昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第二章“とっちゃんの宵山”(短期集中再掲載)  5.“おっさん”とその仲間

2012年09月24日 | 日記

“おっさん”とその仲間

 

何度か、仕事終わりにみんなで銭湯、というパターンに持ち込もうとしたが、失敗した。銭湯に行くにしても、銭湯から帰るにしても、誰かを待つことになるのではないか、というのがとっちゃんが嫌がった理由だった。僕たちの“おっさん”への好奇心は気取られることはなかった。

僕たちは準備をした。大沢さんの部屋にタオルと着替えを用意。日頃の会話に、それとなく「今度一緒に銭湯に行かへんか~~?」という言葉を混ぜるようにした。その言葉に、楽しそうに反応することも忘れなかった。

やがて、努力は報われた。6月中旬、前日の大雨が嘘のようにカラリと晴れた日。まだぬかるみや水溜りの残る道路に汚れた足を水洗いしている時だった。「もう夏やなあ。汗だくや」と桑原君。「ジーパンもびっしょりやし。銭湯行ってすっきりしたいとこやなあ」と僕。大沢さんは少し作戦変更して、「じゃ、銭湯行こうか。すぐ行かへんか」と桑原君と僕に向かって言った。とっちゃんは、ひとまず誘わなかった。

「行きましょか~~」と桑原君が反応。僕をちらりと見た。「行きましょう、行きましょう」と僕が続き、とっちゃんの様子を窺った。

2階に駆け上がった大沢さんが「タオルだけでええか?」と持って降りてきた時、桑原君が「そや。とっちゃんも行かへんか?」と声を掛けた。絶妙のコンビネーションだった。とっちゃんのズボンの汚れ方、汗の掻き方が尋常ではなかったのは、確認済みだった。

「わしも行かんとなあ。汗と泥やもんなあ、今日は」。とっちゃんのその言葉を耳にした瞬間、将棋仲間の僕が念を押した。「そうしようや。いつもとっちゃんが行ってる銭湯が、近くてええんちゃう?大沢さん、そうしませんか?な!とっちゃん」。

ふとバトンを渡されきょとんとした後、自分の行きつけの場所にみんなを連れて行く誇らしさに、とっちゃんは少し胸を張った。「おっしゃ、わかった。連れてったるわ~~」。

 

“松の湯”は、販売所から数百m東。北山通りから2・30mばかり北へ上がった所にあった。農地が多く銭湯を営むには不向きな場所にも見えたが、次々と建築されたアパートの住人にとっては貴重な存在だとも推察された。

僕たち3人は、“松の湯”の前で待った。“おっさん”にいよいよ会えることに、少し気分は高揚していた。後は、突然とっちゃんの気が変わらないことを祈るばかりだった。

30分近く待たせ、とっちゃんはやってきた。ランニングシャツとショートパンツ姿で、胸には青い洗い桶。その上にはタオルが乗っていた。「いかにも、いうスタイルやなあ」と桑原君は下を向き、押し殺した笑いをもらした。

「行こか~~」。僕たちの前を通り過ぎながら、とっちゃんはさりげなく声を掛け、顎をしゃくった。日の光を浴びたその横顔に、桑原君はまた、下を向いて笑いをこらえた。

お風呂は、驚くほどの盛況だった。ざっと数えて25名。湯船も洗い場もざわついていた。先に入って行ったとっちゃんに「おお~、とっちゃんやないか」「とっちゃん、仕事終わったんか?」「今日は、暑かったやろ~~」と次々と声がかかる。

ズヒズヒと笑いながら、とっちゃんは声を掛けてくる人すべてに「“おっさん”は元気でええなあ」「“おっさん”、汗掻いたやろ~、今日は」などと応えながら、湯船に入っていく。

後ろを行く僕たち3人は、顔を見合わせた。「“おっさん”は、“おっさん達”やったんや~~」。桑原君の言葉に、大沢さんと僕は口を半開きにしたまま頷いた。

 

