新刊!人生100年時代。四十歳、五十歳などまだ幼稚園児にすぎない!
鷲田小彌太著『人生は四十代からの勉強で始まる』
(海竜社 2009.4.4 \1300+税)
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五十代のように、ギアを自在に入れ替えて、多方面に進むことはできない。
それでも、まだ十分に走っている。
なによりも「勉強」を欲している。「あとがき」より
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文章・談話についての心理学的研究の課題と方法
00/11/20海保 朝倉書店 2001年1月末締切り
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12章 文章・談話についての心理学的研究の課題と方法
12.1 本章の概要
本章では、前半では(12.5まで)認知論的(情報処理論的)アプローチによる文章・談話研究、後半では、状況論的アプローチによる文章・談話研究における心理学的な課題と方法について述べる。
認知論的アプローチでは、文章・談話の認知(情報処理)過程に、また、状況論的アプローチでは、文章・談話の発生現場での人のかかわりに、もっぱら焦点が当てられる。
状況論的アプローチ 認知論的アプローチ
状況<----->文章・談話<--->人<-->認知過程<--->知識
図12.1 文章・談話過程についての2つの心理学的アプローチ
12.2 文章・談話についての認知論的アプローチの特徴と 研究手法の概要
●認知論的アプローチとその特徴
認知論的アプローチは、一般的に言うなら、人に内在する知識の形成、貯蔵、運用のメカニズムの解明を目的とするものである。その際立った特徴を3つ挙げておく。
一つは、人は、情報の受動的な受け手ではなく、既有の知識を積極的に活用して自ら知識を作り出す存在であるとする、構成主義的な見解を採用していることである。
2つは、観察不能な内的認知過程についてのモデル構築を志向していることである。その多くは、コンピュータ・シミュレーションとしての実現を志向しているが、原理的には、N.チョムスキーの生成文法理論のような、記号表現が可能な計算論レベルでのモデル構築をめざしている。
3つは、研究手法的には、後述するように、心理学で使われているほとんどの手法が幅広く採用されていることである。行動観察から内省報告、事例報告まで、モデル構築と検証に役立つデータを収集できるなら、厳密な実験的な実証性の制約にそれほどこだわることなく多彩な手法を採用する。
●認知論的アプローチによる文章・談話研究の3つの大課題
認知論的アプローチの大きな課題は、文章・談話を人が認知処理することにかかわる、文字、音韻、語彙、文法の4つ知識は、
・いつどのように形成(学習)されるのか
・どのような形で貯蔵(記憶)されているのか
・どのように運用(理解)されるのか
を解明することである。そして、その主たる関心はもっぱら、図12.2の中心部に向けられている
文章・談話環境
文章・談話活動
話す 文章・談話情報 読む
音韻 綴字
聞く 書く
認知活動
(知覚・記憶
思考・判断)
統語 語彙
図12.1 文章・談話活動を支えるもの
以下、文章・談話活動のうち「読み」の活動を想定して、この3つの大課題について、それぞれがさらにどのような課題をどのように研究しているかについてみていくが、その前に、認知論的アプローチが採用している諸研究手法について、その類型と特徴を述べておく。
●文章・談話研究の手法の類型と特徴
前述したように、認知論的アプローチでは、多彩な研究手法を採用している。図12.3は、2つの軸を設定して、その組合せで、諸手法を類型化してみたものである(海保・加藤、1999)。
「行為対内省」とは、外部から観察できる「行為」に着眼するか、内部の心の動きを自らどのように「内省」しているかに着眼するかのいずれに焦点を置くかという分類軸である。
「遂行対過程」とは、所定の課題をどれくらい速く正確にたくさん「遂行」できるかに着眼するか、課題を解決しているオンラインの「過程」に着眼するかのいずれに焦点を置くかという分類軸である。
