共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

耐えられません…

2023年04月30日 19時20分20秒 | 日記
今日は朝から雨が降る、生憎の空模様となりました。そのわりに気温がそこそこ高かったせいか朝から蒸し暑く、Tシャツ一枚でもジットリと汗ばんでくるような陽気でした。

そんな中、今日は前々から知人と食事をする約束をしていたので出かけていました。一年以上ぶりに再会した知人はますます貫禄がついた様子でしたが、挨拶もせずに開口一番

「お前、また太ったか?」

と言われて、ちょっとイラッとしました(#`´)。

知人には申し訳ないのですが、私は正直彼が苦手です。というのも、彼はいわゆる『ドカ食い・クチャラー・マナー無視』の三重苦なのです。

今回も彼は料理が運ばれてきた途端喰らいつき、何なら

『もしかして4〜5日くらい絶食でもしてたのか?』

と思うくらいのドカ食いを披露した上に、恐らく隣のテーブルにまで聞こえるほどにクッチャレクッチャレし始めました。私はこの『咀嚼音』が拷問に近いくらい嫌いなので一気に食欲が失せてしまうのですが、当の本人はそんな私のことはお構いなしにドカ食いを続けていました。

おかげさまで、彼と何を話したのか…そもそも何をしたのかすら覚えていません。ただひたすら、疲れました…。

この場をお借りして宣言します。

「Oさん、悪いけど私はもう二度と貴方と食事はしません…。」

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小田原ジュニア弦楽合奏団第37回公演

2023年04月29日 16時40分45秒 | 音楽
今日は先々帝昭和天皇の誕生日です。決して『昭和の日』などという、もっさりした名前の祝日ではありません。

そんな祝日に、今日は小田原まで出かけました。この時期になると開催される小田原ジュニア弦楽合奏団の公演が、今年も無事に開催されることとなったのです。

今回のプログラムはバッハの《ブランデンブルグ協奏曲第3番》に始まり、芥川也寸志の《絃楽のためのトリプティーク》をメインに据えた公演となりました。ほぼ全て演奏したことのある曲ばかりで、楽しみにしていました。

会場は前回に引き続き



小田原三の丸ホールの大ホールです。晴れ渡った気持ちのいい天気の中を歩いてホールに入ると、既に入場の列ができていました。

今回もプログラムの中程に、一般参加の子どもたちを交えて《パッヘルベルのカノン》を演奏するコーナーがありました。通常クラシックのコンサートは写真撮影禁止ですが、このコーナーだけはフラッシュされ焚かなければ撮影が許可されているので



私もどさくさに紛れて撮影させていただきました(汗)。

歴史ある小田原ジュニア弦楽合奏団も少子化の影響はあるようで、団員の不足が問題となっているようでした。そんな問題の底上げを図るべく、合奏団では『プレ・ジュニア』というシステムを企画して、無経験の子どもたちにヴァイオリンを教えて舞台で演奏させようという試みを進めています。

今回の《カノン》のステージにはそのプレ・ジュニアの子どもたちも参加していて、中には



可愛らしい分数サイズのチェロを弾いている子も見受けられました。また、レギュラーメンバーに転勤前の小学校に通っている子がいるのですが、その子も近くにいる小さな子どもたちをサポートしながら演奏していました。

合間に様々な室内楽のプログラムを挟んでいましたが、それでもバッハと芥川也寸志は大変な曲ですから、彼らの全体での練習量と努力たるや並々ならぬものがあっただろうと想像がつきました。それでも彼らは懸命に演奏をして、終演後には



会場から惜しみない拍手が贈られました。

1986年に発足してから、40年近くの歴史を積み重ねてきた小田原ジュニア弦楽合奏団です。残念ながら発足させたヴァイオリニストの白井英治先生は他界されてしまいましたが、これからも白井先生の意志を受け継いだ子どもたちにアンサンブルを楽しんでもらいたいと思います。

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味気無いよな、世知辛いよな…

2023年04月28日 18時30分18秒 | 日記
今日は、また夏日に迫る暑さとなりました。予め脱ぎ着のしやすい服を着て行ったからよかったようなものの、これからの暑くなる季節が思いやられます…。

今日も今日とていろいろとあった小学校勤務を終えて、小田原駅に向かいました。すると、いつもよりホームに人がいるように感じましたが、特に気にも留めずに、その場に入って来た電車に乗って厚木まで帰ってきました。

