ルカによる福音書3章1~20節
荒野で生活をしていたヨハネに神様の言葉が臨みました。彼は、荒野で何をしていたのかというと、いわゆる厳しい修行僧のようなことをしていたものと思われます。禁欲的な生活だったようです。らくだの毛衣を身にまとい、野蜜を食していたと言います。その彼に、御言葉が臨んだのでした。預言者のような者でもあったのでしょう。
私たちも、神様の御言葉が臨むことがあるでしょうか。牧師に召されるときの、いわゆる召命といったものは、ある意味では神様からの御言葉が臨んだということであるでしょう。ただし、本当にそうなのかどうか、それは本人の勘違い、考え過ぎということもありますので、私たちバプテストでは、その方の召命感を吟味させてもらうわけです。その人の召命感は、教会に起こった出来事でもあるからです。
先日、私たちは、M氏の召命感について吟味させていただき、教会の推薦をすることとしました。当教会も他の教会と同じように、厳しい吟味を致します。それは、それだけに、教会としての責任を果たそうとしていることであって、それは神様への誠実であります。神様の御言葉が臨むというのは、このときの荒野で生活していたヨハネのように自分に厳しい環境を定めているからであって、日々の生ぬるい生活をしていてはだめなのだということにもなるのでしょうか。
しかし、それも言い切ることはできないと思います。神様の御言葉は、いろいろなときに、色々な形で、私たちに臨むものであります。楽をしているときにも、それでいいいのかと聞こえてくるのでありますし、抱えている状況が厳しいときにも、何とか耐え忍べと、神様の御言葉は臨むことはあるでしょう。
そして、これ以降ヨハネがしたことは、ヨルダン川沿いの地方一帯に行って、罪の赦しを得させるために悔い改めのバプテスマ(洗礼)を宣べ伝え、実際に、やってきた群衆たちにバプテスマを授けるということでした。神様の御言葉が臨んだのであれば、私たちはそれを行動に移します。
ヨハネは、ただし、その際、かなり厳しいことを言いました。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。我々の父はアブラハムだ、などという考えを起こすな。・・斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」。
蛇というのは、サタンの化身として表現されますが、それも蝮ということで、毒蛇呼ばわりしているのですから、かなり手厳しいです。罪を赦してもらおうとしてやってきたイスラエルの人々、ユダヤ人たちに対して、彼は、罪深いお前たちが、そう簡単に罪が赦されるはずはないだろう、とかなり厳しいのでした。
むしろ、斧が既に準備されており、実を結ぶことのない木は切り倒されて裁きの火に投げ込まれるのだ、と言ったのでした。それで、ユダヤの人々の中には慌てふためいた者たちもいたでしょう。ごめんなさい、と言えばそれですむと思っていた人々もいたでしょうから、そう簡単ではないと、ヨハネは言ったのでした。それで、どうしたらいいのか、と人々は聞きました。
ヨハネは、実に具体的に、それぞれの人々になすべきことを伝えました。それは、これまでのように、犠牲の献げ物をすればよい、というようなものではなかったのです。群衆には、「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ」、実際に温かい下着をつけることもできず、凍えていた人々も多かったのでしょう。
徴税人には「規定以上のものを取り立てるな」と言いました。徴税人の中には、不当に集めて、ふところに入れていた人々も多かったことがわかります。そのようなこともありましたから、彼らは、罪人扱いをされておりました。また、兵士には、「誰からも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな」ということでした。もらっている給与で満足せよ、とも書かれています。
ローマの兵士たちの中にも、救いを求める者はいたようで、それでもその多くも悪戯なことをしていたと思われます。悔い改めると言っても、それは言葉だけで、何の具体的な行為もない人もいます。その点、ヨハネの指示は非常に具体的でわかりやすいものでした。
ただし、救われるプロセスは、今までのように、律法を厳格に守るとか、犠牲の供え物をするとかではありませんでした。また、イエス様が後に示されたものとも違っておりました。イエス様による救いは、十字架の出来義と復活の出来義を信じるだけでよい、とそのようなものであったのですから。
私たちは、ここに登場してくるヨハネもまた、旧約聖書時代の終わりの預言者の一人として、描かれていることに気づきます。彼の使命は、人々の罪を明らかにして、それに対する悔い改めを迫り、回心させることでした。そこにおいては、これまでのように、犠牲の献げものをすれば、それで赦されるということをヨハネは述べませんでした。律法を守ればそれでよいということでもありませんでした。正義を行え、ということだったのでしょうか。
