イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

28年ぶりの島根県浜田市再訪記 ~君の唄が聴こえる~ その17

2009年09月04日 20時39分32秒 | 旅行記
誰もいない校庭の、長浜の海の海岸を思わせるような砂地のグラウンドを夢遊病者のように歩いていくと、目の前には4年間通い続けた校舎があった。変わっていない。あんなに古い校舎だったのに、建て替えられたり目立った補修をされたりしている痕跡はまったく見られない。当時はなかったボールよけの鉄柵を除けば、あの頃とまったくといっていいほど同じだ。

予想はしていたけど、校舎も校庭も、大人になった自分には少しだけ小さく感じる。誰だってそうだろうけど、小学生にとっては学校がものすごく巨大な場所に思えたものだ。だけど圧倒された。気が遠くなるような歴史を誇る校舎の威風堂々とした佇まいと、そこからにじみ出るような神聖な空気。めっさすごい建物だこれは。

校舎の周りを歩いてみる。校舎の裏の入り組んだ構造、渡り廊下や水道水の施設、何もかもが同じだ。変わってない。本当に変わってない。変わったのは、僕たちの方なのだ。あの頃、みんなここにいた。先生も、僕も、友達も、友達の友達も、姉も、姉の友達も、弟とその友達も、みんなここにいた。誰もいない構内を歩くと、大勢の子供たちが走り回る姿が目に浮かんでくる。楽しそうに遊ぶ声が聞こえてくる。たしかにみんなここにいた。みんな、今はどこにいるのだろう。あの時代は、どこに消えてしまったのだろう。

いつまでもここにいられそうな気分ではあったけど、正午にここでマキちゃんたちと待ち合わせして、校舎の中を見学させてもらうことになっている。ひとまず学校を後にして、昔、僕たち家族が住んでいた家への通学路をたどりながら歩いて行こう。僕が住んでいた地域は正門とは逆の、西の方角にあるので、その地域の子はみんな校舎の裏口にある隘路を抜けて学校に出入りしていた。あの道は、まだあるのだろうか? あの頃と同じように、正門ではなく、あそこを抜けてみたい。

構内には「関係者以外立ち入りお断り」という表示があったのだが、一応オレは関係者なのだと自分に言い聞かせて、構わず進入させてもらった(不法侵入で警察に逮捕されたりして。オレならあり得る)。少し迷ったけど、裏口はあった。そうそう、この道だ! ついにきた通学路。小学生の僕にとって、世界の中心だったこの道!

ありきたりな表現だけど、もう「懐かしい」としか言いようがない。頭のてっぺんからつま先まで、全身に懐かしいという感情が充満してくる。オレは歩いている、10才のときに毎日歩いていた道を歩いている。建て替えられたり無くなったりしているものも多いのだろうけど、昔と同じものが目印になって、はっきりと道を思い出せる。自分でも意外なほどに覚えている。真夏日の今日、長浜のひっそりとした町並みには、家の中で静かに午前中を過ごしている人の気配がするけど、道行く者はほとんどいない。黙々と僕は進んだ。早くも玉のような汗が噴き出してきた。

通学路はひとつだけではなく、脇道や回り道もたくさんあった。友達の家や遊び場にいくときに通った道もある。この道は覚えてるぞ、と思ったら、身体が勝手にその道に進んでしまう。狭い路地を抜け記憶を辿るように進むと、また元の場所やいつもの通学路に戻ってくる。そんな風にジグザグに塗り絵を塗りつぶすようにいろんな道を歩いた。

学校のすぐ脇の勾配の、けもの道のような細い土道を上り、線路をわたった。見晴らしのよい場所に立つと、当時と同じように学校と浜田湾を見渡せた。僕にとって「ザ☆浜田」な光景はこれだ。僕はしばし景色を眺めた。10才の少年だった僕は、あの頃この景色を見つめて何を思っていたのだろう。どんな未来を予想していたのだろう。小学四年生だった僕には、やがて友達と離ればなれになり、遠い場所で今のような暮らしをしている自分自身の姿など、想像することすらできなかったはずだ。ただ未来とは輝かしいものであると漠然と感じながら、前に進むことだけを考えて生きていたはずだ。雄大な自然の下に育まれながらも、その美しい景色に心を奪われ、自らをことさらに省みるようなこともなく。今の暮らしではめったに見る機会のない水平線をなぞるように、沖の方をゆっくりと小さな船が進んでいくのが見えた。

さらに上に行こうとして、両脇に草の茂る細い道を進もうとしたら、足下で何かが動いた。バッタだ。鮮やかな緑輝く筐体から突き出た細い六本の足。懐かしい、異常に懐かしい。同じ種類のバッタは他ではみたことがないから、この地域のみに棲息するバッタなのかもしれない。浜田にはいろんな種類のバッタがいて、毎日のようにそれらを捕まえて遊んでいた。バッタは、あの頃とまったく変わっていなかった(バッタはそんなに早く進化したりはしないから当たり前だ)。でも、びっくりした。あまりにもバッタが当時と同じだったので、あの頃に生きていたのと同じ一匹のバッタが、再び僕の前に姿を現したかのような錯覚に陥った。エネルギーに満ち、すぐにでもどこかに跳んでいきそうなそのバッタを見ていたら、やっぱりここは28年前の世界に違いないのだと思った。

(続く)

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