すると、改札口の前に



遅延証明書の発行機がお目見えしていました。どうやら私が勤務中だった間に鶴川駅で人身事故があってダイヤが乱れていたようでしたが、私は全く気づかずに呑気に帰ってきていたのです(汗)。

いわゆる銀行や郵便局の順番待ちで使われる発券機と同じ方式のもので、



こんな感じの遅延証明書が発行されるようになっています。夕方だったこともあって取っていく日とはあまりいませんでしたが、それでも何人かが機械の前で足を止めて遅延証明書をもぎ取っていっていました。

恐らくこれは、駅員さんが悪いわけではないのに理不尽に詰め寄ってくる単細胞DQN対策も兼ねているのではないか…とも思います。しかしこんなものまで無機質な機械になってしまったことに、何とも味気無いような世知辛いような気分になってしまったのは私だけでしょうか…。

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今日は《エリーゼのために》が作曲された日〜フォルテピアノによる演奏で

2023年04月27日 15時15分15秒 | 音楽
昨日の冷たい雨はすっかり上がって、今日はいいお天気に恵まれました。今日は小学校勤務が無い日なので、とにかくゆっくりと過ごすことを心がけました。

ところで、今日4月27日は



ベートーヴェンの《エリーゼのために》が作曲された…とされる日です。

《エリーゼのために(Für Elise)》はベートーヴェンが1810年4月27日に作曲したピアノ曲で、『WoO 59』の通し番号をつけて『バガテル第25番』と称される場合もある作品です。因みに、バガテルという名前には『小品』の意味があります。

《エリーゼのために》は1810年に作曲された作品で、



1867年にシュトゥットガルトのルートヴィヒ・ノールが出版した『ベートーヴェン新書簡集』の中で出版されました。上の写真は、その時の初版の楽譜です。

さて、この曲でよく言われるのが

『エリーゼ』って誰?

という問題です。

当時ベートーヴェンの周囲に『エリーゼ』という名の女性が見当たらないために、

「一体ベートーヴェンは誰に向けてこの曲を捧げたのか」

について、これまで様々な説が挙げられています。とりわけ有名なのが、作曲当時ベートーヴェンが密かに心を寄せていた



テレーゼ・マルファッティという女性のために作曲されたというもので、タイトルに書かれた『エリーゼ(Elise)』というのはベートーヴェンが書いた『テレーゼ(Therese)』があまりに悪筆過ぎて読み間違えられたものだ…とする説ですが、他に



後に作曲家ヨハン・ネポムク・フンメルと結婚したエリーザベト・レンケルのことだ…とする説もあって、その真相は現在も不明のままです。

それを置いておいても、この曲は現在でもピアノレッスン中級者たちにとっての人気レパートリーであることに違いはありません。かつて私も練習しましたが、手の小さい人間にとってはかなり酷な曲でもありました…。

そんなわけで、今日はベートーヴェンの名曲《エリーゼのために》をお聴きいただきたいと思います。ロナルド・ブロウティガムによるフォルテピアノでの演奏で、往時の雰囲気をお楽しみください。


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多分ラストの『フレッシュ苺ワッフル』@横浜あざみ野《雫ノ香珈琲》

2023年04月26日 18時18分18秒 | カフェ
今日は朝から雨が降り続く、生憎の空模様となりました。そのため体育の授業は体育館の取り合いになってしまい、使えなかったクラスは多目的室などを使っての授業を余儀なくされました。

気圧が低かったこともあってか、支援級の子どもたちは大なり小なり苛ついていました。学校に到着した段階から泣いて暴れる子や途中から変調をきたす子など様々で、大人たちもかなり翻弄されたのでした。

そんな小学校支援級勤務を終えて掃除を済ませてから、横浜あざみ野の音楽教室に移動しました。そして、いつものように《雫ノ香珈琲》に立ち寄りました。

4月に来るのは今日が最後になると思ったので、今回は



今月限定メニューの『フレッシュ苺ワッフル』をオーダーしました。

お店の看板メニューであるクロワッサン生地のワッフルに旬の『とちおとめ』と自家製苺コンフィチュール、練乳ソースがトッピングされています。昨今は糖度の高い苺がもてはやされていますが、こうしたスイーツには甘味と酸味のバランスのいい『とちおとめ』がよく合います。

今日も美味しいコーヒーと共に、美味しく堪能しました。こちらでの週に一度のコーヒーブレイクは、やはり落ち着きます。
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今日は《ラ・マルセイエーズ》が発表された日〜軍歌からフランス国歌へ

