飛水峡

思い出

岐阜新聞

1998年06月08日 16時00分48秒 | 岐阜の水と緑
生命の水
汚れが集中する下流

 岐阜市で生まれ、東京で法律事務所を開いた安田秀士さんは一九九五(平成七)年、五十歳で死去する十日前の朝、友人から届いた郡上の吉田川の水で顔を洗い、「自分の身体が、私にとってとても懐かしい昔の長良川の『清流』に同化していくような気がする」と、がん闘病の手記に書き遺した。
 妻和子さん。「長良川の水で顔を洗いたいというので洗面所まで長女と二人で彼を支えて行き、大好きな長良川の水を顔にかけてあげた。自分でも両手ですくって顔を浸しながら『なんてやさしいんだろう。この水は。気持ちいいなあ…』と言って、そこに崩れるように倒れ込み動けなくなった」。翌朝、静かに呼吸が止まったのだと(「生命燦燦(さんさん)-長良川へ還る日のために-」、現代創造社、九七年)。


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 木曽川下流のノリ漁場に製紙工場の「黒い水」が流れたのは五七年。長良川中流に魚が浮き、「白い川」になったのは六五年。長良川河口ぜき下流に白い泡の帯が浮き始めたのは、せき運用開始二年の昨年夏。

 中日本航空パイロットの青木静明さんは、「川が、どす黒い色になって流れていると空からすぐ分かる。今でも時々見る」という。

 羽島市小熊町の漁師大橋亮一さん。「車で通れば清流に見えるでしょうが、長良川に下りて水の中を見てみなさい。空き缶、空き瓶はもとより、古タイヤから自転車から、ありとあらゆるもののごみ捨て場だ」。 長良川河口ぜきが建設される前の東海大橋付近の水質を調べていた名古屋大学名誉教授西條八束さんは、七八-八八年の総窒素、総リンが、富栄養化による水質汚染が著しい湖の一つの長野県諏訪湖と同程度の汚さであることに驚いた。

 西條さんは、この富栄養化した川にせきを造れば、上流域でそう類が急増すると警告した。実際、利根川、芦田川と同様に、長良川でも、河口ぜき運用後にそう類が大発生している。


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 清らかな長良川の水は、流域に生きる人たちの生命の糧(かて)だった。

 いま、川は汚れ、下流は農薬や生活排水などが入り混ざる悪水になったが、それでもこの四月、愛知県知多市などの飲料水として長良導水が毎秒二・八六トン、三重県の中勢水道も同じく毎秒〇・七三トンの取水を開始した。「清流」とは名ばかりの水質とともに、猛烈な繁殖力で水道管を詰まらせる外来種のカワヒバリガイが繁殖する川からの導水である点も懸念される。

 さらに、極微量でも生物の内分ぴつ機能に悪影響をもたらす環境ホルモンや、米国やカナダ、日本で集団感染が起き始めた寄生原虫クリプトスポリジウムは、厳重な水質監視の網もすり抜けてしまう恐れがある。

 環境ホルモンについては岐阜大学助教授の古屋康則さん(魚類学)が長良川下流のニゴイなどの雑魚を、同じく粕谷志郎教授(アレルギー学)が下流の水を使って分析に着手したばかりだ。



知多市、半田市などの飲料水になる長良導水が取水を開始したが…。
工業、農業排水や生活排水など様々な水が流入する長良川下流
=三重県長島町



長良川の上流の流れは、まだしも清らか=郡上郡八幡町相生


《岐阜新聞6月 8日付朝刊一面掲載》

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