極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

薬膳スープ寸考

2017年09月30日 | 日々草々

   

                                 
                                        梁恵王篇  / 孟子        

                                                              

         ※  仁義こそすべて:孟子が梁の恵王に謁見した。恵王が言った。「先生、
        遠路もいとわず、わざわざおいでくださったについては、さだめしわ
        が国の利益となる妙策をお持ちのことでしょうな」 孟子は笞えた。
        「どうしてそう利益、利益とおっしゃるのです。大切なのは仁義です。
        王侯は、国の利益しか考えない。大臣は、一家の利益しか考えない。
        役人や庶民も、わが身の利益しか考えない。こうしてめいめい利益ば
        かりを追求しているから、国が滅びるのです。万乗の国の里を殺すの
        はきまって千乗の大臣、千乗の国の王を殺すのはきまって百果の大臣
        です。万乗の国で千乗の禄を食み、千乗の国で百乗の禄を食めば、そ
        れでもう不足はないはずです。それに満足せず、国全部を奪おうとす
        るのは、かれらが仁義をさしおいて利益第一に考えているからです。
        仁の心がありながら親をすてた例はなく、義の道をふみながら主君を
        ないがしろにした例はありません。王よ、どうか仁義を口にしてくだ
        さい。どうして利益などとおっしゃるのです」

        〈梁〉戦国の七雄の一つ、魏の国のこと。当時、都を安邑か(あんゆ
        う)から大栄(現在の河南省開封)に選したので、梁ともいうのであ
        る。
        〈万乗の同〉戦争のとき、兵車を一万台出す国のことで、本来は天子
        を指す言葉であったが、当時は大諸侯の国を意味した。

        【解説】 功利主義は両刃の剣である。利益を狙うものは、自分もま
        た狙われる。弱肉強食の時代にありながら、いや、そういう時代であ
        ればこそ、孟子は為政者に高い倫理性を要求する。仁義は、いうまで
        もなく孟子の思想の根幹であり、全篇を員く主題である。最後のリフ
        レインには、大同の王を相手に一歩もひかず、堂々と仁義を高唱する
        孟子の気魄と自信のほどがうかがわれる。 

 



【シャーレからコリーナの秋日和】



気分転換に彼女と湖岸を走る。途中、大きなキャンピングカーと出会す。国民休暇村から水ヵ浜への
道は細く
驚くも、それほど訪れる人が多いのだろう。マスターも依然より元気そうにみえた。その足
でラ・コリーナに向かう。稲刈りが粗方終えた丘には、秋晴れを楽しむ訪問者が秋日和満喫していた。

   No.76

【ソーラータイル事業篇:チオシアン酸銅系ペロブスカイト型太陽電池】

● ペロブスカイト太陽電池、材料や寿命の課題が大幅改善

 9月29日、スイスの大学 Ecole Polytechnique Federale de Lausanne (EPFL)は、これまでになく長寿
命のペロブスカイト太陽電池を開発したことを公表する。高価な材料を使わず、変換効率は20.2%
と高く――フッ素添加の酸化スズ(FTO)基板上に電子輸送層のTiO2層、光吸収層のペロブスカイト
層、正孔抽出層のチオシアン酸銅(CuSCN)、安定化のための還元型酸化グラフェン(rGO)、そし
て金(Au)電極を積層する。これまで高効率太陽電池のペロブスカイト層と電極との間にはspiro-OM
eTAD
という有機系の正孔輸送材料が用いていたが、spiro-OMeTAD(2,2,7,7-tetrakis(N,N-di-p-methoxyph-
enylamine)-9,9-spirobifluorene
は1gが5万円超と非常に高価である。しかも、spiro-OMeTADは緻密な
層を作るのが難しく、多数開いた“穴”から水分やドーピング材料電極の金属成分などが侵入してペ
ロブスカイト層を痛め寿命の点で課題があった。その中で、チオシアン酸銅(CuSCN)は、正孔の移
動度の高さ、材料コストの安さ、高温耐性の高さ、そして電極との間での正孔の流れやすさの点で非
常に高い性能を示すことが以前から知られていた。しかし、チオシアン酸銅は1gで約50円程度と
従来のspiro-OMeTADの約千分の1であるが、チオシアン酸銅の溶媒が肝心のペロブスカイト層を溶か
してしまうのである。このため、変換効率はあまり高まらず、寿命についても、短さが課題とされるs
piro-OMeTAD
よりも短くなる。

 Sep. 28, 2017

この対策として、極性溶媒のジエチルサルファイド(DES)で、ペロブスカイト層の上に普通に塗布
すると同層を溶かしてしまう。このため、基板を1分間に5千0回(rpm)と高速に回し、その上にCu
SCN/DEG
の液滴を落とし、短時間乾燥させることで、ペロブスカイト層をほとんど傷めずに約60
ナノメートルの厚さを均一に成膜し、変換効率は約20%と向上させることに成功している。ところ
が、太陽光を照射して発電させると、変換効率は最初の24時間で初期値の50%以下に寿命低下し
てしまう。一方、
チオシアン酸銅(CuSCN)と金(Au)電極の間に還元型酸化グラフェン(rGO)を
配置すると、寿命が劇的に改善、60℃の下で太陽光を千時間時間照射しても、変換効率は初期値の
95%以上に維持される。なお、還元型酸化グラフェン(rGO)は、一度酸化したグラフェンを再び
還元たもの。このように、チオシアン酸銅(CuSCNとペロブスカイト層間の界面の反応よりも、金
Au)電極とチオシアン酸銅(CuSCN間の界面化学反応が主因で寿命が短かくなるのは、還元型酸
化グラフェン(rGO
)がチオシアン酸銅(CuSCNと金(Au)電極の直接接触を防いだことで、性能
劣化が大幅に逓減する。また、試作太陽電池の変換効率は安定化後で20.2%。spiro-OMeTADを用
いた場合の同20.5%に迫る値を記録。チオシアン酸銅(CuSCNspiro-OMeTADを上回る性能を
示すことや、spiro-OMeTADポリトリアリルアミン半導体(PTAAでは必要なドーピングが不要で
ある。


DOI: 10.1126/science.aam5655  



【全天球カメラがスマホ用チップとセットする時代】

9月15日、リコーから360度全天カメラ「RICOH THETA V」(THETA V)が発売。THETAは前後に
カメラを持ち合成された全天画像を得られることから、ヒット商品となり、その後の多くの製品の先
駆けとなる。Samsung Electronicsの「Gear 360」やスマートフォンの端子に接続して360度画を撮影で
きる「INSTA-ONE」(ハフスコ)などが現在は話題に上ることが多い。また単眼カメラに広角レンズ
を組み合わせた全天カメラは、新興メーカー、中国メーカーなどからも続々と生み出されている。そ
のような全天カメラのブームの先駆者の1つが「THETA」だ。最初の製品は2013年に製品化され、
2017年に発売になったTHETA Vは5代目。360度データをTHETA Vでは4K動画を記録できる
ように大幅な進化を遂げている。また従来はWi-Fiだけであった通信機能にBluetoothも加わり、新たに
マイクロフォン端子も備わっている。基本的な外観はキープコンセプト。握りやすい形状で操作ボタ
ンの位置なども大きく変わっていない。製品のバージョンは外観だけで見分けがつかない。THETA V
の側面に製品名の記載があることが唯一の外観差というほどに、酷似したものになっている。

❏ 蟄居事例: 特開2017-175616  撮像装置、画像処理装置および方法

【概要】

魚眼レンズや超広角レンズなどの広角なレンズを複数使用して全方位(=全天球という。)を一度に
撮像する全天球撮像システムが知られている。全天球撮像システムでは、各々のレンズからの像をセ
ンサ面に投影し、得られる各画像を画像処理により結合することで、全天球画像を生成する。例えば、
180度を超える画角を有する2つの広角なレンズを用いて、全天球画像を生成することができる。
画像処理では、各レンズ光学系により撮影された部分画像に対して、所定の射影モデルに基づいて、
また理想的なモデルからの歪みを考慮して、歪み補正および射影変換を施す。そして、部分画像に含
まれる重複部分を用いて部分画像をつなぎ合わせ、1枚の全天球画像とする処理が行われる。画像を
つなぎ合わせる処理においては、部分画像間の重複部分において、パターンマッチングなどを用いて
被写体が重なる位置が検出されるが、魚眼レンズで撮影されたような比較的歪み量の大きな部分画像
の場合は、重複領域を有する複数の部分画像間で、同じ被写体を撮影している場合でも、歪み方は個
々異なってしまうため、パターンマッチングにより充分な精度で位置を検出することが難しかった。
したがって、部分画像を良好につなぎ合わせることができず、得られる全天球画像の品質が低下して
しまう。また、平面座標で表現された複数の画像をつなぎ合わせる技術では、魚眼レンズのような歪
みの大きなレンズを用いる撮像装置において、充分な精度でつなぎ位置を検出することが難しく、複
数の魚眼レンズを一例として、予め既知のターゲット・ボードを用いて撮像することによってマッピ
ングテーブルを生成する技術は、位置合わせの精度が不十分である。そこで、下図のように、複数の
結像光学系により集光された光に基づく画像から全天球画像を生成するための撮像装置、画像処理装
置および方法の提供にあって、撮像装置10は、光を集光する複数の結像光学系20A,20Bと、
複数の結像光学系で集光された光を画像に変換する撮像素子22A,22Bと、傾き情報を取得する
センサと、を有する。複数の結像光学系は、重複する領域を集光しており、撮像装置は、傾き情報に
基づいて、画像から全天球画像を生成する手段で解決する(詳細は図1ダブクリクリック)。

 Sep. 28,2017

【符号の説明】

10,300…全天球撮像システム、12…撮像体、14…筐体、18…シャッター・ボタン、
20…結像光学系、22…固体撮像素子、100…プロセッサ、102…鏡胴ユニット,
108…ISP、110,122…DMAC、112…アービタ(ARBMEMC)、
114…MEMC、116,138…SDRAM、118…歪曲補正・画像合成ブロック、
120…3軸加速度センサ、124…画像処理ブロック、126…画像データ転送部、
128…SDRAMC、130…CPU、132…リサイズブロック、134…JPEGブロック、
136…H.264ブロック、140…メモリカード制御ブロック、142…メモリカードスロット、
144…フラッシュROM、146…USBブロック、148…USBコネクタ、
150…ペリフェラル・ブロック、152…音声ユニット、154…スピーカ、156…マイク、
158…シリアルブロック、160…無線NIC、162…LCDドライバ、164…LCDモニタ、
166…電源スイッチ、168…ブリッジ、200…機能ブロック、202…位置検出用歪み補正部、
204…つなぎ位置検出部、206…テーブル修正部、208…テーブル生成部、
210…画像合成用歪み補正部、212…画像合成部、214…表示画像生成部、
220…位置検出用変換テーブル、220…検出結果データ、224…画像合成用変換テーブル、
310…全天球撮像装置、330…コンピュータ装置、332…USBI/F、334…無線NIC



● 関連企業の株価動向

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』    

   第53章 火掻き棒だったかもしれない  

  私は崖に挟まれた道を、ひたすら前に連んでいった。あたりにはやはり一本の木も、一握りの
 雑草も生えていなかった。生命を持ったものはとこにも見当たらない。目につくのはただ沈黙す
 る岩の連なりだけだ。潤いのない単色の世界だった。まるで画家が途中で興味を失い、彩色する
 ことを放棄してしまった風景画のようだ。私の足音もほとんど無音に近かった。まわりの岩がす
 べての音をその内部に吸い込んでしまうみたいだった。

  道はおおむね平らだったが、やがてだらだらとした上り坂になった。時間をかけてその岩場を
 登り切ると、岩が尖った背になって続いているところに出た。そこから身を乗り出して、私はよ
 うやく川の姿を視界に収めることができた。水音は前よりもずっと鮮明に聞こえた。
  さして大きな川には見えなかった。川幅はおそらく五メートルか六メートル、その程度のもの
 だ。しかし流れはずいぶん通そうだった。どれくらいの深さがあるのかもわからない。ところど
 ころで不規則なさざ波が立っているのを見ると、水面の下は不揃いな地形になっているようだ。
 川は岩だらけの大地をまっすぐ横切るように流れていた。私は岩の背を越え、急な勾配の岩場を
 下ってその川に近づいていった。

  川の水が右から左に勢いよく流れているのを目の前にすると、私はいくらか落ち着いた気持ち
 になることができた。少なくとも大量の水が実際に移勤していた。それは地形に沿ってどこかか
 らどこかへと向かっていた。ほかに何ひとつとして勤くものがないこの世界で、風さえ吹かない
 世界で、川の水だけが動いている。そしてその水音をあたりにしっかり響かせている。そう、こ
 こはまったく勤きを欠いた世界ではないのだ。そのことが私を少しばかりほっとさせた。

  川べりに着くと、私はまず岸辺に屈み込んで、手に水を掬ってみた。心地よく冷ややかな水だ
 った。まるで雪解けの水を集めた川のようだ。見たところきれいに澄んでいて、清潔そうだった。
 もちろん目で見ただけでは、その水が安全であるかどうかまではわからない。そこには何か目に
 見えない致死的な物質が混じっているかもしれない。身体に害をなす細菌が含まれているかもし
 れない。

  私は掬った水の匂いを嗅いでみた。匂いはなかった(もし私の嗅覚が失われているのでなけれ
 ばだが)。それから口に含んでみた。水に味わいはなかった(もし私の味覚が失われているので
 なければだが)。私はその水を思い切って喉の奥に流し込んだ。たとえどのような結果がもたら
 されるにせよ、飲み込まないでいるには私の喉はあまりに渇きすぎていた。実際に飲んでみても、
 まったくの無味無臭の水だった。しかし現実の水であれ架空の水であれ、ありかたいことにそれ
 は私の喉の渇きをちゃんと癒してくれた。

  水を何度も手で口に運び、夢中で飲めるだけ飲んだ。私の喉は思った以上に渇いていたようだ
 った。しかし匂いも味もない水で喉を潤すというのは、実際にやってみると、ずいぶん奇妙な感
 じのするものだった。喉が渇いているときに冷たい水をごくごく飲むと、我々はそれを何よりう
 まいと感じる。身体全休がその味わいを貪欲に吸収する。身体中の細胞が歓喜し、すべての筋肉
 が瑞々しさを取旦戻していく。ところがこの川の水には、そういった感覚を呼び起こす要素がま
 るで欠落しているのだ。ただ単純に物理的に、喉の渇きが後退して消えていくだけだ。