2023年04月25日 18時00分18秒 | 音楽
昨日ほどではありませんでしたが、今日も朝夕を中心に肌寒い陽気となりました。むしろこれが平年並みの気温なのでしょうが、一度夏日を体感してしまったためか調子が狂います。

ところで、今日4月25日は《ラ・マルセイエーズ》が発表された日です。現フランス国歌である《ラ・マルセイエーズ》、または《マルセイユの歌》は元はフランス革命の際の革命歌で、マルセイユの連盟兵(義勇兵)が隊歌として歌って広めたことによって広まりました。

この歌は、

『フランス革命政府がオーストリアへ宣戦布告したという知らせがストラスブールに届いた1792年4月25日から翌26日の夜にかけて、市長フィリップ=フレデリク・ド・ディートリヒ男爵の要望で、当地に駐屯していた工兵大尉クロード=ジョゼフ・ルジェ・ド・リールが出征する部隊を鼓舞するために一夜にして作詞作曲した』

というのが定説となっています。このとき付けられたタイトルは《ライン軍のための軍歌》で、リール大尉はこの曲を当時のライン方面軍司令官ニコラ・リュクネール元帥に献呈しました。

その後、この歌はフランス全土にパンフレットという形で流布され、テュイルリー宮殿襲撃事件の約2週間前にマルセイユ連盟兵がパリ入城したときに口ずさんでいたことをきっかけとしてパリ市民の間で流行しました。このために元々の《ライン軍のための軍歌》という題名ではなく現在の《ラ・マルセイエーズ》という形で定着し、さらに1795年7月14日に国民公会で国歌として採用されました。



因みに現在の《ラ・マルセイエーズ》は7節まで歌詞があり、その全文を載せると


1.
Allons enfants de la Patrie,
Le jour de gloire est arrivé!
Contre nous, de la tyrannie,
L'étendard sanglant est levé!
L'étendard sanglant est levé!
Entendez-vous, dans les campagnes,
Mugir ces féroces soldats?
Ils viennent jusque dans nos bras
Egorger nos fils et nos compagnes!

1.
いざ祖国の子らよ!
栄光の日は来たれり
暴君の血染めの旗が翻る
戦場に響き渡る獰猛な兵等の怒号
我等が妻子らの命を奪わんと迫り来たれり

[ Refrain ]
Aux armes, citoyens !
Formez vos bataillons !
Marchons ! marchons !
Qu'un sang impur abreuve nos sillons !

<リフレイン>
武器を取るのだ、我が市民よ!
隊列を整えよ!
進め!進め!
敵の不浄なる血で耕地を染めあげよ!

2.
Que veut cette horde d'esclaves,
De traîtres, de rois conjurés ?
Pour qui ces ignobles entraves,
Ces fers dès longtemps préparés ?
Ces fers dès longtemps préparés ?
Français, pour nous, ah ! quel outrage !
Quels transports il doit exciter !
C'est nous qu'on ose méditer
De rendre à l'antique esclavage !
(Refrain)

2.
奴隷と反逆者の集団、謀議を図る王等
我等がために用意されし鉄の鎖
同士たるフランス人よ!
何たる侮辱か!何をかなさんや!
敵は我等を古き隷属に貶めんと企めり!

3.
Quoi ! ces cohortes étrangères
Feraient la loi dans nos foyers !
Quoi ! ces phalanges mercenaires
Terrasseraient nos fiers guerriers !
Terrasseraient nos fiers guerriers !
Grand Dieu ! par des mains enchaînées
Nos fronts sous le joug se ploieraient !
De vils despotes deviendraient
Les maîtres des destinées !
(Refrain)

3.
何と、我が国を法で縛ろうというのか!
何と、金で雇われた傭兵共の集団で
我等の誇り高き戦士を打ち倒そうというのか!
我等を屈服せしめるくびきと鎖
我々の運命を支配せんとす下劣な暴君共よ!

