「常設展特集 燃える東京・多摩 画家・新海覚雄の軌跡」 府中市美術館

府中市美術館
「常設展特集 燃える東京・多摩 画家・新海覚雄の軌跡」 
7/16~9/11



明治37年に東京の本郷に生まれ、「戦後リアリズム美術運動を主導した」(解説より)画家、新海覚雄(しんかいかくお)。ともするとこの画家の足跡は、現在、必ずしも一般に知られているとは言えないかもしれません。

とりわけ多摩地域の社会運動に深く関わっていたそうです。その縁があっての企画なのでしょうか。新海の画業を辿る展覧会が府中市美術館で行われています。


新海覚雄「ピエロと踊子」 1931年 東京都現代美術館

新海の父は彫刻家です。覚雄自身は10代の早い段階から絵画を学びます。藤島武二や石井柏亭に師事。その後、キュビズムなどを摂取したそうです。

その一例かもしれません。「籠を持つ婦人像」に目が留まりました。白い割烹着を着ては座る女性の姿。髪は大変に長い。両手で果物の入った籠を抱えています。ほぼ無表情です。それにしても腕が太い。造形はやや単純化されてもいます。キュビズム的な特徴も見られるのではないでしょうか。

「少女」も印象深い作品です。少女は足を組んで腰掛けています。ちょうど右の肘置きの上で両手を組んでいました。後ろにはテーブルクロスの上に花瓶が飾られています。かなり裕福な家なのでしょうか。少女の洋装もどことなく余所行きの格好にも見えます。目を細めてうつむき加減です。ふとパスキンの描く絵画を思い出しました。


新海覚雄「老船長」 1932年 東京国立近代美術館

新海が貧しい人々を見据える切っ掛けになったのは1930年代の不況、つまり昭和恐慌にあったそうです。その様子を捉えた一枚かもしれません。「失業者」です。途方に暮れたようにして座る男。険しい表情をしています。隣には幼子をおぶった母も見えます。両手をついてうなだれていました。幼子は泣き叫びます。彼方には工場が望めました。男は職場を失ってしまったのでしょう。何とも言い難い悲哀が感じられます。


新海覚雄「椅子に座る女」 1937年 東京都現代美術館

とは言え、何も全ての作品に貧しい人ばかりが登場するわけではありません。「初夏」や「椅子に座る女」はどうでしょうか。いずれも裕福そうな女性がモデルです。モダンで都会的な生活の一コマを切り取っています。こうした戦前の女性像も思いの外に魅惑的でした。

さてその戦後です。新海は40歳で終戦を迎えます。この頃から「社会主義的理念への確信を強め」(解説より)ました。より労働者へ寄りそう姿勢を明確にしたのでしょう。大田区や川口の町工場へ熱心に足を運ぶようになります。


新海覚雄「町工場」 1951年頃 東京都現代美術館

「町工場」もその中の一作かもしれません。大きな三角屋根が特徴的な建物です。煙突には黒い煙がたなびいています。ほか同じタイトルながら水彩の「町工場」も興味深い。今度は工場の内部です。たくさんの機械が並ぶ中、工員らが働く様子を描いています。淡い水彩も美しい。またデッサンも巧みです。柔らかい線を細かに素早く重ねています。


新海覚雄「行動隊長 青木市五郎」 1955-56年 立川市歴史民俗資料館

いわゆる砂川紛争でも現地取材を敢行。反対闘争に取り組む人々を記録しました。うち一枚が「行動隊長 青木市五郎」です。闘争のいわば指導者です。砂川町基地拡張反対同盟の第一行動隊長の任を務めました。堂々とした風貌です。胸を張るかのように前を見据えます。目は細めながらも意思は強い。彼の残した「土地に杭は打たれても心に杭は打たれない」との言葉も記されています。

こうした一連の肖像画は翌年の日本アンデパンダン展に出品。東京都美術館で公開されたそうです。闘争は後に流血の惨事となります。それを伝えるべく新海も現地のバリケードや警官隊との衝突の様子などをリトグラフに残しました。

国労とも深い関係にあったそうです。1954年の国鉄労働会館の開館に際してはホール緞帳の図案も手がけます。チラシ表紙の「構内デモ」も同会館に飾られていた作品です。労務員たちが互いに手を組んでは行進しています。赤い旗が眩しい。舞台は田端の操車場です。現地に取材しつつ、美術学生をモデルに描きました。


新海覚雄「真の独立を闘いとろう」 1964/68年 板橋区立美術館(寄託)

1960年代には群像を捉えた大作も表しています。それが「真の独立を闘いとろう」です。高さは3メートル。安保闘争などを踏まえ、権力と反権力に立つ人々を対比的に描きました。上には白人。アメリカの資本主義を示しているようです。ビキニ姿の人物も見えます。上からなだれ込んでいるのがいわゆる官憲でしょうか。食い止めようとする人々と対峙します。無数の長い腕がのびていました。中央の青い色彩は闇のように暗。白い描線が特異です。各々のモチーフを複雑に組み合わせています。いわば前衛的です。記念碑的な作品とも言えるかもしれません。

総評とも関係を築いた新海は、各労働組合のポスター制作にも力を注ぎました。「平和か戦争か」、「賃金値上げを」といったスローガンをはじめ、メーデーやベトナム反戦を描いたポスターが目立ちます。タイポグラフィーやレイアウトに関してどこまで関わったのかは定かではありません。とはいえ、人物の表情がすこぶるに良い。砂川闘争などで培われたルポタージュ絵画の経験が十分に反映されています。


新海覚雄「ノーモア・ヒロシマ」 1961年 法政大学大原社会問題研究所

晩年は原水爆禁止の社会運動にも取り組みます。ここで新海が採った技法はリトグラフ。おそらくは発表の機会の場などを踏まえたのでしょう。「原水爆禁止の為に」や「ストロンチュームの恐怖」などからも原水爆の破壊力と恐ろしさがひしひしと伝わってきます。一方で「子供を守る母」は逞しい。戦火の恐怖から逃れるべく子を抱えて進む母の姿が描かれています。ほか「ノーモア・ヒロシマ」でも母子がテーマです。最初期の「失業者」同様、いわゆる社会的な弱者を見続けた新海にとって、最も共感すべき対象が母子でもあったのかもしれません。

常設展特集とありますが、作品は全部で70点。常設のスペースの大半を用いての展示です。一つの充実した企画展として捉えても差し支えありません。

出品全点の図版、および各章毎の解説の記されたリーフレットも無料で配布されていました。戦前から戦後を通し、社会運動と関わりながら画家として生きた新海覚雄。その存在を改めて知らしめる格好の機会ではないでしょうか。

観覧料は200円です。同時開催中の企画展、「夏のびじゅつ(じ)かん」のチケットでも観覧出来ます。



9月11日まで開催されています。

「常設展特集 燃える東京・多摩 画家・新海覚雄の軌跡」 府中市美術館
会期:7月16日(土)~9月11日(日)
休館:月曜日。但し7月18日は開館。翌19日(火)は休館。
時間:10:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)
料金:一般200(150)円、大学・高校生100(80)円、中学・小学生50(30)円。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *府中市内の小中学生は「学びのパスポート」で無料。
 *企画展「とことん!夏のびじゅつ(じ)かん」のチケットで観覧可。
場所:府中市浅間町1-3 都立府中の森公園内
交通:京王線東府中駅から徒歩15分。京王線府中駅からちゅうバス(多磨町行き)「府中市美術館」下車。
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