昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章:1970~73年 石ころと流れ星   17

2011年05月16日 | 日記

僕の大きな叫び声に三枝君は僕の頭を抱え込み、「気付かれたやないか~~!」と潜めた声に力を込めた。

「何しとんねん!」

その姿を諍いと見た小杉さんたちが近付いてくる。三枝君は慌てて僕の頭から腕を放した。が、遅かった。

「こんなとこでエネルギー無駄にせんでもええやろ~~」

一升瓶を持った影も駆け寄って来て、瞬く間に僕と三枝君の周りに全員が集合することになった。

「なんでもないですから。心配せんといてください」

三枝君はそう言って僕の頭をわざとらしく撫でながら、「な!な!な!」と顔を覗き込む。まるで子供の喧嘩の仲裁に親が駆け付けたかのようだ。僕はぴょこりと頭を下げ、三枝君の言葉に同意を示しながら、黒ヘル集団の暴力への対応の早さと結束力に、小さな恐怖を感じていた。

「ま、そやったらええけど。………酒も到着したみたいやから、飲み直そうか」

小杉さんが一升瓶を受け取り、栓を抜く。

「ほな、僕ら、帰りますわ」

ロマンティック兄弟が、栓を抜く音にタイミングを合わせるように小杉さんに挨拶し、次いで、僕と三枝君に近付いて来る。そして、

「ロマンは語るもんちゃうからな!行動するもんや。喧嘩しても、血い流してもええんや。ロマンを求めてのことやったら。……な!」

と、僕と三枝君の肩を兄弟で手分けするようにして叩いた。見上げると、目と目がとぶつかった。柔和で賢そうな笑顔に似合わないほど冷たい目だった。思わず目を逸らすと、二人は寄り添うように歩き去って行った。

茫然と見送る僕に、「なかなか凄い奴らやろ~~?」と小杉さんが後ろから話しかけてくる。振り向くと、小杉さん越しに京子の笑顔があった。嵐山の花火大会は終了したのか、微かに聞こえていた花火の開く音もなくなっていた。そろそろ潮時かな、と思ったが、帰ることのできる状況ではなかった。覚悟を決め、僕は次々と注がれる酒をあおり続けた。

 

息苦しさに目覚めると、裸の上半身にバスタオルがへばりついていた。首を巡らせると、開け放った天井の低い小さな窓から、低い屋根が連なって見える。京都市内、町屋の2階、誰かの下宿だと思える。僕は窓辺に寝ていたようだ。身体を右に回転させるとすぐに、誰かの腕にぶつかった。酔いの残った目にも、汗で湿ったその腕が男のものだというのはわかる。少し安堵しながら上半身を起こす。頭の芯がうずいている。

4畳半程度の部屋を見回すと、隣で口を開けて眠っている三枝君の向こうに、俯せの女性が一人。その向こうには、敷布団として使われた形跡のある掛布団に、誰かが寝ていた痕跡が見えた。

事態が呑み込めない頭に、小杉さんの独壇場となった時間が蘇ってくる。

「愛は組織の接着剤だ。憎しみが組織の力だ。」という言葉を口にした時の得意満面とした表情に嫌悪感を覚えたあたりから、僕はおそらく正体を失っていったのだろう。

ロマンティック兄弟二人を「優れた闘士だが、それは使い勝手のいい兵隊を意味するに過ぎない」と小杉さんが評した時に、僕は怒りから何かを叫んだ記憶はあるが、もどかしかったことしか思い出せない。

「起きてたの~~?大丈夫?」

三枝君から耳にした“リクルーター”という言葉にまで記憶を遡らせた頃、トントンと階段を上がってくる音がした。顔を覗かせたのは、和恵だった。和恵の下宿に4人で上り込んでいたらしい。

少女のようにバスタオルを胸元に当てた僕に、「何回も吐いたからねえ」と和恵は心配そうに部屋に入り、敷布団になっている掛布団の上に座った。僕はその時やっと、ジーンズを穿いてないないことに気付いた。

「ゲロまみれやったんよ~~、シャツもジーパンも。脱がせるの大変やったんやから~~」

眠っている二人越しに微笑みかける和美に、「で、そのゲロまみれのシャツとジーパンは?」と訊くと、「俺がゲロだけ流して、和美さんに渡した」と三枝君が目を閉じたまま、口を挟んできた。彼のボタンを外した胸には汗の粒が光っていた。

 

*月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。

もう2つ、ブログ書いています。

1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと、ペットのこと等あれこれ日記)

 2.60sFACTORY活動日記(オーセンティックなアメリカントラッドのモノ作りや着こなし等々のお話)


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