  いずれにせよ水を飲めるだけ飲んで喉の渇きがおさまると、私は起ち上がってあらためてあた
 りを見まわした。顔ながの教えてくれたところでは、この川べりのどこかに渡し揚があるはずだ
 った。そこに行けば舟が川の向こう岸まで私を運んでくれる。そして向こう岸に着けば、そこで
 私は(おそらく)秋川まりえの居場所についての情報を手に入れることができる。しかし上流を
 見ても下流を見ても、舟らしきものはとこにも見当たらなかった。それをなんとか探し当てなく
 てはならない。自分でこの川を渉るのはあまりにも危険すぎる。「流れは冷たく運く、深いのだ。
 舟がなくてはその川は渡れない」と顔ながは言った。しかしここからいったいどちらに行けば、
 その舟を見つけることができるのだろう? 川上だろうか、それとも川下だろうか? 私はその
 どちらかを運ばなくてはならない。

  そのときふと免色の名前が「渉」であったことを思い出した。「川を渉るのわたるです」と彼
 は自己紹介をした。「どうしてそんな名前がつけられたのか理由はわかりません」と。またその
 あとにこんなことも言った。「ちなみに私は左利きです。右か左かどちらかを運べと言われたら
 いつも左をとるようにしています」と。それは前後の脈絡を欠いた唐突な発言だった。どうして
 彼が急にそんなことを言い出したのか、私にはそのときよく理解できなかった。だからこそ彼の
 その言葉をはっきりと記憶していたのだと思う。

  とくに意味のない発言だったのかもしれない。たまたまそういう話になっただけかもしれない。
 しかしここは(顔ながの言うところによれば)事象と表現の関連性によって成り立っている上地
 なのだ。私はそこで示されるあらゆる仄めかしを、あらゆるたまたまを正面から真剣に扱わなく
 てはならないはずだ。私は川を正面にして左の方に進むことにした。色のない免色さんの無意識
 の教示に従って、匂いも昧も持たない水の流れる川を流れに沿って下っていく――それは何かを 
 暗示しているかもしれない。何も暗示していないかもしれない。

  川の流れに沿って歩を進めながら、この水の中には何かが棲息しているのだろうかと考えた。
 たぶん何も往んではいないのだろう。もちろん確証はない。しかしその川にもやはり、生命の気
 配のようなものは感じられなかった。だいたい昧も匂いもない水の中に、いったいどのような生
 き物が棲息できるだろう。そしてまた川は「白分か川であり、そして流れ続けるものだ」という
 ことに、意識をあまりにも強く集中しているように見えた。それは確かに川という形象をとって
 はいたけれど、川というあり方以上のものではなかった。小枝▽不、草の葉一枚、その川面を流
 されていくものもなかった。ただ大量の水が純粋に地表を移動しているだけのことだ。

  あたりには相変わらず茫漠とした霞のようなものがかかっていた。柔らかな手応えをもった霞
 だ。そのとりとめのない綿のような賞を、まるでレースの白いカーテンをくぐり抜けるようにし
 て歩を運んだ。しばらくして胃の中に、さっき飲んだ川の水の存在を感じるようになってきた。
 それはとくに不快な禍々しい感触ではなかったが、かといって心地よく喜ばしい感触というので
 もなかった。中立的な、どちらともいえない、うまく実体を把握することのできない感触だ。そ
 して体内にその水を取り入れたことで、自分か以前とは異なった組成を持つ存在になってしまっ
 たような、一種不思議な感覚があった。この川の水を飲んだせいで、ひょっとして私の身体はこ
 の土地に合った体質に変えられてしまったのではあるまいか?

  しかし私はなぜかその状況を、それほど危機的なものとは感じなかった。おそらく大事はない
 だろう、とおおむね楽観的に考えていた。楽観的になれるような具体的な根拠はとくにない。し
 かしこれまでのところ、ものごとはなんとかとどこおりなく遭んできたように見える。決い真っ
 暗な通路も無事に通り抜けた。地図もコンパスもなしに岩だらけの荒野を横切って、この川をみ
 つけることもできた。その水で喉の掲きも癒した。暗闇に潜むという危険な二重メタファーに遭
 遇することもなかった。私はただ単に幸運だったのかもしれない。それともそのようにことが通
 ぶようにあらかじめ決定されていたのかもしれない。いずれにせよこの調子でいけば、これから
 先だっておそらくうまくことは遭ぶはずだ。私はそのように思っていた。少なくともそう思おう
 と努めていた。

  やがて霞の先に何かの姿がぼんやりと浮かび上がってきた。自然のものではない。直線ででき
 た、人工的な何かだ。近づくにつれて、それが船着き場らしきものであることがわかってきた。
 川面に向かって小ぷりな木製の突堤が突き出している。やはり左に連んで正しかったのだ、と私
 は思った。あるいはこの関連性の世界にあっては、すべては私のとる行勤にあわせて形づくられ
 ていくだけなのかもしれない。どうやら免色の与えてくれた無意識の示唆が、私をここまで無事
 に導いてくれたようだった。

  淡い霞を通して、船着き場に男が一人立っているのが見えた。背の高い男だ。小柄な騎士団長
 と顔ながを目にしたあとでは、その男はまるで巨人のように私の目に映った。彼は突堤の先にあ
 る、暗い色合いの機械装置(のようなもの)に寄りかかって立っていた。男はそこに立ったまま、
 深く考え事をしているかのように身動きひとつしなかった。そのすぐ足元を、川の水が勢いよく
 泡を立てながら洗っていた。彼は私がこの土地で初めて出会う人間だった。あるいは人間のかた
 ちをしたものだった。私は用心深くゆっくりとそちらに近づいていった。

 「こんにちは」と私は彼の姿がはっきりと見えるようになる手前から、思い切って声をかけてみ
 た。霞のヴェールを通して。しかし返事はかえってこなかった。男はそこに立ったまま、ほんの
 少し姿勢を変えただけだった。暗いシルエットが霞の中で微かに揺らいだ。よく声が聞こえなか
 ったのかもしれない。声は川の水音に消されてしまったのかもしれない。あるいはこの上地の空
 気はあまり音を響かせないのかもしれない。

 「こんにちは」と私はもう少し近づいてから、もうコ皮声をかけてみた。今度は前よりも大きな
 声で。しかしやはり相手は無言のままたった。聞こえるのは間断のない水音だけだ。あるいは言
 葉が通じないのかもしれない。
 「聞こえている。言葉もわかる」と男は、私の心を読み取ったように言った。長身の男にふさわ
 しく、深く低い声だった。そこには抑揚がなく、どのような感情も聞き取れなかった。川の水が
 どのような匂いや昧も音んでいなかったのと同じように。 


  第54章 永遠というのはとても長い時間だ

  私の前に立っている長身の男には顔がなかった。もちろん頭がないわけではない。彼の首の上
 には普通に頭がついていた。しかしそこには顔というものがなかった。顔のあるべきところには
 ただ空白かおるだけだった。それは乳白色をした談い煙のような空白だった。彼の声はその空白
 の中から出てきた。まるで深い洞窟の奥から風の音が聞こえてくるみたいに。
  男は暗い色合いの防水コートのようなものを着ていた。コートの裾は長く、ほとんど足首まで
 達していた。その下には長靴の先が見えた。コートのボタンは喉もとまですべてとめられていた。
 まるで来るべき嵐に備えているような服装だ。

  私は何も言わず、その場にただじっと立ちすくんでいた。私の目から言葉は出てこなかった。
 少し離れたところから見ると、白いスバル・フオレスターに乗っていた男のようにも見えたし、
 うちのスタジオを真夜中に訪れた雨田典彦のようにも見えた。『騎士団長殺し』の中で、長剣を
 かざして騎士団長を刺し殺している若い男のようにも見えた。三人とも長身の男たちだ。しかし
 近くに寄ってみると、その誰でもないことがわかった。ただの〈顔のない男〉だった。彼はつば
 の広い黒い帽子を目深にかぶっていた。そのつばが乳白色の空白を半ば隠していた。

 「聞こえている。言葉もわかる」とその男は繰り返した。もちろん唇は勤かない。唇はなから。
 「ここは川の渡し場なのですか?」と私は尋ねた。
 「そうだ」と顔のない男は言った。「ここが渡し場だ。ひとはこの場所でしか川を渡ることがで
 きない」
 「ぼくはこの川の向こうに行かなくてはなりません」
 「そうでないものはいない」
 「ここには多くの人が来るのですか?」
 男はそれには答えなかった。私の質問は空白の中に吸い込まれていった。終わりのない沈黙が
 続いた。
 「川の向こう岸には何かあるのですか?」と私は尋ねた。白い川霧のようなものがかかっている
 せいで、川の向こう岸を目にすることはやはりできなかった。
  顔のない男は空白の中からじっと私の顔を見ていた。それから言った。「川の向こう岸に何か
 あるか、それは、ひとがそこに何を求めているかによってちがってくる」
 「ぼくは秋川まりえという女の子の行方を捜しています」
 「それが向こう岸に、おまえの求めるものなのだね」
 「それが向こう岸に、ぼくの求めるものです。そのためにここまでやってきました」
 「どうやってここの入り口を見つけることができたのだろう?」
 「伊豆高原にある高齢者用療養施設の一室で、騎士団長の姿かたちをとったイデアを出刃包丁で
 刺し殺しました。合意の上で殺したのです。そうやって顔ながを呼び寄せ、地下に通じる穴を開
 けさせたのです」

  顔のない男はしばらくのあいだ何も言わず、空白の顔をまっすぐ私に向けていた。私の言った
 ことの意味が彼に通じたのかどうか、私には判断できなかった。

 「血は出たかね?」
 「ずいぶんたくさん」と私は答えた。
 「それはほんものの血だったのだね」
 「そう見えました」
 「手を見てごらん」

  私は自分の両手を見てみた。しかしそこにはもう血の跡はなかった。さっき川の水を掬って飲
 んだときに、洗い流されてしまったのかもしれない。ずいぶんたくさん血がついていたはずなの
 だが。

 「まあいい。ここにある舟でおまえを川の向こう岸まで送ってあげよう」と顔のない男は言った。
 「しかしそれにはひとつだけ条件かおる」

  私はその条件が口にされるのを待った。

 「おまえはわたしにしかるべき代価を支払わねばならない。それが決まりになっている」
 「もしその代価を支払えなければ、向こう岸には行けないということなのですか?」
 「そうだ。川のこちら側に永遠に留まっているしかない。この川の水は冷たく、流れは遠く、底
 は深い。そして永遠というのはとても長い時間だ。それは言葉のあやではない
 「でもぼくはあなたに支払えるようなものを何も持っていません」

  男は静かな声で言った。「ポケットに入っているものをすべて出して見せてごらん」

  私はジャンパーとズボンのポケットに入っているものを残らず取り出した。財布の中には二万
 円足らずの現金と、クレジット・カードと銀行のキャッシュカードとが一枚ずつ、運転免許証、
 ガソリン・スタンドのサービス券が入っていた。キー・リングには三本の鍵がついていた。談い
 クリーム色のハンカチがあり、使い捨てのボールペンが一本あった。あとは五、六枚の小銭がば
 らであった。それだけだ。そしてもちろん懐中電灯。

  顔のない男は首を振った。「気の毒だが、そこにあるものでは渡し賃のかわりにはならない。
 金銭はここでは何の意味も持たない。ほかに何か持っているものはないのかね?」
  それ以外に私の持っているものは何もなかった。左手の手首には安物の腕時計がはまっている
 が、時間はここでは何の価値も持だない。
 「紙があれば、あなたの似顔絵を描くことができます。ぼくが他に持ち合わせているものといえ
 ば絵を描く技能くらいです」
  顔のない男は笑った。それはたぶん笑いだったと思う。空白の奥から明るいこだまのようなも
 のが微かに聞こえた。
 「わたしにはだいいち顔がない。顔のないものの似顔絵をどうやったら描くことができるのだ?
 どうやって無を絵にすることができる?」

  「ぼくはプロです」と私は言った。「顔がなくても似顔絵は描けます」

  顔のない男の似顔絵が自分に描けるものかどうか、まったく自信はなかった。しかし試してみ
 るだけの価値はあるはずだ。

                                     この項つづく

 

 ● 今夜のアラカルト

体調崩し、粥と梅干し(Porridge and Umeboshi) の有り難みの再確認。そこで、栄養価の高く、パワーのあるス
ープって世界にどれほどあるのかネットサーフしてみると少ないことに気づく。そこで、スッポンスープ、ビーフス
ープなど透き通ったスープの開発を思いつく。ここは、転んでも只で起きない精神で、適時ブログアップすること
を誓う。

 

コメント

格差と分断

2017年09月29日 | 時事書評

   

                                 
                                        梁恵王篇  / 孟子        

                                                              

         ※  流れに抗して――権謀と功利の渦巻く時代。孟子の遊説は梁に始ま
        り、斉へ向かう。あいつぐ敗戦から立ちなおろうと富強政策に懸命
        な梁の恵王、天下の郭者を夢みている野心家の斉の宣王、孟子はこ
        れらの諸侯に向かって仁義と王道政治を説く。

        
        
性善説を唱え、民衆の真の幸福を仁義ある王道政治に求めた論客・
        孟子。欲望のままに功利をむさぼり、激烈な権力闘争を続ける戦国
        の世の中に対して、目先の利益のみを追う愚かさを説く


      ※ ことば 「五十歩をもって百歩を笑わばいかん」
            「仁者に敵なし」
            「君子は庖厨を遠ざく」
            「なさざるなり。能わざるにあらざるなり」
            「木に縁りて魚を求むるがごとし」
            「恒産なければ、よりて恒心なし」
            「故国とは喬木あるの龍にあらざるなり。世臣あるの謂な
            り」
            「君子は、その人を養うゆえんのものをもって人を害せず」
        
        
        

【自然石の薪ストーブ】

  
※ 詳細は上写真ダブクリ


  No.75 

【パワー半導体篇:電力損失世界最小のSiCパワー半導体素子 Ⅱ】

 

 Mar. 30, 2017


9月22日、三菱電機株式会社は、電流を高速遮断保護回路無しで使える、電力損失が世界最
小の炭化
ケイ素
SiC半導体素子の開発公表したことを掲載したが、今回は製造方法の参考
に下記の
特許事例(株式会社日立製作所)を補足追加しておきその価値と開発課題を追加する。

