子どものころは「昭和」だった

頭も悪く、体も弱い子どもでした。そんな子ども時代を思い出すだけ綴ります。
頭の悪い、体も弱い子の成長後も書いてみます。

53. 蜂刺されにはションベンが効く

2013年04月23日 | 疎開生活
中の集落のお宮で授業があった日です。その日は暑かった記憶があります。昼休みに遊んでしました。なにをして遊んでいたかは記憶にありません。お宮の境内には熊笹が生い茂っていました。そこを遊び場にしていたときに額にチカットした痛みを感じました。アシサゲバチ(アシナガバチをこう言っていました)に刺されたのです。

痛がっていると、ニキビのS先生が急いできました。だれかが先生に急報したのかもしれません。

先生はわたしをお宮の裏へ連れて行きました。竹を拾ってきて、小便所から液体を竹につけ、わたしの額につけました。
「蜂刺されにはこれが効くのよ」

先日のびんたのときには、怖い先生でした。きょうは優しい先生です。

終戦のあと、わたしたちは本校に帰りました。でも、S先生は本校にはいませんでした。
このころ、代用教員という制度があったそうです。正式の資格を持たないで勤務した先生です。戦争で男の先生は兵役につき、女の先生を代用教員として採用していたのでしょう。
S先生もそうだったのかもしれません。
若い男性は、上、中、下の集落にはいませんでした。いや、ひとりだけいました。その人のことはまた書きましょう。