イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

28年ぶりの島根県浜田市再訪記 ~君の唄が聴こえる~ その19

2009年09月07日 19時53分19秒 | 旅行記
第3章 「再会 ~学級の歌~」

やはり僕にとって浜田は、いつまでも昔のままの浜田なのかもしれない。車の窓越しに真っ青な空に浮かぶ白い雲を眺め、時間が止まってしまいそうになるほどに強い陽射しがすぐそこにあるのを感じながら、どうしてもあの昭和の日々を思い起こさずにはいられない。あの頃ここで過ごした夏休みの青い空、地面に降り注いでいた熱射線、緑生い茂る山々――すべてが今日と同じだ。

朝、目を覚ますとすぐにお母さんが作った朝ご飯を食べ、麦茶をがぶ飲みし、ランニングを着てアブラゼミを捕まえに行った。家に戻ると、チャーハンのお昼ご飯を食べ、麦茶をがぶ飲みし、さらにサイダーをがぶ飲みながらテレビで高校野球を見た。プロ野球も好きだったけど、読んでいた野球漫画に影響されて、なぜかプロ野球ではなくリトルリーグの選手になりたいと熱望していた。気がつくと、電話して約束するわけでもないのに、いつのまにか友達とどこかに集まっていた。たぶん、気の向くままに突然友達の家を訪ねて「○○君、遊ぼ~」と玄関先で叫んでいたのだ。暗くなるまで野球をし、鬼ごっこをし、なんだかわからない即興の遊びをした。仮面ライダーごっこみたいに、遊んでいる途中でいつのまにか何かのヒーローになりきっていることもあった。空想上の相手と必死に闘っていたら、近くにいたおばさんに笑われた。おばさんにはこのショッカーが見えないんだ。頭のなかで空想と現実が一体化し、その区別はあまりなかった。

好きなテレビ番組を見るために急いで友達とバイバイし、ダッシュして家に帰った。『トムとジェリー』を弟と一緒にみて大笑いした。3本立ての構成の真ん中の短編がなんだかお洒落で好きだった。その後で姉と『ルパン三世』を見た。次元大介のクールさに憧れ、峰不二子が登場するとドキドキした。晩ご飯は大騒ぎしながら食べた。好きなおかずに歓喜し、嫌いなおかずに涙した。夜は早く寝た。『クイズ タイムショック』が始まるとなぜか睡魔に襲われた。夜7時半がそのころの僕の就寝時間だった。熟睡し、夜中に目が覚めることはまったくなかった。気がつくと朝になっていた。そして朝ご飯を食べると、前の日と同じように外に遊びに出かけた。夏休みの宿題はまったくしなかった。8月31日にまとめてやっていた。日記はいつもねつ造した。そのときに過去のことをもっともらしく書くことを覚え、それが今とても役に立っている。今会社員をやめて毎日が夏休みの生活になったが、締切に追われて毎日が8月31日になった。ここでもあの頃の経験がとても役に立っている。ともかく、こんな風に1980年の夏の日は過ぎていった。


――今日は2009年の8月14日金曜日で、時間はもうすぐ正午になる。初めてエイコちゃんからメールをもらった4月13日の夜から、ちょうど4ヶ月が経過した。その間にいろんなことがあったけど、気がついたら今僕は、再び長浜小を目指して走り出した靖子さんの車のなかにいる。そしてあと数分後には、みんなとの再会を果たすのだ。昨日の浜田駅での興奮、緊張、感動の再会の余韻がまだ残っている。だけど浜田で一夜過ぎて、少しだけ緊張は和らいだ。ほんの数分のこととはいえ、エイコちゃんとは昨夜浜田駅で顔を合わせた。でもやっぱり緊張する。デタラメで好き放題に生きていたあの頃の自分のことを28年経っても覚えていてくれたクラスメイトの女性がいて、大人になった姿で正門にいて白馬の王子様の登場を待っているのだ。このシチュエーションで、緊張しない奴がいるだろうか? 驚きのネットでの邂逅から数ヶ月、何度もメールをやりとりしてきたマキちゃんとエイコちゃんが、すぐ近くにいるのだ。8.14は大切なXデーとして、ここ数ヶ月の僕の心の真ん中にろうそくの火みたいに灯っていた。とうとうその日、その時がきた。禁鳥、いや緊張だ。大丈夫か、オレ。シャツは裏返しに着ていないか、靴下は左右同じのを穿いているか、社会の窓は開いていないか、財布持ったか、戸締まりしたか、頭から湯気は出ていないか、ああ、もう誰かどうにかして~。

