「春の江戸絵画まつり リアル 最大の奇抜」 府中市美術館

府中市美術館
「春の江戸絵画まつり リアル 最大の奇抜」 
3/10~5/6



毎年、春の恒例、府中市美術館の「江戸絵画まつり」が、今年もはじまりました。

今回のテーマは「リアル」です。しかし「最大の奇抜」と続くように、江戸時代における「リアルとは何か。」を問い直すような内容と言えるかもしれません。そもそも日本絵画の魅力とは、「迫真性にこだわらない、純粋な色や形そのものから醸し出される美しさ」(解説より)にもありました。


森狙仙「群獣図巻」 *前期・後期とも展示

はじまりは猿の絵師としても知られる森狙仙でした。「群獣図巻」は、十二支でも動物図鑑でもなく、鼠や猫、それに象や馬などの動物を有り体に捉えた作品で、特に精緻な毛並みはリアルと呼べるのかもしれません。また、お馴染みの猿も出ていて、「梅猿図」では、白梅の枝に乗り、上下に戯れ合う二頭の猿を描いていました。一頭は、虫か蝶を捕まえたのか、手を動かすような仕草をしていて、下の猿は枝にぶら下がっていました。


織田蕊々「異牡丹桜真図」 西宮市笹部桜コレクション *前期展示

毎年、「江戸絵画まつり」には、ともすると知られざる、マニアックな絵師が多く登場するのも特徴です。一例が、尼僧として近江の寺を守りながら、桜ばかりを描いたと伝えられる織田蕊々でした。その作品の多くには品種目が記されていて、ソメイヨシノ一色の現代とは異なり、当時は、多様な品種に関心が持たれていたと考えられています。「異牡丹桜真図」も、太い幹を伴った桜の姿を捉えた一枚で、既に見頃はやや過ぎたのか、一部は葉を付けているものもありました。濃い色彩も特徴的で、花弁などの描線や色彩は細やかな一方、幹は太めの面で表し、塗り残しも見られるなど、大胆さも伺えました。エキゾチックな雰囲気も感じられるかもしれません。

印旛国鳥取藩の家老をつとめ、印旛画壇の祖とも呼ばれる土方稲嶺も、必ずしも有名な絵師ではありません。「群鶴図」では、文字通り、4羽に群れた鶴を描いていましたが、羽根はグレーでやや薄汚れていて、赤い頭も生々しく、そもそも寒々とした水辺の表現など、独特の趣きをたたえていました。吉祥主題の鶴の絵にしては、妙に地味と呼べるかもしれません。

画名から江漢との関わりも指摘される、司馬長瑛子の「従武州芝水田町浜望南東図」も興味深い作品でした。武蔵の芝、つまり現代の東京都港区あたりを捉えていて、弧を描いた海岸線は、遥か彼方にまで達していました。この遠近感のある構図に、江漢の作風を思わせるかもしれません。


村松以弘「白糸瀑図」 掛川市二の丸美術館 静岡県指定文化財 *前期展示

遠江の掛川に生まれ、谷文晁に学んだとされる村松以弘の「白糸瀑図」も忘れられません。富士宮にある有名な白糸の滝を描いた作品で、雄大な富士山がそびえ立つ中、左右へと広がる滝の全景をパノラマ的に表していましたが、実際には、こうした風景を一地点から見ることは叶いません。しかし細部は緻密で、点描を駆使しては、木々や岩を描きこんでいました。その意味では、空想とリアルが入り混じった風景と呼べるのかもしれません。

土方稲嶺の「関羽図」には驚きました。なにせ等身大で、高さは約170センチほどありました。長い髭を蓄え、左手に巻物を持って立つ三国志の名称の姿は堂々としていて、威圧感すら覚えるほどでした。

その土方に学んだ、鳥取藩士の絵師、黒田稲皐の「竹図」が、思いがけないほど魅惑的でした。水色で背景の水辺を表現し、手前の左右に墨で竹を即興的に描いた作品で、風になびいているのか、やや反っているようにも見えました。稲皐は、武芸に秀で、鯉の絵を得意とし、幅広い画題の作品を残したと言われています。

「江戸絵画まつり」で目にする機会の多い、安田雷洲の「鷹図」が、いつもながらに鮮烈でした。荒々しい波間の岩の上に立つ鷹をとらえていますが、まるで機械のようで、もはや甲冑に身をまとったサイボーグのようにしか見えません。雷洲は江戸で活動し、一時は北斎の弟子として挿絵も手がけ、浮世絵の流行を取り入れた銅版画などを多く残しました。そうした銅版画由来の緻密な線描も個性的で、鷹の羽はもとより、波を象った面にも、密集した線を見ることが出来ました。一度、作品を前にすると、なかなか頭から離れないような強いインパクトがありました。

