宇宙そのものであるモナド

生命または精神ともよびうるモナドは宇宙そのものである

『奇談蒐集家』太田忠司(オオタタダシ)(1959生)、2008年、創元推理文庫

2013-02-28 21:32:37 | Weblog
1 「自分の影に刺された男」
  A
 仁藤晴樹(ニトウハルキ)が、「自分の影に刺された」と言う。
 奇談蒐集家・恵美酒一(エビスハジメ)の所に、仁藤が、「求む奇談!」との新聞広告を見て、やってきた。
 恵美酒の助手が、氷坂(ヒサカ)。彼は合理主義者で、奇談を信じない。
  B
(1) 仁藤は、今、市教委学校保健課に勤める公務員。
(1)-2 彼は、大学生の頃、影に怯えた。夜、通る公園に、光源が複数あり、複数の影ができる。いつも、7つの影ができた。ところがある時から、彼は8つ目の影を発見する。影の中にまぎれた何か分からない存在、“あいつ”を感じる。突然、ある夜、影・“あいつ”が自分に襲い掛かる。仁藤は絶叫し倒れ、意識を失った。以後、彼は、夜を避ける。
(2) その後、仁藤は大学を卒業。公務員となり結婚。娘が、誕生。影のことを忘れる。
(3) ところが最近、複数の影の中に、一つ余計な変な影があると再び、仁藤は気付く。彼は、このことが常に気になり仕事中もイライラし、後輩に対し、怒鳴ったりつらく当たる。最近、夜、複数の自分の影があったとき、突然、余計な影が一つ現れ、彼に襲い掛かり、背中を刺した。
(4) 「影の中に住む化け物によって、刺された」と、仁藤が言う。しかし警察も、妻も信じない。
  C
 奇談蒐集家・恵美酒が、仁藤の話を聞き、「都合がいい自分・ペルソナのもとで、人は日常生活を生きる。これに対し、影とは、抑圧された無意識のシャドー、つまり都合の悪い自分だ」と述べる。
 そして、「心理世界でのペルソナとシャドーの対立が、現実世界を侵食した。抑圧されたシャドーの反乱。無意識のイドの怪物が、身体にもたらした外傷!」と、恵美酒は、仁藤の話を、奇談と断定する。
  D
 氷坂(ヒサカ)は、奇談を認めない。
 仁藤は、「鈍感・不注意」で、また影にまぎれた無気味な存在について、勝手な「思い込み」に囚われた。
 8つ目の影は、光源が一つ、増えただけである。仁藤は、「鈍感・不注意」&「思い込み」のため、新たな光源に気付かなかった。
 仁藤の背中を、刃物で刺したのは、おそらく、仁藤に日頃つらく当たられ、彼を恨む後輩が、仁藤の「思い込み」につけいり、日頃の鬱憤を晴らしたのだ。
 以上が、氷坂の推論である。
  《評者の感想》
 昔の星新一のショート・ショートを思い出す。
 「自分の影に刺された男」について言えば、恵美酒の解釈が正しいか、氷坂の解釈が正しいかは、医学的、検察的見地から、正誤を決定できるはず。
 証拠品の刃物、血のついた後輩の衣類の発見、刃物と傷の形状の一致、後輩のアリバイの証明不能などがあれば、氷坂が正しい。
 しかし刃物、衣類が発見されず、後輩にアリバイがあれば、恵美酒が、正しい。仁藤は、まさしく、「自分の影に刺された男」となる。これは奇談!

