goo blog サービス終了のお知らせ 

まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

観音の 前にも後ろにも 春の風

2011年03月25日 | ふるさと散歩

 朝は大霜の気持ちのいい朝で、暖かそうであったし、風もないし・・ということで、久々の歴史ウォークに出ることになった・・・。あ、先週に・・さぬき広島で歴史ウォークをやったばかりやったね、そら、えらい、すんまへん・・・。

 で、どこに行くかというと・・・このあたりから北を見ると山が壁のように見える。「火山:ひやま」という山らしい。その中腹に・・・変なものが見える。岩だろうか、崖だろうか・・・。

 

 “地元密着”を謳っていながらブログ六年目にして初めて行ってきました・・・。言うとらん・いうとらん・・。地元密着なんて謳ったことはないこのブログ・・・。なんでもありのなんでもなし・・・。ありのママならばったがパパよ・・・。

 

 我が家から・・ほぼ・・真北に向かって歩いて行って・・・。県道を越えてさらに北へ進むと、一時間ほどで、西教寺(さいきょうじ)という真言宗のお寺に着く・・。

 

 その少し手前にあるのがこれ。これというても分からないが・・。 石憧(せきどう)というもので、寺より下には、西教寺六面石憧(せきどう)というものらしい。『県指定有形文化財で、石憧は笠(屋根)や憧身(屋根から下の部位)が六面或いは八面をした石造物で、供養や経塚の標識として造立されたものる。西教寺六面石憧は、南北朝時代の代表作で、凝灰岩が用いられている。東塔=憧身は高さ約1.4m幅約42cm一面の幅は約28cmの正六角形で、一面に「永和2年3月24日(1376年)と刻まれている。

 

  西教寺は香川県さぬき市大川町富田東にある真言宗のお寺で、文化財も多く残されている。教院や本堂などは古いもの。庫裡などは最近に修復されている。

 そこからさらに北に歩いて行くと・・・山道に入る。案内板には「遊歩道」と書いてあるが・・・単なる山道だ。

  

  丁石=(市指定史跡に指定)は 奥の院(穴薬師)までの登山道沿いに八丁(約800m)間に一丁(約100m)間隔に丁石(地表部約1m×17cmの角柱)と西国33石像が造られている。丁石は津田の「板屋」で有名な安芸幸四郎(文江)の妻衣武(きむ)が丁石を寄付した。丁石には梅が谷に因んで梅の句が刻んでいる。

 

  弘法大師が修行の途中に当地に立ち寄り、一夜建立の祈願をして火山(ひやま)の中腹の梅が谷の大きな岩(凝灰岩)に薬師如来像を彫っていたところ、夜が明けてないのに、「天の邪鬼」がいたずらをして鶏鳴を発したのを夜明けと勘違いして、一夜建立の祈願が破れたと思って、像彫りを途中のまま大窪寺へ立去ってしまった。

  

 この伝説により、「天の邪鬼」が悪戯をしなければここ西教寺が八十八番札所になったかもしれないので、八十八番札所前と自称しているそうな。 頭部の長さ約70cm、胸部までを肉厚彫りにした半身の巨大な薬師如来像磨崖仏で、『西教寺の磨崖仏 「彫刻」大川町指定文化財(現さぬき市)(昭和43年5月1日指定)』伝空海作。

 更に、この像の上方約50mの所に、線刻の近い薄肉彫りによる高さ90cmとその両脇に高さ約50cmの不動明王の像がある。『西教寺の磨崖仏 「彫刻」大川町指定文化財(現さぬき市)(昭和43年5月1日指定)』

 

  で、これが奥の院の「磨崖仏」だ・・。 西教寺から800m位登った火山の中腹に「穴薬師」(梅が谷)がある。堂内には高さ約90cm薄肉彫りの磨崖仏厄除薬師如来像が岩崖内の壁面に刻まれている。薬師如来像の右側には、高さ約1mの十二神将一体が厚肉彫りで刻まれ、その他に浮き彫り線刻等の手法による小像や丸彫りの像が安置されている。

 帰りは・・自動車が入ってくる舗装された道路を歩いて戻ってきた・・・。で、いつものみろく自然公園前にある道の駅みろくの「みろく食堂」でのお昼になった・・・。

 

 今日は歩き疲れたので・・・肉うどん(450円)+おでん一品(110円)+缶ビール(260)・・・という豪華版。どこが豪華版なんだか・・・。

 

 午後からは風が強くなって・・・冷たい午後になったけれど、夕方になると風もおさまってきた感じ・・。明日には・・・筋肉痛かなぁ・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

 


ツイッター

<script type="text/javascript" src="//platform.twitter.com/widgets.js"></script>