OUR HOME ISLAND - いおうとう(硫黄島)

戦前に在住していた島民が、戦後の小笠原返還後も故郷に帰ることが許されていない硫黄島についての情報発信をいたします。

里子「子ガメ」放流のお礼  7月26日 扇浦の浜を海に歩く子ガメ

2009年07月29日 | 硫黄島・小笠原村
父島、小笠原海洋センターのスタッフの方から、
7月26日に、扇浦海岸で、里子の子ガメ「雄優」と「たわし」を
放流してもらったとご連絡いただきました。
(青い鳥@小笠原さんのブログ「エンジョイ!島ライフ」の
記事に、放流は26日の10:00頃だったとありました。)

父島の子が代理で放流しくれたそうです。
ありがとうございました。
放流を見守ってくださった皆様、ありがとうございました。

これから、「里親カード」というのを送付していただけるそうです。

海洋センターのスタッフの方から送っていただいた
放流の様子のお写真は、
お見送りして下さっている皆さんのお顔が写っていて、
「公開はしないで」とありましたので、
浜を歩く子ガメ の部分だけにトリミングして
使わせていただいています。

この写真全体の後ろ側には、扇浦海岸の浜と道路の間にある
白い建物も写っています。
6月に行った時に、亜熱帯植物センターを見学した帰りに
スクーターを止めて小休止した場所です。

放流の、ご連絡をいただいたメールで、
「一緒に放流した2歳や3歳のカメよりも早く砂浜を歩き、
最初に海へ入っていきました。」と、様子を教えていただきました。
やんちゃで元気いっぱい、これまでセンターで育ててもらったので、
歩くのも早く、海に出て行ったのだと思います。

年上の2歳、3歳のウミガメたちも一緒に放流するのだと
初めて知りました。
後ろの方から、のんびり、歩き出そうとしている
大きなカメもいます。

子ガメしか写らないようにトリミングしましたので、
横に細長い写真になりました。
この掲載した写真には入っていなくて、皆さんに
お見せできないのが残念なのですが、送っていただいたお写真オリジナルの
もっと右の方に、そっぽを向いて横の方に歩き出しそうな子ガメ(おそらく
1歳)も見えます。
そのとぼけた子ガメも入るようにトリミングしようとすると、
もっともっと横に細長い写真になってしまいます。

6月に海洋センターを、親切にガイドしてくださった
「青い鳥@小笠原」さんのおかげで海洋センターの様子、
大きいウミガメ(コータくん達)、子ガメたち、保護と教育の現状、
そして「里親制度」を知ることがでいて、
「雄優」と「たわし」の里親になることができました。
ありがとうございました。

海洋センターの皆さんが、6月に見た時よりも
かなり大きくなるまで、「雄優」「たわし」たちを元気に
ここまで育ててくれました。
ありがとうございました。

もう一度、放流を見守ってくださった皆様、
放流してくれた父島の元気な子供達、
ありがとうございました。
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7月26日 第148回TOEIC受験 今後は方針を少し変更

2009年07月28日 | TOEIC
写真は、今年の周る順番で硫黄島での最後の訪問場所になった
鎮魂の丘のハイビスカスです。
去年は元気がないな、という印象でしたが、今年は、元気に割いていました。


英語を勉強している方々にはずっと、
・お金はできるだけかけない。工夫すれば安い教材、機会はいっぱいある。
・自分のレベルに合った教材、勉強方法を。
・「つまらない」「負担だ」と思ったら、無駄なので、すぐにその勉強方法は中止して、見直すように。「楽しい。」と思える教材、方法を見つけるように。
と、言ってきました。

また、いろいろな要請からTOEICのスコアアップが必須、という方には
・当日、ベストのコンディションで受けられるように注意。
・会場に着いたら、落ち着いて。直前のブドウ糖補給は有効。開始前は
リラックスするために、首をまわしたり深呼吸を。
・始まったら、分からない問題にこだわらずに気分切り替えてすぐ次へ。
リズム良く。
・慣れ、パターンを覚えることで取れるテストでもあるので、
開けずに連続受験を、
と、言ってきました。