WO2016/084141 半導体スイッチング素子および炭化珪素半導体装置の製造方法 

【概要】 

炭化珪素(SiC)は、シリコンと比べてバンドギャップが大きく、絶縁破壊電界も1桁程度
大きいという特徴がある。このため、次世代のパワーデバイスとして有望視され、ダイオード
やトランジスタなど様々なデバイスの研究がなされている。特にSiC-MOSFET(MetAl-
Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor
)は、高耐圧、低損失、高速スイッチングが理論的に
可能な素子であり、現在、主流となっているSi-IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor
を置き換えることで電力損失を大幅に低減できると期待され、SiC-MOSFETの研究開
発が盛んに行われている。SiCはSiに比べてバンドギャップが広く、高い絶縁破壊強度を
有するが、その分SiC-MOSFETやSiC-IGBTではゲート絶縁膜にかかる電界が問
となる。

このため、ゲート絶縁膜に掛かる電界に偏りが無い様、対称性の良い構造にする事が求められ
る。SiC-DMOSFET(Double-Diffused MOSTET)では、電流密度向上を目的に、チャネル幅(W)
を長くすることが求められる。チャネル幅(W)を長く出来、対称性の良い構造として、p型ベー
ス領域を矩形、六角形にして並べる構造や、p型ベース領域を長辺の長い矩形とし、p型ベース
領域の長辺端部同士を接続する構造が良く知られている。以下では、矩形のp型ベース領域を正
方格子状に並べて配置した構造をBOX構造と称し、p型ベース領域を長辺の長い矩形とし、p
型ベース領域の長辺端部同士を接続する構造をString構造と称す。

下図1はBOX構造における従来の一般的なSiC-DMOSFETのセルのパターン配置を
示す上面図である。p型ベース領域10、ソース領域20、ベースコンタクト領域11の位置
関係を示している。ここで(単位)セルとは、少なくともベース領域10とソース領域20を
備える単位をいうものとする。図2はString構造における従来の一般的なSiC-DM
OSFETのセルのパターン配置を示す上面図である。おなじく、p型ベース領域10、ソー
ス領域20、ベースコンタクト領域11の位置関係を示している。  

Jun. 2, 2015

下図3は図1及び、図2のB-B’における断面図である。図3において、1は基板,2はド
リフト層,10はベース領域,11はベースコンタクト領域,20はソース領域,21はドレ
イン領域,32はゲート絶縁膜,33は層間膜,40はゲート材料膜,41はソースベースコ
ンタクト共通電極,42はドレインコンタクト電極,51はソースベース共通コンタクト、5
2はドレインコンタクトである。
図3に示すようなSiC-DMOSFETは、n+型の炭化
珪素基板上1に、n-型ドリフト層2とp型ベース領域10をエピタキシャル成長やイオン注
入によって形成し、n+型のソース領域20とp+型のベースコンタクト領域11とn+型の
ドレイン領域21をイオン注入によって形成する。この様な炭化珪素基板に対し、熱酸化法や
堆積酸化膜を利用してゲート絶縁膜32を形成し、ゲート絶縁膜32を介してゲート電極を形
成する。更に、n+型のソース領域20とp+型のベースコンタクト領域11に接するように
、ソースベース共通コンタクト51と、ドレインコンタクト電極42と、層間膜33、表面保
護膜を形成する事で、SiC-DMOSFETが完成する。

 
下図4はBOX構造における電界集中点を示す。
DMOSFETがオフの時、即ちゲート電極に
オン電圧以下の電圧が印加されており、ドレインコンタクト電極に電圧が印加されている場合、
図3、図4に示すように、BOX構造においては、セルに囲まれたJFET領域の中心に電界が集
中し、ゲート絶縁膜に掛かる電界強度が高くなる事が知られている。また、図2、図3に示す
ようにString構造においては、型ベース領域に挟まれたJFET領域の中心線上に電界が集中し、
ゲート絶縁膜に掛かる電界強度が高くなる事が知られている。このゲート絶縁膜に掛かる電界
を緩和することを目的に、BOX構造における電界集中領域にp型やp+型の電界緩和領域を追
加する発明がある。

SiC結晶を電子デバイス用途で用いるためには、異なるポリタイプの混在がないSiC単結
晶のエピタキシャル成長技術が重要となる。品質の良いエピタキシャル成長技術としてステッ
プフロー成長法がよく用いられている。ステップフロー成長とは、例えば{0001}面等の結晶面
から数度(例えば4度、8度)のオフセット角(=オフ角)を導入した面に対して、エピタキシャル
成長を行う方法である。例えば図3の構成では、基板1表面にオフ角を導入し、その上にエピ
タキシャル成長を行う。


図5はステップフロー成長を用いたエピタキシャルウェハの表面形状を示す断面図である。図
5A、5Bに示すようにこのステップフロー成長を用いたエピタキシャルウェハには原理的に
オフ角が存在しており、{0001}面はウェハ表面に対してオフ角(例えば2度~8度、以下実施
例では主に4度を例にする)の分だけ傾いた左右非対称な結晶となっている。ウェハ表面(主
面)1800は幾何学的には、基板表面の最も低い点あるいは高い点を結んだ平面と考えることが
できる。なお、図5は原理図のため、実際の製品では面や角が、厳密な平面や角を構成してい
ない場合もある。実質的には、ウェハ表面の微細な凹凸を平均化あるいは無視した面と考える
ことができる。便宜的には、ウェハを例えば図3に示した板形状の物体として把握した場合、
その表面と考えればよい。以下では、最も面積の広い面(図5では{0001}面)を階段の踏み面
に見立て、階段の上段側をアップステップ側、下段側をダウンステップ側と呼ぶ。更に、アッ
プステップ側からダウンステップ側に向かう方向をオフ方向と定義する。

 

下図6は,2次元モンテカルロシミュレーションによる,アルミニウムイオン(Al)の4H-
SiC基板上のエピタキシャル層への注入の計算機実験の結果。アルミニウムイオンは基板表
面に垂直に入射しているものとする。図5に示したようなオフ角に起因する結晶の非対称を考
慮し、イオン注入プロファイルの計算をおこなうと、イオン注入が深くなるにつれて、アップ
ステップ側よりもダウンステップ側のプロファイルの方が結晶内に広がる事が判った。これは、
エピタキシャル層の表面がオフ角をもつため,注入時にAlイオンが受ける散乱の影響が[11-20]
方向と[-1-1-20]方向とで異なるためである。このAlの分布の拡がりの違いのために,[11-20]
向の方が[-1-120]方向よりもマスクエッジの下方でのAlの濃度分布の曲率が大きくなり、注入後
Alの拡散範囲が広い。これは、ゲート酸化膜にかかる電界の電界緩和効果がセルのアップス
テップ側よりもダウンステップ側の方が大きい事をしめす。


下図7は上記の電界緩和効果のかたよりによる、BOX構造における電界集中点のずれを示す。
平面図。下
図8は上記の電界緩和効果のかたよりによる、String構造における電界集中点のずれ
を示す平面図。
ゲート酸化膜にかかる電界が強くなる点は、例えば図7に示すBOX構造におい
ては、セルに囲まれたJ
FET領域の中心からダウンステップ方向へシフトする。図8に示すString
構造においては、p型ベース領域に挟まれたJFET領域の中心線上からダウンステップ方向へシ
フトする。ゲート酸化膜にかかる電界が強くなる点がダウンステップ方向へシフトする事によ
り従来構造ではゲート絶縁膜における耐圧の低下や、設計との相違が生じ、問題となる。本件
はこれらの課題をふまえ、耐圧特性に優れるSiC-DMOSFET及びSiC-IGBTを
提供する事にある。






このため、第1導電型の炭化ケイ素半導体基板と、半導体基板の主面上に形成された第1導電
型のドリフト領域と、ドリフト領域の表層に形成された第2導電型のベース領域と、を備え、
第2導電型のベース領域の形状は、オフ方向と反対方向の第1導電型のドリフト領域の表面に
おける第2導電型の不純物注入領域の冶金学的境界の水平方向拡がり端において、第1導電型
のドリフト領域と第2導電型の不純物注入領域の冶金学的境界とがなす角度が90度未満とな
る特徴を備えることで問題を解決する(下図9参照)。このことで、炭化ケイ素を用いた半導
体装置およびその半導体装置の製造方法、ならびにその半導体装置を用いたパワーモジュール、
インバータ、自動車および鉄道車両に適用できる。

【符号の説明】

1 炭化珪素基板 2 炭化珪素層 10 ベース領域 11 ベースコンタクト領域 20 ソ
ース領域 21 ドレイン領域 30 マスク 32 ゲート絶縁膜 33 層間膜 40 ゲート
材料膜 41 ソースベースコンタクト共通電極 42 ドレインコンタクト電極 51 ソース
ベース共通コンタクト 52 ドレインコンタクト 60 電界緩和領域 100 第一のベース
領域 101 第二のベース領域 301 負荷 302 パワーモジュール 303 制御回路 
304 SiC-MOSFET 305 ダイオード 306~312 端子 401負荷 402
パワーモジュール 403 制御回路 404 SiC-MOSFET 405~411 端子
501a 駆動輪 501b 駆動輪 502 駆動軸 503 3相モータ 504 インバータ
505 バッテリ 506  電力ライン 507 電力ライン 508 昇圧コンバータ 509
リレー 510 電子制御ユニット 511 リアクトル 512 平滑用コンデンサ 513
インバータ 514 SiC-MOSFET 601 負荷 602 インバータ 607 コンバ
ータ 608 キャパシタ 609 トランス OW 架線 PG パンタグラフ RT 線路 
WH  車輪 
 

 【特許請求の範囲】 

  1. 第1導電型の半導体基板と、前記半導体基板上に形成された第1導電型のドリフト領域
    と、
    前記ドリフト領域の表層に間隔を開けて形成された第1及び第2の単位セルと、
    記第1及び第2の単位セルに跨るように形成されたゲート絶縁膜と、前記ゲート絶縁膜
    上に形成されたゲート電極を備え、
    前記単位セルの其々は、第2導電型のベース領域と、
    前記ベース領域において表層にそのベース領域に囲まれるように形成された第1導電型
    のソース領域と、を有し、
    前記ゲート絶縁膜は、前記第1の単位セルの前記ソース領域
    の少なくとも一部、前記ベース領域の少なくとも一部、に被るように形成され、
    前記
    第2の単位セルの前記ソース領域の少なくとも一部、前記ベース領域の少なくとも一部、
    に被るように形成され、
    前記ドリフト領域の少なくとも一部、に被る様に形成されてお
    り、
    前記ゲート絶縁膜下における、前記ベース領域のオフ方向に沿った断面形状は、
    記ベース領域の、前記オフ方向と反対方向の、第2導電型の不純物注入領域の冶金学的
    境界の水平方向拡がり端において、
    前記ドリフト領域の表面近傍における、前記ドリフ
    ト領域と前記第2導電型の不純物注入領域の冶金学的境界がなす角度が90度未満とな
    ることを特徴とする半導体スイッチング素子。
  2. 前記ゲート電極下における、前記第2導電型の不純物注入領域である前記ベース領域の
    水平方向拡がりが、アップステップ側の前記単位セルとダウンステップ側の前記単位セ
    ルとで、略対称となることを特徴とする請求項1記載の半導体スイッチング素子。

  3. 前記半導体基板がn型4H-SiC基板であり、表面が(0001)面から[11-2
    0]方向へ2度~8度オフしたことを特徴とする請求項1記載の半導体スイッチング素
    子。
  4. 前記ベース領域は、前記第2導電型の不純物を前記基板表面に対して斜め方向に注入し
    て形成されたことを特徴とする請求項1記載の半導体スイッチング素子。
  5. 第1導電型の半導体基板と、前記半導体基板上に形成された第1導電型のドリフト領域
    と、
    前記ドリフト領域の表層に間隔を開けて形成された第1及び第2の単位セルと、
    記第1及び第2の単位セルに跨るように形成されたゲート絶縁膜と、
    前記ゲート絶縁膜
    上に形成されたゲート電極を備え、
    前記単位セルの其々は、第2導電型のベース領域と、
    前記ベース領域において表層にそのベース領域に囲まれるように形成された第1導電型
    のソース領域と、を有し、
    前記ゲート絶縁膜は、前記第1の単位セルの前記ソース領域
    の少なくとも一部、前記ベース領域の少なくとも一部、に被るように形成され、
    前記第
    2の単位セルの前記ソース領域の少なくとも一部、前記ベース領域の少なくとも一部、
    に被るように形成され、
    前記ドリフト領域の少なくとも一部、に被る様に形成されてお
    り、  前記ベース領域は、
    前記ドリフト領域の表層に形成された第2導電型の第一のベ
    ース領域と第2導電型の第二のベース領域を備え、前記第一のベース領域は前記第二の
    ベース領域よりも浅い位置に形成され、前記第二のベース領域は、前記第一のベース領
    域の下部に前記第一のベース領域と一部重なるように形成されていることを特徴とする
    半導体スイッチング素子。
  6. 前記ゲート電極下における、前記第一のベース領域のオフ方向に沿った断面形状は、
    記第一のベース領域の、前記オフ方向と反対方向の、第2導電型の不純物注入領域の冶
    金学的境界の水平方向拡がり端において、
    前記ドリフト領域の表面近傍における、前記
    ドリフト領域と前記第一のベース領域の不純物注入領域の冶金学的境界とがなす角度が
    90度以上となる特徴を有する請求項5記載の半導体スイッチング素子。
  7. 前記第二のベース領域のアップステップ側における前記ドリフト領域との冶金学的境界
    は、前記第一のベース領域の前記ドリフト領域との冶金学的境界よりも、アップステッ
    プ側に突出している特徴を有する請求項5記載の半導体スイッチング素子。
  8. 前記第一のベース領域と、第二のベース領域の境界付近における冶金学的境界に角部が
    ある事を特徴とする請求項5記載の半導体スイッチング素子。
  9. 前記ゲート電極下における、前記第2導電型の不純物注入領域である前記ベース領域の
    水平方向拡がりが、アップステップ側の前記単位セルとダウンステップ側の前記単位セ
    ルとで、略対称となることを特徴とする請求項5記載の半導体スイッチング素子。
  10. 前記、第1導電型の炭化ケイ素半導体基板がn型4H-SiC基板であり、表面が(0
    001)面から[11-20]方向へ4度~8度オフした特徴を有する請求項5記載の
    半導体スイッチング素子。
  11. 前記第一のベース領域と第二のベース領域は、異なるマスクを用い、前記第2導電型の
    不純物を前記基板表面に対して注入して形成されたことを特徴とする請求項5記載の半
    導体スイッチング素子。
  12. 前記第一のベース領域は、前記ソース領域を形成するのに用いたマスクを用い、前記第
    2導電型の不純物を前記基板表面に対して複数方向から斜め方向に注入して形成された
    ことを特徴とする請求項5記載の半導体スイッチング素子。
  13. 第1導電型の炭化珪素半導体基板表面にステップフロー成長により第1導電型の炭化珪
    素ドリフト層を形成する工程と、
    第2導電型のベース領域を形成する工程と、第1導電
    型のソース領域を形成する工程と、
    第2導電型のベースコンタクト領域を形成する工程
      第1導電型のドレイン領域を形成する工程と、を備え、2導電型のベース領域をウェ
    ハ表面に対して斜めにイオン注入して形成する事を特徴とする炭化珪素半導体装置の製
    造方法。
  14. 前記第2導電型のベース領域を形成する工程において、前記炭化珪素半導体基板として、
    表面が(0001)面から[11-20]方向へ4度オフしたn型4H-SiC基板を
    用い、
    前記第1導電型の炭化珪素ドリフト層の表面に、Alを[000-1]方向から
    [-1-120]方向へ0度以上4度未満、または、[000-1]方向から[11-
    20]方向へ0度以上12度以下の範囲の傾斜した方向にイオン注入する事を特徴とす
    る請求項13記載の炭化珪素半導体装置の製造方法。
  15. 前記第2導電型のベース領域を形成する工程において、炭化珪素ドリフト層の表面に垂
    直にイオン注入する工程と、斜めにイオン注入する工程を有することを特徴とする請求項
    13記載の炭化珪素半導体装置の製造方法。 



