いつもジャズが流れている和食屋に戻る。
「親父さん?大丈夫なの?」という友人の質問に時計を見ると、20分近くが経過している。「うん…。再発したらしいんだよね」とおおまかに説明する。心配する彼に「ま、詳しいことは、帰って医者に聞いてみるよ。…それより、そっちの話だよ」と、話題を本題へと移す。
ITの先端技術を武器に、数人の技術者集団で起業して1年。ヴェンチャー・キャピタルのIT関連への投資意欲が冷え切ってからの起業だったこと。技術者集団の技術分野が重複していたこと。それぞれの技術と思惑を巧みに織り込んでいく人材が欠けていたこと……。わずかの期間に問題は山積し、資金の枯渇も深刻になっていた。
「もう、俺の力ではどうしようもないって気がしてるんだよね。この仕事に未来があるのかなあって気もするし……。正直、明るくはないと思うんだよね。でまあ、袂を分かとうかと思ってさ」。彼の話に希望はない。辞職どころか、これまでの実績とキャリアさえ捨ててしまいかねない勢いだ。デザイナーから運送業に転身した友人やカメラを売り払ったカメラマンを、僕は思い出す。
「方法はまだある、と思うけどなあ」と、僕は彼の激励を始める。
「技術の使い方と使われ方を、もっと考えてみたら?例えば、ユーザーやクライアントとピアグループを構成してみるとか、さ」……。持論を展開していく。が、空しい。
親父が頭をかすめる。誰の暮らしも、その底流は黒く淀んでいる。それが時々顔を覗かせ、平穏というものがいかに危ういものかを知らしめる。そしてそれを気付かされた誰もが、平穏のために戦う必要のあることを悟り気持ちを引き締める。僕の楽天などは、いつもそこにある危険に対する盲目に過ぎないのかもしれない。
「これからはカスタマイジングだと思うんだよね……」と、話だけは進んでいく。焼酎の瓶が1本、空っぽになる。友人の顔は穏やかに緩んでいる。僕はやっと、彼が望んでいたのは会話だったことに気付く。彼の心は決まっているのだ。
話し始めて2時間後。「次、行こうか!」と立ち上がる。「よし!」と、彼も立ち上がる。1本半の焼酎が、僕たちを“なんとかなるさ”の方へ、ゆらゆらと歩ませていく。
しこたま飲んで歌い、明け方近くに事務所に戻った僕は、朦朧とした頭のまま帰省の段取りを決めた。3回目となる帰省は、親父の第1回目の制癌剤投入にタイミングを合わせることにした。
親父の説明によると、制癌剤を体内に定期的に入れるためのパイプの挿入に、まずは手術入院が必要で、その後も月に1回の制癌剤治療入院が必要になるとのことだった。
その第1回目であれば、現状と今後を詳細に聴くことができるはずだ。明解に帰省する必要のあることがあれば、「何もすることないけえ、帰らんでええで」ということにもならないだろう。
もう2つ、ブログ書いています。
1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと等あれこれ日記)
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