冒険王/南佳孝(1984)
1.オズの自転車乗り
2.八十時間風船旅行
3.素敵なパメラ
4.COME BACK
5.PEACE
6.浮かぶ飛行島
7.火星の月
8.宇宙遊泳
9.真紅の魔都
10.スタンダード・ナンバー
11.黄金時代
12.冒険王
孤高のシンガー・ソングライター(笑)、南佳孝が1984年に発表した、いわゆるコンセプト・アルバム。松本隆が全曲を作詞してプロデュースにも参画するという、デビュー・アルバム『摩天楼のヒロイン』以来の全面タッグである。知らない人も多いと思うが、松本隆と南佳孝って、実は意外にも仲良いのだよ(笑) 松本隆が南佳孝と組んで発表した楽曲の数は、筒美京平と組んだ曲の次に多いとすら言われているくらいなのだ(笑)
前述したが、この『冒険王』はコンセプト・アルバムという事で、そのテーマはずばり「いつもこころに冒険王」「こころは少年少女」。確かに、松本隆が好きそうなテーマではある(笑) で、実際その通りで、言うならばアルバム丸ごとジュブナイル。知ってる人は知ってると思うけど、タイトルの『冒険王』というのは、昔の少年漫画誌のタイトルでもあり、このアルバムが出た1984年頃には既に廃刊になっていたけど、僕が小学生の頃は発行されてた。僕自身は読んだ事はないけど、おそらく、冒険とか探検とかがテーマの漫画が大半を占めていたのではなかろうか。そういう漫画誌をタイトルに持ってきてる訳なので、聴く前からある程度内容は想像出来るかもしれないが(笑)、ま、そういうアルバムだ(爆)
せっかくなので、発売当時のLPに貼ってあったステッカー(このLPは、帯ではなくステッカーだった)を見て頂きたい。
“心の少年少女に贈る 大冒険浪漫絵巻”というコピーがなかなか(笑)
ついでもう一点。当時のLPに封入されていたシール。これはレアだと思うよ。
ジャケット・デザインやアートワーク全体も、大正というか昭和初期の雰囲気で、ここいらも松本隆の趣味っぽい(笑) 前述した南佳孝のデビュー作『摩天楼のヒロイン』も、そんな雰囲気だった。もっとデカダンな感じだったけどね。
収録曲は、冒険譚というかジュブナイルというか、小説をそのまま歌にしたような感じのもの(八十時間風船旅行、真紅の魔都、黄金時代、等)と、昔の事を懐かしんでいるようなもの(オズの自転車乗り、PEACE、等)との2種類に大別される。そういう意味では、フツーにラブソングな「素敵なパメラ」や、当時、薬師丸ひろ子との競作となった「スタンダード・ナンバー」あたりは、やや浮いてるかも^^; けど、どちらも名曲だ。他の曲も粒よりで、コンセプト・アルバムという事で、広く聴かれる機会が少ないと思われるのが、実に勿体ない佳曲揃い。南佳孝の全アルバム中、3本指に入るのではなかろうか。何度も言ってるけど、南佳孝は松本隆が全面プロデュースした『摩天楼のヒロイン』でデビューを飾っているが、このアルバム、松本隆の趣味が色濃く反映されたアルバムで、南佳孝自身も後年「あれは松本隆のアルバムだ」と発言してたりするくらいで、不満も多かったのだと思うが、10年の時を経て再びタッグを組んだ『冒険王』の出来映えには、大満足だったのだろう。次作『Last Picture Show』でも、続けて松本隆とタッグを組んでいる。ちなみに、このアルバムのテーマは“映画”。ま、タイトルで想像出来るだろうけど(笑)
という訳で、曲も構成も素晴らしい、南佳孝の会心作なのだが、ラストを飾るタイトル曲、これがまた名曲なのだ。格調高いオーケストラをバックに、南佳孝が朗々と歌い上げる壮大なスローバラードで、テーマとしても曲調としても、アルバムを締めくくるにふさわしい名曲なのだが、ちと問題作でもある(笑) 何がどう問題作なのか。ちょっと長いが、歌詞を引用する。
密林に浮かぶ月 川岸の野営地で手紙を記すよ
元気だと書きながら もう二度と会えぬかもしれないと思う
伝説の魔境に明日旅立つ 古い地図を胸に抱いてエルドラド探す
君を愛してる 分かるだろう
もしも帰れなくても 泣かないでくれよ
黒豹の瞳が闇を走る ガイドさえも震え上がる禁断の土地へ