当時、イスラエルの人々には、選民意識があり、自分たちはアブラハムの子だから、容易に救いを得るという傲慢な思いがありました。ヨハネは、「神はこんな石ころからでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる」と言いました。「斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」と言いました。このように言われると、聞いている者たちは、どうしていいのかわからなくなりました。「では、わたしたちはどうすればよいのですか」。それへの具体的な事柄が、先ほど述べたことでした。
そこで、私たちは、考えさせられるのです。それなら、ヨハネが言ったようなことをすればよいのか、ということなのです。つまり、他者に対して、親切にする、助けを必要としている人にその手を差し伸べる、不正に手を染めない、もちろん、これらのことは、イエス様も言われていることですから、間違いではありません。
そして、ヨハネは、こうした具体的なことをすれば、それで、罪赦され、救われると考えていたようです。否、それが第一歩であるということだったのでしょうか。ですから悔い改めを迫りました。ヨハネは、領主のヘロデであろうと容赦しませんでした。ヘロデは、律法に違反して、自分の兄弟の妻へロディアをめとったこと、他にも悪事をいろいろと指摘され、責められましたので、ヨハネを牢に閉じ込めてしまいました。
そして、ご存じのように、このあと、ヘロデの誕生日に舞を舞った娘のサロメに、欲しいものを褒美にやろうと言って、彼女が、母親のヘロディアに相談をしたところ、ヨハネの首をいうので、その旨をヘロデに伝え、そのようないきさつで、ヨハネは首をはねられ殺害されたのでした。
ところで、15節に「民衆はメシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかしたら彼がメシアではないかと、皆心の中に考えていた」とあります。この時代、メシアを待ち望む思いは、多くの人々の心のうちにありました。しかし、ヨハネ自身は、自分よりも優れた方があとから来て、この方は、聖霊と火であなたたちにバプテスマをお授けになる、そして、この方は、手に箕をもって、脱穀場をきれいにして、麦と殻に分け、麦は倉に入れ、殻は、消えることのない火で、焼き払われると述べたのでした。つまり、このお方は、裁きをもなさる方なのだ、と言ったのでした。
ところで、ヨハネが登場してきたとき、イザヤ書(40章3-5節)に書いてあるとおりのことが起こったのだと、ルカによる福音書の3章4節から6節には記されています。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。谷はすべて埋められ、山と丘はみな低くされる。曲がった道はまっすぐに、でこぼこの道は平らになり、人は皆、神の救いを仰ぎ見る」。
ヨハネがこのとき、既に、イエス様による救いがどのようなものなのか、捉えていたとは思われません。このイザヤ書の箇所からは、正義が行われること、公正と平等な社会が到来すること、そのようなイメージを抱きます。そして、最後に、「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」社会が訪れるのである、と言っているのでしょう。
ただし、この直後に、先ほど述べましたように、バプテスマを授けてもらおうとして、やってきた群衆に、「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか」と言っております。つまり、ヨハネにおいての強調点は、神様の裁きの激しい怒りの火から逃れるのは、決して生易しいものではない、ということでした。悔い改めるといっても、そう簡単ではない、ということでした。
悔い改めの具体的な内容を求めてきた、群衆や徴税人や兵士に対しては、例えば、このようなことである、と教えておりますが、それらを彼らが実行するには、かなり高いハードルであっただろうと思われます。それまで、彼らがやってきたことは、普通であり、そのような愛のない事柄が随分あって、成り立っていたような社会でしたから。
とは言え、罪の実態は実に具体であって、それらが記されている旧約聖書は、私たちの罪の問題とその深さを教えておりますので、この旧約聖書を抜きにして、私たちの救いを論じることはできません。罪の深さとその恐ろしさを知るには、旧約聖書を読むこと、旧約聖書を知ることです。
しかしながら、行為というものには限界があります。ヨハネが求めたような悔い改めは、私たちが、バプテスマを受ける時に、一つの、形ではあります。しかし、そのような悔い改めがないところでは、救いは得られないのかということになると、それもまた本質的なことから少しそれるかもしれません。
なぜなら、イエス様による救いは、「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」ことのできるものだからです。その前提に、正義と公正が必要であり、そののちに救いが訪れるというような順番にイザヤ書ではなっておりますが、ヨハネもそのように考えたわけですが、今、私たちがいただいている「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」という救いの内容は、イエス様の十字架であり、復活の出来事です。
