滋賀市民運動ニュース&ダイジェスト

編集:市民運動ネットワーク滋賀・事務局(TEL:FAX077-522-5415)

【0706/36:教育問題】公立高校の授業料値上げ、教職員組合が反対の要望書を提出

2007-06-12 01:08:41 | Weblog

県が公立高校の授業料を値上げする条例案を6月県議会に提出していることから、滋賀県公立高等学校教職員組合と全教しが教職員組合が6月31日、知事と県教育長に値上げをしないよう求める要望書を提出しました。

要望書では、高校生の子どもを持つ家庭の経済状況が厳しくなっており、授業料を払えないために高校進学を断念せざるを得ない生徒も生まれていることなどを指摘しています。

(6月10日付け滋賀民報が報道)

【0706/35:環境問題】「温暖化が低酸素を促進」、大津で講演会、琵琶湖への影響を指摘

2007-06-12 00:40:03 | Weblog

県地球温暖化防止活動推進センターは6月9日、「世界の現状と琵琶湖への影響」と題した講演会を大津市のコラボしが21で開きました。琵琶湖環境科学研究センターの熊谷道夫研究情報総括員が、地球温暖化が琵琶湖に及ぼす影響について解説しました。
 
熊谷氏は、冬になると、外気で冷やされるなどして重くなった酸素を含んだ上層の水が下層と混ざり合い、湖底に酸素を供給するメカニズムを紹介。そのうえで「地球温暖化の影響で、水が湖底まで届きにくく低酸素状態になり、酸素を湖底に届ける循環の時期が遅れている」と指摘しました。
 
低酸素化が進めば、生態系の影響や富栄養化などが懸念されるといい、熊谷氏は「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告の通りにいくと、今世紀中に琵琶湖湖底の酸素濃度がゼロになる可能性が高い。化石燃料の使用を控えるなど私たちができることをしなければならない」と参加者に呼び掛けました。

(6月10日付け京都新聞が報道)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070610-00000017-kyt-l25

【0706/34:戦争体験】旧陸軍逓送下士官の松本さんが体験談、「戦争体験を語り合う会」例会

2007-06-12 00:26:24 | Weblog

戦争の記憶を語り継ぐ活動を続けているNPO法人「戦争体験を語り合う会」(宮川進理事長)の例会が6月9日、大津市京町3の逢坂公民館で開かれました。太平洋戦争中、旧陸軍で文書や郵便物を輸送する逓(てい)送下士官としてタイに勤務した同市中央4の松本致敬さん(87)が、戦争末期に病気で何度も命を失いかけた体験を語りました。
 
松本さんは1943年に応召。福井県敦賀市の歩兵第119連隊の兵士として東南アジアに出征し、乗り込んだ船団が南シナ海で魚雷攻撃に遭うなどしながら、日本の協力国だったタイに到着。乙種幹部候補生から伍長に昇進して、ビルマ(現・ミャンマー)国境に近い西北部のチェンマイやチェンライに勤務しました。
 
初年兵時代、竹刀でしごこうとした上官を得意の剣道で逆にやっつけたものの、以後隊内でのいじめが止まらなかったことや、国境で空襲と敵襲があった際、機密書類入りの鉄箱を川底に隠して守りきったが、流されて下流で見つかったために昇進を止められた体験に触れながら「幹部を志したが、軍隊内の人間関係には嫌になることが多かった」と話しました。
 
また、終戦直前の45年7月に、書類輸送中に空襲を受けた際は、何とかごうに逃げ込みましたが、生き埋めになり、頭がい骨に重傷を負いました。屯所に何とかたどりついた部下2人は死んでしまっていmした。その後、敗戦、捕虜生活、帰国以後まで頭の傷の痛みとマラリアの後遺症には悩まされ続けたとのことです。
 
「敗戦のショックよりも、この体でどうやって生きていこうと悩み、生きる希望は少しもありませんでした」。しかし、帰国して入院していた病院を昭和天皇が訪れ、松本さんに励ましの声をかけたことをきっかけに「戦後の日本に役立つためにまず生きねば」と思い、延暦寺を訪れ座禅を組むなど「精神を強く」する修行をした後、県庁に勤め、再出発しました。
 
松本さんは「あの時死んだ2人の部下も含め、私の命は多くの人たちに生かされていると感じている。生かされた命を大切にするためにも、自分の経験を後の世代のために語っていきたい」と結びました。

(6月10日付け毎日新聞が報道)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070610-00000240-mailo-l25