団体1回を含む55回目のTOEICを、26日の日曜日に受験してきました。
2004年10月から2009年3月まで36回が連続受験でした。

今年の1月 915、3月 940、
と、取りこぼしはしていなかったので、調子よく、これまでのベスト945
更新を狙って行きたかったのですが、5月と6月続けて、
どうしようもない用事があって、受けられず、連続受験記録
(そんなのを狙っていたのではないですが)も途切れました。

2回も開けての受験となった、今回は、ラストでの
時間不足が、2,3マーク分ではなくて、8マーク分とか
となってしまいました。

スコアを狙っている仲間や皆さんに、
「後半のReadingで、迷って止まったら、その問題は捨てて
適当にマークして次へ。考えて解けるものではない。」と
言っているのに、自分で何箇所かひっかかってしまいました。


次回の9月は、昨年までは最終日曜日でしたが、
今年だけは9月13日(日)です。
それは、この前、フルマラソン初挑戦のエントリーを
する時に、「9月26日(日)は、今年はTOEICと重なっていない。」と
確認したので、覚えていました。

TOEICは、申込期間に入ってすぐに、申し込むように
し続けてきました。先の月末の日曜には予定は入れないように
していて、TOEICの受験日最優先という のを、長いこと
続けてきていたためです。

ところが、、

9月13日のTOEICは、7月6日が申込開始日でした。
連続受験申込割引対象者には、メールでも申込開始が通知されます。
申込をした時には、「9月13日。半ばの日曜というのは変則的だな。」と
思いながら、エントリー(受験料振込)しました。

その後、「9月といえば、確か、、」と、急に思い出したのは、
7月19日の、硫黄島帰島促進協議会に出席した帰りでした。
「年に一度、川崎の日航ホテルに集まる、硫黄島島民の集い、が
9月だったなぁ。昨年の集いで、日程発表されていて、自分の
ブログにも書いていたな。」と思い出しました。

申込んでしまった、9月のTOEICと、「島民の集い」は
開始時間まで13:00と、ぴったり重なってしまっていました。
(ブログの昨年投稿の記事には、タイトルには13日と正しく書いていましたが、
記事中に「14日」と間違って書いていました。)
一昨日、島民の集いの案内、申込みの往復葉書が届きましたが、
その時には、まだ、「TOEIC受験で、今年は欠席するかどうか。」迷っていました。


これまでですと、他の用事の候補があっても TOEIC連続受験最優先
させてきました。連続で受け続けることも意識してきました。
今年の5月に連続受験が途切れたからこだわりは少し減ったかも
しれません。

「硫黄島島民の集い」は、6月の慰霊墓参訪島と並ぶ
私たちにとって、大切なイベントです。
今年、これまでに一緒に硫黄島に行った方々、
昨年までのイベントで会った皆さん、遠縁の親類と
会える年に一度の機会です。

今年の9月13日(日)に、重要な「島民の集い」と重なった
(来年もTOEICが同じ日程だと重なると思われます。)今回を
きっかけに、これまでの「TOEICは年8回、毎回受験」というのは
やめて、「8回のうちの、4回から5回受験」に変えようと決めました。
じっくり、長く取り組んで行きたいという気持ちは変わっていません。


以下、7月26日 第148回TOEICを 振り返ってみますと
(受けなかった方、TOEIC受験経験がない方には、ほとんど意味が無い内容です。)

前半 Lisening

PartⅠ
いつもと同じようなパターン、難易度。
使われる写真も 電話をしている女性、建物の外観、
地下鉄おりてくる人たちと、おなじみのものばかり。
1枚だけ、「船シリーズ」が、今回は、両側崖の狭い水路を
数隻のヨットが進んでいるという、これまでとは違った
アングル、趣の写真でした。

PartⅡ
私はできましたが、「これは、引っかかってる人が多いだろうな。」
という難易度のものが、3,4問入っていました。
他は素直に、聴こえていれば選べるものでした。

PartⅢ
いつもより難易度が低く楽だと思いました。
最後の2マーク(69と70)だけが、やや難しい設問でした。

PartⅣ
やや難しかったと思いました。いつもどおりのパターンの
広告、メッセージも多かったですが、場面設定が少しこれまで
と違うものが2,3あったような気がします。
また、出題形式変更後の、このところの傾向ですが、
設問と選択肢が長くて読むのに時間がかかるようにしてあるので
難易度が高くなっています。
(問題用紙への書き込み禁止も、どんどん、徹底されてきて
しまっていて、問題先読みメモをしておく、もやりにくくなってます)
前半のListeningでも「速読」の力がないと、対応しにくく
なってきていると思いました。