2 「古道具屋の姫君」
  A
(1) 今、大学教授で国文学を教える矢来和生(ヤライカズオ)の奇談。
(1)-2 その昔、彼がまだ大学生の頃、ある日、骨董店(古道具屋)の前を通る。店の中央の空白部分に、錦の羽織を着た姫君が出現。矢来が、姫君に一目惚れ。姫君も、彼を見つめる。
(1)-3 矢来が、ガラス戸を開け、骨董店の中に入ると、姫君が消える。
(1)-4 店の主人が登場。店の奥に姿見(鏡)がある。「その昔、妾にされそうになった武家の姫君が自害した。姿見は、その姫君の所有物。鏡に姫の霊が乗り移り、姿を現す!」と主人が言う。
(2)  矢来は、金がないのに、姿見を買う。生活費1ヵ月分の仕送りを、そのために支払う。下宿していた離れの部屋に、姿見が運ばれる。骨董店の主人が、酒2合を持参。
(3) 姫君は現れない。矢来は、酒を飲んで寝てしまう。
(3)-2 ところが夜中、目覚めると、枕元に姫君がいる。矢来は、金縛りで動けない。「あなたを愛している。あなたが私を愛してくれるなら、眼を2度閉じてほしい!」と姫君が言う。彼は、眼を2度閉じる。
(3)-3 姫君が、「今のままでは、あなたと一緒になれない。いつか、姿を変えてこの世界に現れます」と言う。そして、彼に口づけする。彼は、再び寝てしまう。
(3)-4 翌朝、矢来が眼をさますと、彼の首に姫君の帯紐が残っていた。
  B
(1) この世とあの世を結ぶ想いの崇高さを、大学生の矢来は思った。彼は自然主義文学から、幻想文学へ関心を移す。
(2) その後、古道具屋は、火事で燃え、主人は死ぬ。古道具屋の主人は、高利貸しもやっていて、恨みをかっていた。
  C
(1) その後、何事も起きないまま、矢来は大学を卒業。研鑽の結果、数年後、彼は大学の講師となる。その講義の時、姫君に生き写しの女子学生が現れる。彼女は、熱心に聴講し、直に、二人は親密となる。
(1)-2 彼女は、両親が亡くなり、今、水商売で働き、大学に通う。
(1)-3 矢来は、その女子学生と結婚する。
(2) 「奇談だ!」「転生結婚の話だ!」と恵美酒(エビス)が喜ぶ。
  D
 恵美酒の助手の氷坂(ヒサカ)の合理主義的な反論。
(1) 転生は、赤ん坊として生まれるので、数年では転生した姫君が、大学生になれない。
(2) 姫君は実は、借金のかたに、高利貸しを兼ねる骨董店の主人に、囲われていた女性。彼女はコスプレで、姫君の姿をさせられていた。
(3)  矢来が骨董店に来た時、彼女の姿が、鏡に映っていた。軟禁された彼女は、別室にいて、もうひとつの鏡と組み合わせて、外を見ていた。
(3)-2 矢来に気づかれたので、彼女は隠れた。また、主人は、彼女を発見され、あわてて「その昔、妾にされそうになった武家の姫君」の話を創作して、矢来に話した。
(4) 「鏡を買った矢来が、『姫君が現れない!』と、怒鳴り込んできたら、どうする?」と彼女が、主人に言う。「私が、彼を殺してやる!」と彼女が提案する。主人は、彼女の計画に協力。
(4)-2 実は、彼女には、別の目論見があった。彼女は、あの日、矢来に一目惚れしていた。彼女は自由になって、彼と結婚したかった。
(4)-3 姿見を搬入の日、主人が酒に眠り薬を仕込み、矢来に渡す。眠った矢来の所に、夜中、姫君に扮装した彼女が現れる。彼女は、彼の首を帯紐で絞めるふりをして、彼女を監視している主人をだます。
(5) 骨董店に放火し、彼女は、主人を焼き殺す。密かに囲われて居たので、彼女は、死体がなくても疑われない。そもそも、彼女はいないことになっているから、放火犯として疑われることもない。
(6) 数年後、彼女は、大学講師となった矢来のもとに、現れる。そして計画通り結婚した。
  E
 氷坂(ヒサカ)に謎解きされた矢来は、呆然とする。恵美酒(エビス)は「奇談でない!」「転生結婚譚でない!」とがっかりする。
  《評者の感想》
 矢来に惚れた女の執念が、すさまじい。この執念こそ「奇談」に値する。「転生結婚譚」ではないが、「奇談」である。恵美酒は、がっかりしなくていいと思う。
 筋立てに、二つ疑問がある。① 放火して主人を焼殺できるぐらいなら、彼女が、軟禁されていたとき、なぜ逃げられないのか、おかしい。② 顧客から「姫君が現れない!」と怒鳴り込まれた時の対策のため、顧客を殺す骨董店主は、いない。
 「骨董店主に、彼女が軟禁されていて、店主を焼殺し、逃げる」との設定を、なくせば、疑問は解決する。
 男に惚れた女が、男を手に入れるための手管として、「妾にされそうになった武家の姫君」の架空の話を、男に信じ込ませたという筋立てだけなら、納得できる。

3 「不器用な魔術師」
  A
