◇重症障害児者支える活動通し「地域文化の発信地に」
日常生活を送るうえで、医療的なケアを必要とする人たちがいる。病院の入院期間短期化、施設入所から在宅介護など地域生活への移行の流れの中で、こうした人たちの社会参加や生活の質をどう確保していくかが課題になっている。小児神経科医で、重症心身障害児者施設「びわこ学園医療福祉センター」統括施設長の杉本健郎さん(58)は福祉、医療、教育関係者、保護者らでNPO法人「医療的ケアネット」を設立した。その狙いや活動内容などを聞いた。【森田真潮】
--医療的ケアとは。
典型的には、口の中のだ液やたん、鼻や気管内の吸引をはじめ、鼻や口、胃からの経管栄養。呼吸、栄養摂取という生きていくうえで基本的な事にかかわることだ。
未熟児や脳性まひで乳幼児から必要な人もいるし、筋ジストロフィーなど進行する病気、交通事故などの中途障害で必要になる人も。特に、二次障害が生じやすい小中高校時代や、老齢期にケアを必要とする人が増える傾向がある。全体の人数が増える背景には80年ごろの医療技術の進展で、在宅でも延命できる人が増えてきたこともある。
--何が問題ですか。
吸引や経管栄養は「医療行為」とされて、できる人が制限されてきた。ようやく、学校の先生や自宅を訪問するヘルパーにも認められるようになったが、実際には医師や看護師の免許を持っていても経験のある人は少なく、研修も十分ではない。医療的ケアは、必要とする人が安楽に過ごしていくための支援で、生活支援という面もある。医療職の免許を持つ人がやればいいということでは済まない。快適で、その人に合ったケアでないといけない。
これは、重い障害を持つ人が地域で自活するために誰の力を借りるか、という問題。これまでは事実上、違法性の問題に目をつぶる形で保護者に負担が押し付けられてきた。障害者の家族が私的に医療的ケアを学び、実施する負担を負うということでいいのか。
選択肢は二つ。看護師による訪問看護か、ヘルパーなど非医療職によるケアだ。現状では在宅の人への訪問看護は、医療保険の適用時間が制限されている。また、非医療職によるケアは個別契約で行うことになるが、事故があった場合に備える保険が整備されていないのが課題になっている。
--設立経緯は。
02年3月に当時、勤務していた関西医大小児神経グループの公開勉強会と、養護学校のスタッフの定期勉強会を合わせ、福祉関係者や保護者に呼びかけて、「保健・医療・教育・福祉ネットワーク大阪」を作り、事例検討などを始めた。04年5月には「ネットワーク近畿」に広げ、今年3月にNPO法人「医療的ケアネット」設立に至った。
本人の日常生活を支援していくというのが、すべての基本。今後、全国各地で主に非医療職向けの実践講習や、情報交換や相談ができるネットワーク作りをしていく。いろいろな関係者が集まることで、医療一般に見られる医者と患者との間の壁も壊していきたい。
--学園での展開は。
学園としても、入所施設の中だけでなく、地域に出ていこうと、05年に訪問看護ステーションを設け、活動を始めた。今、考えているのはステーションを核に、医療的ケアが付いた多機能の生活支援拠点を作ること。グループホームやケアホームの暮らす場所▽診療所や看護・介護ステーションの暮らしを支える場所▽織物や粘土・焼き物など物を作る場所▽喫茶店など働く場所・人が集まる場所……。こうした機能を合わせ持った拠点を目指している。
最終的な目的は、最も障害の重い人たちが、町なかに顔を出すこと。それを根っこにして、集まる人たちが励まされる場所ができるはず。新しい、温かな文化の発信地になる。「ひと」と「いのち」をキーワードに、地域文化の発信地を作っていきたいんです。
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■提言
障害が重く、医療的なサポートを必要としていても、当たり前に豊かで安全に暮らしていける地域社会を作りたい。そうした人たちに触れることで、周囲の人たちも励まされ、共に生きる温かい文化が育っていく。重症障害児者を支える活動を通して、地域の文化を積み上げていきたい。
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■人物略歴
◇すぎもと・たてお
1948年、兵庫県篠山市生まれ。関西医大小児科助教授などを経て04年、第二びわこ学園長。改組に伴い、07年4月から、びわこ学園医療福祉センター統括施設長。共編著書に「障害医学への招待」「医療的ケア研修テキスト」など。
(6月19日付け毎日新聞の報道)
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/shiga/news/20070619ddlk25070351000c.html