遂行(結果)
例 例
反応時間 内省法
行為----------------------------内省
例 例
生理計測 プロトコル分析
過程
図12.3 認知研究で使われる手法の類型
各象限の典型例を文章・談話研究を想定して簡単に説明する。
○内省(第1象限)
文章・談話に関して記憶や理解などを最大まで要求する課題を与えて、その課題を達成して終ってから、遡及的に自分の認知過程内で起っていたことを振り返り報告させる。その際に制約なしに行なう場合と、あらかじめ用意した項目、たとえば、「わかりやすさ」とか「読みやすさ」などについて内省する(評価する)場合---評定法と呼ぶ---とがある。
○反応時間(第2象限)
文章・談話を速く正確に処理させてそのときにかかった時間を計測するものである。どの文章・談話がどの文章・談話より速くて正確かをみることで、処理プロセスの特性を推測したり、文章・談話の質を評価したりする。
○生理計測(第3象限)
文章・談話を処理しているときに、脳や眼球運動などの生理機能がどのようになっているかを計測することで、文章・談話処理時の生理過程、とりわけ脳メカニズムの解明をねらう。
○プロトコル分析(第4象限)
文章・談話を処理しているときに頭に思い浮かぶことをそのまま語らせることで、処理過程のモデル構築や検証データを直接的に得たり、文章・談話の品質を評価したりする。
12.3 文章・談話にかかわる知識の形成論の課題と方法
●生得か経験か
形成論の課題は、文章・談話研究に限ったことではないが、常に2つである。その一つが、生得か経験かであり、もう一つが、経験だとして、どのような経験がどのような知識の形成をもたらすかである。
まず、N.チョムスキーによって一気に活発になった生得対経験かの問題から。
文章・談話の読みは、言語活動の基盤である文法と音韻が確立された後に発生する活動なので、生得か経験かはほとんど問題にならない。ただ、綴字情報を処理する認知活動として必須のパターン認識に関しては、それを支える神経的なアーキテクチャーにまで立ち戻れば、生得か経験かは一つの研究課題にはなりうるが、本章の範囲を越えるので触れない。
●学習経験による知識の獲得
文章・談話の読みに必要な知識は、ほとんどが意図的な学習経験に負ている。したがって、そこでの課題は、なんらかの形で最終的には、国語教育の指導法に関連してものになってくる。その中でも心理学的な課題としては、12.5で述べる知識の運用(読解)の特性を踏まえた効果的な指導法とは何かを問うことになる。ここでの課題は、大きく、2つになる。
一つは、文章・談話に作り込まれた仕掛けの活用にかかわる課題である。文書で言うなら、目次、索引、ヘッダー・フッター、見出しなど、さらには、文書構成の仕組、イラストなどを読解の手がかりとしてどのように使うかにかかわる課題である。ここでの知見は、ただちに、読み手の読解を効果的に支援する文章・談話作成リテラシーへの提言ともなる(たとえば、海保ら、1987)
もう一つは、読解方略の指導にかかわる課題である。上述の課題が外在化された文章・談話にかかわる知識の活用の学習であるのに対して、ここでの課題は、読解のために行なわれる認知活動の支援にかかわるものである。「大事そうなところは反復して読む(リハーサル方略)」「知っていることと関連づける(記憶方略)」「自分のことばで言い直してみる(理解方略)」といった方略の訓練効果が吟味される。
12.4 文章・談話にかかわる知識の貯蔵論の課題と方法
●内と外の知識の関係
ここまでは、知識を人の頭の中にあるもの(表象としての知識)を想定してきたが、知識には、もう一つ、外在化された知識がある。文章・談話は、まさにその典型である。最近の認知心理学では、この外在化された知識とのかかわりが強い関心を引きつけている。本章の後半を参照されたい。
それはさておくとして、ここでの課題の一つは、表現者によって外在化された知識である文章・談話が、頭の内部にどのように表象として貯蔵されているのかである。これは、認知科学研究の初期(60年代、70年代)の中心的な課題であった。
