兵頭新児の女災対策的読書

「女災」とは「女性災害」の略、女性がそのジェンダーを濫用することで男性が被る厄災を指します。

■お知らせ■

2022-06-19 19:59:53 | お知らせ

 「女災」とは「女性災害」の略。
 男性と女性のジェンダーバイアスを原因とする、男性が女性から被る諸々の被害をこう表現します。
 このブログでは女性災害に対する防災対策的論評を行っていきたいと思います。
 当初、OCNで開始し、目下はニコブロ(兵頭新児の女災対策的随想)へと活動の軸足を移しているのですが、2014年11月末をもってOCNのブログサービスが終了し、このままではニコブロ以前の記事が消えてしまうことになるので、保存の意味で新たなブログを立ち上げた次第です。
 こちらのブログも更新していきますが、ただし新しい記事は基本、ニコブロにupしたものを遅れてupしているものです。

 後、考えるとプロフィールにメアドが記載されていませんので、こちらに。
 shin_2_h☆ybb.ne.jp
 何かご用の向きは上にご連絡を(☆→@)

 以上、そういうわけなのでご了承ください。

 ■6月19日更新!!
 ぱっと見だと更新したかどうかわからないので、更新した時はここに日付を書くことにしました。


『シン・ウルトラマン』ネタバレなし感想

2022-06-19 19:59:09 | アニメ・コミック・ゲーム

 

「あ、わたくし、悪の組織ブラック団の幹部を務めさせていただいております、山田と申します」
「あ、これはこれはご丁寧に。わたし、ダジャレンジャーの隊長をやらせていただいておりますダジャレッドです」


 ――以上、三十年ほど前の『サンデー』で読んだ漫画『ダジャレンジャー』についてうろ覚えの記憶で再現させていただきました。
悪の組織が丁寧に名刺を出してきて、また正義の戦隊も背広で中年太りのおっさんが務めている。必殺技のバズーカもおっさんが五人で抱えて発射。
 まあ、そういう大変に面白い漫画です。
 後書きかなんかで作者の「この漫画でニヤリと来た方、お手紙ください」といったコメントが書かれていたのですが、どうも代原と思しく、恐らくこれ以降、この漫画家さんの作が掲載されることはなかったと思います。
 一読してのぼくの感想は、「うわ、まだやっちゃってるよ、この人」といったもの。
 80年代は大手漫画雑誌で、オタクな漫画家がオタクの読者に届くよう、密かに暗号のようにオタクネタを紛れ込ませていました。ところが上の漫画はもう、オタクネタもかなり広範囲に渡って浸透していた頃。後書きでのメッセージ含め、「ものすごい時代遅れだなあ」というのが読後感でした。

 さて、ぼくが『シン・ウルトラマン』の予告で「メフィラスの名刺」を見た時、真っ先に思い出したのが上の漫画です。
 ツイッターでも「どうにも80年代のセンスだ」と書きましたが、同時に「特撮愛のないヤツがドヤ顔でやりそう」感もあります。
 ぼくの好きな特撮同人作家さんが、

樋口さん庵野さん辺りが手がけるウルトラマンだともう見る前に「スプーン掲げて変身する中途半端なパロディとかドヤ顔でやりだしたらどうしよう」みたいな余計な心配する必要なくていいよな。そういう心配しちゃうんだよ我々ウルトラファンは。


 と言っていたのですが、「いや、そのまさかをやっちゃったんじゃ……」というのがぼくの感想でした。
「禍威獣」とかやっちゃうセンスもそんな感じ。居酒屋のシーンも、実相寺っぽいって感じでもないし。割り勘とかまさか、あそこで笑わせようとか、してないよなあ……?

 ――いや、結論から書くと本作、よくできてたし鑑賞後の満足度は大変に高いものでした。基本、「よかった!」と思っているので、こういう構成は批判を読みたい人からも感動を共有したい人からも誉められなさそうですが……まあ、以降は「基本よかったけど、それでも感じた不満」について述べていこうかと思います。
 ちなみに、ネタバレ部分は基本、固有名詞をぼかすことで対処しています。
 また、今回「女災」とは基本、関係ありませんが、「狙われない女」の項だけはちょっと、その辺にかすっています。
 以降、そういうことでよろしくお願いします。

