以下はニコニコチャンネルのブロマガ、兵頭新児の女災対策的随想と同時にアップされている記事です。
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最初に告知させていただきます。
拙著『ぼくたちの女災社会』が復刊ドットコムの「復刊リクエスト」にエントリされています。どうぞ、ご協力をお願いします!
さて、前回アップした動画について、「後日何か書く」と言ったきりになっておりました。ぶっちゃけ大したリアクションもなく、またドクター差別(以降「ドクさべ氏」と呼称)について今までも結構書いてきたので、結局それの繰り返しになっちゃうしなあ、ということで筆が鈍っておりました。
が、一つ訂正。
動画内でぼくは
「女性専用車両」に法的根拠がないというのはどうやら本当らしい。
と書きました。
が、健次郎氏にご教示いただいたのですが、民法第206条に使用収益権というものが規定されており、車両は法律上、鉄道会社の私物だそうです。言ってみればぼくがぼくの私物である漫画を嫌いな人物に貸さない権利を持つのと同様、女性専用車両への男性の乗車を禁ずるのも、鉄道会社の自由というわけです。
ただドクさべ氏たちが繰り返す通り、鉄道側が「任意の協力をしてもらっている」と謳っているのも事実。
つまり現状を例えるならば、のび太から漫画を脅し取ったジャイアンが、「話しあいにより、無期限に借りることを、のび太に承諾させたのだ」と言っているようなもので、ある意味、弱気なのび太も悪いよなあという感じです。
ぼくが今回感じたのは、ドクさべ氏たちは「差別」というものを「世を動かしている権力を持ったワルモノ」が作り出していて、その「ワルモノ」をやっつければ世界に平和が来る、という世界観を持っているのではないか、との印象です。
これはぼくたちより上の全共闘運動とかをやっていた世代が色濃く共有していた世界観で、オタク界にもいまだその頃の「ノリ」から目覚めてない方も多いのですが、そうしたやり方は古い上に、少なくともこの問題に関しては一番無力な方法論であると言えます。
いえ、「この問題」を「女性専用車両」に限るなら、或いはある種の力押しで解決できるかも知れません。
さらに彼らの言う「男性差別」を制度上の差別であると規定するならば、例えば政治家に働きかけるといったやり方も功を奏するかも知れません。例えば、「疑わしきは罰せず」の原則を透徹させることで性犯罪冤罪をなくす、アファーマティブアクションをなくす、など。
が、それでは「女災」はなくならないのです。
何故か。
例えばですが、現行の法律上、男性が主夫をやっても全然構わないはずですが、ところが男性を養う女性などほとんどいません。
つまり、システムを変えても人間の意識はそう簡単に変わらないからです。
ぼくは幾度か、二十年ほど前のフェミニストたちがポルノやミスコンテンストを女性差別であるとして派手なパフォーマンスを繰り広げ、そして冷笑を持って迎えられて消えていったことについて書きました。ドクさべ氏たちの振る舞いが、それのリプレイに過ぎず、同じ道を辿るで煽ろうことについても繰り返し述べているかと思います。
では、それ以降のフェミニストはどうなったか。
ラディカルフェミニズムという、「人間の心を強引にいじくる」思想に耽溺し、「ジェンダーフリー教育」などに走りました。が、それによってぼくたちの意識が変わったとはどうにも思えない上に、そうした力押しのやり方は、結局人々の反発しか生まないことが明らかになっただけです。
ドクさべ氏たちの中ではありがちな「目的」のすり替わりが起きていて、「女性専用車両廃止」という手柄こそが彼らの最終目的になっている感も大いにありますが、仮に彼らがそれを達成したとすれば、「女災」は今の数倍に非道くなっていることでしょう、女性たちは今よりもっと頑なな男性への敵意を持つことになるでしょうから。