丸刈り頭が白髪交じりの50代と思しき“おっさん”から、20代後半~30代前半と思われる長髪の、お兄さんと呼ぶべき“おっさん”まで、“おっさん達”は4名。30代の2名は、一人がボディビルダーのように筋骨隆々。もう一人は中肉中背で腹が少しぽっこりとしていた。全員が日に焼けた顔をてらてらと光らせている。

桑原君が「土方の“おっさん”たちか~」と小さく呟いた。“長髪”が鋭い目線を送ってくる。「さ、入ろか~~」と大沢さんが声を張り上げる。とっちゃんは“白髪”に近付き、こちらを指差している。

湯船に浸かり、大沢さんに従い頭にタオルを乗せていると、“白髪”が泳ぐように近付いてきた。「とっちゃんの仲間なんやて?」。ほとんど同時に3人で「はい!」と応える。「夕刊終わったんやな。お疲れさん」。人懐っこそうな笑顔が赤い。お湯のせいだけではなさそうだ。

「新聞配達少年……、いや青年たちか~」。振り向くと、湯船の縁に“長髪”と“ぽっこり”が腰掛けている。“筋肉”は洗い場でシャンプーを頭に大量に振りかけているところだ。

「とっちゃんと一緒に来たん、初めてやなあ」。“長髪”の言葉には、小さな棘が潜んでいる。「なかなか時間が合わなくて。……ねえ」。大沢さんが巧みに棘から身をかわしたので、僕たち2人も、大きく頷く。

「こいつがガキガキ~。こいつがグワグワ。この人がザワザワやねん。いっつも話してるやろ~~」。“白髪”の横にやってきたとっちゃんの紹介に苦笑しながら、「どうも~~」と3人揃って頭を下げる。「グワグワって、なあ」。桑原君が僕の横腹を突っつく。

「あんたら、とっちゃん大事にしたってや~」。突っつかれてくねらせた身体をそのまま後ろに捻ると、“長髪”が真顔で見つめている。「とっちゃん、一生懸命生きてるんやからな!」。「まあまあ、この人らも一生懸命生きてはるんやろから。なあ。わしらと一緒やで。な」。“白髪”の腕が突然湯から出てきて、僕の肩に回る。ぎゅっと引き寄せられた瞬間、下から覗き込んだ“白髪”の息の酒臭さに、少し僕は身震いしてしまう。

「おっさん!兄ちゃん、びっくりしてはるやないか。なあ、兄ちゃん。このおっさん、ちょっと“その気”あるさかい、気い付けてや」。“筋肉”がカラカラと笑う。つられるように“長髪”もふひふひと笑う。大沢さんの目に安堵の色が浮かぶ。

 

「同じ労働者階級、仲良うせんとなあ」と、“白髪”に肩を抱かれたまま電気風呂に移動。腰が触れ合わないように気を遣っている僕に、「嘘や。嘘やで。さっきの話」と“筋肉”が笑いながら付いてくる。

気が付くと、身体を洗い終わった“ぷっくり”も電気風呂にやってきている。決して大きくない電気風呂は、8人の男で水も溢れんばかりだ。

「水風呂やし、電気ビリビリ来るやろ。これが身体にええらしんやわ~」と顎まで沈んだ“ぷっくり”。「長く入ってられへんから、ここでいつも話してんねん。なあ、とっちゃん」と“筋肉”。“長髪”は電気風呂が苦手らしく、湯船の縁を掴んでゆるゆると身体を沈めつつある。ふと目に留まったその腕の傷跡が、痛々しいほど大きい。

「兄ちゃん、気になるやろう、その傷跡。生田君、10年ほど前、国会議事堂に突っ込んでるんよ。腕折られたらしいんやわ」。顎から上の顔がやけに大きく見える“ぽっこり”の声は、快活で大きい。少し口に水を含んでぷっと吹き出し、「兄ちゃんたち、学生はん?」と、突然僕たちに近付いてくる。とっちゃんは、好奇心に紅潮した頬を少し膨らませながら、“ぷっくり”と僕たちを交互に覗き込んでいる。