(1) 紫島美智(シジマミチ)は有名なシャンソン歌手。30年位前、彼女が20歳代、パリでシャンソン修行。しかしうまくいかない。恋人のギタリストと別れた直後、気落ちしているとき、一人の手品師志望の青年と会う。名は、パトリス。彼は優しく、美智はやがて親しくなる。
(1)-2 当時、美智は、安いアパルトマン住まいだった。隣室に、気むずかしい老婦人が暮らす。老婦人は大金持ちだが、ひどい吝嗇で、安いアパルトマンに独り住む。また老婦人は疑い深く、玄関の鍵を何重にもかけ、誰も中に入れない。
(2) パトリスは、「自分は超能力が在り、それを隠すため、手品師になるのだ」と言う。パトリスは手から花を出して見せ、紫島美智に、超能力を証明する。しかし彼は、不器用で、手品が上達しない。
(2)-2 紫島美智が、「祖母の形見の指輪を、落とした!」とパトリスに相談する。すると彼は、美智の指に触れ、落とした店を告げ、「そこに取りに行けば、指輪はある」と言う。実際、美智がそこに行くと、店の主人が、落とし物だと、美智に指輪を渡した。
(2)-3 また、ある日、パトリスが、カフェの常連の老人に、「今夜は、出かけない方がいい!」と言う。それを無視して、老人が出かけると、老人は強盗に会い、大けがをする。
(3) やがて、大晦日の前日、パトリスが美智に言う。「明日の夜、アパルトマンに居てはいけない!」と。彼は理由を言わない。怖くなった美智が、「その夜、一緒に居てほしい」とパトリスに頼む。美智はアパルトマンに帰らず、外で一晩、彼とともに飲み&踊り過ごす。
(3)-2 その後、「私の超能力を知った人と、もう、一緒に居られない」とパトリスは、たち去る。
(3)-3 翌朝、美智は、アパルトマンが焼け、隣室の老婦人が死んだことを知る。美智の部屋も、焼けてしまった。
(4) パトリスの超能力、この場合は、予知能力で、紫島美智は助かった。
(5) ただ、後に、老婦人は射殺されたと警察の調べで分かる。射殺後、部屋が放火された。
  B
 恵美酒(エビス)は「これは奇談だ!」と喜ぶ。しかし氷坂(ヒサカ)は「奇談でない!」と言う。
(1) パトリスは、おそらく遺産がらみで、美智の隣室の老婦人を、殺す計画を立てた。共犯がいる。パトリスが、紫島美智に近づく。そして共犯が、老婦人を射殺。
(1)-2 老婦人が玄関に何重にも鍵を掛けているので、玄関からは入れない。隣室の美智を不在にすれば、美智の部屋に忍び込み、そのベランダから隣室に侵入可能。大晦日なので、街はにぎやかで、射殺の銃声に気づかない。
(2) パトリスは、予知能力など持たない。美智をだますためのトリック。①「手から花を出した」のは、ただの手品。②指輪は、おそらくパトリス自身が、美智から盗み、店の主人に金を握らせ、演技させた。③カフェの老人の強盗事件は、実は、パトリスor共犯が、老人を襲った。予知能力とは無縁。
(3) 計画通り、パトリスと共犯は老婦人を殺し、遺産を手に入れた。パトリスは姿を消した。
  《評者の感想》
 「パトリスが、遺産がらみで、美智の隣室の老婦人を殺す計画を立てた」。この計画が事実かどうかが、このストーリーが「奇談」か「奇談でない」かを、分ける前提。
 ところが、事実かどうかが、ここまでの議論では証明できない。
 計画が事実なら、氷坂(ヒサカ)の言うとおり、「奇談でない」。
 計画が事実でなければ、恵美酒(エビス)の言うとおり、超能力をめぐる「奇談」である。

4 「水色の魔人」
   A
(1) 草間は、妻と離婚。妻は、娘を連れ、草間の古い知人と再婚。小学校6年の時の話。
(2) 草間が小学校6年の時の「水色の魔人」の話をしに、恵美酒のもとにやって来る。
(2)-2 草間には、小6当時、西紀智也(ニッキ)と光永達志(タッシ)の二人の友達がいた。ニッキは本をよく読み、頭が良い。タッシは太っていて頭は良くない。草間とニッキで少年探偵団ごっこを始める。タッシも「入れてほしい」と言うので、気が進まないが「助手ならいい」ということで、加える。タッシは喜ぶ。
(3) そのころ小3女子、小4女子の小学生失踪事件が起こる。犯人は、水色の雨合羽を着ているとのうわさ。少年探偵団の3人は、この「水色の魔人」をつかまえようとする。
(3)-2 製材工場で働く20歳少し前のニッキのお兄さんが、「がんばれ!」と応援してくれる。ニッキは、この兄を信頼していた。
(3)-3 草間の学校の小4の女子も失踪する。
(4) ある日、ついに「水色の魔人」を発見。追いかけると、物置小屋に逃げ込む。ニッキとタッシが追いかける。「水色の魔人」が、「現れて、消えた!」と二人が言う。草間も行く。物置に隠された、自分たちの小学校の小4の女子の死体が見つかる。