君を愛してる 分かるだろう
もしも帰らなければ 忘れてくれよ
忘れてくれよ
以前、NHK-BSの松本隆特集を見た事があるが、その時のテーマは、松本隆自身が選ぶ、ヒット曲や有名曲ではないけど、思い入れの深い曲10選、というもので、その10曲の中に「冒険王」も入っていた。うん、深く納得(笑) 実に、松本隆らしい曲だと思う。
この曲の主人公は、愛する女性がいるにもかかわらず、生きて帰れぬかもしれない冒険に向かう。愛と夢とは全くの別物なのだ。これは男のロマンなのか、単なる我が儘、男の身勝手なのか。普通なら、こんな事を言われた女性は怒るだろう。もしも帰れなくても、なんて言ってるより前、冒険に行く、などと言い出した時点で、この男を見限るのではないか。しかし、この曲に出てくる女性は、そんな事は言わず、ただひたすら愛する男が無事に帰ってくるのを待ってるタイプと思われる。で、もし、帰って来なかったら? 多分、ずっと彼の事を想いながら、一人で生きていくのだろうね。なんて都合の良い女性なんだ(笑)
沢田研二の「サムライ」という曲があって、これを作詞した阿久悠は、男のやせ我慢或いは強がり、といったものを表現したかったそうだが、似たようなテーマではあるものの、「冒険王」の場合は、やせ我慢や強がりを超越している。ただひたすら男のロマン。一点の曇りもない。純粋なのか世間知らずなのか(苦笑) やはり松本隆・南佳孝コンビの曲に「曠野へ」というのがあって(アルバム『Daydream』収録)、この曲では、世を捨てて人里離れた、星が降る曠野で暮らす男がテーマだ。もう都会に戻る気はないから、彼女からの手紙も読まずに暖炉に投げたりする。世を捨てた割には、都会から手紙が届くという事は、住所が分かってるのではないか、なんかヘンだなぁ、というツッコミは置いといて(笑)、このコンビは、こういうテーマが好きらしい(笑)
また、この「冒険王」の男は、本当に冒険や探検がしたいだけで、古代の財宝や移籍を掘り当てて一攫千金を狙う、なんて事はこれっぽっちも考えてない、というのは、歌詞を見ても分かる。一攫千金野郎なら、もしも帰らなくても、なんて言わないからね。絶対に財宝見つけて無事に帰ってきて君と結婚する、くらいの事は言うだろう。女性からすると、そっちの方が嬉しいのかな。結局帰ってこないのは同じなんだけど(笑) ま、とにかく、「冒険王」の彼が欲しいのは、金ても名誉でもなく、ただひたすらロマンなのだ。邪心も野心もない。正に、“こころは少年”なのである。
良くも悪くも、松本隆の女性観やら人生観やら、その他諸々が100%前面に出た曲と言える。一連のヒット作にも、彼なりの理想の女性像、或いは人生観、憧れ、といったものが見え隠れするのも多く、この「冒険王」はその延長線上というか集大成というか、松本隆なりのロマンや憧れをこれでもか、とぶつけてみた曲という事になるのである。身勝手と言えば身勝手なんだけど。他の歌手に提供する場合には、大っぴらに表現出来ないテーマでも、南佳孝となら好き放題。本人の思い入れが強いのも当然の名曲だ。
また、こんな歌詞を朗々と歌い上げるのが南佳孝だというのが良い。他の歌手だと、ちょっと違和感がある。“孤高”という言葉が似合う南佳孝だからこそ、堂々と歌えるのだ。正にベストマッチ。共にアウトロー気質で相性ピッタリ、あんまり相性ピッタリ過ぎて、時に気持ち悪かったりもする(笑)松本隆・南佳孝コンビが作り上げた傑作が、『冒険王』であり「冒険王」なのである。あれから33年、その素晴らしさは今でも色褪せない。
このアルバムが出た年の秋、僕が通っていた大学の学園祭に、南佳孝がやってきた。もちろん、構内の体育館に見に行った。『冒険王』の曲も結構やってた気がする。アンコールで、南佳孝はピアノの上に座って、2~3曲歌ったが、その時「冒険王」を実に気持ち良さそうに歌ってたのを、今でも覚えている。感動的だった。若かったなぁ、あの頃は(爆)
この「冒険王」ですが、歌詞はともかくとして、曲自体は、ゆったりとしたテンポとキーで、実に歌いやすいので、カラオケで見つけたら、是非お試し下さい(笑)