 あ、それと『Daily WiLL Online』様で海外でのLGBT教育事情についての記事も書いております。
 こちらもよろしく。

・『シン・ウルトラマン』は怪獣の世界ではない


 満足感は大変に大きい本作ですが、一言で言うと本作、『ウルトラマン』マイナス「怪獣」といった感じです。
 まず冒頭では禍特対(このネーミングもなあ……)設立前史のような感じで、『ウルトラQ』の怪獣が地球を(否、日本を)襲ったことが語られます(何でゴーガだけあんな名前になったんだろう?)。
 映画上のリアルタイムで登場する怪獣が立て続けに四足獣というのも、何だか『Q』の世界観を引き継いでいるようでわくわくさせられます。公式設定でどうなっているかは知りませんが、『マン』の世界観は『Q』と同一線上にあり、怪獣事件の頻発が科特隊設立のきっかけとなった――というファンの中で語られることの多い設定を、今回採用した形です。『マン』のアイツが脚本段階では『Q』のアイツの再登場として書かれていたという裏事情も拾っていますし。
 レッドキングやゴモラなどの定番怪獣が出ないのは寂しいものの、近年、格闘のさせづらい四足獣は忌避される傾向にあるので、それを出してくれたのは嬉しい。
 しかし「怪獣が自然由来じゃない」って線は止めてくれよ……と思っていたら、見事にそれ。
 この辺から微妙な違和感が頭をもたげ、そしてその違和感はだんだんと大きなものになっていくことになります。
 ダメ押しは○○○○が、「何か、ヘンなメカ」として登場したこと。
 これ、仮にロボット怪獣でもいいから怪獣として出していれば、一応は「怪獣もの」としての体裁を取れるのに、何でこうなったのか。怪獣にしちゃいかん理由はないはずで、本当に理解に苦しみます。

・日本は狙われている、今……


 本作の本番(本当に映画としての本番)は今回、びんぼっちゃまクン的な新解釈のなされたアイツが出てきてからです。
 地球に「外星人」が介入することで起こる悲劇が本作のテーマであり、移民やコロナ問題に通ずる今日日的なテーマが選ばれているわけなのですが、そうなるともうこれ、『マン』じゃなくて『セブン』ですよね。
『マン』は本来、「怪獣の世界」でした。毎回変わった怪獣が登場することこそがメインのコンテンツであり、ウルトラマンは事態を収束させるための「最強の怪獣」でした。
 しかし『セブン』はまず、恒星間の侵略戦争に巻き込まれた地球を舞台にした、宇宙とメカがテーマとなった作品、怪獣はオマケと言ってしまうと極端ですが、その重要度は低くなっていたことは事実です。
 この恒星間戦争という着想自体、アイツの言ってたことといっしょだし、まさにアイツがずっと人間体でいたことが象徴するように、本作は『セブン』寄りだったと言えます。
 まあ、好意的に解釈するならば『Q』から『セブン』までを一気に消化した、「シン・ウルトラ第一期」とも呼ぶべき映画だった、とも言えるのですが……。
 棘だか何だかで、「もし『シン・ウルトラマン』が3クールのテレビシリーズだったら」みたいな大喜利をやっていましたが、むしろ制作者こそそういう感じで本作を作っていたのでしょう。恐らく初期クールの感じを冒頭の四足獣戦で象徴させており、それはいいのだけれど、結局、お話としては「対外星人」となってしまった。これは30分のアンソロジーシリーズである原作を映画でやってしまったがための、止むナシの処置という面もありましょうが。

・小ネタへの愛をこめて


 他にも細かいことを言えばまず最初にウルトラマンが出てきた時、体色は銀一色。次に赤いラインの入った状態で出てくる。ところがエネルギーが足りなくなるとグリーンになる。
 何だそりゃという感じですが、特に意味はありません。
 じゃあ、普通にカラータイマーをつけてもよかったんじゃないかなあ。
(ただ、昭和二期に雑誌記事でウルトラの星の平民の体色はグリーンだったという記事が載ったことがあるらしく、その辺を拾ってきたのでしょうが)
 最初に出た時の顔はAタイプと思しく、ウルトラマン自体のスタイルの変遷によほど深い意味があるのかと思いきや、別にそんなことはなかったぜ。
 後、一番わからないのはウルトラマン、終始無言なんですね。
 あの「シュワ」という声を一回も発さなかった。
 この映画、BGMは言うに及ばず、SEなどがあちこちで今風のガジェットに転用されています。
 細かくネタを拾ってくれるのは嬉しいのですが、例えば流星マーク通信機の呼び出し音を着信音(だっけ、うろ覚えですが)に転用するなど「今風に再解釈しましたよ~」と言いたげで、例の名刺ほどではなくとも、少々鼻につく気もしました。
 そこを、ある意味では一番肝心とも思えるウルトラマンの声を出さなかったことに理由がないはずがありませんが、それがわかりません。こここそオリジナルを尊重して、中曽根雅夫氏の声を使うべきではなかったでしょうか。
 そこまで丁寧に作られているくせにあの手のひらの変身シークエンスはただ、奇をてらっただけという感じで今一。
 後、正直CGもよくできてるけどスペシウムのシーンは今一で、きぐるみで表現してもよかったんじゃないかなあと。