ではどうすればいいのか。
ドクさべ氏はぼくを評して(http://blogs.yahoo.co.jp/sabetsu5555/archive/2013/2/10のコメント欄)
②私らの活動を「時代遅れ」と言いながら、効果的かつ具体的な(代替の)啓発手段を全く提示できていない
とおっしゃっています。
これについてはある意味、正しい。ぼくは女性たちの意識を変えることは絶望的であると思っていますから。
が、「代替案を持たない」からと言って、明らかにマイナス方向にしか物事を動かさない彼らのやり方への批判はまかり成らぬ、という考えは通らないでしょう。
「女災」の本質は「男性が加害者にされてしまうこと/女性が被害者になれること」です。
例えばですが、「男性と女性がもめている現場」というものを想定した時、男女とも、どうしたって女性側につく傾向が強くなる。
秋葉通り魔事件など、逃げ場をなくした被害者が加害者側に転じてしまった悲劇であり、こうした事例はやはり女性よりも男性側に圧倒的に多い。
ある意味、「痴漢冤罪」はそうした「女災」の本質をあまりにもラディカルに炙り出した事例でした。
「痴漢冤罪」という概念がメディアを賑わせた時、ぼくたちが何とも言えないムズムズ感、治まりのつかなさを覚えたのは、この事例がまるで「仮面ライダーが子供をいじめている時に怪人が現れてライダーをやっつけた」といった場面でも見せられたような、ぼくたちの中のコンセンサスの揺らぎを感じたからです。
「痴漢冤罪」を見れば、女性の被害者性/男性の加害者性がいかに男性を殺す毒薬になっているか、誰の目にも明らかでした。
ぼくらは「男性の被害者性/女性の加害者性」を学ぶ、千載一遇のチャンスを与えられていたのです。
しかし、そこへ持ってきて「一般の女性を口汚く恫喝」というドクさべ氏のやり方は、「男性の加害者性」を一般人にむしろ一番悪い形でアピールすることにしかならない。「ほら、やっぱり男はワルモノでしたよ、さあ、男を批判してくださいね」と言わんばかりに。
ぼくたちは天から与えられた千載一遇のチャンスをみすみす逃し、「しかし女性も被害者だ」「しかし痴漢が一番悪い」といった論理のすり替えで心を落ち着けてしまいつつあります(まあ、これ自体はドクさべ氏のせいというわけでは全くありませんが)
ドクさべ氏お望みの「代替案」をぼくが提示するとするならば、男性を啓発し、自らの被害者性に自覚的になるよう促すことでしょうか。しかしドクさべ氏の恫喝運動はまさに「女性を自らの被害者性に目覚めさせ/男性を自らの加害者性に目覚めさせ」る最悪の手段を取っていると言えます。
ドクさべ氏の少数の支持者は彼らのパフォーマンスを見て、「選ばれし者」の道を歩くことでしょうが、多くの男性は「あぁ、やっぱりああいう主張はダメだったんだ」「ああなってはいけないんだ」「男性はやはり加害者だったんだ」とそこで考えること、感じることをやめてしまうでしょう。
最後に。
上の引用先では、ドクさべ氏による兵頭新児批判が語られています。
そこでは彼が「兵頭新児の発言」を勝手に曲解し、デタラメ極まる解釈を吹聴していますが、それはああした人々のお約束で、取り立てて騒ぐことでもありません。
ぼくが見ていて大変奇異に感じたのは、(以下、本当に細かい断片の引用になりますが)
私らの洗練された啓発活動を(はなから)否定的にしか見られない
私ら「選ばれし者たち」のことをアレコレ言っているのですから、「笑止千万」です(汗)
と、何と言いますか、文章にものすごくあどけない自己肯定感が溢れていることです。
(ぼくはこのブログの「選ばれし者」というタイトルを「ひょっとしてそれはギャグで言っているのか」と思っていたのですが、彼らはどうやら大マジメなようです)