【自動操縦のシャトルドローン】 

 

かって、『縄すてまじ』 で、自律型メガフロート型空港と空港と最寄り上陸ターミナ間の自動操縦型
ドローンシャトルの提案をしたが、後者の試作機が現実のものとなっている。凄い時代である(
詳細は上写真ダブクリ)。


 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』    

   第53章 火掻き棒だったかもしれない  

 いくらか明るくはなったものの、相変わらずそこには匂いもなく物音もしなかった。やがて暗
くて狭い通路が終わり、私はほとんど唐突に開けた空間に足を踏み出した。頭上を見上げると、
そこには空はなかった。遥か高いところに乳白色の天井らしきものがあるようにも見えたが、正
確なところはわからない。そしてあたりはほんのりとした談い光で照らされていた。まるでたく
さんの発光虫が集まって世界を照らしているような不思議な光だった。もう真っ暗ではないこと
と、もう身を屈めなくてもよくなったことで、私はようやく一息つくことができた。

 通路を出ると、足元はごつごつとした岩盤に変わっていた。遥というようなものはなく、ただ
岩盤に覆われた荒野が見渡す限り続いているだけだった。長く続いた下降は終了し、地面は今で
は緩やかな上り坂に変わっていた。私は足元に気を配りながら、どこに向かうというあてもなく、
ただ前方に歩を進めていった。腕時計に目をやったが、その針はもう何も意味していなかった。
それが何も意味していないことが私にはすぐ理解できた。私が身につけているほかのものもやは
り、そこではもう何の実質的な意味も持っていなかった。キー・リング、財布と運転免許証、い
くらかの小銭、ハンカチ、私か持っているのはせいぜいその程度のものだった。しかしその中に、
今の私を肋けてくれそうなものはひとつとして見当らなかった。

 歩くにつれて坂の勾配は急になり、やがて両手と両足を使って丘の斜面を文字通りよじ登るよ
うな格好になった。その頂上まで登りきれば、あたりが見通せるようになるかもしれない。だか
ら息を切らせながらも休むことなく、斜面を登っていった。相変わらずどのような音も私の耳に
は屈かなかった。私か耳にするのは、自分の手足が立てる物音だけだった。そしてその音でさえ
どことなく作りもののようで、本当の音には聞こえなかった。見渡すかぎりそこには一本の樹木
もなく、草もなく、一羽の鳥も飛ばなかった。風さえ吹いていなかった。勤いているものといえ
ば、この私だけだ。まるで時が止まってしまったかのようにすべてが静止し、沈黙していた。

 ようやく丘の頂上に登りつくと、予想していたとおり周囲一帯を広く見渡すことができた。し
かし一面に白っぽい霞のようなものがかかっていて、期待していたほど遠方までは見通せなかっ
た。私にわかったのは、少なくとも目の届く限り、そこは生命のしるしひとつ見えない不毛の上
地であるらしいということくらいだった。岩だらけのごつごつとした荒野がすべての方向に続い
ている。そして相変わらず空は見えない。乳白色の天井が(あるいは天井のように見えるもの
が)すっぽりかぷさっているだけだ。宇宙船の故障で、無人の未知の惑星に一人で降り立った宇
宙飛行士になったような気がした。そこに僅かなりとも光があり、吸える空気があることだけで
も感謝するべきなのだろう。

 じっと耳を澄ませていると、何か微かな音が聞こえてくるような気がした。最初はただの錯覚
か、あるいは私の内部で生まれる耳鳴りのようなものかと思ったが、そのうちにそれが何らかの
自然現象が立てる継続的な現実の音であることがわかってきた。どうやら水の流れる音であるら
しい。あるいはそれが顔ながの言っていた川なのかもしれない。とにかく私は薄暗い光の中、水
音のする方に向けて、足元に注意しながら不揃いな斜面を下っていった。

 水の音に耳を澄ませているうちに、ひどく喉が渇いていることに気がついた。考えてみればず
いぶん長いあいだ歩きっぱなしで、水分をまったくとっていなかった。でもおそらく緊張してい
たせいだろう、水のことなんて頭に浮かびもしなかった。しかし川の音を聞いていると、急にた
まらないほど水が飲みたくなってきた。とはいえ、果たしてその川の水は――もし音を発してい
るのが本当に川であったとすればだが――人間の飲用に適したものだろうか? 濁った泥水かも
しれないし、何か危険な物質や病原菌を含んだ水かもしれない。あるいは手では掬えない、ただ
メタファーとしての水に過ぎないかもしれない。しかしとりあえず実際に行って確かめてみる
しかあるまい。

                                     この項つづく 


● 今夜の寸評:格差と分断

トランプ米国大統領法人税を15%への引き下げ、富裕層にかかる相続税は廃止する 3.8%分は
医療保険制度改革法(オバマケア)に当てる株式などへの譲渡益に課税するキャピタルゲイン税
は税率を23.8%から20%に下げと発表。同じく、マクロン仏大統領は、高額所得者に課す税金を
廃止する一方で、低所得者向けの住宅補助を削減を発表しているが、いずれも、富裕層の優遇に
つながり、社会の不平等を拡大させる「格差増大」「国民の分断」をさらに加速させ不安定さを
拡大させる憂慮である。 

   

コメント

海底鉱山とESG投資

2017年09月28日 | 環境工学システム論

 

   

                                 
              定公4年( -506)~哀公27年( - 468) / 呉越争覇の時代  

                                                             

         ※  険をもって傲幸する者は、その求め饜(あ)くことなし:葉(せつ)公
        は蔡(楚の地)にいた。方城の外では、だれもが葉公に対して、
「都に
        攻め入りましょう」
と、すすめたが、葉公は肯(がえん)じなかった。
        
「危ないことをやって味をしめれば、欲望はつのる一方だ、というでは
        ないか。白公がでたらめをや
れば、民心は必ず離反する。その時機を待
        つことだ」
はたして白公は楚の名宰相、管脩(かんしゅう:斉の管仲の
        後裔)を殺した。今こそ好機と見た葉公はすかさず軍
を攻め込ませた。

        白公は、恵王の跡を子閭(しりょう:楚の平王の子、名は啓)に継がせ
        ようとした。だが、子閭が頑として承知
しないので、白刃を突きつけて
        脅した。子閭は顔色ひとつ変えずにこう言ってのけた。
「あなたが、わ
        が国を安定させ、王室を正したうえで、わたしをもり立てようと言われ
        るのであれば、
わたしも喜んでお受けします。しかし、あなたが、わが
        身のためばかりを謀って、王室を衰亡におい
やり、しかも楚国の現状を
        顕みないかぎり、たといこの身は引裂かれようと、お受けするわけには
        ま
いりません」。白公は子閭をどうすることもできず、とうとう殺して
        しまった。恵王は高府(楚王の別邸)に移され
幽閉の身となった。 

        高府の長官には、石乞が任命された。だが、かれが高府の門を厳重に固
        めていたにもかかわらず、恵王は大夫の圉公陽(ぎょうこうよう)に救
        いだされた。圉公陽は穴を掘って王宮の中へ入りこみ、恵王を背負って、
        昭王夫人(恵王の母)の邸に身を隠したのである。そのころ、葉公も国
        都に近づいていた。北門にさしかかったとき、一人の男がやってきてこ
        う言った。 

        「なぜ、かぶとをお絞りにならないのです。国都の人民はだれもが、慈
        父母を
慕う子供のような気持ちで、あなたを持ちわびていたのです。そ
        のあなたが、も
し賊軍の夫を受けて、傷を負うようなことになれば、そ
        れこそ人民は望みを絶た
れてしまいます。ぜひともかぶとをお絞りにな
        ってください」 そこで葉公は、かぶ
とを絞って進軍した。ところが、
        しばらくすると、別の男がやってきてこう言った。 
  
                       
        「なぜ、かぶとをお絞りになっているのです。国都の人民はだれもが、
        穫り入
れを持つ農夫のような気持ちで、来る日も来る日もあなたを持ち
        わびていたの
です。あなたをひとめ見れば、それこそ安堵の胸をなでお
        ろすことでしょう。これで死なずにすんだと思えば、いっせいに奮いた
        ち、先を争って、
あなたの到着を国中に告げまわることでしょう。その
        あなたが、かぶとで顔を隠して、人民の望みを
絶ってしまわれるとは、
        あまりにひどいお仕打ちです」。
そこで葉公はふたたびかぶとを脱いで
        進軍した。しばらく行くと、こんどは箴尹固(しんいこ)が白公の軍に
        加わろうとして手勢を率いてくるのに出週った。葉公は思いとどまらせ
        ようとして、言った。

        「あの子西と予期の二人がいなかったならば、わが国はとっくに滅びて
        いたことだろう。それなのに、おまえまでが二人を殺した賊軍に従って
        道に背くとすれば、もはや楚国の運命は、絶たれたも同然だ」。箴尹固
        は葉公に従うと申し出たので、葉公は国郡の人民とともに白公を攻めさ
        せた。白公は山に逃げ込み、首をくくって死んだ。その死体は、一味の
        者が隠した。葉公は、石乞を生け捕りにして、白公の死体の隠し場所を
        問いただした。

        「存じてはおりますが、堅く口どめされましたゆえ、お答え申すわけに
        はいきません」「答えぬとあれば、釜茹での刑に処するぞ」。「このた
        びのことは、もし成功していたならば、わたくしはそれこそ卿大夫にも
        なれた身です。それだけに、失敗した場合、釜茹での刑に処されたとし
        ても、それはもとより覚悟のこと。今さら何をじたばたいたしましょう」
        石乞は、とうとう釜苑での刑に処された。
        白公の弟王孫燕は、額黄氏(呉の地)へ亡命した。葉公は、令尹と司馬
        の二職を兼任したが、国内の秩序が安定すると、令尹の職は予西の予公
        孫寧(名は子国)に、また司馬の職は予期の子公孫寛に、それぞれ譲り
        渡して、自分は葉の地に隠居した。

             〈箴尹固〉 定公4年(-506)楚が呉と戦って大敗した柏挙(はくきょ)
        の戦いで、楚王をただ一人守って、睢水(すいすい)を渡った勇士。

 



【世界で初めて海底熱水鉱床の連続揚鉱に成功】 

9月26日、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は沖縄県近海の水深1600
メートルの海底から、銅や亜鉛などを含む鉱石をポンプで吸い上げる試験に世界で初めて成功
したと発表した。経産省は国産の鉱物資源として採掘の商業化を検討する。陸上での採掘に比
べてコストが高いため、2018年度に商業化できるかどうか判断するとのこと。本試験の結
果の取りまとめとして、採鉱・揚鉱技術に係る商業化に向けた課題抽出しながら、選鉱・製錬
技術も含む生産技術の検討を進めつ、併せて、資源量調査、経済性評価、環境調査の検討等を
進め、海底熱水鉱床の商業化に向けた取組を総合的に推進する。  

 

海底で採掘、破砕した海底熱水鉱床(鉱石片)を海水と共に水中ポンプを用いて円筒管(揚鉱
管)で洋上の
母船まで運び揚げることをいう(今回の試験における定義)。密度が3以上で、鉱
石の粒径が30ミリメー
トル以下の固体を海底から海面まで高低差1500メートル以上にわ
たり揚げなければならないため、強
力なポンプ等を用いたシステムが必要となる。尚、底熱
水鉱床
とは、海底面から噴出する熱水から金属成分
が沈殿してできた銅・鉛・亜鉛・金・銀等
の多金属硫化鉱床のことをいう。我が国では沖縄海域および伊豆
・小笠原海域に分布している。
また、揚鉱とは、底で採掘、破砕した海底熱水鉱床(鉱石片)を海水と共に水中ポンプを用い
て円筒管(揚鉱管)で洋上の母船まで運び揚げることをいう(今回の試験における定義)。密度
が3以上で、固体を海底から海面まで高低差1,500m以上にわたり揚げなければならないため、
強力なポンプ等を用いたシステムが必要となる。 

 July 12, 2013 

 Jun 26, 2013
海底には夢がある!こいつは面白い。


 

 

 No.74

 

【パワー半導体篇:電力損失世界最小のSiCパワー半導体素子】

9月22日、三菱電機株式会社は、電流を高速遮断保護回路無しで使える、電力損失が世界最
小の SiC 半導体素子を開発したことを公表。パワーエレクトロニクス機器の高信頼性
と省エネの双方に貢献する。また、その特徴は、❶通常、単一構造で構成するソース領域にソ
ース抵抗制御域の形成により、搭載機器の短絡発生時の電流を低減し、短絡許容時間を延ばし
て素子破壊を抑制し(図1)、❷従来構造のSiC-MOSFETに対し、同一短絡許容時間で、室温
での素子のオン抵抗を40%低減し、20%以上電力の低損失化を実現(図2)。さらに、❸
様々な耐圧のSiC-MOSFETに適用できるほか、Siパワー半導体で確立されている短絡保護回路
技術の併用で短絡時の安全な保護動作を実現できたことにある。三菱電機は買だ!