●外在化された知識の心理的実在
文章・談話をコンピュータに「理解させる」ためには、文章・談話の意味構造を分析しなけれならない(意味解析)。そのための分析用具として、文章・談話のさまざまな単位(綴字、語彙、文、文章、談話)でさまざまな用具が提案されてきた。それらの有用性は無論、コンピュータがどれだけ正確に理解できるかで評価されるが、それらを人の理解のモデルとして転用したときの有効性を吟味する研究が多数なされてきた。これが、外在化された知識表現の心理的実在(表現)を問う課題として、認知心理学が取り組んできたものの一つである。
次に、その心理的実在が確かめられている3つの用具(モデル)を、例示しておく。
*********
○命題
○意味ネットワーク
○物語文法
図12.4 文章・談話の記憶表象のさまざま
いずれにおいても、このような形で文章・談話が表象されているとするなら、所定の文章・談話についての認知処理は、このようになるはずとの仮説を、人を使った実験で検証することになる。たとえば、物語文法に関するものであれば、次のような事実からその心理的実在が示唆されている。
・表層的な文の長さは同じで命題数が異なる文を読ませると、 読み時間は命題数と比例する。
・階層の下部と上部で構成される文は、同一レベルで構成され る文より真偽判断に時間がかかる。
・物語の文法構造を乱した物語を記憶させると、再生成績が悪 くなる。
12.5 文章・談話にかかわる知識の運用論の課題と方法
●知識の形成と貯蔵と運用
文章・談話に関する知識の形成と貯蔵にまつわる課題をみてきた。最後は、それらの知識をどのように使って(運用して)、文章・談話を理解しているかを取り挙げてみる。ちなみに、文章・談話に関する認知論的アプローチによる研究の歴史から言うと、実は、この順序は逆で、知識の運用にまわる課題の研究から始まっている。
さて、文章・談話理解に関する研究の具体的な課題は、理解のさまざまな状況に応じて異なってくるが、共通しているのは、理解の目標を達成するために、既有の知識をどのように使うかについての内的な情報処理過程モデルを作ることである。
なお、情報処理過程モデルは、図12.*に示す、短期記憶ー長期記憶の枠組の中で構築されてきた。これまでに述べてきた知識の形成と貯蔵は、この枠組で言うなら、いずれも長期記憶にかかわるものであり、これから述べる知識の運用にかかわる課題は、もっぱら短期記憶において長期記憶に貯蔵されている知識が、外的な文章・談話素材の理解に際してどのように運用されるかにかかわるものである。
文章・談話----短期記憶----長期記憶
図12.5 短期記憶-長期記憶の枠組
研究の大枠は、ここ20年間、van Dijk &
Kintsch(1983)の提案に沿って行なわれてきたといってよい。彼らによると、文章・談話の記憶表象には、3つありそれを運用することで文章・談話の処理内容が異なるとされている。一つは表層的な言語表象である。単語や句や文などに対応する表象である。2つは命題表象である。文章・談話のミクロな命題表象と、文章・談話のマクロ命題表象とである。図12.4はその例となる。3つは状況モデルと呼ぶもので、文章・談話が記述しようとする状況全体にかかわる表象である。
このうち、表層的な言語表象の運用は、その処理単位からして、文章・談話の範疇には入らないので、ここでは省略するが、この処理単位、とりわけ語彙処理をめぐっての認知心理学的な知見は膨大なものがある。大津(1995)や御領(1987)などを参照されたい。
●命題的表象の運用
字義通りの理解を支えているのがこの命題的表象の運用によるものである。文章・談話の局所的な理解にはミクロ命題が、また文章・談話の全体的な理解にはマクロ命題が運用されている。
研究は、12.4で述べた、命題表現の心理的実在性をめぐっての議論とセットになって行なわれてきた。その典型的な理論がスキーマ理論である(注1)。