後半 Reading

PartⅤ
やや難しかったと感じました。
「この位置には副詞しか入れない」
「所有格」という、いつもの2秒で解けるのもありましたが、
いつもより少なかったと思います。
難しいボキャブラリーの問題はあまりなかったですが、
複雑な文の構造を捉えてテスティング・ポイントが何かを
りかいするのに時間がかかる設問、やや高度な文法規則に
関する問題が目だったという感想です。

PartⅥ
かなりいつもより難しかったです。
選びにくい問題と、二つにまで絞れるがどっちか迷う問題が、
数問あっただけで、ここで、相当に時間をロスしました。

PartⅦ
最後の10マークは、ほとんど時間切れでした。
いつものように簡単にすぐ選べる設問もありましたが、
途中でややこしいのもあってひっかかりました。
「どこに、正解が判断できる文、語がある?ないじゃないか。」と
英文と、設問文を何度も行ったりきたり戻り読みしたのも
ありました。
このPartには「ひっかけ」もあるので、慎重に、「ここが根拠だ」と
確かめながら読んでいく必要があるのも確かなのですが、
中には、「七割がたこれで、いいだろう。」でマークして
先に進まないといけない、「あいまいな設問」もあるというのを
あらためて、思い知らされました。


TOEICは Practical(実用的)な英語運用能力を測ろうとしている
こともあって、「反射、反応できるか」という点では、
スポーツに近いです。
日ごろの練習量(問題集やその他の教材で、身にしみこませているか)
と蓄積がないと高いスコアは取れないという基本に戻る必要が
あると思いました。
また、「速読力」が、相変わらず全然ダメですので、
もっと練習が必要だと思いました。


このブログでも、教材や勉強方法、ポイントなど
TOEICについてももっと発信していきたいと思っているのですが、
なかなか、自分の勉強が十分にできていないくて、
役立つ内容をお伝えできていなくて、すいません。
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おが丸の繋留場所に停泊中の雄姿(2)  ウミガメ「里子」たちの放流日です。

2009年07月26日 | 硫黄島・小笠原村
同じような場所、角度からの おが丸の 写真ですが、
これは時間が違って、硫黄島について おが丸 から下船して
釜岩上陸場所に向かっている 艀から後方を取っています。

やや揺れます。
ライフベストを着て(羽織っています。)

艀でのピストン輸送で、私たちを運んでくれます。

今から上陸して慰霊祭が始まるという
一日目の朝の、この写真を撮った時間には
空もきれいでした。


「里子の名前を決めた。」とお知らせいたしましたが、
本日、7月26日(日)に、父島の貞頼神社例大祭で、
うちの「雄優(ゆうゆう)」と「たわし」を代理放流してもらいます。
これまで、大きくしてもらっていた海洋センターから、
大自然の小笠原の海へ旅立つ日です。
神社は扇浦の上だそうですから、扇浦の浜から海へ旅立たせてもらえるの
だろうと思います。

海洋センターのスタッフの皆さんにちゃんとお礼を言ってから
海に出て、たくましい立派なウミガメに育つように。
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おが丸の繋留場所に停泊中の雄姿(1)

2009年07月25日 | 硫黄島・小笠原村
「硫黄島の上陸地点沖の繋留場所に停泊中の
小笠原丸の雄姿の写真を紹介する」、と昨日申しあげましたが、確認したところ、

既に今年の6月23日の「2009年 今年の硫黄島を去る時の島一周(1)」
に、「これから乗船するために向かう おが丸 を、艀で運んでもらっている時に
撮影した写真」を、掲載済でした。


他に何枚かある中から、どれにしようかと考えたのですが、
6月23日掲載写真より少し前の時点、まだ艀での移動が始まる前に、
艀で順番におが丸に帰るのを待っている時間に釜岩上陸地点から撮影した写真を
選びました。

これから私たちを運んでくれるために海上で待機している艀や、ブイが見えます。

擂鉢山の後方の雲も、まだこの時点では、あまり黒くなってはいませんでしたが、この後どんどん大きくなっていき、おが丸 乗船後に撮影した写真では、どんより黒い大きな雲になってきました。

