宇宙そのものであるモナド

生命または精神ともよびうるモナドは宇宙そのものである

ゴーチェ『オニュフリユス あるホフマン賛美者の幻想的なるいらだち』(1832):彼の現実は《幻想的な言葉》のもとに包摂される!彼は下界に、現実の世界に戻れない!

2018-10-28 11:11:15 | Weblog
(1)「雲は青銅の暖炉で、膀胱は提灯だと信じた。」(『第一之書ガルガンチュワ物語』第十一章)

《感想1》これが、狂人オニュフリユスの精神状況を言い表している。「雲」は「青銅の暖炉」と解釈される。「膀胱」は「提灯」と解釈される。

(2)オニュフリユスは20歳代の画家で詩人だった。彼の恋人はジャサンタ。オニュフリユスが「少し前、教会の時計は十時だった」と言った。ところがその10分後、ジャサンタが気づく。「12時よ!」確かに今、眼の前の教会の時計が12時を指している。「小悪魔が針を進めたにちがいない」とオニュフリユスが言った。

《感想2》「妖怪のせいなのね」という歌があるが、因果連関を《現実の規則》に従って見いだせない時、あるいは見い出すのが面倒な時、《妖怪or悪魔》が持ち出され、原因とされる。

(3)ジャサンタをモデルにして、オニュフリユスが絵筆で瞳を描こうとしたとき、突然、肘を激しく突かれ手元が狂い、絵は大失敗となる。これは「悪魔の所行」だと彼は思った。

《感想3》ここでも《現実の因果規則》で説明できない出来事は、「悪魔の所行」が原因とされる。

(4)オニュフリスがもっぱら読んだ本は「不可思議な伝説、昔の騎士道小説、神秘的な詩、カバラ神秘術の解説、ドイツ・ロマン派のバラード、魔法や悪魔礼賛の書物」だった。彼は「現実世界の真中で、恍惚と幻想世界を作っていた。」

《感想4》出来事の一片を、イデア的意味(言葉)のうちに包摂する。彼はイデア的意味(言葉)を、彼が読んだ本、幻想的な本の中から選び出した。彼の現実は、幻想的な言葉のもとに包摂された。
《感想4ー2》厳密には、言葉は《記号》(もちろんこれ自身もイデア的意味だがシンプルだ)であり、《記号と連関する(orそれが指示する)イデア的意味》と異なる。

(5)かくてオニュフリユスの魂と肉体の眼は、真直ぐな直線をゆがめ、単純な事実を複雑に入り組ませる。例えば彼は、単純な白い壁だけの部屋にさえ、奇怪な亡霊を見る。

《感想5》彼の脳髄は錯乱していた。そのため彼の絵や詩には、悪魔の牙や尻尾がいつもどこかに現れていた。

(6)オニュフリユスは、現実生活を生きることに全然馴れていなかったので、彼は怪物視された。

《感想6》現実生活を生きるためには、人は出来事を《人々と共通のイデア的意味(言葉)》のもとに把握し、その意味に対応する行動をしなければならない。《広範囲の因果連関・行動連関を含むイデア的意味(広義の理論)》もある。《人々に共通の間主観的なイデア的意味(言葉および広義の理論)》に、オニュフリユスは馴れていない。

(7)「悪魔の存在は、神の存在と等しく、もっとも尊敬すべき権威者たちによって証明されている。」かくて疑うことなくオニュフリユスは、あらゆる出来事を悪魔の所行と解釈した。

《感想7》こうして彼は悪魔の呪い、悪魔の計画、悪魔の所業など、日常の出来事について陰惨な夢想(解釈)に陥る。

(8)ある日、オニュフリユスが老貴族とチェッカーをしたとき、彼は負ける。それは彼によれば、「先に鋭い爪がついた悪魔の指」が自分の指の脇にあって、彼の駒を動かしたからだった。

《感想8》こうしてオニュフリユスは、幻覚を見るに至る。出来事を説明するのに《言葉で》悪魔が原因or悪魔のしわざと説明するだけでなく、彼は《視覚的に(幻覚的に)》悪魔の姿、例えば悪魔の指を見るようになった。

(9)オニュフリユスが馬を走らせ、老貴族の屋敷から帰る途中、彼は腕をのばしている妖怪(木々)を見、鬼火を見る。月は鉢巻きをし、頬に白粉をつけていた。4人の悪魔が現れ、馬が進むのを妨げる。夜か過ぎ去り、雄鳥が鳴くと亡霊たちが消えた。