  

 

【企業価値を高める環境への取り組み:CSRからESG】 

ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取っ
たもの。今日ESGの観点が薄い企業は、大きなリスクを抱えた企業であり、長期的な成長がで
きない企業だということ
を意味する。ESGの観点は、企業の株主である機関投資家の間で急速
に広がり、投資の意思決定で、従来型
の財務情報だけを重視するだけでなくESGも考慮に入れ
る手法は「ESG投資」と呼ばれる。ESGと似た概
念にSRI(社会的責任投資)があるが、最近
ではESG投資のほうがより使われる傾向にあり、ESG投資は、
他にも「責任投資(Responsible
Investment
)」「持続可能な投資(Sustainable Investment)」など様々な呼称
がありるが意味は
同じである。 



● ワーカーズキャピタル責任投資の基本理念

 1. 投資判断において非財政的要素である、環境・社会・ガバナンス(ESG)を考慮する。
2.労働者(労働組合)の権利保護を考慮する。
3.過度に短期的な利益追求を助長させる行動を排除し、中長期的かく安定した収益の確保に
  努める。
4.運用方針、または責任投資の手法を明示し、透明性の高い運用に努める。
5.投資先企業に反倫理的、または反社会的な行動が見られた場合、経営陣との対話や株主
  議決権行使など間接的・直接的に資産所有者としての適正の行動をとる。
6.信用受託機関に対して責任投資を求め、責任投資を資産運用の主流にしていく。 

● CSRからESGへの経過

資判断において非財政的要素である、環境・社会・統治は、主要メディアでもESG投資と
いう単
語を目的にすることが多くなる。ESG要因として扱われる項目は下表のとおりである。
環境
は事業活動における自然環境の利用及び自然環境への排出、社会は企業を取り巻く様々な
ステ
ークホルダー(利害関係者)、ガバナンスは環境・社会要因を含めた会社の意思決定を行う
仕組
み、次にESG要因に注目が集まった背景には、投資家、特に運用機関や年金基金等機関
投資
家にその価値が再評価されたためである。ESG投資は長らく社会的課題への関心が高い
個人
投資家が好む投資手法と位置付けられ、投資信託の一部でのみ行われていがその状況に一
石を
投じたのは2010年2月に公表。日本労働組合総連合会(連合)による、ワーカーズキ
ャピタル責任投資ガイドライン
である。ワーカーズキャピタルを「労働者が拠出した、または
労働
者のために拠出された資金」と定義し、企業年金、公的年金、労働組合の独自資金を指す
とし
ている。同ガイドラインはそのワーカーズキャピタルの投資判断において、ESG要因を
考慮
するように提言。ガイドライン公表により即座にワーカーズキャピタルでのESG投資の
拡大
が見られたわけではないが、機関投資家でもESG投資が重要であるとし、その主流化のき
かけを作ったという点で評価されている。

2014年には金融庁及び経済産業省がそれぞれESG投資推進につながる報告書を公表。2
月に金融庁は機関投資家の遵守すべき行動規範としてスチュワードシップ・コードを公表した。

その指針3-3では投資先企業について把握すべき内容として「投資先企業のガバナンスへの
対応など」を挙げ、財務要因だけでなく、ESG要因への考慮も明確に推奨された。同コード
は2017年5月に改訂さ
れたが、その同指針では「投資先企業のガバナンス事業におけるリ
スク・
収益機会(社会・環境問題に関連するものを含む)及びそうしたリスク・収益機会への対
応など」となっており、ESG要因
を単なるリスクだけではなく、収益機会とも捉え、より現代
的な解釈となる
一方、2014年8月に経済産業省は伊藤レポートを公表し、企業にESG
因を含む中長期的な情報開示を充実
させることを求める。さらにその情報を基に投資家との対
話・エングージメント
も推奨しており、先述のスチュワードシップ・コードの指針に対応した
ものとな
った。

2015年にはスチュワードシップ・コードを先行的に制定した欧州諸国の慣例に倣い、企業
及びその意思決定に大きな影響を及ぼす取締役会・監査役会の行動規範として、金融庁はコー

ポレートガバナンス・コードを施行した。ESG要因は5章構成の同コードの一つの章を占め、
経営の主要基盤としてこれまでになく大きく取り上げられた。関連する基本原則では「会社の
持続的成長と中長
期的な企業価値の剔出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじ
めとする様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果である」とし、これは先
述のスチュワードシップ・コ
ード改訂での「収益機会」という文言追加に繋がっている。 この
時系列的な変化に対応するように機関投資家はここ数年でESG投資を拡大させた。国内機関
投資家のESG投資において最も影響力があるのは最大の公的年金である年金積立金管理運用
独立行政法人(GPIF) の動向である。 GPIFは国内だけではなく、世界でも最大の公的年金であ
るため、海外でもその動向が注目されている。 GPIFは2014年5月にスチュワードシップ・
コードに署名したものの、この時点では明確にESG投資へ言及していなかった。 しかし翌
2015年に責任投資原則(PRI)にも署名したことで、ESG投資を本格的に推進していく姿勢
を明確化PRIとは2006年に提唱されたESG要因を投資の意思決定に組み込むための原
則であり、2017年4月時点で世界1,700以上の機関投資家及び関連サービス提供会社が
署名している。同原則は単に投資判断のみなら貳議決権行使やエングージメント、情報開示に
おいてもESG要因の反映等を求めており、局所的な対応ではなく、組織的なESG投資推進
が必要となる。すなわちGPIFのPRI署名は運用機関、調査機関、議決権行使助言機関等ESG
投資関連サービス提供機関、および投資先
企業に大きな影響を及ぼす。

2016年にはスチュワードシップ活動の1
つとして上場企業向けに運用機関及び企業の活動
について年次アンケートを
開始し、両者の活動を把握するようになった。また同年、企業・ア
セットオー
ナーフォーラムを開始し、GPIF及びそれ以外の国内アセットオーナーと国内主要企
業の間での意見交換の場を設けた。これまで会合は2回行われたが、認識のすり合わせ、また
最新動向の共有という点で互いに有益な場となってる。また同年にはグローバル・アセット
オーナーフォーラムも開始。同フォーラムは海外の主要公的年金基金との会合の場と説明され
ているが、ESG投資に関して後進のGPIFが先行しているアセットオーナーのベストプラクテ
ィスを学習し、アセットオーナーが共有する問題点について意見交換することで、GPIFのES
G投資推進体制の早期確立に寄与するものと期待されている。

2017年の最大の話題はGPIFによるESG3指数を選定し、ESGのインデックス運用を開始
たことであろう。ESG全般に開する2指数及び女性活躍に注目したテーマ型Ⅰ指数に国内

体の3%程度(1兆円程度)への投資を行なうというものである。今後環境に開するテーマ型

数への投資のほか、将来的には国内株投資におけるESG指数に基づくパッシブ運用をアク

ィブ運用同様、さらに拡大を検討するとしている。
このようにESG要因の重要性はますます
注目されており、それは今後も継続
すると予想される。またESG指数と直接関連する上場企
業だけでなく、上
場企業でも状況は同様である。プライベートエクイティ・ファンドや銀行融資
のデューデリジェンスに財務要因だけではなく、ESG要因が組み入れられるのは世界的なト
レンドとなりつつあり、日本でも関連するサービス提供が徐々に増えている。よく分からない
からという理由でESG要因を見過ごすのは得策ではない。

● 環境影響マトリックス利用で環境マネジメントシステムの有効活用

環境は最も馴染みの深い分野で、釈迦に説法となる可能性が高いが、投資家の視点を紹介した
い。環境と一ロにいっても、様々な分野があり、事業により重要性が大きく異なる。そのため、
❶自社にとっての重要性、❷自社が取り組んでいる項目のそれぞれについて、下表2のような
環境影響マトリックスを作成してみると良い。最も左の列はいわゆる環境影響と言われたとき
に取り上げられる項目。昨今最も注目を集めているのは気候変動である。気候変動緩和は省エ
ネや再エネ等で温室効果ガス排出削減の取り組みである。一方気候変動適応は
既にゲリラ豪雨
や落雷の増加等気候変動が実際に起こっているとして、その被害害を最
小限にする取り組みで
ある。事業継続計画(BCP)で自然災害の一部として考慮している企
業も多い。大気汚染・
水質汚濁は公害問題として1970年代より議論さ
れており、削減が望ましい。一方廃棄物と
水処理については排出量もしくは使用量の削減とともにリユース・リサイクルも考慮すべき項
目である。最後の生物多様性は気候変動とともに最も注目を集めている環境影響である。外来
種の持ち込みにより元来存在した生態系が破壊されるということも含まれる。一方それぞれの
環境影響は発生するステージによっても分類する必要がある。最初に考えるべきなのは、当然
自社事業での影響である。しかし投資家の関心はそれにとどまらず、サプライチェーン及び製
品・サービス提供での環境影響にも及んでいる。サプライチェーンについてはグリーン調達と
して慣行は、一般的になりつつあるが、そこでの要求事項を指している。一方製品・サービス
での環境影響は本誌で多数紹介されている環境ソリューションである。それぞれどの環境影響
について何をなすべきか、現在何か出来ているかを投資家は知りたいと考えている。



環境影響マトリックスにおいて重要性を認識しつつも現在取り組みが進んでいない分野こそ対
策が必要といえる。例えば気候変動適応の事例として建設現場での熱中症を考えてみよう。こ
れは建設会社にとっては「自社事業」における「気候変動適応」の課題といえる。既に何か対策
が講じていれば、その効果を検証すればよいが、そうでなければ対策を講じなければならない
。十方、建設会社に気象回報や、具体的な対策ツールとして遮光ネット、大型扇風機やドライ
ミストを提供する会社は同分野で「製品・サービス」における貢献といえる。一方同じ気候変
動適応でも河川の決壊を含む水害の例では、河川近辺に製造拠点を持つ会社にとっては「自社
事業」において留意すべきリスクであるが、河川整備需要の高まりは建設会社にとっては「製
品・サービス」における貢献の機会といえる。

しかし、環境マネジメントシステムはあくまで環境影響を把握・管理するための仕組みであり、
それ自体は環境影響把握の適切性、さらに環境影響の低減を保証するものではない点に注意が
必要だ。仕組みが存在していても、その利用者が理想的な状態と現実の取り組みのギャップを
認識し、具体的な対応策を把握していなければ環境マネジメントシステムは「宝の持ち腐れ」と
なる(出典:「連載 CSRからESGへ 環境への取り組みが企業価値を高める」、環境ビ
ジネス 2017年秋季号)。

ブラック企業は生き残れないぞ!

  
  ● 今夜の一曲

EXILE THE SECOND  Route 66
Route 66」(ルート・シックスティーシックス)は、EXILE THE SECONDの8枚目のシング
ルとして2017年9月27日にrhythm zoneから発売。この曲で完全復調だ(勿、この俺)!

   

コメント

ソーラーファサードの風 Ⅱ

2017年09月26日 | マネー行動学

  

 

                                 
          定公4年( -506)~哀公27年( - 468) / 呉越争覇の時代  

 

                                 

           ※  鄭白公、みずから剣をとぐ:あるとき、白公が自分で剣を回いていた。不吉
         に思って、子期(楚の昭王の兄)の子・平がたずねた。
「ご自分で剣を磨い
         て、いったいどうなさるつもりです」
「わたしは正直者で通っている男だか
         ら、隠すわけにもいくまい。実はこの剣であなたの叔父・子西
を殺すつもり
         だ」。
平がその話を子西に知らせたところ、かれはいっこうに取り合わなか
         った。
「白公は、わたしにとって、いわば大切な卵だ。わたしはこの卵を自
         分の翼の下で大事にに育ててきた。わたし
亡きあと、令尹、司馬の重職を継
         ぐのは、順序からいっても、勝(白公)をおいて他にはいない。
その勝が、
         そんなバカげたことをするはずがないではないか」。
白公はこの話を伝えき
         いて言った。

         「令尹の奴、気でも狂っているのか。わたしも男だ。必ず殺してみせる」
         だが、予西には用心する気がまるでなかった。白公は参謀格の石乞(せきこ
         つ)に相談をした。「王と二人の卿(子期と子西)を葬るには、全部で五百
         人の兵があればよいだろう」「五百人も兵を集めるなんてとても不可能です。
         それよりも、市場の南に熊宜僚(ゆうぎりよう)という男が住んでいます。
         もしこの男を味方にひきいれることができれば、五百人の兵を手に入れたも
         同然です」。こう言って石乞はさっそく白公を案内して熊宜僚を訪れた。な
         るほど石乞のいうように、この男、一点の非の打ちどころもない。白公はす
         っかり気に入ってしまい、事情を打ち明けて、味方になるよう頼んだ。だが、
         熊宜僚は首を縦に振らない。そればかりか、白公が剣を喉元に突きつけて脅
                  しても、少しも動じない。

         「熊宜僚は、利益にひかれて人にへつらったり、脅かされて動くような男で
         はない。わが秘密を打ち明けてしまったが、それを敵に洩らして媚を求める
         ことはあるまい」白公はこう言って、熊宜僚をそのまま見逃がしてやった。
                  呉が慎(楚の地)を侵略した。白公はこれを迎え撃って戦勝すると、楚王に
                  対して、捕虜と戦利品を献上したいと串し出た。そして楚王がこの申し出を
                  受けいれるや、時至れりとばかりに反乱を起こした。秋七月のことである。
                  白公の軍はまんまと部城内に押し入り、執政の子西と予期の二人を朝廷で殺
                  し、恵王を脅して退位を迫った。子西は殺されるとき、葉公の諌言に耳を貨
                  さなかったことを恥じて、袂で顔を捲(まく)って死んだ。子期の死にぎわ
         は立派だった。

         「かつては大力無双をもってお仕えしたこのおれだ。その名に恥じぬ死にか
         たをしてみせる」と、言い放つや、樟の大本を引き抜き、それを振りまわし
         て敵をなぎ倒したあげく、最期を遂げた。反乱がほぼ成功したところで、石
         乞は白公に進言した。「倉庫を焼き払い、王を殺す必要があります。そうし
         なければ、事は成就しません」
         「それはまずい。王を殺害するのは不祥だし、倉庫を焼き払えば、穀物が底
         をついてしまう。そうなれば、どうやって城を守る気だ」
         「楚国をわが手中に収めたからには、善政を布き、神を大切に祭ればよいの
         です。そうすれば必ず吉祥が得られ、穀物も自然に集まってまいります。心
         配には及びません」。だが白公は聞き入れなかった。
 

 No.73

【エネルギータイリング事業篇:ソーラーファサードの風 Ⅱ】

 