4.
Tremblez, tyrans et vous perfides,
L'opprobre de tous les partis,
Tremblez ! vos projets parricides
Vont enfin recevoir leurs prix !
Vont enfin recevoir leurs prix !
Tout est soldat pour vous combattre,
S'ils tombent, nos jeunes héros,
La terre en produit de nouveaux,
Contre vous tout prêts à se battre!
(Refrain)

4.
打ち震えるがいい、暴君共そして反逆者等よ
恥ずべき者共よ
打ち震えるがいい、恩知らずの企みは
報いを受ける最後を迎えよう
国民すべてがお前達を迎え撃つ兵士なり
たとえ我等の若き戦士が倒れようとも
大地が再び戦士等を生み出すだろう
戦いの準備は整った

5.
Français, en guerriers magnanimes,
Portez ou retenez vos coups !
Epargnez ces tristes victimes,
A regret s'armant contre nous.
A regret s'armant contre nous.
Mais ces despotes sanguinaires,
Mais ces complices de Bouillé,
Tous ces tigres qui, sans pitié,
Déchirent le sein de leur mère !
(Refrain)

5.
我等がフランス人よ、寛大なる戦士たちよ
攻撃を控えることも考えよ
我等に武器を向けた事を後悔した哀れな
犠牲者達は容赦してやるのだ
ただしあの残虐な暴君と
ブイエ将軍の共謀者等は別だ
冷酷にも母体を引き裂いて生まれ出でし
暴虐な虎共には容赦無用なり!

6.
Amour sacré de la Patrie,
Conduis, soutiens nos bras vengeurs !
Liberté, Liberté chérie
Combats avec tes défenseurs !
Combats avec tes défenseurs !
Sous nos drapeaux, que la victoire
Accoure à tes mâles accents
Que tes ennemis expirants
Voient ton triomphe et notre gloire !
(Refrain)

6.
復仇を導き支えるのは神聖なる愛国心なり
自由よ、愛しき自由よ
汝を守る者と共にいざ戦わん
御旗の下、勝利は我々の手に
敵は苦しみの中、我々の勝利と栄光を
目の当たりにするだろう

7.
Nous entrerons dans la carrière
Quand nos aînés n'y seront plus;
Nous y trouverons leur poussière
Et la trace de leurs vertus.
Et la trace de leurs vertus.
Bien moins jaloux de leur survivre
Que de partager leur cercueil,
Nous aurons le sublime orgueil
De les venger ou de les suivre !
(Refrain)

7.
我々は進み行く 先人達の地へ
彼等の亡骸と美徳が残る地へ
延命は本意にあらず
願わくは彼等と棺を共にせん
取らずや先人の仇、さもなくば後を追わん
これぞ我々の崇高なる誇りなり


と、まぁ何とも長く、血生臭い内容のものとなっています。これも、血で血を洗う壮絶な歴史を辿ってきたフランスという国を象徴するものといえるでしょうか。

そんなわけで、今日はフランス国歌《ラ・マルセイエーズ》をお聴きいただきたいと思います。フランス革命から歌われている、壮絶な内容の国歌をご堪能ください。


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ハイドンの『じゃない』セレナーデ

2023年04月24日 18時00分18秒 | 音楽
今日も、天気予報で言われていた程には気温が上がりませんでした。しまいかけていた薄手の長袖シャツは、今日も活躍することとなりました。

さて、今度音楽教室の生徒が《ハイドンのセレナーデ》にとりかかることになりました。この曲は



一度聴いたらすぐに覚えてしまう愛らしいメロディで有名ですが、元々は



ハイドン作とされる《6つの弦楽四重奏曲集 作品3》の中にある第5番ヘ長調の第2楽章の第1ヴァイオリンパートを単独で取り出したものです。

ハイドン作とされる…と書きましたが、実はこの《6つの弦楽四重奏曲集 作品3》はハイドン作ではありません。実はこの曲を書いたのはローマン・ホフシュテッター(1742〜1815)という、アマチュア作曲家でもあったオーストリアのベネディクト会の修道士です。

ホフシュテッターはハイドンの熱心な信奉者で、ハイドンの音楽様式に倣って自らも作曲を行いました。その中で特に《6つの弦楽四重奏曲集 作品3》は長らくハイドンの作品と見なされていましたが、現在ではホフシュテッターの作品であることが明らかになっていて、ハイドンの作品目録からは除外されています。

それでも《弦楽四重奏曲 ヘ長調 作品3-5》の第2楽章(アンダンテ・カンタービレ)は単独で長らく『ハイドンのセレナーデ』の名で親しまれてきてしまったため、今日でも呼び名にねじれ現象が起こっています。まぁ、かつてハイドン作と言わしめたほどの愛らしいメロディを生み出したホフシュテッターの手腕は評価に値するものと言えるでしょう。

そんなわけで、今日はその『ハイドンのセレナーデ』を第2楽章にもつ《弦楽四重奏曲 ヘ長調 作品3-5》をお聴きいただきたいと思います。プロ・アルテ弦楽四重奏団による、1933年の録音でお楽しみください。