そのイエス様の十字架と復活の出来事から出発して、逆に、自分の罪の問題に気付かされる、そういう順番ではないでしょうか。確かに、聖書が教えている罪の問題は、聖書を通してしか、教えられないということはあります。よほど、その方が、めちゃくちゃな生活をされていて、ですから、人生の裏街道を歩んでいた方が、救われて、牧師になっているといったケースは、結構、聞くわけです。
しかし、普通の日本人の方々は、罪を教えられるという場面が与えられておりません。せいぜいそれは、道徳、倫理の範囲でして、神様に対する罪の問題までには、行きつかないというのが正直なところではないでしょうか。
ヒューマニズム(人間主義)どまりの話がほとんどです。罪ありというのは、やはり、聖書を通してしか理解できないことではないのかと、私は、牧師をしていてつくづく思わされます。特に、あの放蕩息子のたとえ話の中で示されている、神様に背いて、神様のところから遠く離れていく、あの罪を犯す人間の姿は、日本人の罪意識の中には、ないかもしれないなと、思っています。
とにかく、「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」という言葉からは、神様の救いは、すべての者に及ばされるのだと、いうように理解できます。そして、それは、ヨハネがいうところの悔い改めもまた、非常に大事な要因であるとは思いますが、それよりももっと大事なことは、イエス様の十字架の理解と復活の出来事からくる、救いの理解です。イエス様の十字架は、すべての者のためでしたし、復活もまた、すべての者のためでした。そこに、わたしたちは、救いの確信をもっています。
そうはいいながらも、この悔い改めと救いとの緊張関係は、私は、非常に大事なものだと考えています。悔い改めの全くない救いは、救われたという喜びを半減させることでしょう。救いの喜びは、自分の罪意識と比例すると思われます。自分にとことん絶望した者が、イエス様にある救いの喜びに満たされ、希望を見出すことも大きいのです。
2015年という年は、皆様にとって、どのような年になるでしょうか。私たちは、この年もまた、「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」ことができるように、宣教活動をそれぞれが、それぞれにできる形で、行ってまいりましょう。ヨハネが、「ほかにもさまざま勧めをして、民衆に福音を告げ知らせた」、とありますように、自分にできるありとあらゆる方法や言葉で、イエス様の福音を告げ知らせてまいりましょう。結果として、そのことが「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」ことに一歩でも近づくことになればと思います。
平良 師
人は皆、神の救いを仰ぎ見る
荒野で生活をしていたヨハネに神様の言葉が臨みました。彼は、荒野で何をしていたのかというと、いわゆる厳しい修行僧のようなことをしていたものと思われます。禁欲的な生活だったようです。らくだの毛衣を身にまとい、野蜜を食していたと言います。その彼に、御言葉が臨んだのでした。預言者のような者でもあったのでしょう。
私たちも、神様の御言葉が臨むことがあるでしょうか。牧師に召されるときの、いわゆる召命といったものは、ある意味では神様からの御言葉が臨んだということであるでしょう。ただし、本当にそうなのかどうか、それは本人の勘違い、考え過ぎということもありますので、私たちバプテストでは、その方の召命感を吟味させてもらうわけです。その人の召命感は、教会に起こった出来事でもあるからです。
先日、私たちは、M氏の召命感について吟味させていただき、教会の推薦をすることとしました。当教会も他の教会と同じように、厳しい吟味を致します。それは、それだけに、教会としての責任を果たそうとしていることであって、それは神様への誠実であります。神様の御言葉が臨むというのは、このときの荒野で生活していたヨハネのように自分に厳しい環境を定めているからであって、日々の生ぬるい生活をしていてはだめなのだということにもなるのでしょうか。
しかし、それも言い切ることはできないと思います。神様の御言葉は、いろいろなときに、色々な形で、私たちに臨むものであります。楽をしているときにも、それでいいいのかと聞こえてくるのでありますし、抱えている状況が厳しいときにも、何とか耐え忍べと、神様の御言葉は臨むことはあるでしょう。
そして、これ以降ヨハネがしたことは、ヨルダン川沿いの地方一帯に行って、罪の赦しを得させるために悔い改めのバプテスマ(洗礼)を宣べ伝え、実際に、やってきた群衆たちにバプテスマを授けるということでした。神様の御言葉が臨んだのであれば、私たちはそれを行動に移します。
ヨハネは、ただし、その際、かなり厳しいことを言いました。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。我々の父はアブラハムだ、などという考えを起こすな。・・斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」。
蛇というのは、サタンの化身として表現されますが、それも蝮ということで、毒蛇呼ばわりしているのですから、かなり手厳しいです。罪を赦してもらおうとしてやってきたイスラエルの人々、ユダヤ人たちに対して、彼は、罪深いお前たちが、そう簡単に罪が赦されるはずはないだろう、とかなり厳しいのでした。