《感想9》彼は今や《幻覚》と《日常の現実》の混交のうちに生きる狂人だ。ただし私と話ができる限りでは、いまだ正気だ。

(10)オニュフリユスはしばしば奇怪な夢を見た。その夢の一つは次の通り:僕(オニュフリユス)は死の床についていた。そして僕は死んだ。医者が「終わりです」と言う。僕(魂)は声が出せなかった。僕(魂)は生きながら墓に葬られた。

《感想10》この場合、肉体は死んでいるが魂(精神)は生きている。肉体が死んでいるから苦痛はない。墓に埋められても窒息しない。

(11)オニュフリユスの夢(続1):僕は、「ジャサンタが、僕を追い払うため恋人と結託して、僕を生きながら地下に埋めた」と思い嫉妬し、怒りを爆発させる。怒りの結果、僕は自分の死骸の肘と膝で思い切り叩き、棺の蓋を開けて不実な女を殺しに行こうと思った。

《感想11》死骸が魂に従って動くのはゾンビだ。だが棺は地中にあり、死骸が暴れても棺の蓋があかない。オニュフリユスの魂はへとへとに疲れ茫然自失し、おとなしい死骸に戻る。

(12)オニュフリユスの夢(続2):死骸のうちにある魂の僕は落ち着きを取り戻し、時間をつぶすため詩を作り始める。死体の夢想なので『死の中の生』という題を付けた。

《感想12》「死の中の生」とは形容矛盾だ。死の中に生はない。ただし信仰的には可能だ。死んだのに魂が生きている。「魂の不死」を信仰的に信じた場合だ。
《感想12-2》だが《事実》的(経験的・科学的)あるいは《日常の現実》的には、肉体の死は魂の死だ。
《感想12-3》なお「丸い四角」は形容矛盾あるいは論理的矛盾あるいは事実的矛盾だが、比喩的・情緒的には「丸い四角」は可能だ。それはソフトな感触の四角だ。

(13)オニュフリユスの夢(続3):僕(魂)の死骸(肉体)は墓から掘り出された。僕は解剖されることになる。僕は解剖されるのがいやだった。僕は愛しい外被(肉体)が分断されるのに立ち会うのがいやだった。僕(魂)は、肉体(死骸)から分離し逃げ去る。

《感想13》魂は肉体に愛着を持つ。これは肉体が生きているときの感情(魂)の延長だ。
《感想13ー2》なおついでに言えば、実は魂(心)と肉体は別でなく、魂(心)は肉体を含むのだ。感覚は心に属す。例えば触覚も心に属す。触覚とは物の出現だ。触覚は《物の像》でなく、出現する《物そのもの》だ。かくて出現する物は心(モナド)に属す。

(14)オニュフリユスの夢(続4):肉体から離れた魂(僕)は奇妙に軽くなった。霊魂は物でないので重さはないが、失った手足(肉体)がまだ付いている気がするため、軽く感じる。魂(僕)は自由に飛び回る。

《感想14》魂は肉体の世界(物理的世界)と無縁(異なる実体)なのに、物理的世界のうちに場所を持つのか?(心身問題!)魂(心)は肉体に宿ると言われるのみで、答えは謎だ。かくて仕方ないので著者は、物理的世界のうちに浮遊する物体として魂(心)をイメージする。

(15)オニュフリユスの夢(続5):さて魂(僕)は、開いた窓から部屋に入った。そこに妖精狩りの老人が居て、奇妙なブラシを二つ持っていた。彼は不可視の存在を見る能力を持ち、僕(魂)を正確に追い回し始める。最後に彼は僕を追い詰め、二つのブラシを振り回す。数千の剣が僕の魂に突き刺さり、僕はどうにも耐えられず、舌も口も胸もない僕なのに叫び声を上げた。

《感想15》科学がまだ精神を征服しない時代だ。呪術が強く生き残る。(1830年代フランス)「妖精狩り」と呼ばれる呪術師が職業として成立している。

(16)オニュフリユスがここまで夢を見た時、私が彼のアトリエに行った。彼は上述のような夢の話をした。この痛ましい夢の夜以来、彼は絶え間ない幻覚状態を続け、ついに夢と真実を見分けることが出来なくなった。彼がアトリエの奥の鏡を見た時、彼は自分ともう一人別の男を鏡の中に見る。鏡の外にその男は居ないのに映っている男!その男が鏡から出てきて、オニュフリユスを座らせ、有無を言わさずパイの上皮を剥がすように、彼の頭蓋骨を剥がした。その男は悪魔だった。

《感想16》
オニュフリユスが鏡の中に悪魔を発見し、悪魔が鏡から出てきて、彼の頭蓋骨を剥がした。これは彼の幻覚だ。

(17)オニュフリユスの頭蓋骨が剥がされると、中に閉じ込められていた彼の思念が鳥のように飛び出して来た。記憶されていた人物、小説のヒロイン、歴史的事件、形而上的思想、読書の回想などすべてがアトリエいっぱいにあふれる。