因みに、今日4月24日はホフシュテッターの誕生日だそうです。

Alles Gute zum Geburtstag!
(お誕生日おめでとうございます)


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今日はプロコフィエフの誕生日〜ハイドンリスペクトの《古典交響曲》

2023年04月23日 12時22分21秒 | 音楽
今日も肌寒い陽気となりました。つい二、三日前は汗をかいて寝ていたのに今日は寒くて目が覚めましたから、何だか調子が狂います。

ところで、今日4月23日はプロコフィエフの誕生日です。



セルゲイ・セルゲーエヴィチ・プロコフィエフ(1891〜1953)はロシアの作曲家、ピアニスト、指揮者です。数多くの形式の音楽に傑作を残したことで知られていて、20世紀を代表する大作曲家のひとりです。

確立された型や様式の中で作曲をしたプロコフィエフの作品には、7作の交響曲、5作のピアノ協奏曲、2作のヴァイオリン協奏曲、2作のチェロ協奏曲、9作のピアノソナタ、7作のオペラ、8作のバレエ音楽があります。中でもバレエ音楽《ロメオとジュリエット》や音楽物語《ピーターと狼》といった作品は今日でも広く聴かれていて、コンサートで演奏されるだけでなくCMやドラマでも一部が使われたりする人気作となっています。

昨年から依然ロシアとの戦闘激しい現在のウクライナ東部、ドネツク州で生を受けたプロコフィエフは、弱冠13歳で帝政ロシアの首都サンクトペテルブルクのサンクトペテルブルク音楽院で作曲・ピアノを学びました。1917年のロシア革命以後はソヴィエトの大臣であったアナトリー・ルナチャルスキーの公認を得てロシアを後にして、アメリカ合衆国、ドイツ、パリと居住地を移しながら作曲家、ピアニスト、指揮者として生計を立てていました。

しかし、1930年代の世界恐慌によって欧米でのバレエやオペラの上演機会が激減すると、1936年にスターリニズムの大粛清の嵐が吹き荒れる祖国ソヴィエト連邦へ戻ることとなりました。国外で築いた自分の知名度はスターリンのイデオロギー的プレッシャーから逃れられると目論んでいましたが現実は厳しく、ショスタコーヴィチらと同様に形式主義であるとして多くの作品が『ジダーノフ批判』というソヴィエト政府による芸術批判の対象となったものの、それでも《キージェ中尉》、《ピーターと狼》、《ロメオとジュリエット》などの作品が成功を収めました。

因みにプロコフィエフの誕生日ですが、本人は今日だと思っていたものの没後に見つかった出生届には4日後の4月27日という記載があり、現在ではそちらを誕生日とすることが多いようです。しかし拙ブログでは、あくまでもプロコフィエフ当人が認識していた今日を誕生日として採用しました。

そんなプロコフィエフの誕生日にご紹介するのは《古典交響曲》です。

この作品についてプロコフィエフは《古典交響曲』とだけ呼んでいて、《交響曲第1番》とは一言も言っていません。ただ第2番以降の交響曲には番号が付いているので、自動的にこの作品が第1番の交響曲ということになります。

プロコフィエフは、原始的で野性的な側面と、モダンですっきりとした新古典的な側面とを合わせ持った作曲家です。作風はその間を揺れ動いていますが、この曲はプロコフィエフが新古典的側面から

「ハイドンが今の時代に生きていたら、こんな作品を書いていたのではないか。」

というコンセプトを目指して書いたものです。

近代音楽ながら、古典派の交響曲のように非常にシンプルですっきりとした構成の作品となっています。オーケストラの編成もハイドン時代のものと同じ2管編成で、曲中のいたるところに粋なユーモア感覚が散りばめられています。

この曲は全曲を通じて、意表を突くような転調の面白さや不思議な感覚に溢れています。形式的には『古典』とは言いつつも、内容としては現代的というよりは未来的な雰囲気すら感じさせる、非常にモダンな感じの曲です。

ハイドンの交響曲のような荘重な序奏を伴わずに華やかに始まり、いたずらっぽく転調を繰り返しながら展開していく第1楽章、ヴァイオリンやフルートの高音のメロディが美しい第2楽章、メヌエットやスケルツォよりもより古いスタイルのガヴォットで書かれた第3楽章、オペラ・ブッファ(喜劇オペラ)のフィナーレのように快活な第4楽章と、短い曲ながら引き締まって充実した印象を与える交響曲です。なお、第3楽章のガヴォットのテーマは、後にバレエ《ロミオとジュリエット》の舞踏会の場面にも使われています。