むしろ、斧が既に準備されており、実を結ぶことのない木は切り倒されて裁きの火に投げ込まれるのだ、と言ったのでした。それで、ユダヤの人々の中には慌てふためいた者たちもいたでしょう。ごめんなさい、と言えばそれですむと思っていた人々もいたでしょうから、そう簡単ではないと、ヨハネは言ったのでした。それで、どうしたらいいのか、と人々は聞きました。
ヨハネは、実に具体的に、それぞれの人々になすべきことを伝えました。それは、これまでのように、犠牲の献げ物をすればよい、というようなものではなかったのです。群衆には、「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ」、実際に温かい下着をつけることもできず、凍えていた人々も多かったのでしょう。
徴税人には「規定以上のものを取り立てるな」と言いました。徴税人の中には、不当に集めて、ふところに入れていた人々も多かったことがわかります。そのようなこともありましたから、彼らは、罪人扱いをされておりました。また、兵士には、「誰からも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな」ということでした。もらっている給与で満足せよ、とも書かれています。
ローマの兵士たちの中にも、救いを求める者はいたようで、それでもその多くも悪戯なことをしていたと思われます。悔い改めると言っても、それは言葉だけで、何の具体的な行為もない人もいます。その点、ヨハネの指示は非常に具体的でわかりやすいものでした。
ただし、救われるプロセスは、今までのように、律法を厳格に守るとか、犠牲の供え物をするとかではありませんでした。また、イエス様が後に示されたものとも違っておりました。イエス様による救いは、十字架の出来義と復活の出来義を信じるだけでよい、とそのようなものであったのですから。
私たちは、ここに登場してくるヨハネもまた、旧約聖書時代の終わりの預言者の一人として、描かれていることに気づきます。彼の使命は、人々の罪を明らかにして、それに対する悔い改めを迫り、回心させることでした。そこにおいては、これまでのように、犠牲の献げものをすれば、それで赦されるということをヨハネは述べませんでした。律法を守ればそれでよいということでもありませんでした。正義を行え、ということだったのでしょうか。
当時、イスラエルの人々には、選民意識があり、自分たちはアブラハムの子だから、容易に救いを得るという傲慢な思いがありました。ヨハネは、「神はこんな石ころからでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる」と言いました。「斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」と言いました。このように言われると、聞いている者たちは、どうしていいのかわからなくなりました。「では、わたしたちはどうすればよいのですか」。それへの具体的な事柄が、先ほど述べたことでした。
そこで、私たちは、考えさせられるのです。それなら、ヨハネが言ったようなことをすればよいのか、ということなのです。つまり、他者に対して、親切にする、助けを必要としている人にその手を差し伸べる、不正に手を染めない、もちろん、これらのことは、イエス様も言われていることですから、間違いではありません。
そして、ヨハネは、こうした具体的なことをすれば、それで、罪赦され、救われると考えていたようです。否、それが第一歩であるということだったのでしょうか。ですから悔い改めを迫りました。ヨハネは、領主のヘロデであろうと容赦しませんでした。ヘロデは、律法に違反して、自分の兄弟の妻へロディアをめとったこと、他にも悪事をいろいろと指摘され、責められましたので、ヨハネを牢に閉じ込めてしまいました。
そして、ご存じのように、このあと、ヘロデの誕生日に舞を舞った娘のサロメに、欲しいものを褒美にやろうと言って、彼女が、母親のヘロディアに相談をしたところ、ヨハネの首をいうので、その旨をヘロデに伝え、そのようないきさつで、ヨハネは首をはねられ殺害されたのでした。
ところで、15節に「民衆はメシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかしたら彼がメシアではないかと、皆心の中に考えていた」とあります。この時代、メシアを待ち望む思いは、多くの人々の心のうちにありました。しかし、ヨハネ自身は、自分よりも優れた方があとから来て、この方は、聖霊と火であなたたちにバプテスマをお授けになる、そして、この方は、手に箕をもって、脱穀場をきれいにして、麦と殻に分け、麦は倉に入れ、殻は、消えることのない火で、焼き払われると述べたのでした。つまり、このお方は、裁きをもなさる方なのだ、と言ったのでした。
ところで、ヨハネが登場してきたとき、イザヤ書(40章3-5節)に書いてあるとおりのことが起こったのだと、ルカによる福音書の3章4節から6節には記されています。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。谷はすべて埋められ、山と丘はみな低くされる。曲がった道はまっすぐに、でこぼこの道は平らになり、人は皆、神の救いを仰ぎ見る」。
