の坐すと地と魂の鎭まる地

社や陵、墓所についてや、について勝手氣ままに綴っていきます。

小御門社

2010年07月04日 12時01分18秒 | 関東(栃木、茨城、千葉、群馬)
■境内■
(13th May 2009)



★小御門社★ 千葉県成田市名古屋898

・舊社格は別格官幣社。

・祭は贈太政大臣花山院師賢。師賢は元弘元年(1331)、後醍醐天皇の身代わりに比叡山で討幕の擧兵したが捕えられ、元弘二年に下總國に流されて、その三か月後に三十二歳で歿した(元弘の変)。建武中興の際に太政大臣を追贈され、文貞公の諡号が與えられる。

・建武中興十五社の一。

・明治十年(1877)、住民により師賢を祀る社の創建運動が起こり、明治十二年(1879)、社創建の許可が下り、明治天皇より「小御門社」の社號を賜る。明治十五年(1882)、師賢の墓跡に社殿を造営、同年四月二十九日に鎭座祭、同年六月十四日に別格官幣社に列格した。

・後醍醐天皇の身代わりとなったことから「身代わりの」として崇敬を受ける。

・本社の南方に師賢居館跡がある。


■鳥居■
(13th May 2009)
 


■參道■
(13th May 2009)



■境内■
(13th May 2009)
 


■拜殿、本殿■
(13th May 2009)
 


■拜殿■
(13th May 2009)



■本殿■
(13th May 2009)
 


((コメント))

2009年5月13日

 小御門社、なかなか、立派な森のある社で明治時代創建とは思えない重厚さを持ち合わせたところであった。花山院師賢殿の墓所をこの地にしたのは、館跡の近くであっただけではなく、やはりこの地に感じるものがあったからではないのだろうか。

 ところで、拜殿の写眞の拜殿前面のガラスに女性が二人写ってるんだけど、行った時、他の人いなかったんだけどね・・・ 幽靈? 心靈写眞? 女性の二人連れに氣づいてなかっただけ???



最新の画像もっと見る

post a comment

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。