スキーマ理論は、仮定された記憶表象がどのように運用されるかに関する理論であるべきなのだが、多くの研究は、スキーマの特性分析のほうに力点が置かれ、その運用過程については、トップダウン処理(知識駆動型処理)が行なわれている、あるいは、せいぜい、スキーマの活性化による、といった程度のおおまかな説明で終ってしまっているのが現状である。
たとえば、Rumelhart & Ortony(1977)は、スキーマの特性として次の4つを挙げているが、それでどうしたという点にまでは踏み込んではいないことがわかる。
・スキーマは変数を持つ
変数にいろいろの値が入ることでスキーマが具体化される。
・スキーマは埋込構造を持つ
上位スキーマは多数のサブスキーマを埋め込んでいる。
・スキーマは抽象度のレベルごとに存在する
知覚的レベルから概念的レベル、さらには行動的レベルまで さまざまな抽象度のレベルで定義できる。
・現実的な知識を表現する
概念の定義や用語の意味を表現するのではなく、現実の中で 使われる世界知識を表現している。
●状況的表象の運用
文章・談話の字義通りの理解を越えて、世界知識や文脈を使った理解がここでの課題となる。文理解を例にとれば、
砂糖の入ったコーヒーと緑茶を飲んだ。
は、あいまい文の典型であるが、緑茶には砂糖は入れないという世界知識があれば、この文のあいまいさはなくなる(長尾、2001)。
ここでは、状況的表象が無限定になるため、その表象表現は問題とされない。どのような状況がどのように文章・談話理解にかかわっているかというまさに運用論が取り挙げられている。
ただし、ここでも、状況モデルが文章・談話理解に深くかかわっているといった存在証明の類の研究も多い。
たとえば、建物の空間構造に関する状況モデル構築のための情報を与えた後に、関連する文章の処理を要求すると、状況モデルの関与を示す証拠が得られたといった類のものである。
今後、状況的表象の運用に関しての認知論的な研究は、2つの方向で進められることになる。
一つは、内的な処理モデルの構築である。ここでも、Kintsch(1988)による、コネクショニスト・モデル(注2)をベースにしたコンピュータ・シミュレーションが注目される仕事の一つとなっている。
もう一つの方向は、効果的な状況的表象の構築を支援する外的な仕掛けである。文章・談話中に挿入される挿絵や具体例の効果、あるいは見出しや概要の効果などが実用的な活用を射程において研究されることになる。
2つの方向があまりに乖離しているが、それぞれの研究の進展は、いずれ統合的な成果として結実してくるはずである。
*******************
注1 スキーマ理論という言い方はやや曖昧さがある。記憶表象として何を仮定するかによって、スクリプト理論やフレーム理論や物語文法理論と呼ぶのが正しい。ここでは、それらを総称してスキーマ理論と呼ぶことにする。
(注2) コネクショニスト・モデルとは、神経回路網に似た階層的なネットワークを想定し、リンクとその結合強度とを学習的に変化させることで現象を模擬しようとするものである。
*************
参考・引用文献
御領謙 1987 「読むということ」 東京大学出版会
海保博之・加藤隆編 1999 「認知研究の技法」 福村出 版
海保博之ら 1987 「ユーザ読み手の心をつかむマニュア ルの 書き方」 共立出版
邑本俊亮 1998 「文章理解についての認知心理学的研究--- 記憶と要約に関する実験と理解過程のモデル化」 風間書房
長尾真 2001 「わかるとは何か」岩波新書
大津由紀雄編 1995 「認知心理学」3「言語」 東京大学 出版会
Anderson,J.R.1980(富田達彦ら訳) 認知心理 学概論 誠信書房
Collins,A.M.& Quikkian,M.R.1969
Retrieval time from semantic memory. Journal of Verbal Learning and Verabal Behavior,8,240-247
Kintsch,W. 1988 The use of knowledge in discourse
processing; A consutruction-integration model.
Psychological Review,95,163-182.
