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「MOMATコレクション 特集:藤田嗣治、全所蔵作品展示。」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館
「MOMATコレクション 特集:藤田嗣治、全所蔵作品展示。」
9/19-12/13



東京国立近代美術館で開催中の「MOMATコレクション 特集:藤田嗣治、全所蔵作品展示。」を見てきました。

東京国立近代美術館の所蔵する25点の藤田嗣治コレクション。さらに京都国立近代美術館の1点(タピスリーの裸婦)が加わります。これらの藤田の所蔵品が一度にまとめて公開されるのは今回が初めてだそうです。

基本的には時間軸です。渡仏後、1920年代にパリで人気を博した「乳白色」を起点に、南米旅行、帰国後の一連の戦争画、さらには戦後へと展開します。中でも重点的なのが戦争画です。全部で14点。出展作品の半分強を占めています。


藤田嗣治「自画像」 1929年 東京国立近代美術館

まずはパリ時代の「自画像」。右手に持つのは例の面相筆です。水色のシャツを着ては得意げにポーズをとっています。トレードマークはおかっぱ頭に丸めがね。奥には二枚の乳白色の女性を描いた絵画も見えます。1913年にパリへ渡った藤田、当初はなかなか頭角を現しませんでしたが、1920年代に「乳白色の肌」で一躍脚光を浴びました。その半ば絶頂期の藤田を見知る一枚とも言えるかもしれません。

「五人の裸婦」でも得意の乳白色を効果的に活かしています。白いリネンに包まれたベットを背にポーズを構える女性たち。布を触る者は触覚、また耳を指す者は聴覚と、人間の五感を示しています。ベットの上には一匹の猫。もちろん美しき乳白色にも見入りますが、足元の床の木目も緻密で素晴らしい。同時代の画家の画風を巧みに取り込んだ藤田。本作の構図でもピカソの「アヴィニョンの娘たち」との類似が指摘されているそうです。

1931年に一時パリを離れ、2年間に渡って南米を旅します。その頃に描いたのが「リオの人々」です。ここでもやはり5人の女性。現地の人の風俗を描いています。中央の少女の挑戦的な目つきは鋭いもの。線も細い。またパリ時代に比べ、やや人の筋肉などを強調して描いてはいないでしょうか。後の戦争画で見せる人物表現にも通じるものがありました。

ハイライトは戦争画です。先に触れたように14点の全点展示。史上初めてです。最も古い「南昌飛行場の焼打」と「武漢進撃」にはじまり、「十二月八日の真珠湾」や「アッツ島玉砕」、さらに「血戦ガダルカナル」や「薫空挺隊敵陣に強行着陸奮戦す」へと続きます。藤田の戦争画はこれまでにも度々常設に出ていることもあり、既に見たものも少なくありませんが、「大柿部隊の奮戦」や「ブキテマの夜戦」などの初見の作品もありました。ちなみにこの2点はかつて同館で行われた藤田嗣治の回顧展にも出ていません。

1938年に海軍省の嘱託により中国大陸に派遣された藤田。日本軍の戦果を示した作品を描きはじめます。「南昌飛行場の焼打」です。手前には軍用機。飛行場に強行着陸しては基地を攻撃したそうです。装備品や兵士の軍服などが細く描かれています。地面には爆弾によって出来た穴。燃えているのは中華民国の戦闘機でしょうか。画面は明るく、空は透き通っていて美しくもあります。後の藤田が描く凄惨な戦争画の片鱗もありません。

その2年後、1941年にソビエトと日本軍との戦闘を描いたのが「哈爾哈河畔之戦闘」です。舞台はノモンハン。緑色の草地を進むのが日本軍です。うち数人がソビエトの戦車に乗って剣を突きつけています。やはり色彩は明るい。激しい戦闘も見られません。

ただ本作にはもう1つ、別のバージョンの作品があったとこが分かっています。そこには敵の戦車の攻撃によって死体の転がる様子が描かれていたそうです。一体、どのような光景だったのでしょうか。実はこの戦闘で手痛い敗北を喫した日本。先の戦闘の絵では分からない真実があったことでしょう。それがもう一バージョンの作品に表されていたのかもしれません。

「シンガポール最後の日(ブキ・テマ高地)」はどうでしょうか。手前に日本軍。進軍中なのでしょう。彼方には広い大地が広がり、いくつもの煙が立ち上がっています。ここでは構図に注目です。前景に兵士を置き、背景に戦闘の様子を描く手法。パノラマ的とも言えるかもしれません。この藤田の構図は人気を集めます。それゆえか他の戦争画家もこぞって取り入れるようになりました。

