きみが問う 肩越しにみゆ 船足の 波も春らし 家にも来ぬかと
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映画『ソーシャル・ネットワーク』の中でジャスティン・ティ
ンバーテイク扮するショーン・パーカーがマーク・ザッカーバ
ーグ(ジェシー・アイゼンバーグ)とエドゥアルド・サベリン
(アンドリュー・ガーフィールド)に向かって「デジタル・ラ
イフをエンジョイしよう」と話しかけるシーンで‘デジタル・
ライフ’という言葉に妙に感心したこを覚えている(映画タイ
トルを間違えていたのもブログを読み返し気がついた程に疲れ
ていいる中での鑑賞だったのでうろ覚えだが)。もっとも「パ
ーソナル・コンピュータ」を「ピーシー」と呼んでもいたから。
言葉時代と共に変わる。米国では皮膚感覚で語られているに違
いないと勝手に想像した。
運営費用などは、広告料と、アプリケーションソフトで稼いで
いるのでWEBと変わらないが、非匿名制と食い付きの良さ(
アクセス操作が簡素でツイッターと比べ表現が自在)が受ける
のだろうが世界で会員が6億人ともいわれ国内も急増中だとか
(※『Fecebookスタートアッププランの提案』)。個人的には
登録しかけたがこれ以上間口を広げるのは無理としうことで途
中で中断するが、早速登録の督促メールが届くもサスペンド。
本題に入る。‘デジタル・ライフ ’の内実として先験的に倫
理が遅れて社会問題化する事例として京都大学入試の携帯電話
による新手のカンニング事件が話題となっている。その携帯電
話自体は、第二次世界大戦中にアメリカ軍が使用したモトロー
ラ製の「Walkie Talkie」が前身で、回線を使用しないトランシ
ーバー。携帯電話の構想は、電話機が考案されて間もない頃か
らあった。電波を使用し無線で通信会話できる夢の携帯電話は
電波のノイズやバッテリーや通信速度などの多くの問題で電話
機が大型になり実用化が難しいとされ、1970年に大阪で開催さ
れた日本万国博覧会にワイアレスホンとして出展されたが、今
で言うコードレスフォンだ。
ハイカラ趣味の従兄弟(故人)が1985年(?)に車載電話機の
自慢話しを記憶しているが、1979年、日本において世界で初め
て実用化される。1981年、バーレーンとスカンディナヴィアで
実用化。遅れをとったアメリカもレーガン大統領へのモトロー
ラからの直訴により1981年実用化がなされ、1990年代には普及
が進み、本体に液晶ディスプレイが搭載され始めた。1990年代
半ばには通信方式がアナログからデジタルへと移行し、着信音
に好みの音楽が設定できる着信メロディや、ポケットベルと連
帯したメッセージサービスが使用できるようになった。1990年
代後半にはインターネット網への接続が可能となり、通信速度
が向上し、画像やJavaを使用したゲームなどの利用が可能とな
った。2000年代に入ると第三世代携帯電話が登場し、テレビ電
話が可能となったほか、パソコンと接続して高速なデータ通信
が行えるようになった。現在は、英調査会社“Informa Telecoms
& Media”(2007年11月29日)の発表によれば、世界全体での
普及率が5割に達した。
丁度20数年前、生産技術関連の検査装置の自動化の仕事に従事
していた頃は技術進化の最中(撮像器も受像器も脱真空化のデ
ジタル化の嵐)。協力企業の社長や先輩達と「コンサートホー
ルなどでの通信電波遮断装置てどんなもになるのか」と話し合
った記憶が残っている。要するに、プロでも具体的な技術設計
仕様がわからないという話なのだが、止せばいいのに現在の技
術レベルをネット調べたいという衝動に駈られる。^^;
目的のエリア(公共施設建造物)に無線通信を抑止するために
ノイズ信号を生成するノイズ発生器とそのノイズ信号を分配す
る分配器と、分配されたノイズ信号を受信し、目的の周波数帯
域外の成分を減衰させ、周波数帯域が互いに異なる複数のバン
ドパスフィルタとそれを濾過した複数のノイズ信号を合成する
合成器と、ノイズ信号を所定エリアに出力するためのアンテナ
部で構成されているのが無線通信遮断装置の具体例だ。
※国際特許分類[H04B1/04]
話は映画に戻す。ショーン・パーカーもマーク・ザッカーバー
グはハッキングの常犯者であったし、パーカー自身も懲罰を受
けた経歴の持ち主だ。国家及び反国家という共同体において共
に情報戦争の名誉ある戦士?なのだが、悪知恵を働かせばこの
わたしでもハッキングすることは優秀であるかどうかを問わな
ければ簡単にできそうだ。できそうだが、正常な自制心からや
らないし、そんな時間もないだけである。IQが125を超えた
連中ならなおさら‘お茶の子さいさいでお見通しということに。
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さて、新手のカンニングで不正入試事件は‘デジタル・ライフ’
の負の側面の1つであり、倫理的側面では単独犯であり情状酌
量を願うが、中学生時代に入試制度そのものに疑問を持ち、反
抗してきた経験から見れば、実につまらないことで大切な人生
を棒に振ってしままわないことを‘Life is very short and there's no
time/ For fussing and fighting, my friend / I have always thought that it's
a crime/ So I will ask you once again’ (‘We can work it out I’,song by
The Beatles )の歌詞とメロディに乗せ歌い祈りたい。