 

大沢さんが「みんな、学生ではありません」と応えると、“ぽっこり”はもう一度鼻まで水中に没し僕たち全員をねめまわしたかと思うと、また口に含んだ水をプイと吹き出し、「そうか~~。学生ちゃうんか~~」と言った。

「二人は浪人ちゃうか?もう一人は、もう大人やもんなあ。何かあるんやろう」。水から上がり横に座った“ぽっこり”に“長髪”が訳知り顔を向ける。桑原君はそんな“長髪”に興味津々らしく、折られたという腕の傷跡と顔を交互に見遣っている。

「僕とグワグワは、まあ、浪人中という感じですかねえ」。頭を掻きながら僕が言うと、“筋肉”が僕の出身地を聞いてきた。「島根県です」と答えると、「ああ、北陸かいな。そら、寒いとこやなあ」と反応した。“白髪”が即座に「アホか!山陰や。山陰言うてもわからんやろうけど…」と口を挟んで笑ったが、僕たちは笑えなかった。

次いで、“筋肉”の故郷自慢が始まった。だが、「高知県なんや、わしは。高知県言うたら、坂本竜馬と横山やすしや!知ってるやろ?」「知ってますよ~~」「あと、鰹と酒。これも知ってるわなあ」「知ってます」と、さっさと終わってしまい、困ったのか“白髪”の話題に切り替えた。

「このおっさんが、現場で一番偉い人やねん。年やからちゃうで~。何でもよう知ってはんねん。なあ、おっさん」。肩を音高く叩かれ少し顔を顰めながら“白髪”は「小さな工務店やってたからなあ」と呟いた。すかさず“ぽっこり”が、「俺の社長だった人や。今でも面倒かけてるけどな」と、また水中に首まで浸かりながら言葉を継いだ。

やむをえず“白髪”は自らの過去に触れたが、言葉少なだった。“白髪”は戦後間もなく、空襲で亡くなった父親の跡を継ぎ、工務店の三代目社長となった。戦後の復興需要と高度経済成長のお蔭で、経営は順調に推移。数人の職人だけだった会社は数十名の社員を抱えるに至った。個人住宅主体だった受注も拡大。ビル建築まで請け負うようになった。そんな折、大手ゼネコンから提携の話が舞い込んだ。

「まあ、要は、下請けにならへんか、いう話や。仕事は約束する、言うんやけどな。わし、人のけつにくっつくのは嫌や、言うてな、断ったんよ。……で、まあ、いろいろあってな。わしが、追い出されてしもうたんや」

詳細は語らなかったが、どうも裏切りにあったようだった。会社を乗っ取られたのではないか、と思われた。“ぽっこり”の悔しそうな横顔に、そのことが窺えた。

“白髪”は咳払いをし、「もう電気はええ。頭がピリピリしてきたわ。出ようか~」と電気風呂を出て振り向き、「兄ちゃんら、まだ身体洗うてへんやろ。ゆっくり洗っといで。脱衣場で待ってたるし。コーヒー牛乳でもおごったるし、な」と、さっさと出て行った。

“筋肉”はウィンクをし、“ぽっこり”は身を屈めて「な!ええ人やろ」と小声で自慢し、“白髪”を追って行った。電気風呂には、僕たち4人と“長髪”が取り残された。

 

僕たちの間に、奇妙な沈黙が訪れた。1~2分は我慢したが、それが限界だった。僕は「大沢さん、洗いましょうか~~」と言って先に出た。大沢さんは付いてきたが、桑原君は“長髪”に話かけられ、電気風呂に残っていた。その時になって、とっちゃんがいないことに気付いた。首を伸ばし探すと、脱衣場にいた。“ぽっこり”に頭を小突かれながら笑っているのが見えた。

