OUR HOME ISLAND - いおうとう(硫黄島)

戦前に在住していた島民が、戦後の小笠原返還後も故郷に帰ることが許されていない硫黄島についての情報発信をいたします。

小笠原丸が島を離れる時2008(7) 島1周シリーズ最終回の写真は おが丸

2008年06月28日 | 硫黄島・小笠原村
この写真は、おが丸に送り届けてもらっている艀から撮影しました。

艀は全部で4艘。上陸の時もそうですが、ぐるぐる回りながら、手際よく、釜岩付近からおが丸に私たちを届けてくれます。
ちょうど、前の艀がおが丸に着いて、乗り移っているところが写っています。
こうしてみると、おが丸、大きいです。

前後ともに、繋留ロープが見えます。
前のブイの接続を外しに、海に飛び込んで海中で作業があったのを見たことは
前に書きました。

繋留しているおが丸の、正面、島側が、米軍が持ってきて沈めたコンクリート船です。占領後に埋め立てて接岸できるように建設しようと、コンクリート船を持ってきて沈めたが、流れが速いことが分かり断念、と聞いています。
おが丸 繋留地付近も潮の流れが速いと思うのですが、がっちり繋留されていて
びくとも、しません。

艀で送り届けてくださる方々もそうですが、この位置までおが丸を操船してきて、
がっちり繋留してという、海、船のプロの方々が、私たちの訪島を可能にしてくれています。

昨年も今年も動向してくださった小笠原村議会議員の方が、移動のバスの中で、
「速度も出て、本当に素晴らしい船だ。」と、おが丸を 褒めたたえていました。

硫黄島とのお別れの時間なのですが、なぜか、艀で到着しておが丸に乗り込むと
安心します。そして、ばたばたと荷物を運び込んだりしてから、ビデオカメラとデジカメを持って、デッキに出て、撮影の準備態勢を整えます。
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