ヨハネがこのとき、既に、イエス様による救いがどのようなものなのか、捉えていたとは思われません。このイザヤ書の箇所からは、正義が行われること、公正と平等な社会が到来すること、そのようなイメージを抱きます。そして、最後に、「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」社会が訪れるのである、と言っているのでしょう。
ただし、この直後に、先ほど述べましたように、バプテスマを授けてもらおうとして、やってきた群衆に、「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか」と言っております。つまり、ヨハネにおいての強調点は、神様の裁きの激しい怒りの火から逃れるのは、決して生易しいものではない、ということでした。悔い改めるといっても、そう簡単ではない、ということでした。
悔い改めの具体的な内容を求めてきた、群衆や徴税人や兵士に対しては、例えば、このようなことである、と教えておりますが、それらを彼らが実行するには、かなり高いハードルであっただろうと思われます。それまで、彼らがやってきたことは、普通であり、そのような愛のない事柄が随分あって、成り立っていたような社会でしたから。
とは言え、罪の実態は実に具体であって、それらが記されている旧約聖書は、私たちの罪の問題とその深さを教えておりますので、この旧約聖書を抜きにして、私たちの救いを論じることはできません。罪の深さとその恐ろしさを知るには、旧約聖書を読むこと、旧約聖書を知ることです。
しかしながら、行為というものには限界があります。ヨハネが求めたような悔い改めは、私たちが、バプテスマを受ける時に、一つの、形ではあります。しかし、そのような悔い改めがないところでは、救いは得られないのかということになると、それもまた本質的なことから少しそれるかもしれません。
なぜなら、イエス様による救いは、「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」ことのできるものだからです。その前提に、正義と公正が必要であり、そののちに救いが訪れるというような順番にイザヤ書ではなっておりますが、ヨハネもそのように考えたわけですが、今、私たちがいただいている「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」という救いの内容は、イエス様の十字架であり、復活の出来事です。
そのイエス様の十字架と復活の出来事から出発して、逆に、自分の罪の問題に気付かされる、そういう順番ではないでしょうか。確かに、聖書が教えている罪の問題は、聖書を通してしか、教えられないということはあります。よほど、その方が、めちゃくちゃな生活をされていて、ですから、人生の裏街道を歩んでいた方が、救われて、牧師になっているといったケースは、結構、聞くわけです。
しかし、普通の日本人の方々は、罪を教えられるという場面が与えられておりません。せいぜいそれは、道徳、倫理の範囲でして、神様に対する罪の問題までには、行きつかないというのが正直なところではないでしょうか。
ヒューマニズム(人間主義)どまりの話がほとんどです。罪ありというのは、やはり、聖書を通してしか理解できないことではないのかと、私は、牧師をしていてつくづく思わされます。特に、あの放蕩息子のたとえ話の中で示されている、神様に背いて、神様のところから遠く離れていく、あの罪を犯す人間の姿は、日本人の罪意識の中には、ないかもしれないなと、思っています。
とにかく、「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」という言葉からは、神様の救いは、すべての者に及ばされるのだと、いうように理解できます。そして、それは、ヨハネがいうところの悔い改めもまた、非常に大事な要因であるとは思いますが、それよりももっと大事なことは、イエス様の十字架の理解と復活の出来事からくる、救いの理解です。イエス様の十字架は、すべての者のためでしたし、復活もまた、すべての者のためでした。そこに、わたしたちは、救いの確信をもっています。
そうはいいながらも、この悔い改めと救いとの緊張関係は、私は、非常に大事なものだと考えています。悔い改めの全くない救いは、救われたという喜びを半減させることでしょう。救いの喜びは、自分の罪意識と比例すると思われます。自分にとことん絶望した者が、イエス様にある救いの喜びに満たされ、希望を見出すことも大きいのです。
2015年という年は、皆様にとって、どのような年になるでしょうか。私たちは、この年もまた、「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」ことができるように、宣教活動をそれぞれが、それぞれにできる形で、行ってまいりましょう。ヨハネが、「ほかにもさまざま勧めをして、民衆に福音を告げ知らせた」、とありますように、自分にできるありとあらゆる方法や言葉で、イエス様の福音を告げ知らせてまいりましょう。結果として、そのことが「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」ことに一歩でも近づくことになればと思います。
平良 師