初回では、「ソーラータイル®」との差異に言及した。今回は、モジュールの構造/構成と強化ガラスの
製造方法、構造/構成、あるいはモジュール/パネルの据え付け方法について特許技術事例を考察し、事
業展開の具体的な課題などについて考える。

❏ 関連特許:特開2016-066757 太陽電池モジュール、壁面構造、及び住宅 

【概要】 

従来の太陽電池パネルは、太陽光に対して十分な入射面積を確保に、地面に対して平行かやや傾斜した姿
勢で
設置されるため、居住環境で太陽電池モジュール設置の位置は、平坦な地面や建物の屋根に限られ
いたが、一般の建物の屋根面積が限られ、屋根全面に太陽電池を取り付けると、増設できず、
太陽電池パ
ネルの普及とともに、新たな太陽電池パネルの設置場所の模索がなされている。
従来の太陽電池モジュー
ルの場合、複数枚の太陽電池モジュールを面状に敷き詰めて塀等の壁面の一部を形成したときに、壁面の
どの部分でも一様に同一の意匠であり、単調なデザインとなってしまうという問題がある。
また、近年は、
建物のデザイン性が向上し、ファサードのバリエーションが豊富になっている。このため、建物の購入者
の中には、自己の好みにあった独自性の高いファサードを自由に選択したいという要望がある。太陽電池
モジュールを建物のファサードの一部として設ける場合でも、建物と一体性が生まれるようなデザインや
通行人が目を引くようなデザインなどの独創性の高いデザインが求められてもいる。


そこで、従来にない新たなデザインの太陽電池モジュール、壁面構造、及び住宅を提供にあたり、下図の
ように、
第1透光性基板3と、第2透光性基板5と、光電変換素子11を備え、光電変換素子11は、光
を照射したときに光エネルギーを電気エネルギーに変換可能であって、かつ、光の一部を透過するもので
あり、透光性を有する複数の化粧部材を有し、複数の化粧部材は、第1透光性基板3上に面状に配されて
いる構成で、意匠性の高い太陽電池モジュールの壁面構造として実現するものである。



【符号の説明】


1,100  太陽電池モジュール 3  第1透光性基板(第1基板)5  第2透光性基板(第2基板)
8  フレーム部材 10  支持基板 11  光電変換素子 20,21  切り欠き部 30,31  第1
化粧部材(化粧部材)

 

❏ 関連特許:特開2016-155742  透明着色LASガラスセラミックで作られたガラス
                        セラミック基材およびその製造方法 

【概要】

一般に、結晶化ガラスは、ガラスを熱処理して結晶をガラス内部に析出させた材料である。β-石英固溶
体や β-スポジュメン固溶体を析出させた耐熱低膨張結晶化ガラスは、温度変化による膨張や収縮の量が
極めて小さいことから,急加熱や急冷による破損カ起こりにくい。
また、一般の耐熱ガラスに比べて、軟化
変形しにくく耐熱性が高いことから、食器や電気、
ガス調理器用トッブプレート、電子レンジ用棚板など、
幅広い用途で使用されている。
特定の組成および必要な場合には合計で最大1.0質量%までの更なる着
色酸化物を有し、キータイト固溶体を含む勾配層と主結晶相として高石英固溶体を含む、その下にある核
とを有する透明着色LAS(珪酸アルミニウムリチウム)ガラスセラミックで作られたガラスセラミック
基材であって10μm以上の深さのキータイト固溶体が、高石英固溶体比率とキータイト固溶体比率との
合計の50%を超える透明着色LASガラスセラミックで作られたガラスセラミック基材の提供にあって、
セラミック化は、910°~980°の範囲の最大温度において1~25分の時間、高石英固溶体を一部
だけキータイト固溶体に転移させる結晶転移ステップを含むプロセスで製造する(図3ダブクリ参照)。



※ LASガラスセラミック

  

❏ 関連特許:特開2017-092242  太陽電池モジュール  

【概要】 

一般に、結晶系太陽電池セル受光面側化学強化ガラスの第1ガラス基板(受光面板)と、同セルの裏面側
化学強化ガラスで構成された第2ガラス基板(背面板)に、第1/第2ガラス基板の中間に結晶系太陽電
池セル封止樹脂で風刺した備えた太陽電池モジュールは、裏面側に樹脂製フィルム(バックシート)を使用
する太陽電池モジュールと比較し、外部からの水分の侵入を防ぐことができ耐候性に優れる。また、物理
的な強度が高く、酸・アルカリなどに対する化学的な安定性が高く、紫外線照射時の変色・着色が無い等、
電池寿命を延長できるが、裏面側に配された配線等が背面板側から透けて見え、意匠性に劣る問題がある。
このため、BIPV(Building Integrated Photovoltaics)、ファサード、トップライト、カーポート、ルーバ
など、人目に触れ、高い意匠性が求められる用途には、太陽電池セルの裏面側に目隠し用のフィルムや
印刷を施した高価な両面発電タイプの太陽電池セルを使う必要があった。また、受光面板/背面板で、化
学強化ガラスの基板を使用するのは次の理由による。

太陽電池モジュールは❶風圧、❷積雪、時には❸砂嵐や❹降雹などの過酷な環境に耐えるために強い強度
が求められ、太陽電池モジュールのカバーガラスとして一般的な物理強化ガラスを使った場合、ガラスの
厚さが薄いと強化不足となり、残留応力に耐えることができず、3mm以上の板厚が必要であり、仮に一
方の側に残留応力の低い薄いガラスを用いた場合、太陽電池モジュール強度確保に、反対側のガラスを対
応し分厚くする必要があり全体重量が大きくなってしまう。太陽電池モジュール全体重量が大きくなると、
製造プロセスコストや、太陽電池モジュールの輸送時や施工時のコスト増加。また、トップライト、カー
ポートなどに使用される場合、重量積載する建造物に高い耐荷重性能が求められ、建造物のコストが増加、
ひいては、積載可能構造物が限られてしまう。太陽電池モジュール、特に両面がガラスにより挟まれた構
造の太陽電池モジュールの場合、ガラス基板の重量がモジュール重量の大半を占めるため、ガラス基板を
薄くし、軽量にするメリットはとても大きい。化学強化ガラスであれば、1mm程度の板厚であって十分
な残留応力を加えることができるが、化学強化ガラスは、物理強化ガラスに比べて高価なため、受光面板
/背面板に化学強化ガラスを用いた太陽電池モジュールは高価になる。

このように、耐候性および意匠性に優れ、かつ、製造時、輸送時、施工時のコストを低減できる太陽電池
モジュールの提供するあたり、下図受光面板11と太陽電池セル12と背面板15とを受光面側10aか
ら背面側10bに向けてこの順で太陽電池モジュール本体10を構成する太陽電池モジュールは、受光面
板11と背面板15との間に太陽電池セル12を封止する封止層16を有し、受光面板11は、化学強化
ガラス、物理強化ガラス、または、非強化ガラスであり、背面板15は、物理強化ガラスであり、受光面
板11をなすガラスは、Fe23で表した全鉄含有量が3000質量ppm未満であり、背面板15のガ
ラスは、Fe23で表した全鉄含有量が3000質量ppm以上であり、背面板15の板厚が、2.5mm
以下の構成するものとする。

【符号の説明】

10  太陽電池モジュール 10a  受光面 10b  背面 11  受光面板 2  太陽電池セル 
15  背面板 16  封止層 17  受光面側接着層 18  背面側接着層

 【関連企業の株価動向2015.9.14 - 2017.9.25






【ソーラータイル事業篇:さらにペロブスカイト太陽電池性能向上】
  
● カリウムでレアメタルを代替

9月22日、 瀬川浩司東大教授らの研究グループは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が
同日に開催した「平成29年度NEDO新エネルギー成果報告会」で、ペロブスカイト材料に、それまでの非常
に高価なレアメタルの代わりに安いカリウムを5%加えることで、変換効率20.5%と高い性能と長寿
命のペロブスカイト太陽電池を実現し、大きな課題だったヒステリシスがほぼ解消されたことを公表。こ
れまで、変換効率向上や長寿命化の”はなぐすり”として用いられていたレアメタル――セシウム(Cs
やルビジウム(Rb)――は供給量が少なく、金(Au)や白金(Pt)並みに高価だが、カリウム(K)はほ
ぼどこにでもあり非常に安い。高効率で長寿命のPSCを低コストで製造する上で大きな一歩になる。

● 構造安定化で効率/寿命が同時改善

ペロブスカイト太陽電池、光吸収層にABX3というペロブスカイト構造の材料を用いるが、セシウム(Cs
やルビジウム(Rb)のアルカリ金属のイオンを用いることで、高い変換効率と高い安定性を両立させる手
法に注目し、例えばパナソニックとスイスの大学 Ecole Polytechnique Federale de Lausanne(EPFL)は昨年
年9月にそれまでのセシウムにさらにルビジウムを加えて、変換効率21.6%を実現し、寿命の点でも
大きく改善、光を5百時間照射後でも初期効率の95%を維持している。 Rbを加えた動機は、ペロブス
カイト材料の幾何学的な構造の安定化だ。ペロブスカイト太陽電池のAサイトには当初は、メチルアンモ
ニウム(CH3NH3 : MA)を用いることが一般的だったが、最近は、バンドギャップ(Eg)の点からホル
ムアミジニウム(CH3(NH22: FA)を用いると変換効率が高まることが判明する一方で、FAはイオン半
径が大きくてペロブスカイト材料が幾何学的に不安定になり、寿命が短くなる。そこで、イオン半径がや
や小さい陽イオンを加えて、Aサイトの実効的なイオン半径を最適化する試みが盛んになっている。その
陽イオンの元素が、アルカリ金属のCsRbだった。アルカリ金属元素にはこの他に、K、Na、Liなどもある
が、次第にイオン半径が小さくなる。CsRbのイオン半径はそれぞれ0.169nm0.148nmだが、K
0.133nm。パナソニックは「K、Na、Liはイオン半径が小さすぎて使えない」として、CsRbを選ぶ。


doi:10.1038/s41598-017-12436

● 小は大を兼ねる!?

これに対し、同研究グループは、Rbの追加が有効ならKも試してみる価値があると考る。実際、Kイオン
Aサイトの組成比で5%加えて、ペロブスカイト太陽電池を試作したところ、変換効率は20.5%だっ
た。ペロブスカイト層の組成比は、K0.05(FA 0.85 MA0.15) 0.95 Pb(I0.85Br0.153となり、CsRbは用いず、K
オンの組成比を0~20%の範囲で変化させて太陽電池を試作。5%が最適であった。寿命では「光を
888時間照射した後でも、変換効率は初期値の90%以上で、パナソニックの成果と同水準を得る(ペ
ロブスカイト太陽電池が一歩前進、カリウムがレアメタルを代替へ、日経テクノロジーオンライン、2017.
09.25)。すごいぞ!これは、とはいえ、実用化までには「耐久性」の大きなハードルを越えねばならない。

  

 【RE100倶楽部:スマート風力タービンの開発 30】

❏ 関連特許:特開2017-166325  多段縦軸風車における風力発電方法 
                          /株式会社グローバルエナジー

【概要】 

複数の縦長の揚力型ブレードを有するロータを備える一般的な縦軸風車は、発電機のコギングトルクや発
電負荷の影響により、低風速下ではロータが効率よく回転せず、発電効率は低い。
この問題を解決に、揚
力力ブレードの上下の端部に、縦主軸方向へ向かって傾斜する傾斜部を形成し、ブレードの内側面に沿っ
て上下方向に拡散する気流を、傾斜部で受止めて回転力を高めるとともに、揚力(推力)を増大させ、ロー
タが効率よく回転できる縦軸風車があるが、ロータの回転効率が高いので、発電が開始されるカットイン
風速を低く設定でき、ロータの周速が例えば5m/sに達すると、ブレードの上下両端部の傾斜部の作用
とコアンダ効果により、ブレードに生じる揚力(推力)が増大し、ロータは風速を超える周速度に加速しな
がら回転するようになるため、コギングトルクや発電負荷による失速が起きにくくなり、発電効率が高ま
るという特徴をもつ。また、上下複数のロータを、1本の縦主軸に多段状に取付けると、縦主軸の回転駆
動トルクが増大するので、発電効率を高めることができる事例が提供されている。

また、縦主軸の回転駆動トルクが増大するので、縦主軸に発電容量の大きな発電機を接続して、発電効率
をさらに高めることが可能となるが、発電容量の大きな発電機を使用すると、そのコギングトルクや発電
負荷も大となるので、弱い風速のときに、ロータの回転始動に時間を要したり、ロータが失速を起こし易
くなったりすることが考えられ、そのため、下図のように、低風速下においても、ロータが失速するのを
未然に防止しながら、効率よく発電しうる風力発電方法の提供にあたり、発電機4に連係された縦主軸14
に、複数のブレード7を有する上下複数段のロータのうち、下段の第1ロータ2Aを常時連結し、かつ上
段の第2ロータ2Bをクラッチ15を介して連結し、第1、第2ロータが予め定めた平均風速以下で回転
している場合に、クラッチ15を切断して第2ロータを空転させ、このロータが加速して回転する特定の
周速に達したとき、クラッチを接続して空転させた第2ロータにより第1ロータを増速させながら、全て
のロータの回転により発電することを繰返させるようにする。

【符号の説明】

1  風力発電装置 2A  第1ロータ 2B  第2ロータ 2C  第3ロータ 4  発電機 5  制御手
段  6  水平アーム 7  揚力型ブレード 7A  主部 7B  内向き傾斜部 8  回転軸 9  基礎
10  軸部支持枠 11  支持枠体 12  軸支持杆 13  軸受 14  縦主軸 15  電磁クラッチ
16  給電器 17  コントローラ 18  蓄電池 19  平均風速判定部 20  ロータ周速判定部
21  クラッチ切替判定部 22  風速計(風速検知手段) 23  中央処理装置 24  平歯車
25  回転速度検出センサ

 ● 今夜の一曲

Takuya Kuroda - Rising Son

黒田 卓也(1980年2月21日 - )は、兵庫県芦屋市出身のジャズトランペット奏者]。 ニューヨーク・ブ
ックリン在住。2014年に日本人として初めてブルーノート・レコードと契約。2016年4月から「報道ス
テー
ション」(テレビ朝日・ANN系列)の新テーマ曲「Starting Five」の演奏をJ-Squadのメンバーとして担
当する。