Thorndyke.P.W. 1977 Cognitive structures in comprehension and
memory of narrative. Cognitive Psychology,9,77-110
van Dijk,T.A. & Kintsch,W 1983
Strategies of discourse
comprehension. New York;
Academic Press
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00/11/20海保 朝倉書店 2001年1月末締切り
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12章 文章・談話についての心理学的研究の課題と方法
12.1 本章の概要
本章では、前半では(12.5まで)認知論的(情報処理論的)アプローチによる文章・談話研究、後半では、状況論的アプローチによる文章・談話研究における心理学的な課題と方法について述べる。
認知論的アプローチでは、文章・談話の認知(情報処理)過程に、また、状況論的アプローチでは、文章・談話の発生現場での人のかかわりに、もっぱら焦点が当てられる。
状況論的アプローチ 認知論的アプローチ
状況<----->文章・談話<--->人<-->認知過程<--->知識
図12.1 文章・談話過程についての2つの心理学的アプローチ
12.2 文章・談話についての認知論的アプローチの特徴と 研究手法の概要
●認知論的アプローチとその特徴
認知論的アプローチは、一般的に言うなら、人に内在する知識の形成、貯蔵、運用のメカニズムの解明を目的とするものである。その際立った特徴を3つ挙げておく。
一つは、人は、情報の受動的な受け手ではなく、既有の知識を積極的に活用して自ら知識を作り出す存在であるとする、構成主義的な見解を採用していることである。
2つは、観察不能な内的認知過程についてのモデル構築を志向していることである。その多くは、コンピュータ・シミュレーションとしての実現を志向しているが、原理的には、N.チョムスキーの生成文法理論のような、記号表現が可能な計算論レベルでのモデル構築をめざしている。
3つは、研究手法的には、後述するように、心理学で使われているほとんどの手法が幅広く採用されていることである。行動観察から内省報告、事例報告まで、モデル構築と検証に役立つデータを収集できるなら、厳密な実験的な実証性の制約にそれほどこだわることなく多彩な手法を採用する。
●認知論的アプローチによる文章・談話研究の3つの大課題
認知論的アプローチの大きな課題は、文章・談話を人が認知処理することにかかわる、文字、音韻、語彙、文法の4つ知識は、
・いつどのように形成(学習)されるのか
・どのような形で貯蔵(記憶)されているのか
・どのように運用(理解)されるのか
を解明することである。そして、その主たる関心はもっぱら、図12.2の中心部に向けられている
文章・談話環境
文章・談話活動
話す 文章・談話情報 読む
音韻 綴字
聞く 書く
認知活動
(知覚・記憶
思考・判断)
統語 語彙
図12.1 文章・談話活動を支えるもの
以下、文章・談話活動のうち「読み」の活動を想定して、この3つの大課題について、それぞれがさらにどのような課題をどのように研究しているかについてみていくが、その前に、認知論的アプローチが採用している諸研究手法について、その類型と特徴を述べておく。
●文章・談話研究の手法の類型と特徴
前述したように、認知論的アプローチでは、多彩な研究手法を採用している。図12.3は、2つの軸を設定して、その組合せで、諸手法を類型化してみたものである(海保・加藤、1999)。
「行為対内省」とは、外部から観察できる「行為」に着眼するか、内部の心の動きを自らどのように「内省」しているかに着眼するかのいずれに焦点を置くかという分類軸である。
「遂行対過程」とは、所定の課題をどれくらい速く正確にたくさん「遂行」できるかに着眼するか、課題を解決しているオンラインの「過程」に着眼するかのいずれに焦点を置くかという分類軸である。
遂行(結果)
例 例
反応時間 内省法
行為----------------------------内省
例 例
生理計測 プロトコル分析
過程
図12.3 認知研究で使われる手法の類型
各象限の典型例を文章・談話研究を想定して簡単に説明する。
○内省(第1象限)
