言って、とっちゃんの肩を叩いた。「………」。叩いた手をそのまま肩に置き、「な!びっくりしたなあ」と、今度は小さく揺すってみた。
すると、揺すった僕の手にとっちゃんの身体の小刻みな震えが伝わってくる。「な!」「な!」と顔を覗き込むと、とっちゃんの目に涙が浮かんでいる。
「わし、泣いたことあらへんねん」と、いつも顎を上げて言っていたとっちゃんだ。余程のことだろうと思いつつも、その理由がわからない。質問攻めにするのも可哀想だと思い、僕は肩に手を置いたまま待つことにした。後ろを通って行くカップルや女性たちの楽しげな風情に、恥ずかしさが募った。
4~5分も経っただろうか、とっちゃんがやっと口を開いた。「“おっさん”、嘘つきなんやもん!」という怒りの言葉から、それは始まった。“おっさん”がとっちゃんに繰り返していた忠告と、最後の銭湯の夜、とっちゃんと交わした約束の話だった。
*月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。
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1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと、ペットのこと等あれこれ日記)
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