OUR HOME ISLAND - いおうとう(硫黄島)

戦前に在住していた島民が、戦後の小笠原返還後も故郷に帰ることが許されていない硫黄島についての情報発信をいたします。

硫黄島(29)

2011年11月30日 | 硫黄島・小笠原村
これも硫黄島の北の辺を東に向かって進み始めた時に撮影した、硫黄島の北部の写真です。やはり、擂鉢山は奥に隠れていて見えません。島のこちら側にあるモニュメントとしては、西大佐の碑が有名です。およそのある場所は分かったのですが、ズームして撮影しても見つけて撮ることはできませんでした。
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硫黄島(28)

2011年11月29日 | 硫黄島・小笠原村
硫黄島を時計まわりに周回している小笠原丸が、いよいよ硫黄島の西岸を北上し終わって進路を東向きに変えて、硫黄島の北側を回り始めました。この位置からでは、擂鉢山は見えません。ほぼ東西に全体を撮っていますが、この写真でも、段丘状に海面から高度が高くなっている様子が見てもらえると思います。
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硫黄島(27)

2011年11月28日 | 硫黄島・小笠原村
硫黄島の北西端に近いところです。狭いですが浜も見えて、そこからすぐに高くなっていて緑に覆われています。
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硫黄島(26)

2011年11月27日 | 硫黄島・小笠原村
これも、釜岩の砂州が延びている後ろ側に擂鉢山がある写真をズームせずに撮影しています。かなり擂鉢山から離れた位置まで小笠原丸が進んできています。もうすぐ北上から、東向きに進路を変えて、硫黄島の北側を回る時には、南端にある擂鉢山は視界から消えます。
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硫黄島(25)

2011年11月26日 | 硫黄島・小笠原村
これは、釜岩と硫黄島とをつなぐ砂州の後ろ側に擂鉢山がある写真です。写真の右側の端が釜岩です。釜岩と硫黄島を結ぶ砂州は戦後にできたもので、戦前は、硫黄島の沖合の海上に釜岩があったそうです。この角度から見ると、釜岩への砂州が長く左右に広がっています。
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硫黄島(24)

2011年11月25日 | 硫黄島・小笠原村
この写真は、かなりズームして撮影していますが、擂鉢山を北北東の方向から撮影していて、擂鉢山の前に広がっている砂浜は、釜岩の付け根の砂州の部分です。戦前は硫黄島から離れて海上にあった釜岩が隆起で硫黄島とつながったところです。三角形の砂州のこの写真に見えている場所の後ろ側が、私たちが例年、上陸する地点で、そちら側の湾になっているところが小笠原丸の停泊地です。この日は小笠原丸は時計回りに硫黄島を周回しているので、釜岩より南側から北上して、釜岩の西を通過して、この写真を撮った時点では、かなり北側に来ているので、擂鉢山の前に砂州があるという位置になりました。珍しい位置関係の写真だと思います。
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宮城県の亘理郡亘理町と角田市に行ってきました。(10)

2011年11月24日 | 宮城県
これも、また、角田市の高蔵寺の庭園の秋の風景の写真です。高蔵寺は白石から角田に向けて峠を越えて、山道の下りが終わる直前あたりにあります。この写真で、今回の11月12日、13日に、宮城県の亘理と角田に行った時の写真の紹介は終わります。 明日からは、9月に行った時の小笠原丸から撮影した硫黄島の写真の紹介に戻ります。硫黄島の写真をあと何枚ぐらい紹介するか、まだ、決めていません。今、紹介しているのは1周目の、西側を小笠原丸が北上していて間もなく硫黄島の北側を回り込むために進路を北向きから東向きに変えるあたりの写真です。擂鉢山から一番遠いあたりです。硫黄島の写真の紹介が終わったら、今度は、北硫黄島の写真を紹介する予定です。
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宮城県の亘理郡亘理町と角田市に行ってきました。(9)

2011年11月23日 | 宮城県
四方山から南西方向を撮影した写真です。写真の右側、小さな森がある場所に校舎が写っているのが、角田市の藤尾小学校です。藤尾小学校の5年生、6年生は、学校から歩いて四方山まで登るそうです。車でもかなり大変な山道なので、小学生の体力でここまで登ってくるのは大変だと思います。この四方山、海側の北西方向には亘理町の長瀞小学校が見えて、逆側を見ると、角田市の藤尾小学校が見える位置です。 四方山の展望台まで行ったのは今回が初めてでした。四月の初めに行った時にも上ろうとしたのですが、もう、車で山頂に着いたかと思った時に、山頂は救援活動にきた自衛隊の一隊がいて、ちょうど、人を乗せた車両が降りて着始めたところで、すれ違いできずに、道幅が広くなるところまで、山道をバックで下りました。その後、車の向きを変えて、下りました。
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宮城県の亘理郡亘理町と角田市に行ってきました。(8)

2011年11月22日 | 宮城県
この写真は四方山から西の角田市街地の方向を撮ったものです。手前に見える阿武隈川は、亘理町と岩沼市の間の河口に向かって、北上してから回り込むように東南に向きを変えて流れます。 台山公園のH2ロケット(角田市スペースタワー・コスモハウス)が見えます。その後ろ側は、坂上田村麻呂が建立したと伝えられる斗倉寺がある斗倉山です。「おとくらさん」と呼ばれています。この四方山から降りた後に「おとくらさん」にも行きました。
この写真でも、角田が東西に山がある盆地であることが分かると思います。この前日の11月12日に、車で角田から白石蔵王駅に行って、角田を通って山元、亘理に行ったのですが、角田は朝から濃い霧でしたが、白石との間の峠を越えるとすぐに晴れてきて、また、角田に戻ると霧の中で、トンネルを東に抜けると、亘理も晴れで良い天気でした。
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宮城県の亘理郡亘理町と角田市に行ってきました。(7)

2011年11月21日 | 宮城県
四方山(宮城県角田市と亘理郡亘理町と亘理郡山元町にまたがる)の展望台から、亘理町の荒浜、鳥の海、長瀞方面を撮影した写真です。左奥側のドーナツ状の海が鳥の海で、その上側に広がるのが鳥の海温泉の建物もあった荒浜地区です。荒浜中学校やいくつかの鉄筋の建物以外は全てが津波で流された壊滅的被害を受けた地域です。この地区の北側が阿武隈川の河口です。
この写真でも奥から手前側に、常磐自動車道と、それより手前側には国道6号線越前浜街道が通っているのが見えます。
鳥の海地区の南側、この写真では右側に広がっている地区が、震災後に、何度か、津波をかぶった家屋の泥かきなどの作業を手伝いに行った長瀞地区です。大きな緑の屋根が見えている建物は長瀞小学校の体育館です。とても目立つ建物です。長瀞小学校の校舎では、この体育館は、日中は地元の方に開放されるようになっているそうです。この校舎は再開されていなくて、長瀞小学校は、吉田中学校の校舎の一部を借りています。この写真の長瀞小学校から左手間側の、常磐自動車道を手前に越えた場所に校舎が写っていて見えるのが、吉田小学校だと思います。長瀞地区では、住めなくなった家と、戻って住めるようになっている家とが混ざっている地区です。4月に行った時の様子が嘘のように、片付いていますが、住むところを失って引っ越したり仮設住宅に住んだりしている家族がいます。
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