この午前中、靖子さんはシャトルバスみたいに僕の送迎を繰り返してくれた。もともと気のつく人なのに、さらにすごく気をつかってくれて、僕のためにできる限りのことをしてくれているのだということが、誠意が伝わってくる。本当に、本当に、ありがとう、感謝感激だ(清君、めっさいい人つかまえたね)。少々落ち着きを失いながらも、靖子さんの仕事や、翻訳についての話をしていたら、あっという間に長浜小が近づいてきた。真実の瞬間が近づいてきた。また例によって、目の前の光景がスローモーションになってきた。ああ、正門が見える、まぶしい陽射しが差す校庭に、数人の女性がいる。ああオレは、来てしまったよ、着いてしまったよとうとうここに、やばいよこれは、やばすぎる。あれはエイコちゃん、そしてあれがマキちゃんか、そしてあの見知らぬ女性がタバサさんなのだろうか.......靖子さんは容赦なく車を前に進める。28年ぶりに捕獲された珍獣「こっちゃん」が、とうとう白日の下にさらされるのだ。下手な映画監督なら、ここで効果音に心臓の鼓動を使うことだろう。ドクッ、ドクッ、ドクッ。タァ~イムショック!

と、そんな風に心は千々に乱れていたのだけど、もうここまできたらどうしようもない。煮るなり焼くなり好きなようにすればいいさと胆を決め、平然を装ってさっそうと白馬(靖子さんの車)から王子が地上に舞い降りた。爽やかな風が僕の前髪を揺らし、お星様がキラキラと光った。

エイコちゃんと、もうひとり女性がこっちに近づいてきた。笑顔のエイコちゃんと握手をした。いつも笑顔だけど、このときもやっぱり笑顔だった。エイコちゃんにとって、この可愛らしい笑顔が普通の顔なのだ。なんてキュートな人なんだろう。とうとうこの日が来たね、そうだね、よかったね、そんな会話を目と目で交わした。昨日会ってはいたし、電話でも喋っていたし、宇部かまぼこも渡していたし、もう少しは慣れてよさそうなものなんだけど、それでもやっぱり緊張してどう振る舞ってよいかわからない、いやいや昨日はどうもどうも、しどろもどろ、何を喋っているのかわからないけど、ともかく本当によかった、よかった、そしてその隣には――

あれ、このマダム・バタフライのような美しい女性はいったい誰なのだろう? ここはどこ、私は誰? この人はいったい――? 白い日傘を差し、右手に嵌めていた黒い手袋をとって僕に向かって手が差し出される。これは、白馬に乗った王女様? ちがうよこれはクラスメイトの夏目さん家の雅子さんだよいや松坂の慶子ちゃんでしょいやちがう、そうこの人こそ、○○さん家のマキコちゃんだった。一度写真を送ってもらっていたから、マキちゃんだとはすぐにわかったのだけど、なんだか写真の彼女が綺麗すぎて、にわかには現実のものとは信じられなかったのだ。本物を目の前にしても、やっぱり信じられない。僕は鼻血を出して卒倒しそうになるのを必死でこらえながら右手を差し出し握手をした。危うく心臓が止まるところだった。鼻血も必死にこらえた。今日はたくさん写真をとるだろうに、血だらけのシャツで写るわけにはいかないからだ。わぁこじまくんだ、とマキちゃんは言ったが、ぼくは緊張して宇宙語のような意味不明な言葉を一言二言呟くことしかできなかった。やっと会えたね、ホントに、よかった、よかった! 上手く表情には表せなかったけど、心のなかで必死にそう繰り返した。

