日記風・・・ ~A Buzz's Life~

管理人Buzzのくだらない絵日記です(^^;

西国街道チャリの旅 山口編 Final

2008年11月30日 | Weblog
さて、二日目の朝を迎えた。
途中目が覚めることもなく、朝までぐっすり眠れた(^^;
場所が変わっても、枕が変わっても全然関係ないんじゃねぇ(笑)

さて、天気はというと、予報は晴れだったんじゃけど、なんだか怪しいぞぉ。

今は止んでるけど、雨上がりですっきりって空じゃない・・・

やっぱり、そのうち雨も降り出した。

「あぁ~、どうなっとるん。中止?それとも、雨の降ってる間に下関まで移動して厚狭へもどる?」

いろいろ作戦を考えみた。

ほいじゃが、最後に下関でゴーーール!ってやりたいけぇ、厚狭から下関じゃろう・・・

まぁ、とりあえず飯じゃろう。
朝飯を食べて、みんなで相談をしとったら雲がスーとひいて青空が。

こりゃあ、行けるで!

ホテルの窓から見たら、西の空に青空が見えはじめた(^^)


よっしゃー!準備している間に日も差してきたぞぉー。

無事、2日目もスタートじゃ。

厚狭を出てしばらく進むと本日の難関が行く手を阻む。


この竹やぶ、こりゃ、どう見ても無理だよねぇ(^^;

さっき、ジモピーのおじさん情報で「西国街道は通れん所があるで。」って言よったけぇ、ここのことじゃね。
#あのおじさん(おじいさん?)西国街道について調べとったけぇ、時間があったらゆっくりお話を聞きたかったのぉ(^^ゞ

さぁ、ここは地図と資料をよーく見て、左に曲がって迂回コースを進む。

Before

そして、この迂回路には足首まで泥につかる道があるらしい。
準備していたゴミ袋で簡易ブーツを作る(^^)

Oちゃんは「アルパインスターの新作」らしいです(笑)
私のは、「ふたっぴき印の足利ブーツ」です(^^;

さぁ、準備万端。先へ進むぞぉ。


ほんまに、こんなもんが役に立つんかのぉー(^^ゞ
そう思いながら進むと、だんだん地面がぬかるんできた。
表面を草がおおっとるけぇ、ぱっと見は普通なんじゃけどねぇ。
自転車も担がんと通れんくらいの道になったとき
「ズボッ」
足が埋まった。

「おぉー、ほんまじゃ~!」

ゴミ袋ブーツが役に立ったわぁ~(^^;

After


なんとか難関をクリアして先へ進む。


相変わらず、迷走しながらじゃけどね(^_-)-☆

下関が近づくと見所が増えてくる。
高杉晋作、奇兵隊、馬関戦争。
そして、時代は違うけど源平合戦。

東行庵

高杉晋作の墓がある場所。

功山寺

高杉晋作が挙兵を行ったとこじゃね。

調布は城下町でいい雰囲気を残しとるしねぇ。


回転義挙の象

「おぉ!奇兵隊の隊士じゃ!(笑)」

紙芝居をしてくれるみたいじゃけど、私たちが行ったときにはすでに片付けをはじめとった(^^ゞ
 

そして、馬関戦争のときの前田砲台跡地。

この裏に空き地があり、そこがよく見る四国連合艦隊に占領された写真と同じ場所だと思う。

じつは、家へ帰ってから下関に住んだことのある嫁に聞いてみたら、「前田砲台跡地なんか知らん。でも、前田に住んどった。」
ほんまに?
上の写真を見せたら、
「見たことある。この裏が空き地になってなかった?友達とよく遊んだ。」
ほんまかぁ!
下関に住んどったのは小学生の頃じゃけぇ、馬関戦争なんか興味がなかったんじゃねぇ(^^ゞ


ほんで、その砲台にあった大砲のレプリカが、みもすそ川公園に展示してある。

試しに一発ぶっ放してもろうた(笑)
(ほんまは、100円入れたらちょっと寂しい大砲の音とともに、煙が出る仕組みに(^^ゞ)

こうやって、駆け足で進んだ下関。
ちょっと忙しかった(^^ゞ
下関は見所満載じゃけ、今度あらためてゆっくり来てみたいねぇ。

首謀者のマッキーは、やはり京都まで行きたいらしい(^^ゞ
今シーズンは終わりとして、あと3年くらいかければ行けるかな(^^)

こうしてチャリの旅は続くのであった・・・


西国街道チャリの旅 初日

2008年11月23日 | Weblog
今回のチャリンコの旅は「新山口(旧小郡)から下関」までの約80Km。
1泊2日の予定じゃけど、計画的にはちょっと強引?(^^;

なんせ、道なき道を進む自転車の旅じゃし、必ず道に迷うしねぇ(笑)


早朝、広島を出発して午前9時前には前回の終点「新山口」に着いた。
天気は最高!

