平尾バプテスト教会の礼拝説教

福岡市南区平和にあるキリスト教の平尾バプテスト教会での、日曜日の礼拝説教を載せています。

2015年11月1日 福音は逆説的

2016-03-08 22:04:48 | 2015年
エレミヤ書24章1~10節
福音は逆説的

 誰が見ても、可愛そうだ、気の毒だと同情を禁じ得ないことがあります。しかし、当の本人は、それほどでもないという場合もあるでしょう。それどころか、実際は、結構幸せに過ごしておられたりします。苦しい場面もお見受けするのですが、それにより、何か、真実な生活ができ、充実されているという方もおられます。逆に、とても豊かに生活しているので、さぞ、幸せなのだろうと思っていますと、全然、充実感が得られておらず、満たされない気持ちで、いつもすさんでいるという方もおられるでしょう。
 聖書には、神様の目から見れば、今置かれているその人は、私たち人間の見る見方とまるで正反対ということが多々あります。イエス様が宣言されたような「貧しい人々は、幸いである。神の国はあなたがたのものである」というのは、その一つの例と言えるでしょう。私たち人間一般が見る見方があります。
 それらのことの多くは、平凡で、常識的という言葉で表現できるのことも多いと思います。それに対して、信仰を持つ者は、神様の目で見る見方というものがあることを知らされております。それら聖書に描かれていることは、神の国では常識になっていると言えるでしょう。その神様の国のものの見方や考え方を、この地上の世界においても適用させるとどうなるのでしょうか。
 例えば、この世における絶望は、希望の始まりであるかもしれません。負けは、勝利であるかもしれません。そして、勝利と思っていたら負けであったという可能性もあるのです。神様の御国のものの見方や考え方をこの地上の世界で、適用させることが私たちキリスト者の生き方である、ということも言えるでしょう。
 今日の聖書の箇所に入ります。バビロンの王ネブカドレツァルは、ユダの国の人々、都エルサレムに住む人々を三回にわたり、バビロンに捕囚として連れていきました。一回目の捕囚は、ヨヤキム王のときに起きました。このとき、連れて行かれた者たちは、ヨヤキム王の子のエコンヤ、ユダの高官、工匠や鍛冶たちでした。
 先ほど読んでいただきましたエレミヤ書24章の記事は、この第一回目に起こった捕囚の内容を言っております。それは、紀元前597年のヨヤキム王のバビロンに対する反逆が、その引き金となりました。それは、列王記下24章の1節からのところに記されています。「彼の治世に、バビロンの王ネブカドレツァルが攻め上って来た。ヨヤキムは三年間彼に服従したが、再び反逆した。主は彼に対してカルディア人の部隊、アラム人の部隊、モアブ人の部隊、アンモン人の部隊を遣わされた。
 主はその僕である預言者たちによってお告げになった主の言葉のとおり、ユダを滅ぼすために彼らを差し向けられた」とあります。そして、その裁きの大きな原因となったのは、マナセ王の罪にあるということでした。マナセ王は、ほとほと悪い王だったようです。父親のヒゼキヤが、廃した聖なる高台(ここで異教の神々に香をたき、礼拝を捧げた)を再建し、イスラエルの王アハブが行ったようにバアルの祭壇を築き、アシュラ像を造りました。
 更に彼は、天の万象の前にひれ伏し、これに仕えました。また、主の神殿の二つの庭に天の万象のための祭壇を築きました。彼は、自分の子に火の中を通らせ、占いやまじないを行い、口寄せや霊媒を用いるなど、神様の目に悪とされることを数々行ったのでした。また、マナセ王は、神様の目に悪とされることをユダの人々にも行わせて、罪を犯させ、それだけでなく、罪のない者の血を非常に多く流し、その血でエルサレムを端から端まで満たしたのでした。
 ですから、ヨヤキムの時代に、国が敗れ、第一回の捕囚がなされたのは、そのマナセの罪によるのですが、しかし、ヨヤキム自身もまた、神様に対して、マナセと同じように、罪を犯し続けたということでもありました。「彼は先祖たちが行ったように、主の目に悪とされることをことごとく行った」とあります。ヨヤキムは、25歳で王となり、11年間エルサレムで王位にありました。
