昨日に引き続き、今日も冷たい雨の降る生憎の天候となりました。折角咲いた厚木のソメイヨシノも冷たい雨に打たれてしまっていますが、見頃を迎える前に雨に散らされてしまわないことを願うばかりです。
ところで、今日3月26日はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770〜1827)の祥月命日です。
写真はウィーン中央墓地にあるベートーヴェンの墓標です。
ベートーヴェンは40歳頃になった晩年の約15年には全聾となり、さらに神経性とされる持病の腹痛や下痢にも苦しめられていました。そんな中で発表された《交響曲第9番》や《ミサ・ソレムニス》といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は、ベートーヴェンの辿り着いた境地の未曾有の高さを示すものとなりました。
1826年12月に肺炎を患ったことに加え、黄疸も併発するなど病状が急激に悪化したベートーヴェンは以後は病床に伏すこととなり、翌1827年3月23日には死期を悟って遺書をしたためました。病床の中では10番目の交響曲にも着手していましたが、遂に未完成のまま同年3月26日に肝硬変のため波乱に満ちた生涯を閉じました(享年58)。
死因については様々な説がありますが、アルコール性の肝硬変、梅毒、感染性の肝炎、鉛中毒の可能性が提起されています。中でも鉛中毒が有力視されていますが、当時はワインの保存料や手術後の治療薬に重金属である鉛が多用されていたことが根拠とされています。
ベートーヴェンの葬儀は国葬で執り行われることとなり、
その葬儀には2万人もの人々が参列するという異例のものとなりました。この葬儀にはヨハン・ネポムク・フンメルやカール・チェルニー、フランツ・シューベルトといった多数の音楽家たちも参列しています。
さて、そんなベートーヴェンの祥月命日の日にご紹介したいのは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の中でも最高傑作の誉れ高い《弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調》です。
《弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 作品131》はベートーヴェンが他界する前年の1826年に完成させた作品で、《弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調》、《第15番 イ短調》と並ぶベートーヴェン最晩年の弦楽四重奏曲の傑作です。楽譜の出版の際に14番という番号がつけられていますが、実際には15番目に作曲されました(ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は第16番まであります)。
《弦楽四重奏曲第12番 変ホ長調》、《第13番》、《第15番》は依頼によって書かれましたが、この第14番は自発的に作曲されました。そのためか、ベートーヴェン自身の内側からの欲求によって作られた、より芸術性の高い作品に仕上がっています。
この作品はベートーヴェン自身にとっても会心の作であったようで、この曲を作ったとき
「ありがたいことに、創造力は昔よりもそんなに衰えてはいないよ」
と友人に語ったといいます。また、シューベルトはこの作品を聴いて、
「この作品の後で、我々に何が書けるというのだ?」
と述べたとも伝えられています。
初演は、ベートーヴェンが亡くなった翌年の1828年だったと言われています。当時の音楽雑誌には
「音楽を楽しみたい人は、ベートーヴェンのこの作品を聴くべきではない。」
と書かれていましたが、それはこの作品が当時の聴き手によって『一般的に理解できるものではない』と感じられたからでした。
通常、弦楽四重奏曲は4つの楽章で構成されることが殆どですが、この作品はほぼ切れ目のない7つの楽章からなっています。ただ、第1楽章を第2楽章への長大な序奏、第3楽章を第4楽章への序奏、第6楽章を終楽章への序奏と捉えると、4楽章形式になるという見方もあります。
第1楽章は嬰ハ短調の2分の2拍子による自由な形式のフーガ。はじめに歌われる第1ヴァイオリンの2つの動機によって楽章全体が構成されています。
第2楽章はニ長調の8分の6拍子によるロンド形式。いきいきとした主題を持つロンドで、これも副主題がロンド主題から導かれてあまり目立たないなど、自由な形式になっています。
第3楽章はたった11小節しかなく、独立した楽章というよりは次の楽章への経過句のような存在です。アレグロ・モデラートで始まる6小節と、第1ヴァイオリンのカデンツァを中心とした5小節のアダージョからなっています。
第4楽章はイ長調の4分の2拍子による主題と6つの変奏。全曲通じて一番長大な楽章で、全部で32小節もある長い主題が第6変奏まで展開されていきます。
第5楽章はホ長調のスケルツォに相当する楽章ですが、通常のスケルツォのように3拍子でなく2拍子で書かれています。主題は諧謔的で、のびやかなトリオは二度繰り返されますが、ピチカートによる楽器間のやり取りや、コーダにおけるスル・ポンティチェロ(駒の近くを弓で擦ってかすれた寒々しい音色を出す)奏法の部分など、ベートーヴェンが楽器演奏法的にも可能性を見極めようとしている様子が見て取れます。
第6楽章は嬰ト短調の4分の3拍子で、この調(♯5個!)はベートーヴェンの全楽曲の中でも非常に珍しいものです。フランス民謡から取られたともいわれている物悲しいカヴァティーナ風の旋律がヴィオラによって歌われるこの楽章は、最終楽章への橋渡し的性格が濃いものとなっています。
第7楽章は嬰ハ短調、2分の2拍子のソナタ形式。終楽章においてはじめてソナタ形式の登場となりますが、行進曲調の叩きつけるような第1主題がほぼ原形を保ったまま何度も現われるのでロンド形式ともとれます。第2主題は、音階風に歌われる流れるような対比的なもので、コーダはポコ・アダージョになるなど目まぐるしくリズムや旋律が変化し、最後は長調の音で力強く締められます。
そんなわけで、今日はベートーヴェンの《弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調》をお聴きいただきたいと思います。ベートーヴェンが最晩年に完成させた弦楽四重奏の金字塔的作品を、楽譜動画と共にお楽しみください。