ちょっと思いついて、彼のブログを「正義」で検索してみると、101ページ分ヒットして、恐れをなしてしまいました。1ページで見るのをやめてしまったのですが、その1ページ分だけを以下に引用すると、
私らは「悪人」でも何でもない、と言うか、あえて言わせていただければ、「正義の騎士」である
「理」はこちらにある。「正義」はこちらサイドにあるのだから、何も臆することはない。相手が誰であれ、「世の中のウソ、デタラメ、インチキを正す」というのが「選ばれし者たち」に託された「使命」である。
といった具合です。
ぼくは今まで生きてきて、ここまでまっすぐに「我こそは正義」と断言する人を初めて見ました。
こうした思い込みの強さが、相手との対話を許容しないドクさべ氏の硬直したやり方につながっていることは、もはや言うまでもないことでしょう。
そしてそのうっとりするほどの「血のたぎったたくましい硬直」はホモソーシャルな連帯()を生み、敢えて言いますが信者同士の快い共同体を作り上げる。
事実、ドクさべ氏の支持者の彼への崇拝ぶりは「信者」と呼ぶにふさわしいものです。
新興宗教の教祖は、往々にして「スプーン曲げ」などの超能力のパフォーマンスでもって、人を「虚構の世界」へと引きずり込み、「信者」にしてしまいます。
その意味で「女性専用車両乗り込み」もまた、一種の超能力であると言うことは、言えるのかも知れません。
健次郎の名前を出すことは一向にかまいません。
その主張も正確に引用していただければ何の不都合もありません。
ドクさべさんに対する対応について、鉄道会社の毅然たる態度があれば混乱は避けられるかもしれません。
しかし、営利企業としての鉄道会社は、運賃を支払う乗客を敢えて排除することに躊躇することも事実です。
ここは、市民レベルの言論で問題を解決することが成熟した社会ではないでしょうか?
彼等も、女性専用車両に関して街宣と言う憲法上の権利(第21条)を行使しているのですから、
他者の憲法上の権利(憲法第29条、民法第206条)の行使を受け入れるべきであると。
それに彼等のいう「不当な差別」は単なる女性の特権の反射にすぎないと言うことを理解させれば足りると思います。
女性専用車両に賛同なさる男性方に対しては、「任意の協力」で乗車しないことになりますので、鉄道会社の所有権に基づく妨害排除という問題は生じません。
女性専用車両制度に異議を述べたり、故意に乗り込む輩に対してだけは、声かけ、警告、妨害排除と言う法的権利行使が行われます。
ドクさべさんも、よく声かけ、警告を受けているようですけれど?
いや、リクツはそうですが言論能力のない成熟していない方々が相手ですから……。
>それに彼等のいう「不当な差別」は単なる女性の特権の反射にすぎないと言うことを理解させれば足りると思います。
これはちょっと意味が取りにくいのですが……。
>ドクさべさんも、よく声かけ、警告を受けているようですけれど?
声はかけられていますが、鉄道側は(現時点での方針としては)それ以上のことはできないと言っています。
つまり「お願い」以上のものではないわけですね。
>彼等のいう「不当な差別」は単なる女性の特権の反射にすぎないと.
これはちょっと意味が取りにくいのですが……。
「不当な差別」と言うのはなぜ禁止されるかと言えば、そのことで基本的権利(平等権)を侵害され不利益を受けるからです。
しかし、男性が女性専用車両に乗れないからといって、運送契約上の権利(目的地まで鉄道で輸送すること)は何ら侵害されないからです。
目的地まで鉄道設備を利用して運んでもらえます。
>鉄道側は(現時点での方針としては)それ以上のことはできないと言っています
そうですか?
ドクさべさん等は、いつも警告程度で他の車両に移動する周知乗車?をしているにすぎないからではないですか?