(4)-2 警察が、その後、物置からさらに2人の女子小学生の遺体を発見。
  B
(1) この話を聞いて、恵美酒は、「奇談だ!」と言う。
(2) 氷坂(ヒサカ)が、そうではないと反論。「水色の魔人」が、「現れて、消えた!」という「ニッキとタッシの証言」は嘘だと言う。魔人は物置に隠れていたにすぎない。
(2)-2 「水色の魔人」、小学生誘拐殺人犯は、ニッキの兄だった。兄をかばって、ニッキは「現れて、消えた!」と偽証。タッシは、仲間はずれにされるのがこわくて、偽証に協力。
(2)-3 ニッキとタッシは警察の取り調べにも、偽証を貫き通した。
(3) 草間は驚愕する。なぜなら、草間の前妻が再婚した相手は、ニッキの兄だったから。
  《評者の感想》
(1) 氷坂(ヒサカ)の推論は、「『水色の魔人』が消えることは、あり得ない」という前提から、始まる。
(2) とすれば「ニッキとタッシの証言」は嘘である。「水色の魔人」は、物置に隠れる以外ない。
(3) では、なぜ、ニッキとタッシは、嘘をついたか?氷坂は考える。「賢いニッキが嘘をつくのは、ニッキが、最も信頼する人をかばう場合だ」と。かくて「水色の魔人」はニッキの兄と結論される。
(4) 気が弱いタッシは、「仲間はずれ」がこわくて、偽証に協力した。
(5) 評者には、「小6の少年ニッキが、兄の殺人、しかも3人もの殺害を知って、黙ってい続ける、しかもその後、何もなかったかのように、何年も兄と一緒に暮らす」など、不可能だと、思われるが、どうだろうか?
(5)-2 タッシについても、「少女3人の連続殺人犯を、かばい続ける」ことが可能と思えないが、どうだろうか?

5 「冬薔薇(フユソウビ)の館」
  A
(1) 鈴木智子は大学に行かず、見合いで結婚。小4の息子がいる。その昔、高2の時の話。ある冬の日、通学途中の知らないバス停で、降りて歩いた。大きな洋館があった。
(1)-2 表札に「東寺(トウジ)」とある。館の木の枝を伐っている使用人がいて、「中を見ていい!」と言う。智子が館に入る。館の裏側は広大な冬バラ園。主人の東寺光清が庭を案内してくれる。彼は、バラ園に相応しい高貴な服装と振る舞い。「また来てくれませんか?ただ、誰にも言わないように!」と智子に言う。
  A-2
(2) 当時、鈴木智子は、父が3年前に死に、母親と二人暮らし。しかし母を嫌いだった。
(2)-2 智子は何度も、館を訪れる。贅沢な生活。
(2)-3 館の中はお城のよう。ピンクの豪華なドレスがある。光清様が、「着てみなさい!」と言う。智子にぴったりのドレス。二人はバラ園を散歩する。その帰り、「母親を捨てて、この館で、光清様と一緒に住む気はないか?」と、あの使用人が尋ねる。「光清様も、それを望んでいる!」、「バラたちも求めている!」と使用人が言う。
(2)-4 「家に一度、もどらないと!」と私。「今日のうちに、もどってくるように!」と使用人。私は、家を出る用意をして、すぐ館にもどり、光清様と住むつもりだった。
(3) ところが、「母親が、仕事の帰り、交通事故にあった」と警察からの連絡。智子は館に、その日のうちに、もどれない。それどころか、半月が経ってしまう。
  A-3
(4) 半月後、智子が館にもどると、「もう遅い!」と、使用人が言った。光清様は、あのピンクのドレスを着た別の女の人とバラ園を、歩いていた。「いずれ二人はバラになる!」と使用人が言った。
  B
(5)  鈴木智子は、その後、母親との仲が修復される。智子は、大学に進学せず就職。24歳で結婚し、今、小4の息子がいる。
(6) その後、智子は故郷を離れるが、母の葬式のため、5年前、帰郷する。その時、智子は29歳。館を彼女は、再訪する。表札は「東寺(トウジ)」と昔のまま。使用人も同じだった。
(6)-2 館を見せてもらうと、広いバラ園に、20歳代の男女が歩く。しかし男、つまり館の主人は光清様ではない。「表札が変わっていないのに、なぜ光清様でないのか?」と智子は疑う。あれから12年だから、その男性が、光清様の子供でありえない。
  C
(1) 話を聞いて、恵美酒が言う。「奇談だ!」「表札が変わらず、同じ光清様なのに、今は別人。」「12年前の、光清は館に住み着いた幽霊かもしれない」と。
(2)  氷坂(ヒサカ)が、反論する。① 館の表札が「東寺(トウジ)」と同一なのは、実は使用人と思われた者が、館の主人であるため。② 光清様の方が、館の主人に採用された使用人である。館の主人の興味の中心は、冬薔薇(フユソウビ)。バラに相応しい、若い男、さらに若い女を、バラのために揃える。彼らが若くなくなれば、彼らを殺しバラの肥料とする。③ 鈴木智子が見たのは、2代目の光清様と、その相手の女性!
