退職女のアメリカ便り

オーストラリアンシェパード、ジュンタのマミーのアメリカ、セントルイス生活

#921:Life goes on

2017-09-29 21:55:15 | アメリカ便り
ついにその時がやってきたといった感じです。

今朝早く、母がお世話になっている施設からメールが来ていました。
最近、微熱が続いている母を病院に連れて行ったらそのまま入院。
検査の結果、余命2週間から1ヶ月と言われたそうです。
大腸癌が肝臓に転移していると8月に言われましたが、そのときから比べると腫瘍がだいぶ大きくなったそうです。

父が死んでからもう10年近い年月が流れました。
父が死んだときは間に合わなく、お通夜の夜に葬儀場に着きドライアイスで冷たくなった父と対面しました。
母の“その時”には間に合いそうです。

この5年は特に手のかかる母でした。
退職した身でよかった。
年に2,3回、地球の裏側に帰ることなんか、仕事をしていたらできなかったでしょうね。

電話での話し声がおかしくなったと感じれば帰り、癲癇が起きたといえば帰り、精神病院に入れられたと言えば帰り、、、
まあ、いろいろありました。
私も40年親元を離れて暮らしていると言う後ろめたさも感じていたからでしょう。
セントルイスー札幌がまるで東京ー札幌の感覚になってしまった。

娘も息子もそれぞれの都合があるので一緒には帰れないそうです。
去年7月に子供達を連れて帰っておいてよかった。
主人は私が様子を見て飛行機のチケットをとることになってます。

私はいつも“できるときにできることをする”と言う動物的な本能で人生を歩んできました。
母に対してもできるときにできる限りのことをしてきたと思うので、余命2週間から1ヶ月と言われても、“あの時、ああしてあげればよかった、こうしてあげればよかった”と言うことはあまり感じません。
いくらやってもやり足りないと言うこともありますが、限界があるし私はそれを理解しているとも思います。
今まで好きなことをしてきた母。
いつ何が起きてもおかしくない今、“悪い人生ではなかった”と思ってくれると信じています。


片方で死んでいく人がいれば、もう一方では生まれてくる子、昨日と同じように電車に乗って仕事に行く人、テストの勉強をしている子供たちがいる。
“Biggest nothing in history" と言われたベトナム戦争で死んでいった若者もいる。
それが人生です。

Life goes on.

月曜日に帰ります。

では。

ハブグレジュンタのマミー