今日は、勤務先とは別の小学校の放課後子ども教室の日でした。毎回『帰りの歌』を歌ってから帰るのですが、今月の帰りの歌は《里の秋》を歌っています。
《里の秋》は作詞・斎藤信夫、作曲・海沼實による作品です。小学校4年生の音楽教科書に採用されていて、2007年には『日本の歌百選』にも選ばれている有名な歌ですから、ご存知の方も多いかと思います。
現在の教科書には二番までの歌詞が掲載されていて、かつて私もそこまで習いました。その時の個人的な感想は
『いい曲だけど、何だかボンヤリした歌だな…』
というものでした。
その頃、私は祖母の前でこの《里の秋》を歌って聴かせたことがありました。ところが、歌い終えると祖母が
「あれ?三番は?」
と言ってきたのです。
「え?いやだなぁおばあちゃん、この歌は二番までしかないよ。教科書にも二番までしか載ってないもん。」
と私が言うと、祖母はしばらく考えた後で私の知らなかった三番を歌い始めました。そこで私は、強烈な衝撃を受けることとなったのです。
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《里の秋》の詩は、はじめは昭和16年に《星月夜》という題名で四番まで書かれました。当時、戦時下で教員として子どもたちを指導していた斎藤信夫が書いた詩は以下のようなものでした。
ここまでは現在でも知られている内容です(字の下手さと拙い画力については無視してください…)。それに続けて
三、
きれいなきれいな 椰子の島
しっかり守って くださいと
ああ とうさんの ご武運を
今夜もひとりで 祈ります
四、
大きく大きく なったなら
兵隊さんだよ うれしいな
ねえ かあさんよ 僕だって
かならずお国を まもります
といった歌詞が続いていました。
お分かりのように、昭和16年といえば太平洋戦争が勃発した時です。その時に書かれた詩には、三番の「しっかり守って」「ご武運を」や四番の「兵隊さん」「お国を守ります」に、国民の間に満ちていた戦争に対する高揚感が滲み出ています。
ただ、実はこの《星月夜》に海沼實は曲を付けませんでした。おそらく海沼は詩の中にある戦意高揚とは異なる家族愛の情景に、言い知れぬ違和感を感じ取っていたのかも知れません。
そして戦争が終結した昭和20年、南方をはじめとする外国の戦地から続々と引き上げてくる兵士たちに向けて、NHKラジオでは「外地引揚同胞激励の午后」という番組が企画されました。その時、海沼は斎藤に
「スグオイデコフ カイヌマ」
という電報を打ちました。
この頃の斎藤は、戦時下で行ってきた自身の学校教育に対して言いようのない罪悪感と虚無感にとらわれていました。それでもやってきた斎藤に海沼は、
「一番・二番はそのままでいいから、三番・四番の歌詞を復員兵を慰労し励ます詩に改作してほしい」
と依頼します。
この依頼を受けて斎藤が詩を書き上げたのは、なんと放送の一週間前だったそうです。12月24日の放送当日、書き上げた三番を持参すると、海沼は曲名を《星月夜》から《里の秋》に変更するよう提案しました。
その歌詞は
というものでした。
こうして、本来は戦意高揚のために作られた歌が、平穏な家族愛の歌へと大変身して披露されたのです。
外地からの引揚げは、情報が錯綜したり船がなかなか辿り着かなかったりといったトラブルもあって、想像する以上に大変なことだったようです。そういった多くの引揚者に対して里の家族がどんなに帰りを待ち望んでいるかを表現するこの歌を歌ったのは、当時小学校五年生(11歳)だった童謡歌手の川田正子でした。
川田が出来たて覚えたての歌を歌い終えるとスタジオは静まり返り、しばらくして称賛の声と拍手の嵐が起きました。そして放送が終わる前から、
「感動した」
「何という歌だ」
「もう一度聞きたい」
という声でNHK中の電話が鳴り止まず、一時局内がパニック状態に陥ったといいます。
更にNHKには《里の秋》を聴いた人々からの投書が山のように届き、そのことで翌年の正月に始まった『復員だより』という番組で半年間この曲が放送されました。こうした経緯のある曲なのですが、何故か現在の教科書からこの大切な一節は完全に削除されてしまっています。
私は祖母の歌で三番の存在を知って、何だかボンヤリした歌だと思っていた《里の秋》に最後のピースがきちんとはまったような感覚になりました。そして、こんな大切な一節を知らずにいた自分を、子どもながらに恥じ入りました。
思えば私はこの頃から、教科書というものに疑念を抱くようになっていたような気がします。その皮膚感覚のようなものは数十年の時を経て、より強固なものになっていると感じています。
そんな話を、放課後子ども教室の子どもたちは真剣に聞いてくれていました。これからこの歌を習う低学年の子も、かつて習った高学年の子も、こうした大切な事実を知っておいてほしいと願って止みません。
そんなわけで今日は《里の秋》を、初演で歌った川田正子の歌唱でお聴きいただきたいと思います。自分たちの父や兄たちがきっと復員してくるという願いを一縷の望みをかけて信じて待つ、当時の人々の切実な思いが伝わるような本来の姿の《里の秋》をご堪能ください。