一抹の不安を抱えながらも、わしらはスタートした。


小郡の街は、メジャーなところだけあって道もきれいで走りやすい。


あちこちに、古い民家があって街道らしい雰囲気を残しとる。

ほれから、割木松峠を上る。

通称おいはぎ峠と言ったらしい。

国道2号線なので、今でこそトラックや、乗用車がバンバン通るけどそれがなかったらかなり寂しい山の中じゃったろうねぇ。


そして、ここは「周防の国」と「長門の国」の国境になる。


最高の天気の中、自転車の旅は続く。


田んぼのあぜ道のようなのどかな道。


がっ!


そんな道ばかり続くわけではない!

道なき道。


こがぁな道、イノシシでも通れんで(笑)

しかし、息を切らせながらの写真で指が写っとるのも気がつかんかった(^^ゞ

この後、私の自転車のチェーンが切れ、さらに雨が降り出し悲惨な旅になってきた(^^;

じゃが、こんなことでくじけるマッキーではない!(笑)

私は半分くじけとったけど、途中でやめられんのがこの自転車の旅のええところなんよ。
車は新山口。次の駅は厚狭。どうしても厚狭までは行かんといけんのんよねぇ(^^;;;;

ほんで、切れたチェーンは石でたたいて応急修理。
とりあえず走れるようにはしたんじゃけど強くこぐといつまた切れるか。きつい坂道は押して上った。


千林尼の石畳

幕末に敷かれた石畳。

「ここを西郷隆盛や、坂本龍馬も通ったんかねぇ。」
なんて話しながら進んだ。
ほんじゃが、坂本龍馬は死んどったかもしれんのぉ(^^ゞ


やっとの思いで厚狭へ着いた。

厚狭は宿場町の面影が残っとった。
街道沿いだけじゃなく、街道からはずれたところもこんな感じじゃけぇ、当時はかなり大きな宿場じゃったんじゃろうねぇ

この町でチェーンを交換してもらって明日に備えた(^^)

新山口まで車をとりに戻り、本日の泊まりは厚狭ステーションホテル。

しかし、問題は山積みじゃのぉ~(^^;
明日の天気に、下関までの残りの距離、ほれから、今日より厳しいとされる道。

まぁ、今日は一杯やって早く寝るべぇ(^^)

山陽道基点到着!

2008年11月18日 | Weblog
オヤジ3人で続ける、チャリンコの旅。
2008年11月16日17:20 山口県の西の果て、赤間関(下関)へ到着しました\(^O^)/
長かった(^^)

ここから先、九州へはこの亀山八幡宮の前から船で渡ったそうです。


「ここは山陽道の基点
 九州渡航の起地なり
 山陽道第一番塚なり 長門国志」


立て札にはそう書いてあります。

今回は、1泊2日の長丁場。しかも難易度の高いコースだったので苦戦したんじゃ。

ほんで、下関は歴史的にも見所満載で時間がかかるんよねぇ。
東行庵、功山寺、馬関戦争・・・

その様子は、次回またお伝えします(笑)

足長小学生に謎の石垣

2008年11月08日 | Weblog
連休2日目は、嫁が御手洗へ行きたいというので二つ返事でOKした。
ここは以前、自転車で行ったことがあるんじゃけど、もう一度行って見たかったんよねぇ。

ここへは、今日現在は船に乗らんと行かれんのんじゃけど、もうすぐ豊島から橋がつながって呉から下蒲刈、上蒲刈、豊島、大崎下島と橋を渡って来れるようになるんよ。
「安芸灘とびしま海道」っていう名前がついとったよ。

便利になるけど、観光客も増えてきっと今の雰囲気じゃなくなるだろうなぁ・・・

ということで、橋がつながる前に行っておきたかったんじゃ。


御手洗地区に着いたら一番にこの地図をゲットしよう!

前回行ったときには、いたるところにあったんじゃけど、今回はあちこちのぞいたけどポストが空になっていて潮待ち館でもらったんじゃ。

もし、心配なら印刷して持っていこう。ホムペからリンクがみつからんけぇ直接リンクを貼っておくね。御手洗マップ

御手洗の案内が書いてあるんじゃけど、遊び心満載で御手洗を楽しく回れるよ。



こんな風景なんじゃけど、今回は私のペースじゃなかったけぇあんまり写真がないんじゃ(^^ゞ


足長小学生
歴史的にはたいしたものじゃないかもしれんけど、遊び心があって気に入っていたもののひとつ。

し、しかし!よう見ると、現在行方不明中の文字が!!
行ってみたら、あったけどオリジナルじゃないのかなぁ・・・


2年前の御手洗マップにはそんな文字はないんよ。


誰かがいたずらしたんかねぇ。
つまらんことするのぉ~



この石垣は、マップの説明では
「戦国時代のものだがつくり人知らずの謎の石垣」って書いてあるんよ。
そうなんじゃ、謎なんじゃ~。でも書いてあると行ってみたくなるんよねぇ~(^^♪
そんなところがこの地図があると楽しめるんじゃ。