やがて、島全体が暗雲に覆われて、スコールの雨のカーテンが見えた様子は
既に紹介したとおりです。


いよいよ硫黄島の土を踏んでいるのも最後の時間が近づいてきた時に撮影した 
おが丸の写真です。

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おが丸の航跡 : 「2009硫黄島を離れる前 小笠原丸での島一周」 への追加

2009年07月24日 | 硫黄島・小笠原村
今年の硫黄島を離れて父島に向かう時の、硫黄島一周の様子は、
既に、虹やスコールの写真なの、紹介しました。

日食の中継映像をご覧になった方から、
「空の色がきれい。」「海の色がきれい」というコメントがありました。
さらに、小笠原丸の日食ツアー大成功というご報告もありましたので、
この写真を紹介させていただくことにしました。


小笠原丸の航跡を見て、「こんなに急な曲がり方で、周っているんだ。おが丸は大きいのに小回りきくんだな。」と思いながら今年撮影した写真です。

左端にぽつんと小さく擂鉢山が見えます。
沈船群を前にした釜岩沖の繋留場所から動き始めて、
監獄岩沖を周って北側に進路を向けた辺りです。
正面に島を見ると、慰霊祭会場だった平和祈念旧島民墓地公園のとんがり屋根や、宿泊した祈念館が見えている時間帯です。

この後、北側の端を回りこむ時間にきれいな夕焼けが島と海を染める時間帯がまもなくやってくる地点ですが、今年は、日没地点が暑い暗雲に覆われてしまい夕焼け空は見ることができませんでした。急な雲の発達に驚きながらの硫黄島一周でした。


おが丸の操船技術の優秀さは、本当にすごいです。
(船の性能、操船とかに詳しくはないですが、それでも、そう思います。)

繋留場所は、私どもを安全に、下船上陸させて、また乗船させるのに
ギリギリの場所、水深、潮、波や風の様子などで、決められているそうです。

明け方到着時の繋留の作業と、
次の日の出発前の前後のメインのロープをほどく作業は
一見の価値ありです。艀から飛び降りた人が、そのまま潜ってロープを解きます。

硫黄島に港はありません。「潮の流れが強く、米軍が港を作るのを断念。
沈めて固めようとして途中でやめたのが沈船群」という内容の説明が
NHKの中継でもありましたね。

あの位置に繋留、しっかり停泊させて
乗せたり、降ろしたりできるように船を保ち、実際に
私たちを運ぶのは本当に高い技術が必要なはずだと思います。


今年のように「波が高ければ下船と乗船の時に危険があるので、二日目の日程を
決行するかどうか慎重な決定が必要。」という、海の状況の時には
船長とクルー一同の方々は、冷静でギリギリの選択を求められています。
安全第一 と 「できる限り上陸させたい」の間で、判断ミスが許されない
プレッシャーはいかばかりかと思います。

硫黄島上陸特別便でお世話になっていておが丸の優秀さを知っています。
皆既日食の時に雲もあったかもしれないですが、
最も雲にさえぎられない確率の高い皆既日食帯の中の地点を選んで先回りして、
確実に皆既日食になる時間を迎えることができたのも、あの優秀な船だったら
当然だっただろうな、と感じました。

NHK中継では、横浜発の日食便の別の船の映像が紹介されながら、
場所選びなどの苦労についての話もされていました。

全体が雲で覆われしてまった地域へツアーに行かれた方は
本当にお気の毒だったと思います。今回の日食では明暗がくっきり現れてしまいました。


我らが(小笠原海運の物なので、変な言い方ですが) おが丸は
硫黄島訪問にとって、なくてはならない、立役者です。
今回は日食ツアーでも大活躍してくれて嬉しく思います!


竹芝にいる写真、父島二見港停泊中の写真なども良いですが、
私が一番好きな「おが丸の雄姿」は、硫黄島釜岩沖に
繋留されている姿です。
硫黄島上陸便に乗った人しか見ることができない おが丸 の姿です。

明日は今年撮影してきた、おが丸の写真の中から
繋留地にいる様子を写したものを紹介する予定です。
(毎年、同じような角度、背景の写真になってしまいますが、、。)
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現在の硫黄島の様子 森、道、花、道路標識

2009年07月23日 | 硫黄島・小笠原村
昨日は、皆既日食の硫黄島からの生中継がありました。
このブログにも大勢の方にご訪問いただき、
ご覧いただいたコメントも含めて暖かいコメントをいただくように
なりました。ありがとうございました。

