昨日の本番から一夜明けて、今日は朝からボンヤリしていました。やはり、弾き慣れない音楽を演奏して、知らず知らずの間に神経を使っていたのだと思います。
ところで、今日5月25日はホルストの祥月命日です。

グスターヴ・シオドア・ホルスト(1874〜1934)は、イングランドの作曲家、編曲家、教育者で、組曲《惑星》が代表作です。
ホルストの略歴等についてはかつて書いたことがありますので、今回は割愛します。そして、今日はホルストの《抒情的断章》をご紹介しようと思います。
《抒情的断章》H.191 は、ホルストが亡くなる前年の1933年に作曲したヴィオラと小管弦楽のための協奏的作品です。約10分ほどの短い作品で、ホルスト最晩年の作品のひとつです。
1932年、ホルストは十二指腸潰瘍に伴う出血性胃炎に見舞われ、これに関連する不調は亡くなるまで散発的に続いていくことになりました。そんな痛みと衰えに苛まれながらも、ホルストは1933年に

当代最高の奏者と評価していたヴィオラ奏者のライオネル・ターティス(1876〜1975)のために曲を書くという、かねてからの構想に手を付けることにしました。
曲は1934年に完成され、ホルストのもとを数度訪れたターティスは作品の解釈の詳細について協議を行いました。初演はBBCのスタジオにおいて、ターティスの独奏、エイドリアン・ボールト(1889〜1983)指揮によるBBC交響楽団によって行われました。
初演の様子はロンドンから放送され、ホルストも病室の中へボールトが設営したラジオからこの演奏を聴くことができました。早くにこの作品を手掛けた奏者たちは曲が禁欲的過ぎて趣味に合わないと感じたようでしたが、ターティスの演奏が完璧だったと考えたホルストは彼に祝意を表しました。
やがて時代が下ると、この作品はホルストの後期作品でも屈指の成功作と考えられるようになっていきました。娘のイモージェン・ホルスト(1907〜1984)も年月を経てこの評価に同意していて、彼女は後にオーケストラ部分のピアノ伴奏編曲にも着手しています。
ヴィオラのカデンツァで幕が上がると、続いてフルートにカデンツァが引き継がれます。やがてミステリアスな弦楽器群の和音にのって、木管楽器群が4/4拍子で書かれているようには聴こえない不思議なメロディを奏でます。
独奏ヴィオラが息の長いメロディを奏でる裏でざわめくオーケストラが徐々に熱を帯びて、一つの頂点を迎えます。そのオーケストラが落ち着いていくと、ヒンデミットが書きそうな無調音楽的メロディを独奏ヴィオラが紡いでいきます。
オーケストラが新たな和音を弾き伸ばしていく中、独奏ヴィオラが24/16拍子という独特なリズムで16分音符を駆け巡らせます。やがてそれはフルートにも受け継がれますが、少しずつ沈静化していきます。
その後、弦楽器群の和音にのって独奏ヴィオラが重音のメロディを奏でていき、2度目のカデンツァがやってきます。その終わりに始めに提示された4/4拍子らしからぬメロディが登場すると、低音弦楽器からオーケストラが静かに鳴り始めます。
それが木管楽器とヴァイオリン、ヴィオラの高音のみに受け継がれながら全曲中で初めて明確なニ長調の和音が奏でられ、その中を独奏ヴィオラが不思議な拍子感のメロディを重音で奏でます。そして最後は独奏ヴィオラとヴァイオリン、ヴィオラのみで美しいニ長調の和音が奏され、

あたかも19世紀のイギリス・ロマン主義を代表する画家であるウィリアム・ターナー(1775〜1851)晩年の絵画のように消えていきます。
そんなわけで、今日はホルスト晩年の傑作《抒情的断章》をお聴きいただきたいと思います。アンドレイ・ヴィトヴィッチのヴィオラ、ハワード・グリフィス指揮によるイングリッシュ・シンフォニカの演奏で、ホルストが晩年に遺したヴィオラのための傑作をお楽しみください。