 そのヨヤキムのときに、一回目の捕囚が行われました。先ほども申しましたように、捕囚となったのは、ヨヤキムの子エコンヤ、ユダの高官たち、それに工匠(大工、職人)や鍛冶(金属を熱し、それを打ちたたいていろいろな器械や道具を作る人)たちでした。そして、捕囚から免れエルサレムに残った人々は、バビロンに連れて行かれた者たちこそが、神様から見放された人々であると見なしました。そして、都エルサレムに残った自分たちは、神様に選ばれた正しき者たちといったようなうぬぼれがあったようです。
 そこで、神様は、エレミヤに二つのいちじくの籠を用意されて、何事かを言わんとされたのです。それは、良いいちじくと悪いいちじくの入った籠でした。良い方のいちじくは、バビロンに連行されていった捕囚たちであり、悪い方は、今、エルサレムに残っている者たちだと言われたのでした。
 それは、エレミヤにとっても、意外な説明であったことでしょう。そして、捕囚となった人々には、この良いいちじくのように見なして、恵みを与え、「この地に連れ戻す。彼らを建てて、倒さず、植えて、抜くことはない」と言われました。  
 一方、エルサレムの残りの者たち、ゼデキヤ王とその高官たち、エジプトの国に住み着いた者ですが、彼らを、非常に悪くて食べられないいちじくのようにすると言われ、「彼らに剣、飢饉、疫病を送って、わたしが彼らと父祖たちに与えた土地から滅ぼし尽くす」と言われるのでした。そもそも、エジプトという国は、イスラエルの人々を奴隷として扱い、それも重労働で、非常に苛酷な扱いをしました。
 それで、神様は、モーセを指導者にお立てになり、エジプトからイスラエルの民を解放するために導き出したのでした。時代は何百年もたったとは言え、ゼデキヤは、またもや、脅威になっているバビロンを何とかしようと、エジプトに助けを求めたのでした。それは、エレミヤをとおして、してはならないことと言われていたことでした。その結果、バビロンのさらなる攻撃を受け、ついには、完膚なきまでにユダの国、都エルサレムは滅ぼされてしまうのです。それは、神様の言うことを聞かないユダの人々への罰であり、神様を裏切り続けていたユダへの裁きでした。
 神様がよしとされるのは、私たちの目からはわからないことが多々あります。今の苛酷で厳しく、つらい状態が、祝福の基となっていることもあるのです。まさに、捕囚として連れていかれた人々こそが、この場合は、初なりのいちじくのようなものであったということです。
 エレミヤ書には、神様のなさる暗示的なお話しがいくつか書かれています。エレミヤが、預言者としての召命に与ったとき、神様は、エレミヤに「エレミヤよ、何が見えるか」と問われたことがありました。このいちじくの二つの籠の場合も同じです。エレミヤはそのとき「アーモンド(シャーケード)の枝が見えます」と答えました。それに対し神様は、「わたしは、わたしの言葉を成し遂げようと見張っている(ショーケード)」とその真意のほどを述べられました。
 アーモンドの花が咲くと、春がやってきたことがわかります。春の兆しが伝わってきます。そのように、神様は、ユダの人々へ下す裁き、そのときを研ぎ澄ました面持ちで、待っているということでしょう。その次には、「煮えたぎる鍋が見えます。北からこちらへ傾いています」。それは、「北から災いが襲いかかる」ということを告げようとされていたのでした。北からの脅威がユダを滅ぼすことになります。
 ここでは、神様は、いちじくの入った二つの籠をエレミヤに示されました。一つは、初なりのいちじくのような、非常に良いいちじくが入っていました。もう一つは、非常に悪くて食べられないいちじくが入っておりました。野菜や果物などは、最初に成るものは、非常にできの良い物なのでしょう。
 ビールなども、一番搾りというものがうまいのでしょうね。二番煎じという言葉がありますが、一番煎じのお茶がおいしいに決まっています。神様に献げる物も、残り物ではいけません。収穫物の最初のもの、初物を、これは神様のものとして聖別し、それを献げるようにと言われています。