父島でいつもお世話になっている、今年は海洋センターに連れて行って
下さりご説明をして下さった「青い鳥」さんからもコメントを
いただきました。
NHKの中継では硫黄島からの生中継と同時間だった船からの映像を
流していましたが、あの横浜から出た船以外にも、
あの近くに船で行っていて、決定的皆既日食を見ることができたそうです。

私どもの硫黄島慰霊墓参便としてもお世話になっている
小笠原丸が、日食便として、北硫黄島近くぴったりの場所に出ていたのに
乗っていたそうです。

このブログの左ブックマークの中の、「エンジョイ!島ライフ」が
「青い鳥」さんのブログです。
日食便の様子、島の生活の様子、ウミガメが産卵した場所を
紹介して下さっている写真など、ためになる小笠原情報満載です。


今回の皆既日食盛り上がりの中で、
私は「日食そっちのけ。」でした。
NHKの硫黄島からの生中継に釘付けでした。
硫黄島からの高感度カメラ映像で太陽の神秘にため息が出て、
急にあたりが明るくなる様子にも息をのみながら夢中でみましたが、
日食よりも
「硫黄島が生中継で放送され、擂鉢山や沈船群などが
紹介されたこと。」
「日食の瞬間を見ようと多くの人が見ているだろう番組で
硫黄島の画像がながされたこと。」の方に興奮しました。

多くの人がテレビ画面で硫黄島を見てくれたと思います。
本当に嬉しいことです。

これからも「激戦の島」であったのに加えて
「戦前は住民が生活していた島だったこと」を
多くの人に知ってもらいたいと思っています。


6月の訪問では、あちこちで写真を撮影して戻ってくるのですが、
解説をメモしていなくて、後から分からなくなってしまう
(特に植物の名前など)のも多くて困ります。
写真を撮り、直後にビデオで撮影して、説明してくれている声や、
自分で、音声を入れたりという方法にしていたのですが、
今年は途中でビデオカメラが壊れました。

今日は、島内の様子が分かるような1枚を選ぼうと思って
この写真にしました。


栗林壕と貨物廠の間の周回道路の辺りです。

すいません。この植物、花の名前は、分かりません。

硫黄島にも、道路標識があります。
写っているのが裏側で何とあったか忘れましたが、
他のも何箇所かで、道路標識を見ました。
「注意」というようなのだったと思いますが、
「ここにこれがあってもなぁ。」というのもありました。

標識の向こう側が外周道路です。
外周道路の向こう側の緑の森の高さが、
標識と比べてもらえると、見当つけてもらえると思います。
このような高さの緑の森が多く上空からの写真では緑色の
現在の硫黄島ですが、多くは戦後に米軍が繁殖させたものです。

銀ネムで、上空から種が散布されたそうです。
繁殖力が強く速く繁茂する銀ネムが選ばれた理由、銀ネムが他の植物相
(島唐辛子は強いですが、銀ネムより低い)に日光が届きにくい
ことなどは、前にも書いた覚えがあります。

この緑の森は枝が多くてなかなか入っていくのが難しいです。
長袖でないと危ないです。

せっかく良い高さの緑があるので、暑い中での活動で
「ちょっと木陰で休憩を」したくなるのですが、太陽が真上なので、
ほとんど、陰を作ってくれません。

今年、周回道路を走った時は、もう16:00頃になっていましたが、
その時間でも太陽が高く、一部、角度によっては、日陰がある程度でした。

戦前からの植物が残っている割合は分かりませんが、
大きながじゅまるの木や、たこの木なども見られます。
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皆既日食、硫黄島から生中継映像が見れました。

2009年07月22日 | 硫黄島・小笠原村
硫黄島からの生中継を見ました。

皆既になる前に、私どもの故郷の島、硫黄島の概要と
擂鉢山、沈船群の歴史の解説があったのも嬉しかったです。

高感度カメラの映像では、
始まりと終わりのゴールデン・リングと、
そして、コロナに加えて、プロミナントもはっきり見えて
解説があり、
太陽の神秘に思いをはせることができました。

