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現代日本語百科   けふも  お元気ですか

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文法の論理

2015-07-05 | 日本語文章
日本語は漢文を訓読して詞と辞を学んだ。辞を文法機能の語とする。文章経国の思想を作文にすることを学んだ。仮名を工夫して文字とし、和歌を詠み、物語文を作る。片仮名は訓読文を日本語文字として書き表すようになる。和歌には体用のことを表現するように論じられた。それを体言用言に類分けするようになる。近世になって、明和4年、1767年に、挿頭、脚結、名、装の品詞分類を編み出した、挿頭抄が著わされた。また、文政7年、1824年に、体ノ詞、形状ノ詞、作用ノ詞、テニヲハの4種に分けた、言語四種論がある。一方で、文化5年、1808念に、動詞活用の種類、活用形、てにをは の接続を著わした、言葉の八街がある。しかし、この漢文法の影響に展開する日本語文法は、幕末から明治にかけて、それまでのポルトガル語、オランダ語にくわえて、英米語の文法論理を翻訳することになる。、 . . . 本文を読む

文章の議論 段の構造

2015-07-05 | 日本語百科
文章単位の認定に、段落を単位とするかについて議論がある。文段という用語に、意味段落をもつという用法があることも議論されている。その文章、段落の要素に文をおくことも共通する議論のようである。すなわち、文、段落、文章となる。現代の日本語文法文章論を議論とするなら、語句とその節、文段には章段を議論しなければならないと考えるところであるが、それは必ずしも文を従来のような単位での扱いにはできないという前提があるからである。また文章の成立には統括、統一を捉える議論があって、それを段落に求めようとするのであるが、実際には、文ではない、その段落における文章の要素である語句に等しい、その表現性のある語で文章がまとまっている例が少なくない。文章の議論の単位としての認定も、行き着くところはこの統括、統一といったとらえ方になって、それは、文とは何かの議論の繰り返しに等しい議論となるのである。 . . . 本文を読む

日本語文章

2015-07-05 | 日本語文章
日本語文章は漢語漢文の学びにあった。それはまず、学習を漢詩作法に得た、韻文の技芸のもとに漢語を入れて辞となるもの、詞となるもの容れた。その一方で散文を受け入れて、国史の編纂をおこなった。漢文訓読は日本語文章の形成に資するところがあった。漢文を漢文訓読のままに近代までその学的伝統を保とうとしたのは和文の意識の対照であるから、訓点語の研究は漢文と和文とを截然と仕切ってきたのである。近代になるまでに漢学に対して蘭学を経緯として持ったことは大きく和語漢語の意識を変えることになる。ポルトガル、イスパニアは画期にあった。日本語文章をローマ字表記で著わすことは、予想できなかったことに違いない。漢文の文章からは想定しない、漢文訓読の作法があったため、新たに、やわらげのこと、つまり和語への翻訳を学んだのである。そして洋学の名のもと、英語を学ぶことになる。取り入れたのは欧州の諸言語であったはずであるが、黒船の蒸気船の衝撃は米英語へと目を向けることになった。 . . . 本文を読む

ヒンシ、ダンク、ブンセツ

2015-07-05 | 日本語百科
ヒンシは、parts of speech の訳語である。speech は、説話である。説話は、話である。speech は演説となり、演舌とも書かれた。a part of speech は、語の種類分けとなる。classであるから、品であるのか、その品による詞と訳したのは、九品によるところのようにも見えて、言い得て妙であった。その説話を分けるのはダンクである。断句とした松下学説は原辞に詞を構成する要素と見て、師をまた連詞として分析するのであるが、その詞また連詞は断句となる。この用語は句を断ることにある。いわば句読である。松下学説では語の自立、語と語と関係して、その独立用法をみて、詞と断句とみていたようである。ブンセツは文節であって、分節ではない。ましてブンセツを文切としたくなる発見であった。文を発音によって切れ目を捉えるのは語の意味を据えてのことである。文節こそは品詞であったのであるから、自立語付属語を単位とするのに、自立詞、付属辞とでもすると、文節すなわち一次分節の有効性がみられたものであろう。 . . . 本文を読む

文法の用語

2015-07-05 | 日本語文章
段落をパラグラフと言えば、何が異なるか。章段を文段というのは、何が違うのか。文段はわたしに用いるものである。章句となると、zhāngjù 古書の章節と句読、漢代の学術書の一種、古代の文献に句読をつけ解釈したもの、としての用法がある。これは漢語文献に用いられた用法である。すると、パラグラフは、a self-contained unit of a discourse in writing dealing with a particular point or idea.という説明を見ることになる。それぞれ日本語に学んできた漢語、英語をもとにした用語である。段落は日本語の用法として、 >ものを制作して、しあがるときの儀礼を落という。 その字義によって文のまとまりを捉えたもの、段落にカギ符号をつけていたものである。章句、段落、パラグラフを用語にするならば、それぞれに定義するところがあり、文段を用いるならば、それにおいて用法があることであり、書き言葉、話し言葉の形式をみてきて、文章の意味内容のまとまる章段となる。日本語は、章段の法と、語句の法と、それぞれから文法としての法則が導かれることになる。 . . . 本文を読む