※山田詠美(ヤマダエイミ)(1959-)「ひよこの眼」(1990年、31歳)『日本文学100年の名作、第8巻、1984-1993』新潮社、2015年、所収
(1)その男子生徒の目を見た時、私はなぜか「懐かしい気持ち」に包まれた!
A 私(女・亜紀)が中学3年生の時、彼、相沢幹生(ミキオ)が転向してきた。教壇に立つその男子生徒の目を見た時、私はなぜか「懐かしい気持ち」に包まれた。だがどのような記憶に端を発しているのか、私にわからなかった。「せつない感情」が胸を覆い、私は驚き、混乱した。
(2)幹生は「妙に超然とした雰囲気」をもち、「ひょうひょうとした様子」だった!
A-2 幹生は「澄んだ瞳」で「まったく動じない様子」だった。彼の瞳は「彼自身にしか見えないものを見詰めている」ようだった。彼は「妙に超然とした雰囲気」をもち、「ひょうひょうとした様子」だった。私と仲の良い女の子たちは「結構素敵だよね、相沢くんて」、「大人っぽい気がする」と囁(ササヤ)いていた。
(3)やがて皆が、私は「相沢君のことを好きになった」とうわさするようになった!
B 私はずっと幹生の瞳のあの「懐かしい感情」について考えていたので、ほとんど一日中、幹生を盗み見るようになった。「彼の瞳は、いつも真剣に何かを見詰めている」、けれどその何かは「実在するものではない」ようだった。
B-2 やがて皆が、私は「相沢君のことを好きになった」、「いつも相沢くんのこと、ぽおっと見てる」とうわするようになった。そしてついに相沢と私(亜紀)は秋の学園祭の実行委員にされてしまった。「どうにでもなれ」という気分で私は、幹生と教室を出た。
(4)私たちは「つき合っている二人」となり、いつも、二人連れだって帰った!
C その日から、私たちは「つき合っている二人」となった。そしていつも、二人連れだって帰るのは周知のことになった。私は、次第に、彼が気を許し始めているのを感じた。彼はよく笑った。それでもやはり、幹生は、私と言葉を交わしていない時、まばたきもせずに「何かを見詰めている」のを私は知っていた。
C-2 ある日、私は、「相沢くん、ずいぶん季節はずれに転校して来たじゃない?お父さんの仕事の都合とか?」とたずねた。彼はうろたえた表情を見せたが、明るい調子で答えた。「お父ちゃん、病気で仕事できない」、「おばあちゃんに何とか面倒見てもらってる」、「借金取りから逃げて来たんだ」。
C-3 また、「お母ちゃんは、おれがちっちゃかった時に、どっか行っちゃった」、「男と逃げたらしい」、「おれって不幸だろ」と幹生が言った。
C-4 私は慌てた。すると彼が言った。「そんな顔するなよ。今のは、全部、嘘だよ。冗談。」
(5)私はあの「懐かしい瞳」を思い出した!それは死を予期している「ひよこの眼」だった!
D 私が家に帰ると、妹の真利子が「うさぎ」を買ってほしいと、母に駄々をこねていた。母が言った。「いい加減いしなさい。大分前にも、ひよこを買って来て死なせちゃったことあったじゃないの!」
D-2 私はあの「懐かしい瞳」を思い出した。私が「幹生の瞳」に出会ったとき、私の記憶を疼かせたのはあの「ひよこの眼」だったのだ。あの時、「ひよこは自分の死を予期しているかのように澄んだ瞳を見開いていた。ただ一点を見詰めながら、私の手の上で、静かに、その時を待っていた。」
(6)幹生は、父親が病気を苦に自殺を計り、その道連れにされた!
E 私は、その夜、沢山の夢を見て、そのたびに、自分の叫び声で目を覚ました。「ひよこの眼」の幻影が私を悩ませた。私は朝、疲れ果てていたが、学校に行った。だがその朝から、幹生は学校に来なかった。「幹生は、父親が病気を苦に自殺を計り、その道連れにされた」との事情が、担任の教師によって伝えられた。私たちは黙禱をするように言われた。私はその最中にこっそり目をあけていた。口惜しくて私は泣き続けた。
《感想》中学3年生の幹生は「自分の死を予期していた」。彼の瞳は「彼自身にしか見えないもの(死)を見詰めていた」。彼は「実在するものではない」もの(死)を見ていた。
(1)その男子生徒の目を見た時、私はなぜか「懐かしい気持ち」に包まれた!