神秘的な映像でした。
島が一気に暗くなり明るくなる様子も不思議でした。

硫黄島映像の後に放送された、船からの映像で、
360度夕焼け空のような不思議な光景が写されましたが、
あの感じを120度ぐらいにしたものを、小笠原丸が硫黄島から
離れる時に晴れていれば見ることができます。
昨年は見ましたが、今年は雲でだめでした。


ブログで
NHK番組内で硫黄島から中継があることを
知らせて下さった「おがししょ」さん、
本当にありがとうございました。


今夜の19:30の特集でも、硫黄島での皆既日食映像を
NHKが流してくれると思います。
多くの人たち、特に学生や子供なども
映像を見てくれて、「硫黄島」「擂鉢山」を
見て知ってもらえる機会にもなったと思うと、
そのこともとても、嬉しく思います。


写真は釜岩付近の上陸地点から南方角、沈船群方向を
撮ったものです。

さきほどのNHKの生中継映像は、沈船群を右に真後ろに擂鉢山を
映していましたので、
この写真のちょうど中央、重機の右横の少し内陸に入ったあたりで、
撮影されていたと思います。

写っている重機は前にも写真で紹介しましたが、
私たち慰霊墓参団の上陸地点を整備してくれるためのものです。
この写真は、この写真の二日間の全日程を終えて小笠原丸に
戻る艀に乗るのを待っている時に撮影しました。

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医務課壕のたて穴  そして、「いよいよ皆既日食ですね。」

2009年07月21日 | 硫黄島・小笠原村
医務課壕の中から、たてに地表に向けて掘られた穴の写真です。
医務課壕には訪問の度に行っています。

入り口から、このたての穴のあたりまではそんなに暑くないですが、
ここから奥に進むとどんどん暑くなります。


戦闘で傷ついたり重病だったりした兵士が運ばれた壕だとうことですが、
風通しが良い壕の入り口付近にはには、
比較的軽症な患者が入って、重症で治癒の見込みがほとんどない
兵士が壕の奥の暑い場所に収容されたという話を聞きました。


調査とご遺骨収集が終わった壕で、
慰霊墓参の私どもが中に入れるようにしてくれている壕の中では
この医務課壕と栗林壕(兵団司令部壕)は、
簡易的な配線ですが、中ま電気の敗戦をしてくれてランプの照明をつけてくれています。

班ごとに、いろいろな場所をまわりますので、前の人たちがバスに戻ってくる途中だったり、ちょうど見ているところだったりします。

一昨年は、この医務課壕入り口に着いた時には別のグループがいませんでしたので、私が外に置いてある発電機を起動させました。
発電機の燃料などのチェックやメンテナンスなどはは事前にしてくれています。
最後のグループが終わり発電機を切るとランプが消えます。


栗林壕は途中で、中腰で低くしゃがまない進めない場所がありますので、
前のグループが入っている場合には皆さんが
出たことを確認してからでないと、次のグループは入れません。


一報のこの医務課壕は幅も広く中ですれ違えるので前の人たちを待たずに入れます。

今年は、中学生のグループが前に入っていて、ちょうど、このたて穴を過ぎたあたりで、すれ違いました。

中学生たちが
「ものすごい暑さだった。ここまで来ると、やっと
涼しくなってきて生き返る感じがするね。」と話しているのを聞いて、

「この地点でももう、十分に地熱、熱気で息苦しい暑さなのに、
ここが涼しいと感じるというぐらいにこの奥は暑いんだったっけ。」
と思いました。

一昨年も昨年も入っていて知っている私が、
「この地点は、もう、たまらない熱気だな。」と
思った地点で、今年初めて入った中学生たちは、
「この奥の暑さからここに戻ると、安心する涼しさだ。」と
言っていたのです。

中学生たちは外へ、
私たちグループは奥の進みました。
照明があって行ける一番奥にまで着くと、
息苦しい暑さでした。サウナの暑さとも違う地熱の熱気の暑さです。

そして、入り口に向かって戻る時に、
さっきすれ違っていた中学生と同じように、
さっきは「このあたりの暑さでも、もう、たまらないな。」という
写真のたて穴の近くまで来て、
「このあたりまで来ると、外の涼しさがやっと感じられてくるな。」
と思うのですから、不思議でした。

どのような傷、病気だったか、分かりませんが、
助かる見込みがないという程度から、想像することができる、
重症の人ほど、奥にいたというのは、本当に残酷な
言語を絶する辛さだったろうと思います。


