老後の練習

しのび寄るコドクな老後。オヂサンのひとり遊び。

海辺の光景 安岡章太郎

2006-07-28 23:06:41 | 文学
福岡、名古屋への長期ロードから帰ってきた。
どちらもカンカン照りで、カンペキに梅雨明け。
博多ではワタシにとっての夏の音である、クマゼミの大合唱を聞くことができた。

で、博多~名古屋は最終の新幹線で、ゆっくり読書。最近、個人的な興味から読み始めている、戦後復興期の精神病院を舞台にした作品として、コレを読んだ。
「野火」もその系統だったのだが。

ウミベノコウケイではなく、かいへんの光景。この辺から戦後文学である。

話としては、戦後の貧困にあえぐ一家の中で、母親が発狂し、その母親を海辺の精神病院に入院させた息子が、1年経って、母の死の直前に病院に戻り、9日間、看病をしながら、イロイロと考えるというもの。

息子にとっての母親の死がテーマで、1年間、ほったらかしにしておいたことに対する9日間の看病が、母親に対する償いなのか、
そもそも、
「息子はその母親の子どもであるというだけですでに充分償っているのではないだろうか」
というあたりが、この作品の非常に深いトコロである。
思わず我が身を振り返らざるを得ない。

ところでまあ、このような「精神病院文学」を読んでいると、ジブンの狂気が、まだまだツボミにも満たない幼いものに思えてくる。まだまだダイジョブかあ、という感じ。
この暑さと、アメリカとニッポンの倒錯した政治に発狂しそうな人にはお薦めである。
逆に誘い水にならないとも言い切れないが。


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