 《評者の感想》
 氷坂(ヒサカ)の反論は問題がある。①バラ園を歩いていた20代の男性は、光清様の親戚かもしれない。そして光清様は館を離れた。そうであれば、表札は「東寺(トウジ)」と昔のままである。この可能性が最もありうる。② 使用人と思われた木を伐る者が、実は館の主人であるとの想定は、根拠がない。③ 光清様が、雇われた使用人であるとの想定も、根拠がない。その時、光清様本人が居たが 今は館を離れただけでありうる。④ 光清様が、雇われた使用人であるとしても、彼を殺して、バラの肥料にするとは、有り得ない想定。彼を解雇し、別の若い光清様を、新たな使用人として雇えばいい。
 むしろ、氷坂の反論が、「奇談」である。

6 「金眼銀眼邪眼」
  A
(1) 田坂大樹(タサカダイキ)、11歳(小5)が、恵美酒に「奇談」を話しにやってくる。(大樹はクウソウ癖がある。)山崎テルオ先生が、新聞の「奇談」蒐集広告を見て、恵美酒を、大樹に教えた。
  B
(2) 大樹が話す。キリン公園で、ある日の夕方、右目が青、左目が金色(金眼銀眼)の猫を見つける。その時、中学生、「ナイコ」が現れる。猫は、ナイコが飼う。猫の名前は「ヨミ」。金眼銀眼の猫は、幸福を呼ぶ。ナイコはサングラスをしている。彼の眼を見ると死ぬという。彼も、右目と左目が、色が違う。それは人間の場合、「邪眼」であり、不幸を呼ぶ。
(2)-2 大樹の妹が美緒。去年の夏、飲酒運転の車にはねられ、死んだ。両親は、裁判を起こし、いつもイライラしている。大樹は、家に居たくない。彼は、キリン公園に、学校の帰り、夕方よく来る。
(2)-3 「家も学校も塾も、やだ!」と大樹。これに対し、ナイコが「自分は『夜の子供』で、学校なんか行かない。君たちは『昼の世界の子供』。自分のことを誰にも話さなければ、また来る!」と言う。
  B-2
(3) パパもママも、「裁判」と「損害賠償」と、死んだ美緒のことしか考えない。大樹は、パパとママの気持ちを取り戻すため、家出したい。昼の世界から逃げて、夜の子供になりたい。
(3)-2 ナイコが、大樹の家出を手伝う。大樹の家のポストに、家出を伝える封筒を、投函。「両親に反省させるため、一晩だけ、夜の子供になればいい!」とナイコ。キリン公園で、ナイコが、学校帰りの大樹のカバンを預かり、どこかに置いてくる。
(3)-3 ナイコが、“ハーレム”という店で、ホットドッグを大樹に食べさせる。店の女の人が「こんなのと付き合ってると、ろくな人間にならないよ」と大樹に言う。ナイコが、ゲーセン、ディスコ、カラオケと大樹を連れて歩く。ナイコは、ヤクザみたいな人とも、話をする。
(3)-4 ナイコは「邪眼」で、高校生たちが彼を恐れる。
  B-3
(4) 大樹は、途中から寝てしまい、翌朝、キリン公園のベンチで目を覚ます。ナイコが「俺と会ったことは、誰にも言うな!」と言う。そして猫のヨミをくれる。
(5) 警察が、大樹の家出を、誘拐事件として捜査。美緒を轢いた庄賀達夫の両親が、「裁判を取り下げろ、取り下げないと大樹を誘拐する」と脅迫状を、大樹の家に送っていた。
(5)-2 実際、大樹のカバンが、庄賀達夫の両親の家で発見された。
(6) 大樹は、ナイコとの約束を守り、「一晩中、ベンチで寝ていた!」と言った。しかし、大樹には、どうして、こういうことになったのか、さっぱり分からない。