そんなわけでプロコフィエフの誕生日である今日は、事実上最初の交響曲である《古典交響曲》をお聴きいただきたいと思います。フランソワ・ルルーの指揮、フランクフルト放送交響楽団による、2017年のライブ動画でお楽しみください。


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心身に染みるバッハ〜《オーボエとヴァイオリンのための協奏曲ハ短調BWV1060a》

2023年04月22日 16時55分15秒 | 音楽
昨日までの暑さは何だったのでしょうか、今日は朝からひんやりとした空気に包まれました。何となく長袖シャツをしまい込んでしまわなくて、本当によかったと思います。

先週土曜日同様、今日も昨日の疲れを引きずってずっと休んでいました。小さい子たちを相手にするのに姿勢を低くしたり、1階から4階まである校舎内をあちこち駆けずり回ったりしているうちに、自分で思っている以上に疲れが蓄積しているのではないかと思われます。

お昼前後にようやく身体を起こしてからブランチを済ませて、とにかくゆっくりと過ごすことにしました。こういう時のお供は



やはりバッハです。

あれこれと聴いていたのですが、今日は協奏曲の分量が多めとなりました。その中でも今日印象深かったのが《オーボエとヴァイオリンのための協奏曲ハ短調BWV1060a》です。

《ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲BWV1060a》は、バッハがライプツィヒのトマスカントールに就任して13年ほど経ち、自身が望んでいたザクセンの宮廷作曲家の称号を手に入れて《ロ短調ミサ曲》などに取り組んだ円熟期の1736年頃の作品と考えられています。オーボエとヴァイオリンという、互いによく解け合うような音色の組み合わせである楽器のチョイスが絶妙な協奏曲です。

ただ、どちらかというとこの曲は、後にバッハ自身の手で《2台のチェンバロのための協奏曲ハ短調BWV1060》に編曲された元ネタとして有名です。残念ながらその元ネタの協奏曲の楽譜が失われてしまったためBWV1060から復元されたものなので、作品番号に『BWV1060a』と小さく『a』がついています。

なのでバッハが書いた作品そのもの…とは言い難いのですが、それでも2台チェンバロから復元されて蘇った『原曲』は十分素晴らしいものです。疲れた心身に、オーボエとヴァイオリンの優しい響きが染み渡りました。

そんなわけで、今日はバッハの失われた作品《オーボエとヴァイオリンのための協奏曲ハ短調BWV1060a》を、ネーデルラント・バッハ・ソサイアティのライブ動画でお楽しみいただきたいと思います。



なお、作品復元の元ネタとなった《2台のチェンバロのための協奏曲ハ短調BWV1060》はこちらです。


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一週間ぶりの《御感の藤》@小田原城址公園

2023年04月21日 19時30分45秒 | 
今日も小学校支援級ではいろいろなことがありました。初めは様子見チックだった子どもたちも学校に慣れてきたことで徐々に素の部分が見えてきて、

『この子、こんな子だったのか…』

と思わされるようなことが散見しています。

支援級に来ている子たちは、言葉を選ばずに言えば自分本位なので、ともすると自分のペースを乱してくる者がいれば子どもだろうと大人だろうと攻撃性を発揮します。それを起こさないようにするというよりは、起きてしまった時に子ども同士のトラブルにならないように回避するのが個別支援員の仕事と言っても過言ではありません。

そんなバタバタ勤務を終えて掃除を済ませて退勤し、そのまま小田原城址公園に寄り道することにしました。先週金曜日に観に行った《御感の藤》が、どのくらい咲いているのかを観に行くことにしたのです。

御茶壷曲輪を抜けて南堀に向かうと、



巨大な藤棚が姿を現します。これが、大正天皇ゆかりの《御感の藤》です。

先週は五分咲きくらいの開花だったのですが、今日観てみたら



ちょっとピークを過ぎていたようでした。先日の冷たい雨に打たれて、予想以上に花が落ちてしまったようです。

それでも、藤棚の中に入ると



薄紫色の藤の花房がそよ風に揺れていて、独特の甘い香りが漂ってきました。



写真では分かりにくいのですが大きなハナアブがあちこちで飛び回っていて、写真を撮っているすぐ横を飛んだりするのでヒヤヒヤさせられました。



今年の花房は例年ほどの長さにはなりませんでした。少しずつ開花時期が早まってきていることもあわせて、気になるところです。

今日は小田原も夏日になりましたが、明日以降は気温が下がるようです。実生活でも学校生活でもいろいろとあるので、体調を崩さないよう気をつけようと思います。

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薔薇を観てゲーテを想う〜シューベルトとヴェルナー、それぞれの《野薔薇》