A 私(女・亜紀)が中学3年生の時、彼、相沢幹生(ミキオ)が転向してきた。教壇に立つその男子生徒の目を見た時、私はなぜか「懐かしい気持ち」に包まれた。だがどのような記憶に端を発しているのか、私にわからなかった。「せつない感情」が胸を覆い、私は驚き、混乱した。
(2)幹生は「妙に超然とした雰囲気」をもち、「ひょうひょうとした様子」だった!
A-2 幹生は「澄んだ瞳」で「まったく動じない様子」だった。彼の瞳は「彼自身にしか見えないものを見詰めている」ようだった。彼は「妙に超然とした雰囲気」をもち、「ひょうひょうとした様子」だった。私と仲の良い女の子たちは「結構素敵だよね、相沢くんて」、「大人っぽい気がする」と囁(ササヤ)いていた。
(3)やがて皆が、私は「相沢君のことを好きになった」とうわさするようになった!
B 私はずっと幹生の瞳のあの「懐かしい感情」について考えていたので、ほとんど一日中、幹生を盗み見るようになった。「彼の瞳は、いつも真剣に何かを見詰めている」、けれどその何かは「実在するものではない」ようだった。
B-2 やがて皆が、私は「相沢君のことを好きになった」、「いつも相沢くんのこと、ぽおっと見てる」とうわするようになった。そしてついに相沢と私(亜紀)は秋の学園祭の実行委員にされてしまった。「どうにでもなれ」という気分で私は、幹生と教室を出た。
(4)私たちは「つき合っている二人」となり、いつも、二人連れだって帰った!
C その日から、私たちは「つき合っている二人」となった。そしていつも、二人連れだって帰るのは周知のことになった。私は、次第に、彼が気を許し始めているのを感じた。彼はよく笑った。それでもやはり、幹生は、私と言葉を交わしていない時、まばたきもせずに「何かを見詰めている」のを私は知っていた。
C-2 ある日、私は、「相沢くん、ずいぶん季節はずれに転校して来たじゃない?お父さんの仕事の都合とか?」とたずねた。彼はうろたえた表情を見せたが、明るい調子で答えた。「お父ちゃん、病気で仕事できない」、「おばあちゃんに何とか面倒見てもらってる」、「借金取りから逃げて来たんだ」。
C-3 また、「お母ちゃんは、おれがちっちゃかった時に、どっか行っちゃった」、「男と逃げたらしい」、「おれって不幸だろ」と幹生が言った。
C-4 私は慌てた。すると彼が言った。「そんな顔するなよ。今のは、全部、嘘だよ。冗談。」
(5)私はあの「懐かしい瞳」を思い出した!それは死を予期している「ひよこの眼」だった!
D 私が家に帰ると、妹の真利子が「うさぎ」を買ってほしいと、母に駄々をこねていた。母が言った。「いい加減いしなさい。大分前にも、ひよこを買って来て死なせちゃったことあったじゃないの!」
D-2 私はあの「懐かしい瞳」を思い出した。私が「幹生の瞳」に出会ったとき、私の記憶を疼かせたのはあの「ひよこの眼」だったのだ。あの時、「ひよこは自分の死を予期しているかのように澄んだ瞳を見開いていた。ただ一点を見詰めながら、私の手の上で、静かに、その時を待っていた。」
(6)幹生は、父親が病気を苦に自殺を計り、その道連れにされた!
E 私は、その夜、沢山の夢を見て、そのたびに、自分の叫び声で目を覚ました。「ひよこの眼」の幻影が私を悩ませた。私は朝、疲れ果てていたが、学校に行った。だがその朝から、幹生は学校に来なかった。「幹生は、父親が病気を苦に自殺を計り、その道連れにされた」との事情が、担任の教師によって伝えられた。私たちは黙禱をするように言われた。私はその最中にこっそり目をあけていた。口惜しくて私は泣き続けた。
《感想》中学3年生の幹生は「自分の死を予期していた」。彼の瞳は「彼自身にしか見えないもの(死)を見詰めていた」。彼は「実在するものではない」もの(死)を見ていた。