飛水峡

思い出

中日新聞

2007年01月29日 21時25分10秒 | 新聞

【飛騨】

つらい作業、報われる味

飛騨・神岡町で寒干し大根仕込み


寒干し大根を干す島崎記者=飛騨市神岡町森茂で

 北アルプス山ろくの標高約900メートルに位置し、気温が氷点下20度を下回ることもある飛騨市神岡町山之村地区。ここで寒さを利用して作られている特産品が「寒干し大根」だ。飛騨の厳しい気候を活用する知恵を学ぼうと、同地区で生産と出荷を続ける「すずしろグループ」の会長清水利子さん(60)を訪ねた。

 同地区は神岡町中心街から約25キロ離れた約70戸の集落。冬は例年積雪が2メートルにもなり、除雪車がない時代には町に行くのも難しかった。野菜が収穫できず、食料も運べない冬を生き抜くため、先人が考え出した保存食が寒干し大根だ。

 大根をゆでて輪切りにし、軒下で約1カ月間、冷凍乾燥させたもの。お湯で戻して煮物の具などに使い、ほのかな甘みとシャキシャキした歯触りがある。軒下に大根がそろばんのように並ぶ光景は、この地区の風物詩となっている。

 グループは20年前に地元の主婦らが結成し、生産と販売を始めた。現在は13人で年間約800キロを生産。近年は品薄になるほど人気が高い。

 作業はまず、秋に収穫して畑に埋めておいた大根を掘り出すことから始める。体験に行った日の朝は、最低気温が氷点下9度。畑の土も雪も凍って固かった。利子さんの夫、弘さん(63)が「去年は4メートルも雪があって、重機で掘り出したんや」と苦労を教えてくれた。

 掘った大根を、沢水を張った槽に入れて洗う。ゴム手袋をしていても手が痛くなるほど、水が冷たい。「大根をゆでる釜の湯で温めるといいよ」。利子さんの勧めで、湯に手を入れた。ジンワリと手に感触が戻り、生き返った心地になる。

 次は皮むき。左手に大根を持ち、鉄製の皮むき器で素早くむいていく。1本約1キロの大根が、どんどん重く感じる。左腕が痛い。利子さんは「けんしょう炎になることもある。1カ月だけの辛抱と思うから頑張れる」。

 包丁で輪切りにし、釜で約30分ゆでた後、鉄製のくしに刺す。大根が熱く、手を氷水に浸して冷やしながら素早く刺していく。

 最後に大根を付けたくしを軒下の木枠に掛け、大根が隣同士でくっつかないよう指ですき間を開ける。「吹雪の時には指が痛くてちぎれそうになるんや」と弘さん。凍ったり解けたりを約1カ月間繰り返すうちに、大根にあめ色のつやと甘みが出る。乾くと重さは約20分の1になるという。

 ひたすら体力と根気がいる仕事だ。「最初から最後まで何も加えない、本当の自然食品。空気と太陽と冷えが最高の味を作り出すのよ」。利子さんが誇らしげに語った。

 できたての寒干し大根を分けてもらい、自宅で煮物にして食べてみた。柔らかさの中にシャキシャキ感がある歯ごたえ。ほんのり広がる甘みが絶妙だ。「昔の人は生き抜く力が強かったのよ。今の人も見習わないといけない」という利子さんの言葉を思い出し、大根と一緒に噛みしめた。


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