世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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長い髪のシリク④

2016-07-25 04:23:13 | 夢幻詩語

  4

やがて車は、天国の門を抜け、天国と人間世界の間にある、中津原に差し掛かりました。そこには月のような太陽があって、緑の草原が豊かに広がっていました。山はみな丘のようで、海はみな池のようでした。いろいろな霊魂が住んでいて、毎日不思議な仕事をしながら、中津原の世界を作っていました。

シリクは車の窓から下を見ました。人間に似ているけれど、かわいい目をしていて、ちょっとウサギのような顔をしている、美しい霊魂たちが、緑色の石に触って、不思議な魔法の儀式をやっていました。
ああ、あれは草にやる水を作っているのだ、とシリクは思いました。遠い昔、自分もあんなことをして、水を作っていたことを思い出したのです。

車は中津原をすぐに通り過ぎ、人間世界に向かいました。前方に、青い人間世界が見えてくると、天使たちは、ため息をつきました。なんと美しい世界だろう。あの中で、今も、嘘や悪がたくさん生きていることなんて、とても信じられない。
ヴァスハエルは舵を握りしめました。そして、シリクの方を少し見て、小さなため息をつきました。

空気の精は一層踏ん張って、エンジンを回しました。地球の引力を感じたからです。ヴァスハエルは舵を回し、車をゲルゴマキアに向けました。天使たちは息をつめました。これから向かうところがどんなところか、わかっていたからです。

そこは、大きな大陸の真ん中ほどにある、黒い大地でした。病気にかかった猫の背のような、生える木もまばらな山々があって、川もやせており、人々は石の多い冷たい土を耕して、貧相な麦を育てては、何とか命をつないでいました。盗みをする人間はたくさんいて、ずるいことをして人をだましたり、何も勉強せずに怠けてばかりいる人間もたくさんいました。人間たちはいつも、互いを馬鹿にしあってばかりいて、傷ついて苦しんでばかりいました。そんな人間の心の中には、薄い闇のような嘘の影が霧のようにいつも立ち込めていて、人間の奥にある美しい魂を、窒息する部屋の中に閉じ込めていました。

この過酷な世界で生きなければならない人間の魂に、少しでも美しい真実を食べさせてやるために、ヴァスハエルはゲルゴマキアにやってきたのです。

やがて車は、ゲルゴマキアの中ほどにある、小さな麦の畑の上空に停まりました。青い麦が風に揺れています。ゲルゴマキアの中では、一番まともな農夫の一家が働いて作っている畑でした。ヴァスハエルにはわかるのです。こんなまじめな人間がひとりでもいれば、天使がそこにやってくることができて、人間を助けることができるのです。

車が麦畑の上で完全に停止すると、ヴァスハエルは傍らの席に置いてあった、大きな白い袋に手を触れました。それが人間の嘘の影を入れるための袋なのです。天使たちは心焦りつつ、ヴァスハエルが差し出してくれる袋に手を出しました。シリクは、もう天にも上るような気持ちで、車のドアを開けようとしました。そのときでした。

「おまえはやめなさい!!」
叫ぶが早いか、ヴァスハエルが外に出ようとするシリクを、手で払ったのです。シリクはあまりに驚いて、車の奥に転んでしまいました。
ユヌスとセロムはただ目を丸くして、ヴァスハエルとシリクを交互に見ていました。ヴァスハエルは苦しそうな顔をして、シリクに言いました。

「おまえは外に出てはいけない。みなが嘘の影を袋にためこんで帰ってくるまで、車の中で待っていなさい」

シリクはヴァスハエルの怒りに驚いて、顔を上げることもできずに、車の後ろの席に震えてうずくまっていました。何が何だかわかりませんでした。だがお上の言うことに逆らうことはできません。

「すぐに帰ってくるから、待っておいで」
「おみやげに、おもしろいものがあったら、持ってきてあげるよ」
ユヌスとセロムは、シリクに優しく声をかけて、車の外に出ていきました。ヴァスハエルも、後を空気の精にまかせ、袋を持って出ていきました。

車の中に残って、うずくまったまま、シリクはしばらく泣いていました。なんでお上が自分をはねのけたのか、わからなかったからです。自分もお上の役に立ちたいのに、人間のためによいことをしたいのに、それができないのなんて、とてもつらいからです。

空気の精が、やさしくシリクの長い髪に風を吹きかけました。悲しまないで、愛しているから、と空気の精はシリクに声をかけました。するとシリクは、少し力が戻ってきて、涙を拭きながら、顔をあげました。

「なんでだろう? なんでわたしは、外に出てはいけないのだろう?」
言いながら、シリクは車の窓から外を見ました。麦畑の傍らには、みすぼらしい木の小屋があって、その奥では、灰色の服を着た人間の女が、赤ちゃんに乳を飲ませていました。シリクはそれを見て、思わず愛を送りました。なんてかわいいのだろう。なんて貧しいのだろう。何かをしてやらなくてはたまらない。あんなによい子なのに、あんな暮らしをしているなんて。

シリクは涙を流しました。人間世界とはこういうものなのだ。絶対に、この世界をよくしてやりたい。そのためには、なんだってしてやりたい。ああ、ひなぎくをもっと白くしなくては。そしてひなぎくをこの世界に咲かせるんだ。そうしたらこの世界は、もっと白く、正しく、美しくなって、あの子も、幸せになれるに違いない。

シリクは涙をかみしめながら、心に硬く決めました。


(つづく)




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