・狙われない女


 ただ、例の名刺のアイツ以降はお話としてはよくできていたと思うし、いずれにせよこれら要素が全て、「ウルトラマンが地球人を好きになる」というテーマへと集約していくところは感動です。
 プロットもあの最終回へと収束させるため、帰納的に考えられたのでしょう。
 ○○○○が悪(否、人類を裁く超越者)なんてのはもう、三十年遅れのネタなんですが、これは恐らく「○○○○が○○○○を操る」とのウルトラ第一期書籍の誤記を拾ってきたものでしょう。
 しかし同時に思ったのは、あまりに神永が無感情で、今一話に没頭しにくい。元の『ウルトラマン』はそもそもドラマ性(情感に訴える部分)は希薄な上、むしろ「科特隊そのもの」が主役と言え、一つの人格を形成していたため、観ていて感情移入ができたのですが、先にも述べた「テレビシリーズ的なことを映画でやった」ことの弊害として、その辺りがあったように思います。
 当初はあった神永と浅見のキスシーンがカットされたとも伝えられていますが、何にせよ浅見が神永を平手打ちするシーンなど、「そもそも、(裏切られたと感じる前提としての)そこまで信頼関係を築くほどの描写なかったんじゃ?」との印象を持ちました。
 お話としてはウルトラマンの神永、或いは地球人全体への好意こそがテーマと言うべきであり、その辺りは少々、描かれ方が雑という感じなんですね。
 本作、アフターフェミ作品だけあって、浅見が神永に突っかかり、もう一人「何か、イバってるおばさん」が(いなくていいのに)存在しているという、「アフターフェミ世界のルール」に則った構造を有しています。そこは見ていて正直、あまりいい気持ちはしませんでした。
 しかし全体で見ればこれは要するにウルトラマンが神永という人間を好きになる話であって、浅見は考えようによっては当て馬と言えなくもなく、そうした一流の「バディもの」に女を形だけ、ルールに則って出してみました、という辺りに痛快さを感じなくもありませんでした。

 ――とまあ、ごく簡単な感想を……と思っていましたが、それなりの文字数になりました。ぼくが指摘した「拾ってきた云々」にニヤリと来た方、コメントください


いじめ人間サブカルズ

2022-06-11 20:18:26 | サブカル

 

ギャーオー
マンマンマンマン マンマンマンマン
ママン マーン
いじめ人間 ロマンマ~ン(ニャニャニャ)
リベラルしぐさだ ロマンマ~ン(ニャニャニャ)
プンクボイだよ ロマンマ~ン(ニャニャニャ)
オタクに寄生だ ロマンマ~ン
ロマンポルシェだ マンマンマ~ン
サブカルだァー

ギャーオー
コネコネコネコネ コネコネコネコネ
コネリアス あ~す
いじめゴリラよ コネリア~ス(ウニャハニャ)
食糞ドロップ コネリア~ス(ウニャハニャ)
根本パクるよ コネリア~ス(ウニャハニャ)
手紙晒すよ コネリア~ス
五輪降りるよ コネコネコネ
サブカルだァー

ギャオー サブカル コネリア~ス
アカダだー ムラカミー キタオだー!

ギャーオー
クックククックク クックククックク
クイックジャパ~ン パ~ン
いじめ編集 北尾だー(チョンギリ)
いじめ編集 赤田だー(チョンギリ)
いじめ企画だ 村上(チョンギリ)
いじめ鬼畜だ なんにもない
ギャー ドカーン アレー ボコッチン
ウジョウジョ ウナカナビュー