文章・談話に関して記憶や理解などを最大まで要求する課題を与えて、その課題を達成して終ってから、遡及的に自分の認知過程内で起っていたことを振り返り報告させる。その際に制約なしに行なう場合と、あらかじめ用意した項目、たとえば、「わかりやすさ」とか「読みやすさ」などについて内省する(評価する)場合---評定法と呼ぶ---とがある。
○反応時間(第2象限)
文章・談話を速く正確に処理させてそのときにかかった時間を計測するものである。どの文章・談話がどの文章・談話より速くて正確かをみることで、処理プロセスの特性を推測したり、文章・談話の質を評価したりする。
○生理計測(第3象限)
文章・談話を処理しているときに、脳や眼球運動などの生理機能がどのようになっているかを計測することで、文章・談話処理時の生理過程、とりわけ脳メカニズムの解明をねらう。
○プロトコル分析(第4象限)
文章・談話を処理しているときに頭に思い浮かぶことをそのまま語らせることで、処理過程のモデル構築や検証データを直接的に得たり、文章・談話の品質を評価したりする。
12.3 文章・談話にかかわる知識の形成論の課題と方法
●生得か経験か
形成論の課題は、文章・談話研究に限ったことではないが、常に2つである。その一つが、生得か経験かであり、もう一つが、経験だとして、どのような経験がどのような知識の形成をもたらすかである。
まず、N.チョムスキーによって一気に活発になった生得対経験かの問題から。
文章・談話の読みは、言語活動の基盤である文法と音韻が確立された後に発生する活動なので、生得か経験かはほとんど問題にならない。ただ、綴字情報を処理する認知活動として必須のパターン認識に関しては、それを支える神経的なアーキテクチャーにまで立ち戻れば、生得か経験かは一つの研究課題にはなりうるが、本章の範囲を越えるので触れない。
●学習経験による知識の獲得
文章・談話の読みに必要な知識は、ほとんどが意図的な学習経験に負ている。したがって、そこでの課題は、なんらかの形で最終的には、国語教育の指導法に関連してものになってくる。その中でも心理学的な課題としては、12.5で述べる知識の運用(読解)の特性を踏まえた効果的な指導法とは何かを問うことになる。ここでの課題は、大きく、2つになる。
一つは、文章・談話に作り込まれた仕掛けの活用にかかわる課題である。文書で言うなら、目次、索引、ヘッダー・フッター、見出しなど、さらには、文書構成の仕組、イラストなどを読解の手がかりとしてどのように使うかにかかわる課題である。ここでの知見は、ただちに、読み手の読解を効果的に支援する文章・談話作成リテラシーへの提言ともなる(たとえば、海保ら、1987)
もう一つは、読解方略の指導にかかわる課題である。上述の課題が外在化された文章・談話にかかわる知識の活用の学習であるのに対して、ここでの課題は、読解のために行なわれる認知活動の支援にかかわるものである。「大事そうなところは反復して読む(リハーサル方略)」「知っていることと関連づける(記憶方略)」「自分のことばで言い直してみる(理解方略)」といった方略の訓練効果が吟味される。
12.4 文章・談話にかかわる知識の貯蔵論の課題と方法
●内と外の知識の関係
ここまでは、知識を人の頭の中にあるもの(表象としての知識)を想定してきたが、知識には、もう一つ、外在化された知識がある。文章・談話は、まさにその典型である。最近の認知心理学では、この外在化された知識とのかかわりが強い関心を引きつけている。本章の後半を参照されたい。
それはさておくとして、ここでの課題の一つは、表現者によって外在化された知識である文章・談話が、頭の内部にどのように表象として貯蔵されているのかである。これは、認知科学研究の初期(60年代、70年代)の中心的な課題であった。
●外在化された知識の心理的実在
文章・談話をコンピュータに「理解させる」ためには、文章・談話の意味構造を分析しなけれならない(意味解析)。そのための分析用具として、文章・談話のさまざまな単位(綴字、語彙、文、文章、談話)でさまざまな用具が提案されてきた。それらの有用性は無論、コンピュータがどれだけ正確に理解できるかで評価されるが、それらを人の理解のモデルとして転用したときの有効性を吟味する研究が多数なされてきた。これが、外在化された知識表現の心理的実在(表現)を問う課題として、認知心理学が取り組んできたものの一つである。
次に、その心理的実在が確かめられている3つの用具(モデル)を、例示しておく。
*********
○命題
○意味ネットワーク
○物語文法
図12.4 文章・談話の記憶表象のさまざま
