城山の最南端にある見張り所的な岩場からは正面に宮島と大野瀬戸の入口である大竹沖から廿日市沖までの範囲、大野平地部が手に取るように俯瞰できる。
中世、海の拠点であった厳島と相呼応する位置であり、ここ門山城は山口大内氏の安芸経略のための海路、陸路の重要な拠点の城であったものとみられる。
城山の最南端にある見張り所的な岩場からは正面に宮島と大野瀬戸の入口である大竹沖から廿日市沖までの範囲、大野平地部が手に取るように俯瞰できる。
中世、海の拠点であった厳島と相呼応する位置であり、ここ門山城は山口大内氏の安芸経略のための海路、陸路の重要な拠点の城であったものとみられる。