熊本藩と関わりのある2人の絵師も、要注目ではないでしょうか。まず1人目が同藩の御用絵師、矢野良勝で、雪舟風の造形をもとに、西洋の遠近法を取り入れつつ、領内の風景を描きました。それが「肥後瀑布図」で、まさに領内の滝を俯瞰した構図で表していました。ただし全体を鳥瞰的に描く一方、何やら渓谷の中に立ち入って見上げたような描写が混在しているのも特徴で、視点は必ずしも1つではありませんでした。

もう1人の米田松洞は、同藩の家老を務め、書に絵画、詩や篆刻に秀でていた文人でもありました。この松洞の「北山秋景」が独特で、おそらく藩内の里山を表していると思われるものの、ともかく人物も木々も岩も小さく、全てが点景のようで、まるでミニチュアを覗き込むかのような雰囲気さえ感じられました。

ハイライトは2人の有名絵師、すなわち司馬江漢と円山応挙でした。ともに手法は異なるとはいえ、「迫真的に表す」(解説より)ことを探求した絵師として知られています。各15点ずつほどの作品が展示されていました。


司馬江漢「生花図」 府中市美術館 *前期・後期とも展示

まず江漢の「生花図」に見惚れました。薄緑色のガラスの花器には、百合や薔薇などの花々が、溢れんばかりに生けられていました。花の色彩は鮮やかでかつ、生気にも満ちていて、その芳しい様がひしひしと伝わってきました。またリアルにこだわったのか、ガラス器に透けて見える茎や、そもそも器の底が内側に折り曲がる姿なども、細かに描いていました。美しい一枚ではないでしょうか。


司馬江漢「円窓唐美人図」 府中市美術館 *前期・後期ともに展示

それにしても西洋画的な油画の「円窓唐美人図」の次に、拙い描線で猫を表した「猫と蝶図」を見ると、あまりにもの作風の違いに戸惑いすら覚えるほどでした。ともすると、同じ絵師の作品に思えないかもしれません。江漢のマルチな才能に改めて感じ入りました。


円山応挙「大石良雄図」 百耕資料館 *前期展示

応挙では「大石良雄図」が目立っていました。とするのも、先の土方の「関羽図」と同様、人の姿が原寸大で描かれていたからです。中央に赤穂浪士事件で有名な大石内蔵助が立ち、右には遊女の姿も見ることが出来ました。着衣の透けの描写なども巧みで、線には無駄もなく、刀の鍔や、袖の裏側の装飾などは、型紙を貼ったのかと思うほどに細かく表現されていました。

「百兎図」も面白いかもしれません。一面に群れるのは、白、黒、茶色の兎で、ともかく何頭いるのか分からないほどにたくさんいました。遠近感を意識したのか、遠くの兎が小さく描かれているのも見どころかもしれません。さらには「時雨狗犬図」といった、定番の可愛らしい応挙犬の作品も目を引きました。


円山応挙「猛虎図」 滴水軒記念文化振興財団 *前期・後期ともに展示

ほかにも岸駒、亜欧堂田善、祇園井特、英一蝶などにも見入る作品が少なくありません。「リアル」をきっかけにした「春の江戸絵画まつり」、今年も楽しめました。


太田洞玉「神農図」 府中市美術館 *後期展示

最後に展示替えの情報です。一部を除き、会期途中で作品が入れ替わります。通期で展示される作品は約15%に過ぎず、ほぼ前後期を合わせて1つの展覧会と言って差し支えありません。

前期:3月10日(土)~4月8日(日)
後期:4月10日(火)~5月6日(日)



そこで有用なのがチケットです。窓口でチケットを購入すると、本展1回に限り、2度目が半額となる割引券が付いています。



美術館前の桜並木もまだ蕾の状態でしたが、後期に入る頃には満開を迎えているかもしれません。おそらく後期も掘り出し物ならぬ、未知の江戸絵画に出会えるのではないでしょうか。



5月6日まで開催されています。おすすめします。

「春の江戸絵画まつり リアル 最大の奇抜」 府中市美術館
会期:3月10日(土)~5月6日(日)
休館:月曜日。但し4月30日は開館。
時間:10:00~17:00
 *入館は閉館の30分前まで
料金:一般700(560)円、大学・高校生350(280)円、中学・小学生150(120)円。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *府中市内の小中学生は「学びのパスポート」で無料。
場所:府中市浅間町1-3 都立府中の森公園内
交通:京王線東府中駅から徒歩15分。京王線府中駅からちゅうバス(多磨町行き)「府中市美術館」下車。
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