昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第二章:1969年:京都新聞北山橋東詰販売所   とっちゃんの宵山 ⑰

2011年01月01日 | 日記

天井の木目を漫然と見つめている間に、眠りに落ちた。目覚めると、午後3時を回っている。空腹を抱えたまま、販売所へと急いだ。ジーンズとチェックの半袖シャツを自転車の籠に突っ込み、洗いたてのスニーカーを荷台のゴムに挟んでおいた。

 

真夏の日差しが照りつけていた。配達エリアのお屋敷の何軒かでは、お手伝いさんと思しき女性が庭や玄関先に水を打っていた。生温かく立ち昇る土埃の匂いを走り抜けると、少年時代に誘い込まれるようだった。日曜の夕刊配達の時にいつもオルガンの音が漏れてくる洋館の高い窓から、端正なメロディが流れてくる。立ち止まり耳を澄ませて、また走る。小学校の校庭を走っている気分だ。

「こんにちは~~。祇園さん日和やね~~。いつも、ご苦労さん~~」。

顔を合わせると声を掛けてくれる女性の声に、「こんにちは~」と頭を下げる。顎と眉から汗が滴る。

 

「お!気合入ってるんちゃうか~~、今日は。ごっつう早いんちゃう?」。販売所に帰るやいなや、“おっちゃん”にからかわれる。

階段に目を向けると、とっちゃんの足が見える。僕が着替えを置いたために、いつもより上の段に座らざるを得なかったようだ。着替えを汚されては、と取りに行くと、「お帰り~~。早かったな~~」と上から声を掛けられた。その恰好は、着替えたとは思えないほどいつも通りだ。

「とっちゃん、着替え持ってきた?」と訊くと、「え?!これじゃ、あかんか?」と意外そうに首を傾げる。

「う~~ん」と判定するように足元から胸元まで観察。「いつもと変わらへん……」と不満を言おうとしていると、「お風呂、入って行き~。用意してあるし。とっちゃんは、もう入ったんやで」と“おばちゃん”が顔を出してきた。

「ありがとうございます。そうさせてもらいます」。

お礼を言う間もなく、「汗付いたらあかんし、持って行っとくし。な」と僕の着替えは“おばちゃん”に運ばれていく。

「そこ、通って行き。足は気にせんでええからな」。

“おっちゃん”の指示通り、カウンター脇から事務所へ。事務所から居間へと抜けて行く。途中まで一緒に来た“おっちゃん”が、小声で「格好のことは、勘弁したって。な」と目配せをする。僕はやむなく「わかりました」と、風呂場へ行った。

初めて見た“おっちゃん”と“おばちゃん”の居間は広く、奥の方には蚊帳が吊られたまま。寝乱れた布団もそのままだった。通り抜けると、開け放った外廊下。その向こうには、手入れされた広い庭があった。

外廊下を左右に見ると、右に二階へと続く階段。左に風呂場への入り口。その向こうにトイレの入り口が見える。

「夜中にトイレ行くの、気い使うでえ」と苦笑いしていた大沢さんの言葉の意味が分かったような気がした。

入り口で待ち受けていた“おばちゃん”からタオルを受け取り、引き戸を開けて風呂場に入る。湯船に入らずお湯をかぶり、簡単に身体を洗う。早く宵山に行きたいわけではなく、嫌な予感がしてならず、気が急いた。

案の定、“おばちゃん”が声もかけずに三度も引き戸を開けてきた。「石鹸、あったか?」「下着、“おっちゃん”のやけど、置いといたし。使ってな」「あんた、カルピス嫌いやない?そうか~。好きか~~。入れといたるからな。上がったら、飲み」。

覗く度に長くなっていく台詞と好奇に光る眼に、僕は思わずタオルで身体を隠したほどだった。

急いで着替え、“おっちゃん”と目を合わせないようにしながら階段下まで戻ると、とっちゃんが待ちかねたように大きな声を上げて立ち上がった。

「さ!行こうか~~~。ガキガキ~~~」。僕には、獣の雄叫びのように聞こえた。

 

*読んでいただいている皆様。明けましておめでとうございます。本年も、よろしくお願いいたします。

*新年も、月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。

 

もう2つ、ブログ書いています。

1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと、ペットのこと等あれこれ日記)

2.60sFACTORY活動日記(オーセンティックなアメリカントラッドのモノ作りや着こなし等々のお話)

コメントを投稿