目撃
―――自信のある誤った目撃に要注意
●目撃情報が決め手
犯罪の犯人探しのための一つの有力な方策の一つが、目撃者を探すことである。時折、目撃情報を求める立て看板を道路で見かけることもある。
最近は、監視カメラ(―>監視)が人による目撃の一部を補完するようになったが、人による目撃も貴重な情報を提供してくれる。
カリホルニアでバスに乗っていたときに、接触事故が起こった。運転手は車を止めてすぐに乗客に白紙を渡しはじめた。何人かの乗客がそれをとった。目撃証言ができる人の電話番号を集めるためであった。
●目撃の特徴
我々は、犯行や災害や事故の「後」を見ること/聞くことは多いが、事件、災害、事故が発生した瞬間、ましてやそれが起こるまでの過程をみずから目撃することはほとんどない。**注1**
それだけに、その現場での人による目撃は貴重である。これには、当事者による直接目撃と周辺者による間接目撃とがある。いずれの目撃にも共通しているのは、その時その場でのごく短時間の、しかも、恐怖の感情にとらわれた出来事を見聞きしてそれを一定時間後に想起することである。ところが、人の想起能力は思いの外、脆弱なので、本人は真実を述べているつもりでも、そこにはさまざまな歪曲が忍び込んでくるので、扱いがなかなか難しい。**注2**
直接目撃は、当人が出来事に巻き込まれてしまっているだけに、その証言には、フラッシュブルブ記憶的な要素が入りがちである。つまり、その時その場での一瞬の光景をあたかもフラッシュバルブをたいてとった写真のごとく鮮明に思い出せるが、まさにその一瞬だけの想起、ということがある。出来事の流れを正確に想起できることはあまり期待できない。
これに対して、間接目撃は、出来事を第三者的に観察できる立場にはいるが、やはりフラッシュバルブ的な記憶になってしまうケースも多い。したがって、事の一部始終を見聞きしていることはまれである。事が起こった後から、そう言えば、こんな事があった、という証言になる。後づけ想起である。**注3 これには、次のような想起に特有の歪曲、編集のあることが知られている。***注3
①調和的編集 現在の自分の考えや感情と調和するように編集する
②変化編集 自分が変化した方向にふさわしいように思い出す
③後知恵編集 結果が分かった現在にふさわしいように想起する
④利己的編集 自分の都合のいいように思い出す
⑤ステレオタイプ編集 世間一般の考えに合わせて思い出す
したがって、断片的ではあるが、その出来事にとって意味があるとその人が解釈した「編集された」情報ばかりが出てくることになる。これに拍車をかけるのが、マスコミ報道である。自分の目撃とマスコミ報道との整合性がとれるような方向への変化さえ起こってしまうことがある。
不審者情報がその典型である。警察による意図的なリークもあるのだと思うが、事件、事故の報道内容をみていると、いわゆる不審者に関する情報が実に多く報道される。ところが、犯人がつかまってみると、それらの不審者情報はほとんど無関係ということがわかることが多い。
●目撃証言
今手元に「目撃者の心理学」注3***という大著がある。その目次を列挙してみたので、ざっと眺めてほしい。
アメリカの法廷には、記憶心理学者が引っ張り出されて、目撃証言の信憑性についての証言が求められることが多い。そのためもあって、目撃証言の心理学的研究も盛んである。日本でも、「法と心理学会」もでき、しかも平成21年度までに、陪審員制度に似た裁判員制度も始まることもあって、ようやく研究が活発化する兆しがある。
閑話休題。目撃証言は、前述したように、直接、間接にかかわらず、それ単独では、信憑性の点で難点がある。
しかも、さらに誘導尋問効果として知られている現象もある。目撃情報を引き出す時の尋ね方によって、内容がゆがめられてしまうのである。たとえば、「その不審な車は」と聞くのと「その車は」と聞くのとでは、思い出す内容が異なってしまうのである。
このように、目撃にしても目撃証言にしても、その信憑性に疑問符がつく。しかも、やっかいなのは、証言者自身は、一定の確信度を持って、それを真実だと思っているところにある。
したがって、単独の証言、とりわけ被害者本人だけの証言を鵜呑みにしてしまうことはかなり危険であることは、証言の利用をする際には十分に留意する必要がある。
一人の人から何回かの繰り返し証言を求めること***注5***、複数の人から目撃者証言を集めること、そして、可能な限り、さまざまな物的証拠と照合することで、真実に近づく努力をすることになる。
目撃証言は、社会的な責務である。真実への疑義からそれをためらったり、トラブルを恐れたり、事の面倒さから、知っていることを胸に秘めてしまうのが一番まずい。(K)
注1 最近、地震や事故が起こった瞬間からあとにさかのぼって20秒間程度、映像を再生できるような装置が普及しはじめた。事故原因な発生までの過程を探るのには強力な道具である。
注2 「目で見る」の意で「目」撃となるが、耳で聞くの意で「耳」撃という言葉もあるらしい。
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注3 シャクター、D、L.2001(春日井昌子訳)「なぜ、“あれ”がお思い出せなくなくか」日本経済新聞社)による。
注3 後知恵 p****参照
注3 Sporer,S.L.ら1996(箱田祐司ら訳)「目撃者の心理学」ブレーン出版
第1章 序;間違った犯人識別200年
第2章 目撃証言の法的諸局面
第3章 目撃者要因、目標人物要因、状況要因が目撃者識別に与える影響
第4章 人物記述の心理学的諸相
第5章 顔の再生―方法と問題
第6章 人間とコンピュータによる音声の識別
第7章 他人種効果と目撃者による識別
第8章 目撃記憶の促進
第9章 ラインナップ研究の裁判への応用
第10章 子どもの人物識別
第11章 高齢の目撃者
第12章 目撃に関する実験心理学研究;理論と方法
第13章 結語
注5 もしなんらかの編集による歪曲があるとすると、証言のたびに少しずつ証言内容が異なってくることが知られている。