狸便乱亭ノート

抽刀断水水更流 挙杯消愁愁更愁
          (李白)

浮雲

2008-01-04 16:29:19 | 日録
             

 これは、拙宅の庭から眺めた今日の浮雲である。
僕は国木田独歩の「武蔵野」にある日記の一節を中学2年の時、国語の教科書で読んだ。(「国語」岩波書店)
 日記の部分だけ、「武蔵野日記」として載せてあった。
 僕はこの冒頭に出てくる「浮雲変幻たり」を今なお諳んじていて、強く印象に残っている。
 丁度今日のこの雲を見て「浮雲変幻たり」を思い浮かべたのである。

武蔵野日記

九月七日 昨日も今日も南風強く吹き、雲を送りつ雲を払いつ、雨降りみ降らずみ、日光雲間をもるるとき、林影一時に煌めく。
同九日 風強く秋声野にみつ、浮雲変幻たり。
十九日 朝、空曇り風死す。冷霧寒露、虫声しげし。天地の心なお目さめぬが如し。
同二十一日 秋天拭うがごとし。木の葉火の如くかがやく。
十月十九日 月明らかに林影黒し。
同二十五日 朝は霧深く、午後は晴る。夜に入りて雲の絶間の月冴ゆ。朝まだき霧の晴れぬ間に家を出で、野を歩み林を訪う。
同二十六日 午後林を訪う。林の奥に座して四顧し、傾聴し、睇視し、黙想す。
十一月四日 天高く気澄む、夕暮に独り風吹く野に立てば、天外の富士近く、国境をめぐる連山地平線上に黒し。星光一点、暮色漸く到り、林影漸く遠し。
同十八日 月を蹈んで散歩す。青煙地を這い月光林に砕く。
同十九日 天晴れ。風清く、露冷やかなり。満目黄葉の中緑樹を雑う。小鳥梢に囀ず。一路人影なし。独り歩み、黙思口吟し、足にまかせて近郊をめぐる。
同二十二日 夜更けぬ。戸外は林をわたる風声ものすごし。滴声しきりなれども雨はすでに止みたりとおぼし。
同二十三日 昨夜の風雨にて、木葉ほとんど揺落せり。稲田もほとんど刈り取らる。冬枯の淋しき様となりぬ。
同二十四日 木の葉いまだ全く落ちず。遠山を望めば、心も消え入らんばかり懐し。
同二十六日 夜十時記す。屋外は風雨の声ものすごし。滴声相応ず。今日は終日霧たちこめて、野や林や、永久の夢に入りたらんが如し。午後、犬を伴うて散歩す。林に入り黙坐す。犬眠る。水流林より出でて林に入り、落葉を浮かべて流る。折々時雨しめやかに林を過ぎて、落葉の上をわたりゆく音静かなり。
同二十七日 昨夜の風雨は今朝なごりなく晴れ、日うららかに昇りぬ。屋後の丘に立ちて望めば、富士山真白に連山の上に聳ゆ。風清く気澄めり。
 げに初冬の朝なるかな。
 田面に水あふれ、林影倒に映れり。
十二月二日 今朝、霜、雪のごとく朝日にきらめきて見事なり。しばらくして薄雲かかり日光寒し。
同二十二日 雪初めて降る。

一月十三日 夜更けぬ。風死し林黙す。雪しきりに降る。燈をかかげて、戸外をうかがう。降雪火影にきらめきて舞う。あゝ武蔵野沈黙す。しかも耳を澄ませば遠きかなたの林をわたる風の音す。はたして風声か。
同十四日 今朝大雪。葡萄棚堕ちぬ。 夜更けぬ。梢をわたる風の音遠く聞こゆ。ああこれ武蔵野の林より林をわたる冬の夜寒の凩なるかな。雪どけの滴声軒をめぐる。
同二十日 美しき朝。空は片雲なく、地は霜柱白銀のごとくきらめく。小鳥梢に囀ず。梢頭針の如し。
二月八日 梅咲きぬ。月漸く美し。
三月十三日 夜十二時。月傾き風急に、雲わき、林鳴る。
同二十一日 夜十一時。屋外の風声をきく。忽ち遠く、忽ち近し。春や襲いし、冬や遁れし。

即ち、この日記は武蔵野(東京・綾瀬辺りも武蔵野だったらしいが、今その面影を捜すのは容易な事ではない。)の、秋から春への移り変わりを克明に記してあるのだ。
正月三が日が、忽ちにして過ぎ去り、地球温暖化のため、梅や、辛夷のの花芽も大分大きくなってきた。直きそこまで春が来ているような気がする。
しかし、あまり喜んでばかりはいられない小生なのである。