(7)  大樹は困ってしまい、ナイコとの約束を破り、担任の山崎テルオ先生に相談。先生が、新聞の広告を見て、「恵美酒という人の所にいけば、どういうことかを教えてくれる」と、大樹に勧めた。
  C
(1) 恵美酒は「相談事は困る」と言う。しかし氷坂が、「相談に乗る」と電話で、テルオ先生に言ったとのこと。
(2) 「大樹のカバンが、庄賀達夫の両親の家で発見された」ことから、ナイコは、美緒を轢いた庄賀達夫の弟(中学生)と考えられる。
(2)-2 庄賀達夫の両親は、「自分たちを加害者にした被害者こそ、悪い」と逆恨み。彼らは、大樹君を誘拐するだけでなく、一家皆殺しを計画した。
(2)-3 「庄賀ナイコ」(※洒落でつけた仮名)は、皆殺しだけは、辞めさせるつもりだった。そこで大樹君の誘拐事件に相当する出来事を起こし、警察を介入させた。
(3) 庄賀達夫の両親は、現実には誘拐をしていないから、このままでは無罪となる。彼らは再び、皆殺しを計画するかもしれない。
(3)-2 こうした状況から、「ナイコを救うため、大樹君は、本当のことを警察に言うべきだ」と氷坂が言う。(氷坂も実は邪眼だった!)
 《評者の感想》
 よくできたストーリー。「夜の子供」と「昼の子供」の対比に、納得がいく。ナイコが大樹に優しい。ナイコが、一家皆殺し計画を防ごうとした動機も尤も。氷坂の言うとおり、「ナイコを救うため、大樹君は、本当のことを警察に言うべき」だろう。

7 「すべては奇談のために」
(1) 私は山崎テルオ。大学を出て数年、私は作家志望だった。ある日、一流出版社の編集者の先輩と会う。彼から、「ライターになれ。バイト感覚でいい。」と言われる。
(2) 雑誌のコラムなど、7つのペンネームを使い分け、3年、ライターを続けたある日、「都市伝説」の企画があると、私に、声がかかる。
(3) 私は、取材の過程で、奇妙な「奇談蒐集家」恵美酒の話に行き当たる。しかし、その店が見つからない。やがて次々と私は、恵美酒の店に行った者たちと会う。①「自分の影に刺された」仁藤。②「水色の魔人」の光永達志(タッシ)。③「冬薔薇(フユソウビ)の館」の雛倉(旧姓鈴木)智子。④「不器用な魔術師」のパトリスと会った紫島美智(シジマミチ)。⑤「古道具屋の姫君」と結婚した矢来和生(ヤライカズオ)。
(3)-2 しかし私(=山崎テルオ)が、いくら取材しても、恵美酒の店が見つからない。ところが、その時、自分の勤務する小学校のクラスで、⑥田坂大樹、11歳(小5)の「金眼銀眼邪眼」誘拐事件が起こる。私は、彼を恵美酒の店に行かせる。私が後をつけ、恵美酒の店を発見。
(4) 今、私(=山崎テルオ)は、『奇談蒐集家』恵美酒の店で、恵美酒と会っている。「これこそ『奇談』ではないか!」と、私が言う。
(4)-2 「よく考えてみると、恵美酒の店に話しに行った6人と、あなたが出会ったことは、都合良すぎるだろう。つまり私の企みだ!」と恵美酒。「私は奇談になった!」と彼が喜ぶ。
(4)-3 嵌められて、私は恐怖を感じる。私は、あわてて、店内の恵美酒の部屋から、出る。背後で部屋の扉が閉まる。振り返ると、扉は消えていた。
 《評者の感想》
 恵美酒は自らが「奇談」になった。しかし「扉が消える」ような奇談を、氷坂だったら、どう合理的に説明するのだろうか?説明できないと、「奇談否定」のこの小説のポリシーに、反する。

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