ギャーオー

 ――というわけでごきげんようみなさん、人気アニメ『いじめ人間サブカルズ』のOPより始めさせていただきました。
 少し前、小山田圭吾問題及びロマン優光の著作『90年代サブカルの呪い』を扱いました。その項タイトルに「いじめ人間」云々とつけていましたが、要するにこれ、『はじめ人間ギャートルズ』のOPのパロディだったのです。
『ギャートルズ』は74年に放映開始した、原始時代を舞台にしたアニメ。
 基本ギャグものですが、タイトルが明らかに「ビートルズ」のもじりであることからもわかるように、当時のサブカルチャーに強く影響を受けたものでした。
 EDは「何にもない」「ただ風が吹いていた」原初の地球を歌うという寂寞感溢れた歌詞なのですが、二番の最後には「やつらの足音が聞こえた」とあります。これはどうも「人間の誕生」を意味しているらしいのですが、アニメそのものの最終回サブタイトルも「やつらの足音が聞こえた!」で、ストーリーは狩猟民族としてのんびり暮らしていた主人公たちの下へ農耕民族がやってきて農業を広めようとするも(そいつの真意ははじめ人間たちを子分にするところにあり)主人公たちはそれを拒否する、というもの。つまりアニメの「やつら」は「搾取者」としてやってくる「文明」そのものを指しているわけで、作品は当時のヒッピームーブメントの価値観を色濃く持っていたわけです。
 そう、『ギャートルズ』的価値観を引き継ぐ者であるはずのサブカル君たちは、いつの間にか罪のない者を搾取するだけの敵キャラになってしまっていた、ということですね。
 ――以上、『ギャートルズ』がおわかりになる方もほとんどいなかろうということで、ご説明させていただきました。
 さて、こんなことで文字数を費やしていてはいけません。
 noteの方でサブカル関係のマガジンをまとめました。
 本稿は前回と同様、その目次(及びちょっとした解説)となることを目的としたもので、一応、有料記事になっています。以降はnoteの方に掲載しますので、ご覧になりたい方はそちらへ(←「note」の部分をクリックして)飛んでいただければ幸いです。


風流間唯人の女災対策的読書・第33回「腐女子vsLGBT 勝った方が人類最大の敵になる!?」

2022-06-04 18:58:14 | 動画のお報せ

 動画公開!
 第三十三回目です。

 

風流間唯人の女災対策的読書・第33回「腐女子vsLGBT 勝った方が人類最大の敵になる!?」

 実は制作していた頃、腐女子の発言が炎上しており……まあ、そんなわけで少々旧聞に属する話題ですが、観てやってください。
 後、『Daily WiLL Online』様ではこれに近い、海外のLGBT教育事情についても書いています。

 

 

 

 目下第一位!
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長い呪いのあとで青識亜論と出会いなおす

2022-05-28 18:06:11 | サブカル

 どうも、更新が滞っております。
 今回は動画のお報せも含め、青識亜論関係。

 何だか表現の自由クラスタ業界ではもう、みんな忘れたような顔をしていますが……。
 さて、青識が何をしでかしたかについての最低限の説明はショート動画をご覧いただきたいところですが、ご承知のようにぼくは以前から、彼のことを信頼ならないと言い続けてきました。
 が、まず現状の炎上では「表現の自由クラスタとフェミニストたちの、山小屋の中でのオタサークラッシュ的バトル」に終始していて、「山小屋の外」にいる者にとっては滑稽としか言いようがない。
「青識亜論が実はフェミニスト側の人物であること」
「ツイフェミに限らず、フェミニズムそのものが思想として超反社会的なものであること」
 そんな初歩の初歩の初歩、どう頑張ってどこから見ても、全く覆しようのない客観的事実すらもが絶対に受け入れられない連中が、阿鼻叫喚の地獄絵図を展開するばかりという、どうしようもない状況にあります。
 記事の最後にリンクを張った、noteのマガジンは以前からの青識の言論への批判集となっていますが、これらを踏まえると、本件における青識の振る舞い、つまり「女性差別的オタクコンテンツをバッシングした」ことは、ストンと胸に落ちるのではないでしょうか。
「青識はポルノを全否定するフェミの著作を絶賛していた」
「青識はただひたすら、フェミ様と対話しよう、対話しようと言い続けてきた」
 これは(表現の自由クラスタもフェミも絶対に認めないが)疑い得ない客観的事実です。
 彼はまた近年、「ミソジニーけしからぬ、インセルけしからぬ」と(つまらん詭弁を弄し)言い続けてきました。
 そんな彼の副垢での発言はおそらく「ホンネ」であった、ミソジナスな表現をこの世からなくそうという「痛切な祈り」だったのだと考える他はありません。
 彼はそこを率直に語り、これからは公明正大に「フェミニスト守り隊」を名乗っていくのが、「たった一つの冴えたやり方」なのではないでしょうか。
 ……あ、ちなみに今回のタイトルは小山田圭吾をデタラメなリクツで擁護していた人物の、つまらぬ文章のタイトルをもじったものであります。

 ――さて、以降は過去記事の解説ということで、noteの課金コンテンツになります。お気が向けば、覗いてみていただければ幸いです。

青識がそもそもどんな人物だったかについてお知りになりたい方は、noteのマガジンをご購読ください!

 後、『Daily WiLL Online』様では石川優実についても書いています。

女性が後から「性被害」といえば性被害である!と断ずるフェミ理論

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