2023年04月20日 17時25分15秒 | 音楽
4月なのに、今日もまた夏日となりました。もう長袖シャツは御役御免でもいいかも知れない…と、本気で考え始めています。

今日は小学校勤務が無い日なので、涼しいうちに朝の散歩に出かけてみました。すると、道すがらのお宅の生け垣に



一重咲きのバラが咲き誇っていました。

こういう原種に近いバラを見かけると思い出すのが、ドイツを代表する詩人ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749〜1832)が1771年に発表した詩を基にしたドイツ歌曲《野薔薇》です。ゲーテのこの詩には有名無名合わせると154もの曲が付けられていると言われていますが、有名なものとしては



言わずと知れた歌曲王フランツ・シューベルト(1797〜1828)のものと



同時代の作曲家ハインリッヒ・ヴェルナー(1800〜1833)のものとが挙げられます。

シューベルトの作曲した《野薔薇》は1815年、シューベルト18歳の頃の作品で


(シューベルトの《野薔薇》自筆譜)

弾むような伴奏にのせた軽やかなメロディが特徴的です。対してシューベルトより3歳年下のヴェルナーが作曲した《野薔薇》はシューベルトの作品に影響されて1829年に作曲したもので、



溌溂とした感じのシューベルトの曲に対してゆったりとしていて、より民謡的な印象が強いものです。

因みに日本語訳で歌われるときには、日本の訳詞家近藤朔風(1880〜1915)による


童は観たり 野中の薔薇
清らに咲ける その色愛でつ
飽かず眺む
紅匂う 野中の薔薇…


という美しい訳詞で歌われています。しかし実際のゲーテの詩を直訳すると、子どもと花との対話という可愛らしいものというより、むしろ女性を花に置き換えて思いっきり男女の関係を歌っています。

そんなわけで、今日はシューベルトとヴェルナーによるそれぞれの《野薔薇》を聴き比べていただきたいと思います。シューベルトの《野薔薇》の動画には直訳の字幕がありますので、近藤朔風の「童は観たり…」の和訳と実際のゲーテの詩との違いも御覧になってみてください。





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春満載ドリア&デコポンソーダ@横浜あざみ野《雫ノ香珈琲》

2023年04月19日 18時55分58秒 | カフェ
今日は暑くなりました。小田原の気温も25℃まで上昇し、体育の授業から帰ってきた子どもたちはほぼ全員汗だくでした。

まだ4月だというのに、この暑さは身体に堪えます。嫌な予感がして夏仕様の服を用意してあったからよかったようなものの、これが準備できていなかったらと思うと恐ろしくなります。

ところで、今日は給食にナポリタンが出ました。子どもたちに配膳していざ食べよう…と思った時に

ガッシャーン!

というけたたましい音が教室に響き渡りました。何かと思ったら、一人の子どもがものの見事にナポリタンのお皿を床に落としていたのです。

落ちた皿を見つめて固まっていた子どもを余所に、大人たちでパッパと落とした皿とナポリタンを片づけました。しかし問題だったのが、今日はこのナポリタンがほぼ唯一のおかずで、あとは牛乳とパンしかないということでした。

さすがに子どもにメインディッシュがないというのは酷なので、私のお盆にのっていたナポリタンをその子に充てがいました。その結果、私が牛乳とパンのみの昼食になったのです。

当然ですが大の大人が小学生用の牛乳とパンのみでどうにかなるわけもなく、帰りの電車に乗り込んだ頃には尋常ではない空腹感が襲ってきました。そんな空腹を抱えながら横浜あざみ野の音楽教室に移動して《雫ノ香珈琲》に立ち寄りました。

今日はとにかく空腹だったので、ランチメニューのドリアをオーダーすることにしました。こちらのドリアはランチタイム以外でもオーダーが可能なので、こういう時には助かります。

季節毎に中身の替わるドリアですが、今は



菜の花のタケノコ、アサリが入った春らしいものとなっています。菜の花の苦味とアサリの出汁がブイヨンで炊いたライスと合わさって絶妙な風味をかもし出し、タケノコが食感のアクセントとなっています。

3か月毎に替わるドリアですが、今回のドリアはさすがに春先に特化しているので今月末で終わってしまうとのことです。偶然ですが、終わってしまう前にいただけたのはラッキーでした。