いずれにおいても、このような形で文章・談話が表象されているとするなら、所定の文章・談話についての認知処理は、このようになるはずとの仮説を、人を使った実験で検証することになる。たとえば、物語文法に関するものであれば、次のような事実からその心理的実在が示唆されている。
・表層的な文の長さは同じで命題数が異なる文を読ませると、 読み時間は命題数と比例する。
・階層の下部と上部で構成される文は、同一レベルで構成され る文より真偽判断に時間がかかる。
・物語の文法構造を乱した物語を記憶させると、再生成績が悪 くなる。
12.5 文章・談話にかかわる知識の運用論の課題と方法
●知識の形成と貯蔵と運用
文章・談話に関する知識の形成と貯蔵にまつわる課題をみてきた。最後は、それらの知識をどのように使って(運用して)、文章・談話を理解しているかを取り挙げてみる。ちなみに、文章・談話に関する認知論的アプローチによる研究の歴史から言うと、実は、この順序は逆で、知識の運用にまわる課題の研究から始まっている。
さて、文章・談話理解に関する研究の具体的な課題は、理解のさまざまな状況に応じて異なってくるが、共通しているのは、理解の目標を達成するために、既有の知識をどのように使うかについての内的な情報処理過程モデルを作ることである。
なお、情報処理過程モデルは、図12.*に示す、短期記憶ー長期記憶の枠組の中で構築されてきた。これまでに述べてきた知識の形成と貯蔵は、この枠組で言うなら、いずれも長期記憶にかかわるものであり、これから述べる知識の運用にかかわる課題は、もっぱら短期記憶において長期記憶に貯蔵されている知識が、外的な文章・談話素材の理解に際してどのように運用されるかにかかわるものである。
文章・談話----短期記憶----長期記憶
図12.5 短期記憶-長期記憶の枠組
研究の大枠は、ここ20年間、van Dijk &
Kintsch(1983)の提案に沿って行なわれてきたといってよい。彼らによると、文章・談話の記憶表象には、3つありそれを運用することで文章・談話の処理内容が異なるとされている。一つは表層的な言語表象である。単語や句や文などに対応する表象である。2つは命題表象である。文章・談話のミクロな命題表象と、文章・談話のマクロ命題表象とである。図12.4はその例となる。3つは状況モデルと呼ぶもので、文章・談話が記述しようとする状況全体にかかわる表象である。
このうち、表層的な言語表象の運用は、その処理単位からして、文章・談話の範疇には入らないので、ここでは省略するが、この処理単位、とりわけ語彙処理をめぐっての認知心理学的な知見は膨大なものがある。大津(1995)や御領(1987)などを参照されたい。
●命題的表象の運用
字義通りの理解を支えているのがこの命題的表象の運用によるものである。文章・談話の局所的な理解にはミクロ命題が、また文章・談話の全体的な理解にはマクロ命題が運用されている。
研究は、12.4で述べた、命題表現の心理的実在性をめぐっての議論とセットになって行なわれてきた。その典型的な理論がスキーマ理論である(注1)。
スキーマ理論は、仮定された記憶表象がどのように運用されるかに関する理論であるべきなのだが、多くの研究は、スキーマの特性分析のほうに力点が置かれ、その運用過程については、トップダウン処理(知識駆動型処理)が行なわれている、あるいは、せいぜい、スキーマの活性化による、といった程度のおおまかな説明で終ってしまっているのが現状である。
たとえば、Rumelhart & Ortony(1977)は、スキーマの特性として次の4つを挙げているが、それでどうしたという点にまでは踏み込んではいないことがわかる。
・スキーマは変数を持つ
変数にいろいろの値が入ることでスキーマが具体化される。
・スキーマは埋込構造を持つ
上位スキーマは多数のサブスキーマを埋め込んでいる。
・スキーマは抽象度のレベルごとに存在する
知覚的レベルから概念的レベル、さらには行動的レベルまで さまざまな抽象度のレベルで定義できる。
・現実的な知識を表現する
概念の定義や用語の意味を表現するのではなく、現実の中で 使われる世界知識を表現している。
●状況的表象の運用
文章・談話の字義通りの理解を越えて、世界知識や文脈を使った理解がここでの課題となる。文理解を例にとれば、
砂糖の入ったコーヒーと緑茶を飲んだ。
は、あいまい文の典型であるが、緑茶には砂糖は入れないという世界知識があれば、この文のあいまいさはなくなる(長尾、2001)。
ここでは、状況的表象が無限定になるため、その表象表現は問題とされない。どのような状況がどのように文章・談話理解にかかわっているかというまさに運用論が取り挙げられている。