時が進むにつれ日本の戦局は悪化。それとともに藤田の戦争画も暗鬱かつどこか狂気的な色合いを帯びていきます。1943年の「アッツ島玉砕」です。凄まじき肉弾戦。兵も銃剣も渾然一体、もはや遠目では何が描かれているのか分かりません。初期の戦争画とは一変した凄惨な画面です。さらにこの頃、レオナルド・ダヴィンチやミケランジェロにも倣った人体、あるいは群像的表現に倣うようになります。


藤田嗣治「サイパン島同胞臣節を全うす」 1945年 *無期限貸与

ともすると死が「玉砕」として美化された時代です。藤田も積極的に死を描くようになりました。「アッツ島玉砕」は完成時から大いに賞賛されたそうです。ほか「○○部隊の死闘ーニューギニア戦線」や「血戦ガダルカナル」も恐ろしい。ジュリオ・ロマーノの絵画を引用しているという指摘もあります。また1945年の「サイパン島同胞臣節を全うす」では同じようにアリ・シェフールの絵画を参照しているそうです。同年の「薫空挺隊敵陣に強行着陸奮戦す」も劇的です。一人の兵士が敵兵の首を跳ねています。まさしく戦争での死の瞬間。首が吹っ飛ぶ様子までを克明に記しています。

「絵画の難問題を、この戦争のお蔭によって勉強し得、更にその画が戦時の戦意昂揚のお役にも立ち、後世にも保存さられるという事を思ったならば、我々今日の日本の画家程幸福な者はなく、誇りを感ずると共に、その責任の重さはひしひしと我等を打つものである。」 「美術」第4号 1944年5月

西洋の古典絵画を取り込んでは作り上げたスペクタクルな戦争画。端的に歴史画を描きたいという藤田の要求もあったかもしれません。「戦争画の画面はきれいでありえない。縦横無尽に主観を混えて描きまくるべきだ。」という言葉も残しています。何が人々の感動を呼び、どう描けば効果的に伝わるのか。それを熟知していた藤田は戦略的に戦争画を描き続けることに半ば成功したと言えるのかもしれません。

初見の2枚、「大柿部隊の奮戦」や「ブキテマの夜戦」は額装がされていませんでした。言うまでもなく戦争画はあくまでも無期限貸与作品です。詳しくは分かりませんが、修復そのほか、諸々に制約もあるのでしょうか。この2枚もおそらくは保存された当時のままの状態ということかもしれません。

終戦後は3点。「動物宴」や「少女」など、再び渡仏した後に描かれた作品です。作品は計26点。一つの企画展として捉えれば必ずしも多くはないかもしれませんが、戦争画に関しては西洋画を引用してのパネルの解説なども充実。さらに当時の報道のほか、雑誌などの資料、さらには書物の装丁、映画の仕事などもあわせて紹介されています。十分に見応えがありました。


藤田嗣治「タピスリーの裸婦」 1923年 京都国立近代美術館

展示は4階から3階、ハイライトを除き、日本画の展示室まで至る2フロアを利用。広大です。そして藤田の戦争画の全点展示。いずれは行われるであろう戦争画展への布石ともなるかもしれません。

なお通常、所蔵作品展は撮影が可能ですが、今回は「混雑が予想されるため」(公式サイトより)、撮影は一切出来ませんでした。ただ少なくとも私が出かけた日曜日はかなり空いていました。今後もおそらくはゆっくり観覧出来るのではないでしょうか。



12月13日まで開催されています。おすすめしたいと思います。

「MOMAT コレクション 特集:藤田嗣治、全所蔵作品展示。」 東京国立近代美術館@MOMAT60th
会期:9月19日(土)~12月13日(日)
休館:月曜日。但し9月21日(月・祝)、10月12日(月・祝)、11月23日(月・祝)は開館。9月24日(木)、10月13日(火)、11月24日(火)は休館。
時間:10:00~17:00(毎週金曜日は20時まで)*入館は閉館30分前まで
料金:一般430(220)円、大学生130(70)円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *10月4日(日)、11月1日(日)、11月3日(火・祝)、12月6日(日)は無料観覧日。
 *当日に限り、小企画「てぶくろ|ろくぶて」展も観覧可。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
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