当時と今と、地熱の関係などで、同じ暑さだったかは
分かりません。別の壕でも、1年違うと、硫黄の蒸気の具合が
全く違ったりします。
ですが、換気のためのたて穴より入り口近くと、奥とで
全然違っていたのは確かだと思います。

短期間に島中にあれだけの壕を掘った作戦。
まだ、米軍が来る前の、壕掘削でも、
十分な水がない中での作業の苦しみは
言葉であらわせないものだったそうです。
1日に500mlが一人に与えられた水だったそうです。

医務課壕は、一つの例で、島中が壕だらけの島です。
辛い辛い、戦争があった島で、私たちは手を合わせて
ご冥福をお祈りすることしかできません。


このブログをご覧いただき、硫黄島についても紹介してくださっている、
「おがししょ」さんの「おがさわらちいさなとしょしつ」に
NHKが硫黄島から皆既日食の放送をする、と紹介していただいています。

http://www.nhk.or.jp/live0722/index.htmlがNHKの番組紹介の
URLで、
「第二次世界大戦の激戦地、硫黄島。この島も最良の観測地点のひとつ。」の
皆既になる時間は 11:25だそうです。
だそうです。

「おがししょ」さん、いつもありがとうございます。
貴重な情報をありがとうございます。
おかげで見逃さずに済みます!
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壕の入り口の写真

2009年07月20日 | 硫黄島・小笠原村
島内に、複雑にはりめぐらされた壕の、
調査と、犠牲になられた英霊のご遺骨収集作業は
まだ途中で、
それが終わった壕には、慰霊墓参の私どもが入って、見学、お参りさせてもらえるものがあります。

この壕は、祈念館の少し北を海側に下りた場所にあります。
説明していただいた内容をきちんと記憶できていないのですが、
かなりの数の犠牲になった兵士のご遺骨が発見された壕です。

三箇所入り口があり中に入ってつながっている形になっていて、
入り口付近に、
このように壕で見つかったものが置かれていて
おまいりすることができます。


少年兵も多かった硫黄島戦。
まだまだ、あまりに多すぎるご遺骨が残されています。
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島唐辛子とマイクロトマトの生育 状況報告(2)

2009年07月18日 | 植物栽培
前に黄色い花が咲いたと報告した今年初めて種を蒔いてプランターで栽培している
マイクロトマト。

花はかなり咲いていたのですが、「実をつけるのだろうか?」と
心配していたのですが、
本日、3つの株で、緑の実が、4,5個ずつあるのを見つけました。
安心しました。

かわいい、小さな実で、緑で固そうです。

実の付き方は、以前、高級スーパーで(高価で買って食べようとは
思いませんでした)見たのと同じ付き方でしたが、
今、栽培している鉢、株の数からすると、
「そんなにたっぷり食べれるほど(もともと、小さい粒ですし)
たくさんの収穫はなさそうだなぁ。」と思いました。

これからも、葉を広げ、花がどんどん咲いて、それぞれに
実をつけるかどうか、ですので、まだ、どれぐらいの実に
なるのかは、分かりませんが。

ブログパーツで見つけて参加している、
Dream Farmdでは、(擬似)トマト栽培をしています。
仲間の皆さんとコミュニケーションをしながら、
いろいろ教えていただいたり、考えていらっしゃることを
紹介してもらったり、共感してもらったりしながら
収穫に向かっているのと
我が家のマイクロトマトの実の発見が、重なりました。

マイクロトマトのプランターの隣の
島唐辛子は、暑さ、陽射しが大好きですので、
どんどん、葉の数を広げています。
クリーム色がかった白い花を次々咲かせては、
上に向けて、細長い実をつけています。緑の実です。
もう、いくつか、摘んで食べたら辛そうな大きさにまでなった
実があります。
こちらの島唐辛子は、これまでの経験で、「次々増える」ことを
知っています。

次回は、マイクロトマトの実が赤くなった時か
島唐辛子の実が増えて、緑、オレンジ、赤と
色が出揃ったら、また報告いたします。

写真は、マイクロトマトの緑の実です。


Dream Farmで、知り合った皆様からコメントをいただいています。
ありがとうございます。嬉しい出合いです。
Dream Farm仲間のブログをブックマークして紹介させてもらっていますので、
よろしくお願いいたします。
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