教育相談室 かけはし 小中連携版

ある小学校に設置された教育相談室。発行する新聞「かけはし」が、やがて小・中3校を結ぶ校区新聞に発展しました。

もう二度と会うことがないと思っていた・・小中連携合同研修会を終えて

2006年03月01日 | 小中連携
 隣の上町小学校で「生活指導を通じた小中学校連携のための研究会」があり、私も参加させていただきました。研究会の中で、私が中学校教員生活で学んだこと、この1学期間に東町3丁目小学校で学んだことについて報告し、それを元に上町小学校の先生方と討論をしたのですが、最後に思いがけない話を聞かせていただきました。

 去年の3月、私が勤めていた東町中学校の卒業式が終わった日に、I男が6年のときの担任に挨拶をするため、上町小学校を訪ねてきたというのです。I男は小学校時代から校外のスポーツチームに所属し、活躍していたのですが、学校生活に対しては前向きに取り組むことができず、小学校の先生たちへの反抗を繰り返し、時には校長先生がI男と一緒に授業を受けることもあったとのことでした。先生たちと何度話し合ってもI男の学校生活は改善されず、小学校に対して良い感情を持たずして卒業したI男は、同窓会にも来ないだろうし、二度と顔を合わせることができないと、その先生は残念な思いを抱いていたとのことでした。

 I男の学校生活は中学校入学後に変化し、クラスの委員長に立候補したり、キャンプや修学旅行の準備に積極的に参加しました。一方で学校のクラブ活動には参加せず、校外のスポーツチームで頑張る生活も続いていました。私の印象に残っているのは修学旅行でした。修学旅行委員として準備したにもかかわらず、スポーツチームの試合が修学旅行の日程と重なってしまい、I男は修学旅行に参加するかどうか悩んでいました。ギリギリまで考えた結果、三日間のうちの初日は参加し、二日目の朝に大阪に戻るという結論を下しました。クラスのみんなに見送られながら、I男は修学旅行を「はや引き」したのでした。

 I男は中学校卒業式のあとすぐに小学校の担任を訪ね、①先生から小学校6年のとき毎日毎日怒られ、自分でも悪いのは分かっていたけど、みんなの前で自分を変えることができなかったこと②高校はJ高校に決め、自分の好きなスポーツを続けていこうと思っていることを告げたあと、「先生!僕な、先生になるねん」と言って帰って行ったのです。あれだけ学校に背を向けていたI男の口から「先生になる」という言葉が出て、元担任の先生は涙が止まらなかったと研究会の席上で話してくれました。

 私は中学校卒業式のあと、そんな「ドラマ」があったのかとI男の顔を思い浮かべながら考えました。小学校時代にも学校行事とスポーツチームの試合がぶつかりI男は悩んでいたに違いない。一方を優先させれば、他方を切り捨てなければならない、そんな中でI男は苦しみながら小学校への反抗を繰り返していたのではないかと思いました。そんな状況を中学入学後、どのようにして乗り越えることができたのか、ぜひI男から聞き出したいと思ったのです。

 討議を終え、I男の心に届かなかったようにみえた小学校担任の話は、実はしっかり届いていたのだと私は考えました。子どもが分かることと、子どもが行動を変えることの間には、大きな「開き」があります。分かっていても行動を変えられないことは、大人にだってたくさんあります。(禁煙ができない、また飲み過ぎてしまったなど)たとえ行動が変わらなくても、あきらめないことが、1年後いや3年後に実を結ぶということを改めて学んだ研究会でした。お父さん・お母さん!数年後に成果があると信じ、一緒に頑張りましょう!



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