ただし、ここでも、状況モデルが文章・談話理解に深くかかわっているといった存在証明の類の研究も多い。
たとえば、建物の空間構造に関する状況モデル構築のための情報を与えた後に、関連する文章の処理を要求すると、状況モデルの関与を示す証拠が得られたといった類のものである。
今後、状況的表象の運用に関しての認知論的な研究は、2つの方向で進められることになる。
一つは、内的な処理モデルの構築である。ここでも、Kintsch(1988)による、コネクショニスト・モデル(注2)をベースにしたコンピュータ・シミュレーションが注目される仕事の一つとなっている。
もう一つの方向は、効果的な状況的表象の構築を支援する外的な仕掛けである。文章・談話中に挿入される挿絵や具体例の効果、あるいは見出しや概要の効果などが実用的な活用を射程において研究されることになる。
2つの方向があまりに乖離しているが、それぞれの研究の進展は、いずれ統合的な成果として結実してくるはずである。
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注1 スキーマ理論という言い方はやや曖昧さがある。記憶表象として何を仮定するかによって、スクリプト理論やフレーム理論や物語文法理論と呼ぶのが正しい。ここでは、それらを総称してスキーマ理論と呼ぶことにする。
(注2) コネクショニスト・モデルとは、神経回路網に似た階層的なネットワークを想定し、リンクとその結合強度とを学習的に変化させることで現象を模擬しようとするものである。
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参考・引用文献
御領謙 1987 「読むということ」 東京大学出版会
海保博之・加藤隆編 1999 「認知研究の技法」 福村出 版
海保博之ら 1987 「ユーザ読み手の心をつかむマニュア ルの 書き方」 共立出版
邑本俊亮 1998 「文章理解についての認知心理学的研究--- 記憶と要約に関する実験と理解過程のモデル化」 風間書房
長尾真 2001 「わかるとは何か」岩波新書
大津由紀雄編 1995 「認知心理学」3「言語」 東京大学 出版会
Anderson,J.R.1980(富田達彦ら訳) 認知心理 学概論 誠信書房
Collins,A.M.& Quikkian,M.R.1969
Retrieval time from semantic memory. Journal of Verbal Learning and Verabal Behavior,8,240-247
Kintsch,W. 1988 The use of knowledge in discourse
processing; A consutruction-integration model.
Psychological Review,95,163-182.
Thorndyke.P.W. 1977 Cognitive structures in comprehension and
memory of narrative. Cognitive Psychology,9,77-110
van Dijk,T.A. & Kintsch,W 1983
Strategies of discourse
comprehension. New York;
Academic Press
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司馬遼太郎の小説「竜馬が行く」にこんなくだりがあります。
盗賊・藤兵衛と一緒に、19歳の竜馬がはじめて四国から東京へ剣術修業にでかける途中で、静岡県の日本平から富士山の絶景を眺めています。
「藤兵衛、いっこうに驚かぬな」と竜馬が言います。
藤兵衛「見なれておりますので」
竜馬「だからおまえは、盗賊になったんだ。血の気の熱いころはこの風景をみて感じぬ人間は、どれほど才があっても、ろくなやつにはなるまい。----」
藤兵衛「--旦那はこの眺望をみて、なにをお思になりました。」
竜馬「日本一の男になりたいと思った。」
盗賊・藤兵衛と一緒に、19歳の竜馬がはじめて四国から東京へ剣術修業にでかける途中で、静岡県の日本平から富士山の絶景を眺めています。
「藤兵衛、いっこうに驚かぬな」と竜馬が言います。
藤兵衛「見なれておりますので」
竜馬「だからおまえは、盗賊になったんだ。血の気の熱いころはこの風景をみて感じぬ人間は、どれほど才があっても、ろくなやつにはなるまい。----」
藤兵衛「--旦那はこの眺望をみて、なにをお思になりました。」
竜馬「日本一の男になりたいと思った。」