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名古屋の白ウサギ・1964年生

自称・宗教家・・宗教家とは職業ではなく「私の生き方」です。
職業・会社員、投資家  趣味・偽善事業

原因の原因・・善人の落とし穴。

2020-06-08 | 宗教


「 原因の、原因 」

「 フト思いつく、ふと感じる 」これが 
「 原因の原因 」なのです。

これ即ち、「 霊的因果 」である。

ただ・・・この要素は、仏教で説かれている、
「 因果報応 」とは、別物であり、
その辺をハッきり区別しないと、
落とし穴にはまる。

この落とし穴に落ちた人を
多く見てきました。

この落とし穴にはまる人には、共通することがあります。

1・・真面目。
2・・正義感が強い。
3・・責任感が強い。
4・・親切心が強い。
5・・弱者に対して優しい。
6・・老人を労わる。
7・・愛情深く人情もろい。

8・・自動車事故をよく起こす。
9・・腰が弱い。(腰痛)
10・・食べ物に好き嫌いが多い。
11・・マルチ商法に狙われやすい。
(綺麗事を並べ、顧客の連鎖的な拡大を図る商売)
12・・騙されることが多い。

この12項目のうち、当てはまる項目が多い人ほど、
「 落とし穴」に嵌り易い。

この12項目のなかで、
8~12は別として、

1~7 の項目を満たす者は、
一般論で言う、 「 善人 」であるといえる。

にも関わらず、必ずしも幸運とはいえない。
このような人でも生涯、不運の連続という事もよくある。

このような人間は、 善行を積む、「 善人 」であるはずです。

どうして
落とし穴意に嵌ったり、不運に襲われ易いのか?

   

ここで、再び親鸞様のお言葉・・・

 善人なほもて往生をとぐ、
いはんや悪人をや。

しかるを世の人つねにいはく、
「悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をや」。

この条、一旦そのいわれあるに似たれども、
本願他力の意趣に背けり。

・・・・・・・・・・・・・・

親鸞がいう、 善人・悪人 の定義
をハッきりさせておかねばなりません。

親鸞のいう、「 善人 」とは?

「 善行を重ねると、往生すると信じているひと 」
( 往生=死後安楽な清浄真実の 世界に生れること )

「 善行を重ねると仏に近づくことが出来ると信じているひと」



親鸞のいう「 悪人 」とは?
自分の善行に溺れていないひと。
自分の行った、一つ一つの善行に捉われていないひと。



ここで、親鸞の言いたかったことは、

「 善人より、悪人のほうが救われる。
悪人だから救われるのではなく、
悪人のほうが救われるにふさわしい
心の状態になりやすい 」

という事なのです。

そういう意味で「良い人」の不幸は、
深い根があるのです。

即ち、善人であるが故に、
素直な心境になる事が出来ない。

自称・善人の意識のなかには、
強い信念が刻み込まれている。

「自分は善い行いを積み重ねているから、
それは必ず自分に戻ってくる・・」



これは、決して間違った信念ではありません。

これこそ、仏教の「 因果報応 」なのです。

この自覚は、人類レベルでは大きな意義のある真理です。
全ての人間がこのことを意識して行動するなら、
争いも、略奪も、暴力も根絶することが可能となるでしょう・・・

しかしながら、個人の運命を、これのみで説明する
事には無理があるのです。

皮肉な事に・・・
その信念の裏側には、「 傲慢 」という二文字が隠れている。

自分が善人であるという自覚は、言葉を変えれば、
「 自力の善に誇りを持っている 」という事。

これだけ善行を成したのだから、自分は救われる資格があるとか、
良い事が帰って来て当然であるという考えに偏り、
自分が成した、一善、一善を心のなかで、誇るようになる。

その、「 自信 」とは、
「 素直で、謙虚な心の姿勢 」と相反する性質をもつ。

善人の持つ特有の「 誇り 」と「 自信 」が、
謙虚さを失ってしまう大きな要因となってしまうのです。

彼の内面にある、「 善人の誇り 」が、
「 因果報応 」の絶対原則にフタをしている。

その結果、霊的因果に飲み込まれ、振り回され、
悪い連鎖を助長している。

形の上での‘ 善 ‘に捉われているうちは、
 本質を見ることはできない。

本質とは、人間のホントウの姿。
生命のホントウの姿。

全ての人間のは、神の分霊、仏の分身
人間は、神によって生かされている・・・
全ての人間の内に神・仏は存在する。

これこそが、「 ホントウの姿 」なのです。



この心境を音にしたのが、

南無阿弥陀仏
「 わたくしは(はかり しれない光明、はかりしれない寿命の)
阿弥陀仏に帰依いたします 」
( 帰依・キエ= 身をゆだねる )

キリスト教では、
アーメン
( ヘブライ語で 「 まことに、ほんとうに 」
という意味。)




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