《感想17》頭蓋骨から飛び出して来た思念は3次元映像のようなものだ。立体映画的・イメージ的に、様々の思念がアトリエを埋める。

(18)しばらくしてオニュフリユスは夜会の招待状を受け取り、夜会に出席した。社会との接触は、彼を現実に引き戻した。ところがそこに赤いビロードのチョッキの青年(赤ひげの気取り屋)が現れる。彼の瞳には悪意がみなぎり、嘲笑と傲慢の悪魔的侮蔑を示していた。オニュフリユスは、この男が自分の頭蓋骨を剥がした悪魔ではないかと思う。しかし彼は、「自分はもう思念を持たない人間なので判断力がない」と思い、赤ひげの気取り屋を悪魔と確信できなかった。

《感想18》頭蓋骨に閉じ込められていた思念が、外に飛び出してしまうと、文字通り頭蓋骨の中はカラッポになり、自分は判断力を失う。そうオニュフリユスは思った。

(19)彼は夜会で詩劇(韻文劇)を暗唱することになった。赤ひげの気取り屋(悪魔)は銀のへら、クリーム、ガーゼの網を持っていた。クリームは様々な詩をクリーム状にしたものだ。オニュフリユスが詩の暗唱を始めると、宙を飛ぶ詩の音節を、聴衆に届く前に気取り屋(悪魔)がガーゼの網でとる。そして詩のクリームを、銀のへらでオニュフリユスの口に押し込む。するとオニュフリユスは、押し込まれた詩を暗唱することとなった。

《感想19》「口から発せられる音声を盗んで、代わりの音声(クリーム)を口に入れ、発声させる」とは、オニュフリユスは悪魔の玩具にされている。だがこれは、実は、オニュフリユスの幻覚だ。彼は、彼の詩を暗唱している。それ以上のこと、つまり悪魔がガーゼの網で詩をとり、銀のへらで彼の口に詩を押し込むことは幻覚だ。

(20)オニュフリユスは激高して言った。「君たちはみんな悪党だ。この夜会は謀略だ。僕を悪魔の玩具にするため、僕を呼んだのだ。」彼は挨拶もせず出て行った。外は嵐模様の雨だ。彼は雨の中、走った。闇の中に異形の影がうごめき、足下に不浄の蛇がのたうつ。耳には悪魔の冷笑とささやきが聞え、周りで家々がワルツを踊り、舗道が波打つ。空が支柱の折れた丸屋根のように傾き、大きい道と小さい道がしゃべりながら腕を組んで歩いて行く。

《感想20》オニュフリユスの現実に、幻覚が入り込む。どこまでが現実で、どこからが幻覚か、彼には分らない。彼は狂人だ。

(21)オニュフリユスに馬車が突っ込んできた。彼は「最期だ」と思う。ところが馬も御者も馬車も煙となり、彼を通り過ぎる。そして、その先でその幻想の馬車は一つに合し、何事もなかったかのように走り去った。雨の中、ずぶ濡れで家に戻ったオニュフリユスはくたくたに疲れ、玄関で気を失う。1時間後、意識が回復したが彼は高熱を発した。恋人のジャサンタが駆け付け、彼に付き添う。だが彼は、ジャサンタを見分けることが出来なかった。1週間がたち彼の熱は下がるが、彼の理性は戻らなかった。

《感想21》オニュフリユスは、馬車が彼にぶつからず彼の体を走りすぎたので、「悪魔が自分の体を奪ってしまった」と思った。それ以後、彼は「鏡の中の自分の姿を、(体がないので)自分のものと認めなかった」。また「地面の上の自分の影を、(体がないので)自分のものと認めなかった」。彼は自分が「触知できない魂だけの存在」だと信じた。

(22)オニュフリユスは、現実から出て、幻想と抽象の暗鬱な深みに飛び込んだ。彼は日常の出来事から材料を得て、それを架空の想像のうちにおいて解釈した。彼は幻惑のうちにあって、下界から非常に高く遠くきたと感じたが、ついに下界に、つまり現実の世界に戻ることが出来なくなった。

《感想22》オニュフリユスには、「極く自然のこと」も、空想に拡大され、奇怪きわまりないものに見えた。
《感想22-2》出来事は、イデア的意味(言葉)のうちに包摂される。一方に、《他者と共有される日常的現実を可能にするイデア的意味(言葉)》がある。この場合、出来事は「極く自然のこと」となる。しかしオニュフリユスは、この出来事を、常に彼の《幻想的なイデア的意味(言葉)》のうちに包摂した。彼の現実は《幻想的な言葉》のもとにのみ包摂される。彼は狂人となった。

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