● 

宵闇せまれば、秋の虫の大合唱が聞こえてくる。今日もあっという間に蜩がなき、こなしきれない作業だ
けが残った。体調は徐々に回復しているようだ。いまの作業を進めていくうちに「もう原子力発電はいら
ない」という確信が自然湧いてきた朝だった。そして、そのように彼女に伝えると、そうね、あなたはい
ろんな事を考えて判断しているからあなたの言う通りになっているねと、珍しく、素直に応えてくれた。

                                                                                                                                    

         

コメント

高性能蓄電池時代

2017年09月25日 | マネー行動学

 

  

 

                                 
          定公4年( -506)~哀公27年( - 468) / 呉越争覇の時代  

 

                                

 

           ※  鄭人ここに在り、讐遠からず: 楚の平王の太子建(字は子本)は大夫費無
         極(ひぶきょく)の讒言(さんげん)にあって城父(楚の地・安徹宵毫県)
         から宋に出奔
したが(昭公19年)、宋でも華氏の乱(昭公20年)が起き
         たため、さらに鄭へ逃れた。
鄭は建を迎えると、手厚くもてなした。だが建
         は、まもなく晋へ行き、鄭を裏切って、晋王ととも
に鄭を討つ陰謀をめぐら
         した。その相談がまとまると、何くわぬ顔をして、ふたたび鄭に戻った。鄭

         王はこころよく建を迎え入れ、前と変わらぬ待遇をあたえた。その後、晋王
         はひそかに使者を建のもとに派遣し、軍をさしむける旨伝えるとともに、そ
         の日取り
を打ち合わせた。

 
              だが、この陰謀は思わぬところから露見した。折も折、鄭では、建にあたえていた
              領地の人民が、建の証言非道ぶりを訴えてきたので、実状を調べさせていた。そ
              して偶然、晋から建のもとに送られてきた密書を手に入れたわけである。鄭はさ
              っそく建を捕えて殺してしまった。ところで、建には勝という遺児がいた。勝は、父
              が殺されたとき、呉に亡命していた。楚の令尹子西は、勝を本国に呼び戻そうとし
              て、葉公に相談したが、反対された。

               「勝は嘘つきであるうえ、乱暴な男だと聞いています。呼び戻しては、かえってわ
              が国のためにならないと思いますが」
               「いや、かれは信義を重んじるうえ、勇を好む男だと聞いている。そういう男が、
              わが国に不利益をもたらすだろうか。国境付近に食邑をあ仁えて、領土を守らせ
              ようと思うのだ」
               「そのような考えは甘いと思います。仁の道をかたく守ってこそ、信義を重んじる
              といえるのだし、止仁義にしたがって行動してこそ、勇を好むといえるのです。だが、
              あの男はどうでしょう。一度言いだしたら事の是非もわきまえずに行動するそうだ
              復讐をはかっているのか命知らずをかき集めでいるといわれます。事の是非もわ
              きまえないようでは信義を重んじることにはなりませんし、兪知らずを果めて犠牲
              を求めるようでは、勇を重んじることにはなりません。あなたはきっと後悔すると
              思います」

          だが、子西は葉公の忠告に耳をかさず、勝を呉から呼び戻して、呉との国
          境付
近に白という食邑をあたえた。その地にちなんで勝は白公と呼ばれる
          ようになった。
はたして白公は子西に対して、父を殺した鄭を討たしてほ
          しいと申し出てきた。子西はこう言って
断わった。 「わたしとて決してその
          恨みを忘れているわけではない。しかし、わが国は最近やっと国力を回復
                   し
たばかりで、まだ国の秩序も整っていない状態だ」

          しばらくすると、白公はまたもやこの問題を持ち出してきた。子西は断わ
          りきれずに承諾した。だ
が、この計画は、実行に移す直前に、晋が鄭を討
          つという思わぬ事態が起きたため、急に取りやめと
なった。そればかりか
                   楚は鄭に援軍を送ったうえ、同盟関係まで結んだ。白公は憤激して叫んだ。


                   「おれの仇敵は、はるか遠い鄭にいると思っていたが、あにはがらんや、
          この楚にいたのだ」

           〈華氏の乱〉 昭公20年に起きた事件。宋の元公は、約束を守らず、不
          公平なことが多く、華氏
と向(しょう)氏を憎んだ。そこで華定、華亥の
          二人は向寧と相談し、元公の公子たちを捕えて貪に閉じこめ、元公を脅迫
          して和を盟わせた。

          〈葉公〉沈諸梁(しんしょうりょ)、字は子高。楚の葉県の尹(いん)で
          あったから葉公という。伝説によると、かれは竜がすきで、家じゅう竜の
          絵や彫刻で飾って喜んでいたところ、ホンモノの竜がその噂をきいて、天
          から下りて窓から首をさし入れた。葉公はびっくり仰天、泡をくって逃げ
          たという。有名な「葉公、竜を好む」の故事である。

                    <呉から呼び戻し……〉 『史記』によれば、哀公8年(-487)のことで
                   ある。

 No.72

  

【蓄電池事業篇:高性能蓄電池時代】

従来350キロの走行距離をもつ電気自動車が来年、新しく開発された蓄電池を搭載し、同一価格で、蓄
電要領が3倍となり1050キロとなったらどんな変化が起こるだろうか。滋賀県を起点にして北は津軽
半島、南は大隅半島まで走行できるになる。しかしそれだけではない、ZEH(エネルギーゼロホーム)
と接続(あるいはエネルギーとして融合)することで、電力の戸産戸消に貢献、それがさらに、変換効率
30%パネルの普及を後押し。「エネルギーフリー社会」の実現を可能にし、静かな住宅街に住みながら
地球温暖化を食い止め快適な環境のもとに、早晩、生活する時代を迎えているかもしれない。

7月20日、三洋化成は、新型リチウムイオン電池の要素技術に目途が立ったとプレスリリースしている。
それによると、一般的にリチウムイオン電池は、金属箔に電極材(スラリー)を塗布し、乾燥工程を経て
電極(正 極・負極)を製造する。この電極とセパレーターを組み立て、容器に格納することで電池化し、
その後、接続回路等を組み込んだリチウムイオン電池システムの製造が行う。高電気容量を実現 には、
電極の厚みを厚くする必要があり、従来技術では、電極厚み 2百ミクロン程度が限界で電池の電気容量
を大幅に高めることが出来ず、大電力の実現のためには数多くのリチ ウムイオン電池を連結する必要が
あり、大きなスペースを必要とする。大学等共同研究を行い独自の新技術では、電極厚みを数倍以上に厚
くでき、リチウムイオン電池の高電気容量化が期待できる。その結果、システムには、電池の連結数を減
らし、従来のシステム内で大きな容積を占めていた接続回路等の部品点数を大幅に削減でき、ニーズに合
わせ、コンパクトなリチウムイオン電池システムの提供が可能となり、また、部品点数が少なくなること
から、部品に由来したトラブルリスクの低減も期待できるということである。そこで、今回は同社の「特
6199993  リチウムイオン電池用電極、リチウムイオン電池及びリチウムイオン電池用電極の製造方法」
( 三洋化成工業株式会社他 2017年09月20日)の技術概要を俯瞰する(詳細は以下の通り)。

❏ 関連特許:特許6178493 リチウムイオン電池用被覆負極活物質、リチウムイオン電池用スラリー、
             
リチウムイオン電池用負極、リチウムイオン電池、及び、リチウムイオン電池用被覆負
             
極活物質の製造方法」

リチウムイオン二次電池は、一般に、バインダを用いて正極又は負極活物質等を正極用/負極用集電体に
れぞれ塗布して電極を構成している。また、双極型の電池の場合には、集電体の一方の面にバインダを
用いて正
極活物質等を塗布して正極層を、反対側の面にバインダを用いて負極活物質等を塗布して負極層
の双極
型電極を構成する。また、電極形成用のペーストを25μm程度の厚さで塗布しているが、電池の
エネルギー密度を高くする方法として、電池内の正極材料/負極材料の割合を高くする(電極の膜厚を厚
くし、集電体やセパレータの相対的な割合を減少さる)方法があるが、❶双極型電極において電極の厚み
を大きくすると、集電体からの距離が大きい活物質割合が増加し、活物質の電子伝導性が高くなく、集電
体までの電子移動が平滑に行われないため、電極厚さを厚くしただけでは活物質量が増えても電子伝導性
が悪く有効利用されない活物質の割合が増加し、電池の高容量化が実現しない問題がある。❷また、活物
質自体の電子伝導性をカーバーする導電助剤(アセチレンブラック等の粒子状物質)を添加し電子伝導性
を高める手法もあるが経験的に目的を達成できなかった。

このように、電極の厚さを厚くした場合であっても電子伝導性に優れたリチウムイオン電池用電極を提供
にあたっては、リチウムイオン電池のセパレータ側に配置される第1主面と、集電体側に配置される第2
主面とを備えたリチウムイオン電池用電極であって、この電極は50~5000μmの厚さで、第1主面
と第2主面間に、平均繊維長が50~100μm未満の短繊維(A)、平均繊維長が100~1000μ
mの長繊維(B)及び活物質粒子(C)を含み、短繊維(A)及び長繊維(B)が導電性繊維の構成/構
造を特徴とするリチウムイオン電池用電極で目的を実現する。 

 Sep. 20, 2017 

【図面の簡単な説明】

図1は、本発明のリチウムイオン電池用電極を正極及び負極として備えるリチウムイオン電池の構造の例
を模式的に示す断面図

図2は、図1に示すリチウムイオン電池の正極のみを模式的に示す断面図
図3は、本発明のリチウムイオン電池用電極の別の形態の例を模式的に示す断面図
図4は、本発明のリチウムイオン電池用電極の別の形態の例を模式的に示す断面図
図7(a)及び図7(b)は、活物質粒子を構造体中の空隙に充填する工程を模式的に示す工程図
図8(a)及び図8(b)は、活物質粒子と導電部材を膜上に定着させる工程を模式的に示す工程図
図9(a)、図9(b)及び図9(c)は、活物質粒子と導電部材を集電体とセパレータの間に定着する
工程を模式的に示す工程図
図10(a)及び図10(b)は、樹脂によって活物質粒子と導電部材を固定する工程を模式的に示す工
程図

【表 実施例の設計条件と放電能力の比較例】

 【符号の説明】

リチウムイオン電池  1/リチウムイオン電池用電極(正極)  10、110、210、210´、310/正極の第1主面
 11、111、211、311/正極の第2主面  12、112、212、312/不織布の一部を構成する導電性繊維  13、
13a、13b/正極活物質粒子  14/被覆剤  15、25/導電助剤  16、26/リチウムイオン電池用電極(負極) 
20、220/負極の第1主面  21、221 /負極の第2主面  22、222/負極活物質粒子  24/セパレータ  30
集電体  40、50/不織布(構造体)  60/不織布の第2主面  62/濾紙  70、470/織物の一部を構成する導
電性繊維  113/縦糸  113a/横糸  113b/第1主面と第2主面の間に離散して存在する導電性繊維  213、
213a、213b、223/樹脂  214/スラリー層  225/導電化された樹脂  313/板  570

【特許請求の範囲】  

  1. リチウムイオン電池のセパレータ側に配置される第1主面と、集電体側に配置される第2主面とを備
    えたリチウムイオン電池用電極であって、前記電極の厚さは150~5000μmであり、前記第1
    主面と前記第2主面の間に、電子伝導性材料からなる導電部材(A)及び多数の活物質粒子(B)を
    含み、かつ、結着剤を含まず、前記導電部材(A)は、前記第1主面と前記第2主面の間に離散して
    存在する導電性繊維であり、前記導電性繊維の電気伝導度は50mS/cm以上であり、前記導電部
    材(A)の少なくとも一部は、前記第1主面から前記第2主面までを電気的に接続する導電通路を形
    成しており、前記導電通路は、前記導電通路の周囲の前記活物質粒子(B)と接していることを特徴
    とするリチウムイオン電池用電極。
  2. 前記導電部材(A)である導電性繊維の平均繊維径が0.1~20μmである請求項1に記載のリチ
    ウムイオン電池
    用電極。
  3. 前記導電部材(A)である導電性繊維の繊維長の電極の単位体積あたりの合計が10,000~50
    ,000,000cm/cmである請求項1又は3に記載のリチウムイオン電池用電極。
  4. 前記電極の体積を基準として、前記導電部材(A)の占める体積の割合が0.1~15vol%であ
    る請求項1、3又は4に記載のリチウムイオン電池用電極。
  5. 前記電極の体積を基準として、前記活物質粒子(B)の占める体積の割合が30~80vol%であ
    る請求項1、3、4又は6に記載のリチウムイオン電池用電極。
  6. 前記電極中において、前記導電部材(A)の占める体積Vの前記活物質粒子(B)の占める体積V
    に対する比率(V/V)が0.00125~0.5である請求項1、3、4、6又は7に記載
    リチウムイオン電池用電極。
  7. 前記活物質粒子(B)が、表面の少なくとも一部が被覆用樹脂及び導電助剤を含む被覆剤で被覆され
    てなる被覆活物質粒子である請求項1、3、4、6、7又は8に記載のリチウムイオン電池用電極。
  8. 請求項1、3、4、6、7、8又は9に記載のリチウムイオン電池用電極を負極及び/又は正極に用
    いたリチウムイオン電池
  9. 請求項1、3、4、6、7、8又は9に記載のリチウムイオン電池用電極の製造方法であって、
    前記導電部材(A)及び前記活物質粒子(B)を含むスラリー(Y)を、膜(E)上に塗布する工程
    (Q1)と、加圧又は減圧して、前記活物質粒子(B)と前記導電部材(A)を前記膜(E)上に定
    着する工程(Q2)とを含むことを特徴とするリチウムイオン電池用電極の製造方法。
  10. 前記スラリー(Y)は、電解液(D)を含む電解液スラリー(Y1)であり、前記膜(E)が前記活
    物質粒子(B)を透過させず前記電解液(D)を透過させる膜であり、前記工程(Q2)において、
    加圧又は減圧して前記電解液(D)を前記膜(E)を透過させて除去する請求項15に記載のリチウ
    ムイオン電池
    用電極の製造方法。
  11. 前記工程(Q2)の後、スラリー(Y)をさらに強い圧力で加圧するプレス工程(Q3)を行う請求
    項15又は16に記載のリチウムイオン電池用電極の製造方法。
  12. 前記膜(E)の電気伝導度は100mS/cm以上である請求項15~17のいずれかに記載のリチ
    ウムイオン電池
    用電極の製造方法。
  13. 前記膜(E)上に定着された前記リチウムイオン電池用電極を、集電体又はセパレータの主面に転写
    する工程(Q4)を行って、リチウムイオン電池用電極の第1主面がセパレータの主面に配置された
    リチウムイオン電池用電極を形成する、又は、リチウムイオン電池用電極の第2主面が集電体の主面
    に配置されたリチウムイオン電池用電極を形成する、請求項15~17のいずれかに記載のリチウム
    イオン電池
    用電極の製造方法。
  14. 請求項1、3、4、6、7、8又は9に記載のリチウムイオン電池用電極の製造方法であって、前記
    導電部材(A)及び前記活物質粒子(B)を含むスラリー(Y)を、集電体上に塗布して集電体上に
    スラリー層を形成する工程(T1)と、前記スラリー層の上にセパレータを載置して、セパレータの
    上面側から吸液して、前記活物質粒子(B)と前記導電部材(A)を前記集電体と前記セパレータの
    間に定着する工程(T2)とを含むことを特徴とするリチウムイオン電池用電極の製造方法。
  15. 前記スラリー(Y)は、電解液(D)を含む電解液スラリー(Y1)である請求項20に記載のリチ
    ウムイオン電池
    用電極の製造方法。
  16. 前記セパレータの上面に吸液性材料を置いて前記セパレータの上面側からの吸液を行う請求項20又
    は21に記載のリチウムイオン電池用電極の製造方法。
  17. リチウムイオン電池のセパレータ側に配置される第1主面と、集電体側に配置される第2主面とを備
    え、かつ、前記第1主面と前記第2主面の間に、電子伝導性材料からなる導電部材(A)、多数の活
    物質粒子(B)及び樹脂(F)を含み、前記導電部材(A)の少なくとも一部は、前記第1主面から
    前記第2主面までを電気的に接続する導電通路を形成しており、前記導電通路は、前記導電通路の周
    囲の前記活物質粒子(B)と接しているリチウムイオン電池用電極の製造方法であって、前記導電部
    材(A)は導電性繊維であり、前記導電部材(A)、前記活物質粒子(B)及び前記樹脂(F)を含
    む電極用組成物を、加熱プレスすることにより、前記樹脂(F)によって前記導電部材(A)及び前
    記活物質粒子(B)を固定する工程(R1)を含むことを特徴とするリチウムイオン電池用電極の製
    造方法。