 それに比べ、食べることのできない非常に悪いものというのは、つまり、腐れているということでしょう。ハエがたかったりしております。時間が経過して、食べる時期を遠に過ぎております。熟しすぎて、落ちて、虫がついております。そのようなものでしょうか。悪い食べられないいちじくというのは、初なりのいちじくに対して、残りの、収穫時の最後あたりのものでしょうか。
 エルサレムの都に残った者たちは、1回目に捕囚として連れて行かれた者たちのことを憐れに思ったことでしょうが、同時に、彼らは、この腐れたいちじくのようなもので、神様に対して何らかの罰を受けたのであろう、明らかに恵みからもれてしまった者たちだ、と考えたようです。
 彼らには、苛酷な労働が待っている、厳しい生活が待っている、否、拷問に合わせられたり、それはもう大変な目に遭うのだろう、と考えました。それに比べ、残った者たちは、神様の怒りを免れたのだ、と考えたようです。神様の憐みに与かった、それは、自分たちが神様に対して、正しかったからだと思うような者もいたことでしょう。
 神様は、「ユダの王ゼデキヤとその高官たち、エルサレムの残りの者でこの国に留まっている者、エジプトに住み着いた者を、非常に悪くて食べられないいちじくのようにする」と言われ、「彼らを、世界のあらゆる国々の恐怖と嫌悪の的とする。彼らはわたしが追いやるあらゆるところで、辱めと物笑いの種、嘲りと呪いの的となる。わたしが彼らと父祖たちに与えた土地から滅ぼし尽くす」と言われました。そこまで、神様はなさると徹底した裁きを語られました。
 旧約聖書に描かれている神様は、裁きについて、きっちりと語られる神様です。ご自身が戒めや導きとして語られていることを無視したり、他の偶像の神々を拝み、真の神様に従わない者たちをお赦しにはなりません。この神様のことを旧約聖書において、私たちは知らされておりますから、その赦しのありがたさや尊さを理解できるのです。
 その神様が、一方的に、私たちを赦してくださったとすれば、それ以上の奇跡があるでしょうか。しかし、実際それは起こりました。神様の独り子なるイエス様を十字架におつけになるという仕方で、その赦しの出来事を成就なさってくださったのです。そればかりか、そのイエス様を復活させられて、私たちに永遠の命までお約束してくださったのですから、神様の私たちのためになされたことは、繰り返し繰り返し思い起こしていかねばならないことです。
 つまり、今日、行う主の晩餐もそういうことであります。否、ねばならないというよりも、そうすることで、わたしたちは絶えず、神様の愛に立ち戻り、そこから、この世のあらゆることに、特に、苦難や厳しい状況の中に、いわゆる、神の国の逆説的な視点をもちながら、突き進んでいけるのです。
 イエス様によって示されたことは、神様の側からの一方的な、罪の赦しでした。このあと、エレミヤ書では、31章に新しい契約という内容のお話がでてまいりますが、それは、イエス様の十字架と復活の出来事の先取りをなさっている箇所でもあります。
 神様は、私たちがまだ罪の中にあるときに、その私たちのために一方的に赦しの業をなしてくださいました。そして、死は、滅びではなく、命であり、それも永遠の命であるということを告げでくださいました。滅びは、勝利に変えられたのでした。すべての敗北、すべてのみじめさ、悲惨さ、苛酷さが、勝利につながることになった、十字架は勝利の証しであるというのが、私たちのいただいている信仰です。
 福音は、実に逆説的であります。ですから、パウロのように、「それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」コリントの信徒への手紙二の12章の10節ですが、そう言いうるのです。


平良 師

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