校庭の向こうに見える校舎も、僕たちの再会を喜んでくれているような気がした。寡黙な頑固オヤジのように、黙って静かに佇んでいる。

こうして、ぴったり正午、エイコちゃん、マキちゃんと再会を果たした。景山先生のクラスで、同じ三年二組、四年二組のクラスメイトとして二年間を過ごした僕たちは、僕の転校によって引き裂かれてしまった。あれから気が遠くなるような時間が流れ、お互いにまったく別の人生を生きてきた。同じ日本という国にいながら、まるで別の惑星に住んでいるみたいに、まったく違う時間と空間を生きていた。相手が生きていることすら実感できなかった。ここまで遙か長い道のりを通ってきたような気もするけど、ふたりからメールをもらったあの日からこの再会の瞬間までは、何の障害物もないまっすぐな道をただひた走ってきたような気がする。4ヶ月という時間はかかったけど、小郡経由で来てしまったけど、やっぱり最短距離をまっすぐに走ってきた気がする。うん、間違いない。僕たちはここに集まるべきだったんだ。そしてこうして会う運命だったんだ。緊張してはいたが、一点の曇りもなく、素直にそう思える。

そしてもうひとり、僕たちの感動の再会をしかと見届けたというちょうどよい頃合いを見計らって、謎の美女が近づいてきた。感動しすぎて、もう死んでもいい、この人生でやり残したことはないと、感無量な気持ちになっていた僕の命を奪いに来た刺客なのだろうか。僕はこのまま天国に逝ってしまうのだろうか。まあいいか。違った。それはタバサさんだった。僕たちの同級生のコマッキーの奥さんで、僕は初めて会うけど、エイコちゃんとマキちゃんの親友で、この記念すべき日に僕たちを撮影するためにカメラマンとして立ち会ってくれることになったのだ。広島で美容師になったコマッキーも本当は今日ここに来る予定だったのだけど、残念ながら都合で夜だけの参加になった。コマッキー、こんなお洒落で可愛い奥さんもらって幸せ者だなコノヤロー、バカヤロー、ちくしょう、なんだかバカバカしくて人生やってられんわ! アホらしいわ! と思いながら、またまた緊張してしどろもどろになりながら挨拶した。今日はよろしくお願いします!

鹿児島から車で帰ってきている由美ちゃんももうすぐここにくる予定で、今、京都から浜田に向かっている紀子ちゃんは景山先生の家にいくころに合流するはずだ。彼女たちが靖子さんと会話をしている。浜田ではいろんな人のつながりがあるのだ。僕も靖子さんにお礼を言った。今日もまた清君の家に泊めてもらう予定だから、また夜に会いましょう。本当にありがとうございました!

それにしても、このシチュエーションはすごすぎる。28年ぶりの再会。28年ぶりの長浜小学校。普通でいられるわけがない。何をどうすればよいのかわからない。逆立ちしながら裸踊りでもすればよいのだろうか。冠婚葬祭と盆と正月とクリスマスとドジョウすくい祭りがいっぺんに来たような感じだ。

正門のすぐ近くに石碑がある。昔ここで、景山学級のクラス写真を撮った。クラスを象徴する思い出の一枚だ。エイコちゃん、マキちゃんはもちろん、清君始め景山学級だったみんなはきっとこの写真のことをよく覚えているはずだ。僕のアルバムにも、当然貼ってある。たぶん、みんな何をすればよいのかわからなかったのだと思う。再会してからものの5分も経っていなかったと思うけど、このクラスの記念写真が撮影されたのと同じ位置に立って、さっそく一枚撮ろうということになった。タバサさんがカメラを構えて、はい、チーズ。

28年間、お互いがどこで何をしているのかまったく知らなかった。時々相手のことを思い出していた。28年ぶりに会った。学校で会った。握手をした。ついさっき会った。さあさあ、そこに並んで、はい、チーズ。それにしても不思議すぎるよ。28年、一瞬でワープしちゃったよ。夢みたいだけど、これは現実、はい、パチリ。――やっぱり、このシチュエーションはすごすぎる。心臓が爆発しそうだ。いったい今日はこれからどうなるんだ! 神様~!
 
(続く)

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