僕と大沢さんは、とりあえず身体を洗うことに専念することにした。大沢さんは、シャンプーの合間に「大変だったみたいやねえ、あのおっさん」とだけ、僕に言った。僕は桑原君が気になって仕方なかった。

 

脱衣所に出るとすぐ、僕たち一人ひとりにコーラが手渡された。“白髪”を中心に小さな輪ができた。“白髪”の倒産劇の続きを聞いていると、桑原君と“長髪”が出てきて輪に加わった。“ぽっこり”が目配せをすると、“白髪” は話を中断。「まあ、倒産は経験せんほうがええ、ちゅうこっちゃ」と立ち上がった。

そして、僕に近付き耳打ちするように、「弱いもんを助けよう思うたら、とことんやらんとあかんで。弱いもんは、とことん甘えて来よんでえ~」と言った。なぜ僕に?と目を向けると、顔を大沢さんに逸らし、「自分が傷つく覚悟がいるわなあ」と言葉を添えた。

大沢さんは、「そうですね。僕もそう思います」と2~3度頷いた。とっちゃんは、コーラの炭酸にむせていた。

帰って行く4人を番台まで見送り、コーラのお礼を言って頭を下げた。立ち止まった“筋肉”が脇腹を突っつき、「兄ちゃん、気い付けや~~」と言ってニヤリとした。

 

翌日、晴れ上がった空には真夏の太陽があった。朝刊を配り終わり、玄関脇の水道で洗ったTシャツを絞っていると、とっちゃんが覗き込んできた。

「ガキガキ、なんか悩んでへんかあ?」「え?なんで?」

「出る時、顔に書いてあったで」「……別に、悩みないけどなあ。……今日は暑うてたまらんなあ、思うてるけど。そんなもんやで」

「ほんま?なら、ええけど」

薄ら笑いの顔が引っ込んだ。僕は濡れたTシャツを肩から掛け、ゆっくりと後を追うように中へ入って行った。とっちゃんの勘のよさに驚いていた。

銭湯での小一時間は、確かに僕たちには大いなる刺激だった。販売所に帰ってきた僕たちは、満たされていない空腹感を補うように、大沢さんの部屋で話し合った。それぞれの印象の断片を掻き集め、耳にした言葉をつなぎ合わせ、4人の“おっさん”のなんたるかを論議した。

午後7時を回る頃には、舞台を定食屋に移動。揃って90円定食を注文し、話を続けた。その頃には、話題の中心は、3人がそれぞれに抱える問題意識や希望へと移っていた。初めての食事会であり、やっとできた本格的な自己紹介のようでもあった。山下君を除いて、のことではあったが。

大沢さんは「弱い立場の人を助けたい」と繰り返した。僕は「人の役に立ちたい」と言っては、「方法論は?」「どうやって?」「どんな人の?」と質問攻めにあった。

桑原君は「世の中を変えたい」と意気込み、大沢さんが失笑するとさらに勢い込んだ。「僕たちは、建設には遅過ぎ、破壊には早過ぎた世代なんや。どちらを選ぶか、どちらに付くか、で立場がえらい変わると思うねん。でも、選ばんとあかんねん」と、力説した。

少し閉口気味に聞いていた大沢さんは、桑原君がトイレに立った隙に、「“長髪”の影響ちゃうかなあ。あんな過激な男やったかあ?」と小首を傾げ、残っていた定食を残らず掻きこんだ。帰ろうか、という合図だった。

その夜僕は、長い間天井を見つめていた。言葉や想念が天井の木目や小さな穴を錯綜しながら駆け巡った。しかし、眠れないかなあ、と思い始めて間もなく、深い眠りに入っていた。最後に残っていたのは、半年前に始まっていた淡い恋の終わりの予感だけだった。

                             Kakky(柿本)

次回は、明日9月25日(火)です。

注:第一章はドキュメンタリーです。第二章は経験が元になっています。第三章は、経験を元にしていますが、ほぼ創作です。 人名は、第一章以外、すべて架空のものです。 “昭和少年漂流記”は、第四章か第五章で終わります。


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