食後には



今月から始まっていた『デコポンソーダ』もいただきました。弾けるソーダの中には、先月のワッフルに使われていたデコポンのマーマレードと半冷凍状のデコポン果肉が入っていて、爽やかな柑橘感が駆け抜けていきます。

春分の日から1か月が過ぎて、暗くなるのがどんどん遅くなってきました。これからいろいろな花が咲き誇る季節を迎えますから、楽しみにしようと思います。

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悩んだ末に…

2023年04月18日 19時30分15秒 | 日記
今日も小学校支援級勤務では、いろいろなことがありました。あっちで癇癪、こっちで喧嘩、向こうから泣き言…その度に奔走していたので、子どもたちを送り出した頃にはグッタリしてしまいました…。

さて帰ろう…とした時に、支援級の担任の先生に呼び止められて



これを渡されました。これは教室の後ろの黒板に貼ってある子どもたちの自己紹介カードですが、個別支援員も書いてくださいとのことでした。

まぁ、『すきなあそび』や『すきなきょうか』はいいのですが、50も過ぎたオッサンに『しょう来のゆめ』と言われると何とも言えません。だからといって空欄にするわけにもいかないので、帰りの電車の中でかなり悩みました。

帰宅してから、埋められそうなところから書き入れていきましたが、やはり『しょう来のゆめ』が思い浮かびません。あれこれと考えたのですが、最終的に



こうしてみました。

子どもたちにとっては「ナンノコッチャ?」ってなもんでしょうが、人生の折り返し地点を過ぎた男ヤモメにとっては結構切実なことです。とりあえず、いつまで経っても自分の足で立って、自分で食べて、自分で御手洗に行けるように頑張ります。

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祝!布解禁!

2023年04月17日 18時45分55秒 | 日記
昨日ほどではないにせよ、今日も比較的暖かな陽気となりました。そんな中、今日は新学期の始まった小学校勤務の準備をあれこれとしていました。

そこに学校から朗報が入り、今後の勤務で



今までNGだった布マスクの使用が解禁になりました。個人的に待ちに待った知らせが届き、嬉しい限りです。

今まで、子どもたちは布マスクやウレタンマスクの使用が許可されていたものの、教職員に関しては不織布マスクの使用が推奨されていました。勿論それに異論を挟むつもりはありませんでしたが、都度都度取り換える不織布マスクを自腹で購入していると、正直金銭的負担を感じていなかったわけではありません。

写真の布マスクは3年前のコロナ禍が猛威を振るい始めた頃に購入して使っていたものですが、わりとすぐに使用を制限されて不織布マスクに移行せざるを得ませんでした。その後長くお蔵入りしていたのですが、ようやく日の目を見ることになりました。

とりあえずこれでマスク代が浮くと思うと、ほんの少しのことですが助かります。洗い替えのことも考慮してきっちり一週間分用意してありますが、明日はどれを着けて行こうかと考えています。

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行きたいのは山々なれど…

2023年04月16日 17時17分17秒 | 日記
昨日の雨が上がってから天候がどんどん回復して、日中はついに夏日寸前になりました。こうなったら厚手の長袖シャツも一斉に洗ってしまって、ラインナップを半袖シャツと交代させてもいいのかも知れません。

ところで、一昨年に私がヴィオラを弾くきっかけを作ってくださった高校の部活の恩師が他界されました。そのことで先日、私が直接存じ上げないかなり年上のOBの先輩から

「今年の恩師の祥月命日に旧部員たちで集まろう」

というグループラインが届きました。

見ていると、チラチラと面子が集まりだしているようです。しかし、私はまだ返事を出していません。

理由はいろいろとあるのですが、先ずは場所が遠いということです。私の出身校は茨城県にあるので、現在の居住地である神奈川県から行くとなると片道だけでも4時間近くかかってしまうので、日帰りするとなると一日の大半が移動だけで終わってしまうのです。

もう一つとしては、グループラインに集まっているメンバーが私よりかなり上の方々が殆どで、自分の同期や直前直後の先輩後輩の姿が見られないこともあります。だとすると、たとえ参加したとしても共通の話題がないので、そこに膨大な移動時間をかけて行く気になれないのです。

勿論、恩師には今でも感謝していますから、毎日我が家の仏壇にお線香をあげて供養もしています。なので、ことさら地元に戻らなくても回向はできているので、今後何らかの連絡があっても出席することはないと思っています。

今週は概ね天気がよさそうです。その分気温も高そうなので、体育の授業を終えた子どもたちが大変そうです…。

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