あくまで、女性専用車両を撤廃させるために居座れば鉄道会社は強制的に排除するでしょう。
同時に、違法に鉄道車両の適正な使用方法を妨害したとことにより遅延等の損害が発生したことを理由に損害賠償請求の訴訟を提起するでしょう(民法第709条)
ドクさべさんにはとても支払える額ではないでしょうがネ。
>トップが「迷惑乗車には断固とした態度を取る」と言わない限り、事態は変わらないでしょうね。
断固とした態度を取るというのは、強制的な排除を行うということでしょうか? しかし、鉄道会社が・・・
・「任意でございます」
と言っているなかで行えば、優先席から無理やり降車させるようなものであり、暴行罪、強要罪、軽犯罪
法違反などに抵触してくることとなりますし、トップと現場が異なる対応で不利益を被れば、使用者責任に
も関わってきます。
更に、自治体の職員が強制的に排除すれば、信用失墜行為や服務命令違反など、分限・懲戒処分とな
る可能性も出てくることになります。
ですから、鉄道会社や自治体は毅然とした態度は取れないでしょうね。
>でもここはやはり、ちゃんとジャイアンの母ちゃんに言いつけて返してもらう、つまり警察なり何なりに訴
えるべきではないでしょうか。
ジャイアンがのびたから脅し取った行為と、女性線専用車両に乗る行為を同列に扱う比喩は、適切さを欠
きますね。片や犯罪、もう一方は正当な権利の行使ですから。
最後に、私が「ドクター差別氏と直接話しては・・・」と言ったのは、特定の人物の思想・信条や主張、その
バックボーンをより知るためには、直接の会話、フェイストゥフェイスが、やはり有効ではないかと思うから
です。
私はドクター差別氏には、(新たな活動として)新宿ロフトや阿佐ヶ谷ロフトでのトークイベントを提案してい
ますが、ドクター差別氏に異論を唱える方とのトークセッションも見てみたいという気もします。
法違反などに抵触してくることとなりますし、トップと現場が異なる対応で不利益を被れば、使用者責任に
も関わってきます。
セラミックさん
鉄道営業法上の退去(同法第42条)の場合でさえ、適正手続きに従うことが判例上求められているのですから、決して駅員は適正手続き遵守が徹底されています。
従って、駅員の暴行罪、強要罪が問題となることはほとんど聞き及びません。
しかもこの適正手続き遵守を社是としている鉄道会社においては、万一末端が犯罪を行っても使用者責任は発生しません(民法第715条第1項但し書き)
逆に、近頃駅員や車掌が暴行の被害者になる例が多々あると聞いています。
運営上の権利が侵害されないとしても、女性専用車両が平等権を侵害しているということは言えると思います。
だからぼくは女性専用車両に反対する行為自体は、ことさらに否定するつもりはありません。
>ドクさべさん等は、いつも警告程度で他の車両に移動する周知乗車?をしているにすぎないからではないですか?
動画などを見る限り、延々と居座り続けているように思えます。
ぼくは決してそんなに難しいことを言ってるわけではないのですが……。
健次郎さんからのご指摘を踏まえる限り、全ては鉄道会社の胸先三寸なんですよ。
だから「任意」という方針を彼らが転換するか否か、ということをぼくは言っているのです。
ジャイアンとのび太の例えで言えば、気の弱いのび太がジャイアンに睨まれて「任意でございます」と言っている状況。
あなたはジャイアンが漫画を取ったことを「犯罪」と言っているけれど、のび太はジャイアンが怖くて「ぼくが自主的に貸してあげたんだ」と言っているのです。
ロフトのドクさべナイトは面白いですが、ぼくが言っているのはドクさべ氏は人の話を聞くような人ではなく、またあなたもそうおっしゃっていたのに、ということです。
>権利が侵害されないとしても、女性専用車両が平等権を侵害しているということは言えると思います。
乗客の運送契約上の権利が侵害されない,以上乗客の権利侵害はないのではないですか?
女性専用車両が誰の権利を侵害しているのですか?
専用車両は誰の権利も侵害していませんよ。むしろ女性に特別の利益を賦与しているだけでしょう。
兵頭様は、ドクさべ氏に洗脳され
「男性も女性専用車両に乗る権利がある」との見解を暗黙の前提にしているように見受けられます。