そうそう、それから「路地裏の少年」はどうもいなくなってるようです。

前回も、今回も見つけられませんでした(^^ゞ

もしご存じの方がいらっしゃったら、教えてください(^^)


そうやって、地図を片手に街並みを見て歩く。昨日の強引なチャリ旅にくらべて、今日はのんびりした1日でしたヽ(^o^)丿

首謀者マッキーの陰謀?!

2008年11月07日 | Weblog
11月はいきなり3連休スタートでえかったねぇ(^^)
しかも、3日ともしっかり遊んできたよ。

しかし!

月初めに3連休なんてそんな贅沢なことをお天道様はゆるしてくれん(^^ゞ
しっかり、しわ寄せが(笑)

月末、月初の資料の作成に、年に一回の講習が2日間と忙しいときに重なるんよねぇ。とうことで、今週は超ハードスケジュールじゃった。
ほいじゃが、どうにか乗り切れたわぁ。「人生楽ありゃ苦もあるさ。」ってなんかの歌みたいじゃね。

あっという間の1週間が終わった。
また週末が来たけぇ遊びに行かんにゃいけん(笑)

ほんで、3連休の初日はマッキーとチャリンコ持って遊びに行ってきた。


場所は「銀山街道 上下宿」

生まれて初めて芸備線に乗って三次まで、ほんまのどかな鈍行の旅じゃ。

もちろん、三次には行ったことあるよ。
芸備線沿いの道を走って、よくモトクロスへ行きよったけぇねぇ。
ホンじゃが乗るのははじめてなんよ。

さらに、福塩線に乗り換えて・・・


芸備線も2両編成のローカル線じゃけど、福塩線は1両編成!

車体はスマートなシルバーじゃけど、もっと田舎臭くてもエエ気がする。
それっぽいしねぇ(^^)

芸備線の黄色い列車の方がえかった。

ほいじゃが、途中、制限速度20km/hのカーブもいくつかあったりして、ものすごいのどかじゃった。

20km/hって自転車並みじゃん(^^)

ほんで、着いたのが「上下駅」

その昔、石見銀山からの銀を運ぶのに使われた街道沿いに拓けた街で、天領といって幕府の直轄じゃったらしい。

当時は相当拓けとったんじゃろうねぇ。

今も、十分その面影が伺える街並みじゃ。

この家なんかも、電信柱をなくしたらそのまま江戸時代までタイムスリップ出来そうじゃ。


上下キリスト教会

こちらは明治時代の蔵で戦後は教会として利用されてきたらしい。

上下町で検索すると必ずと言っていいほど出てくる、上下のシンボル的建物じゃね。


指物 濱一
こちらは江戸時代の商家で、当時は掛屋と呼ばれる幕府の公金を扱うところだったらしい。
二階の窓の鉄格子がいかにも大事なものがありそうな感じを出しとるね。

今は喫茶店?

入ってないけど、「Tea Time」って書いてあった。


こちらは、旧警察署。

明治時代の建物で、見張り櫓(やぐら)も当時のまま残ってます。


こうやって、上下宿をのんびり見て回って時間は3時になろうとしています。

これだけじゃ、こんなところまで自転車を持ってくる意味がわからんよねぇ(^^;

これから先が、本番なんよ。

これから、「尾道まで銀山街道を自転車で行こう!」 っていうのが作戦なんよねぇ。

マッキー、この作戦はぜったい無理じゃし(笑)

しかし!もう引き返すわけにはいかんじゃん。だって、車は持ってきてないけぇ行くしかないじゃろう。陰謀じゃ~!

「上下から尾道ならずっと下り坂じゃろう。。。」なんて思ったら大間違い。

下って、上って、下って、上って。

途中でとっぷり日は暮れるてしまうし・・・
「寂しいのぉー、こりゃ昔の旅人は大変じゃったろう。宿にたどり着かんかったら山賊やおいはぎが出んかドキドキしながら峠を越えよったんじゃろうねぇ。」

そんな話をしながら山道を走って、もう写真なんか撮ってる時間も精神的余裕もなく走り続けました。

けっきょく銀山街道なんか無視して国道をぶっちぎって尾道まで。

ええい、遅くなりついでじゃ。ビール飲んで、尾道ラーメン食って(^^♪

全走行60Km

連休1日目は超ハードに終わりました。