 【関連企業の株価動向2015.9.11 - 2017.9.22

 



● 今夜の一枚のスケッチ:ジェイムズ・ダイソンの河川清掃計画

   Aug. 30, 2017

  

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オレンジ色のとんがり帽をかぶった男

2017年09月24日 | 時事書評

  

                                 
          定公4年( -506)~哀公27年( - 468) / 呉越争覇の時代  

                                

           ※  楚の白公の乱(哀公16年、-479): 白公は伍員の主筋にあたる。伍員の
         感化を受けてか、これまた復讐の鬼となり、楚国内の不
平分子を糾合して楚
         の昭三を脅かし、二大夫を殺した。ただ、白公には伍員の機略も豪胆さもな

         かったから、このクーデターはあっけない幕切れに終わった。ちなみに、こ
         の年孔子が死んだ。七十三歳。 

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』   

   第52章 オレンジ色のとんがり帽をかぶった男 

  騎士団長はさっきと同じ姿勢のまま、布張りの椅子の中に沈み込んでいた。目はかっと見聞か
 れていた。軽く聞いた口の中で小さな舌が丸められていた。心臓の出血は続いていたが、勢いは
 弱まっていた。右手をとってみたが、ぐにゃりとして力がなかった。肌にはまだ少し温もりが残
 っていたものの、皮膚の感触には既によそよそしさのようなものが感じられた。生命が着々と非
 生命に向かっているときに漂わせるよそよそしさだ。その身体をきれいに整え、身にあったサイ
 ズの棺の中に納めてやりたいと私は思った。小さな子供向けの小さな椅に。そして祠の裏の穴の
 中に静かに横たえてやりたかった。もうこの先、誰にも煩わされたりしないように。でも今のと
 ころ私にしてやれるのは、ただ瞼をそっと閉じてやることくらいだった。

  私は椅子に腰を下ろし、床の上にのびている顔ながが意識を取り戻すのを待った。窓の外では
 広大な太平洋が陽光を受けて眩しく光っていた。一群の漁船はまだ操業を続けていた。銀色の飛
 行機が一機、滑らかな機体を光らせながらゆっくり南に向けて飛行していくのが見えた。後尾に
 長いアンテナを突き出した四発のプロペラ機――厚木基地を飛び立った海上自衛隊の対潜哨戒機
 だ。土曜日の午後とはいえ、人々はそれぞれの日々の職務を黙々とこなしている。そして私は日
 当たりの良い高級老人養護施設の▽室で、騎士団長を今しがた出刃包丁で刺し殺し、地中から顔
 を出した「顔なが」を捕縛し、失踪した十三歳の美しい少女の行方を捜している。人さまざまだ。
 顔ながはなかなか目を覚まさなかった。私は腕時計に何度か目をやった。



  ここに今もし雨田政彦が急昆戻ってきたら、彼はこの光景を目にしていったい何を思うだろ
 う? 騎士団長は刺し殺されて血だまりの中に沈み、縛り上げられた顔ながが床に転がされてい
 る。どちらも身長はIメートルに足りず、奇妙な古代の衣裳に身を包んでいる。そして深い昏睡
 の中にいる雨田典彦は微かな満足の笑み(のようなもの)を口もとに浮かべている。床の隅には
 ぽっかりと四角い暗い穴が関いている。そのような状況がもたらされたいきさつを、私は政彦に
 なんと説明をすればいいのだろう?

  しかしもちろん政彦は部屋に戻ってこなかった。騎士団長の言ったとおり、復は大事な仕事の
 用件を抱えているのだ。その件に関して、誰かと携帯電話で長く話をしなくてはならない。それ
 はあらかじめ設定されたことなのだ。だから私が途中で誰かに邪魔されたりするようなことは起
 こらない。私は椅子に腰掛けたまま顔ながの様子をうかがっていた。穴の角に頭を打ち付けられ
 て、一時的に副賞畳を起こしただけなのだ。意識を回復するのにそれほど長い時間はかからない
 はずだ。あとになって額にまずまずの大きさの瘤ができるだろうが、あくまでその程度のものだ。

  やがて顔ながの意識が戻ってきた。復は床の上でもそもそと身をねじり、意味の通らない言葉
 をいくつか目にした。それからそろそろと細く目を開けた。子供が怖いものを見るときのように
 ――見たくはないけれど、見なくてはならないものを見るように。
  私はすぐに椅子から立ち上がり、彼のそばに膝をついた。
 「時間がないんだ」と私は彼を見下ろして言った。「秋川まりえがどこにいるのかを教えてもら
 いたい。そうすればすぐに紐を解いて、あそこに帰してやるから」
 部屋の隅にぽっかりと間いている穴を私は指さした。四角形の蓋はまだ上げられたままになっ
 ている。私の口にする言葉が相手に通じているのかどうか、私にはわからなかった。しかしとに
 かく通じるものとして試してみるしかない。

  顔ながは何も言わず、ただ首を何度か横に激しく振った。何も知らないということなのか、私
 の言っていることが理解できないということなのか、どちらにもとれる。

 「教えなければ、おまえを殺すことになる」と私は言った。「ぼくが騎士団長を刺し殺すのを見
 ていただろう。一人殺すのも二人殺すのも変わりはない」

  そして私は血糊がついたままの包丁の刃を、顔ながの汚い喉にぴたりとあてた。私は海の上に             
 いる漁師だちと飛行士たちのことを思った。我々はそれぞれの職務を果たしているのだ。そして
 これが私のやらなくてはならないことなのだ。もちろん本当に殺すつもりはなかったが、包丁の
 刃の鋭さは本物だった。顔ながの身体は恐怖のために細かくぶるぷると震えていた。

 「待って」と顔なががかすれた声で言った。「待っておくれ」

  男の言葉遣いはいくぶん奇妙だったが、話はちゃんと通じているようだ。私は包丁をほんの少
 しだけ喉から離した。そして言った。

 「秋川まりえがどこにいるか、おまえは知っているのか?」
 「いいえ、わたくしはその人のことはまったく知らない。真実であります」

  私は顔ながの目をじっと見た。大きな、表情の読みやすい目だった。彼が言っていることはた
 しかに真実のように見えた。

 「じゃあ、おまえはここでいったい何をしていたんだ?」と私は尋ねた。
 「起こったことを見届けて、記録するのがわたくしの職務なのだ。だからそこで見届けていた。
 これは真実であります
 「見届けるって、何のために?」
 「わたくしはそうしろと命じられているだけで、それより上のことはわからない」
 「おまえはいったい何ものなのだ? やはりイデアの一種なのか?」
 「いいえ、わたくしどもはイデアなぞではありません。ただのメタファーであります
 「メタファー?」
 「そうです。ただのつつましい暗喩であります。ものとものとをつなげるだけのものであります。
 ですからなんとか許しておくれ」

  私の頭は混乱し始めていた。「もしおまえがメタファーなら、何かひとつ即興で暗喩を言って
 みろ。何か言えるだろう」と私は言った。
 「わたくしはただのしがない下級のメタファーです。上等な暗喩なぞ言えません
 「上等じゃなくてもいいから、ひとつ言ってみてくれ」

  顔ながは長いあいだ考え込んでいた。それから言った。「彼はとても目立つ男だった。通勤の
 人混みの中でオレンジ色のとんがり帽をかぶった男のように



  たしかにそれほど上等な比喩ではない。だいいち暗喩ですらなかった。

 「それは暗喩じゃなくて、明喩だよ」と私は指摘した。

 「すみません。言い直します」と顔ながは額に汗を浮かべながら言った。「彼はあたかも、通勤
 の人温みの中でオレンジ色のとんがり帽をかぶるように生きた」
 「それじゃ文章の意味が通じない。それにまだきちんとした暗喩になっていない。おまえがメタ
 ファーだなんて、どうも信用できないな。殺すしかない」

  顔ながの唇は恐怖のためにぷるぷると震えていた。顔に生えた型は立派だが、それに比べて肝
 っ玉は小さそうだった。

 「すみません。わたくしはまだ見習いのようなものです。気の利いた比喩は思いつけないのです。
 許しておくれ。でも偽りなく、正真正銘のメタファーであります」
 「おまえに仕事を命じる上司のようなものはいるのか?」
 「上司というようなものはおりません。いるのかもしれないが、まだ目にしたことはありません。
 わたくしはただ、事象と表現の関連性の命ずるがままに動いているだけであります。波に揺られ
 るつたないクラゲのようなものです。ですから殺したりしないで。許してください」
 「許してやってもいいが」と私は相手の喉に包丁をあてたまま言った。「そのかわりに、おまえ
 がやってきたところまで案内してくれないか?」
 「いや、そればかりはできません」と顔ながはこれまでになくきっぱりと断言した。「ここまで
 わたくしの通ってきた道は〈メタファー通路〉であります。個々人によって道筋は異なってきま
 す。ひとつとして同じ通路はありません。ですからわたくしがあなた様の道案内をすることはで
 きないのだ」
 「つまりぼくは自分ひとりでその通路に入って行かなくてはならない。そしてぼく自身の道筋を
 見つけなくてはならない。そういうことなのか?」

  顔ながは強く首を振った。「あなた様がメタファー通路に入ることはあまりに危険であります。
 生身の人間がそこに入って、順路をひとつあやまてば、とんでもないところに行き着くことにな
 る。そして二重メタファーがあちこちに身を潜めております

 「二重メタファー?」

 

Two roads diverged in a yellow wood,
And sorry I could not travel both
And be one traveler, long I stood
And looked down one as far as I could
To where it bent in the undergrowth.

Then took the other, as just as fair,
And having perhaps the better claim,
Because it was grassy and wanted wear;
Though as for that the passing there
Had worn them really about the same.

And both that morning equally lay
In leaves no step had trodden black.
Oh, I kept the first for another day!
Yet knowing how way leads on to way,
I doubted if I should ever come back.
                 
I shall be telling this with a sigh
Somewhere ages and ages hence:
Two roads diverged in a wood, and I—
I took the one less traveled by,
And that has made all the difference.      Robert Frost, "The Road Not Taken":  

 

 

  顔ながは身震いした。「二重メタファーは奥の暗闇に潜み、とびっきりやくざで危険な生き物
 です
 「かまわない」と私は言った。「ぼくは既にとんでもないところに紛れ込んでしまっているんだ。
 とんでもなさが多少増えたり減ったりしたところで、今更知ったことじゃない。ぼくは騎士団長
 をこの手で殺してしまった彼の死を無駄にするわけにはいかない
 「仕方ない。それではわたくしからひとつだけ忠告をさせておくれ」
 「どんなことだろう?」
 「何か明かりを持って行かれた方がいいと思います。かなり暗いところがありますから。それか
 ら必ずどこかで川に出くわすはずです。メタファーでありながらも水は本物の水であります。流
 れは冷たく連く、深いのだ。舟がなくてはその川は渡れない。舟は渡し場にあります」
 私は尋ねた。「渡し場でその川を渡って、それからどうなるんだ?」

  顔ながは目をぎろりとむいた。「川を渡った先もまた、どこまでも関連性に揺れ勤く世界であ
 ります。あなた様が自分の目で見届けるしかありません」



  私は雨田典彦が横になっているベッドの枕元に行った。予想した通りそこには懐中電灯があっ
 た。災害が発生したときの用意に、このような施設の部屋には必ず懐中電灯が備え付けてある。
 私はスイッチを試してみた。明かりはちゃんとついた。電池は切れていない。私はその懐中電灯
 を手にとり、椅子の背にかけてあった革ジャンパーを着込んだ。そして部屋の隅に関いた穴に向
 かおうとした。

 「お願いです」と顔ながは懇願するように言った。「この紐をほどいていただけませんか・・・ こ
  のままここに残していかれるととても困ります」 
 「おまえが本物のメタファーなら、縄抜けくらい簡単にできるんじやないのか。要するに概念と
 か観念とかそういうものの一種なのだから、空間移動くらいできるだろう」
 「いいえ、それは買いかぶりであります。わたくしにはそんな立派な力は具わっておりません。
 概念とか観念とか呼べるのは、もっと上等なメタファーのことです」
 「オレンジ色のとんがり帽子をかぷったような?」
 顔ながは悲しそうな顔をした。「からかわないでおくれ。わたくしだって傷つかないわけでは
 ないのだから」

  私は少し迷ったが、結局は顔ながの手と足を縛った紐を解いてやることにした。かなり堅く縛
 ったので、ほどくのに時間がかかった。話をしている限りでは、それほど悪い男には思えなかっ
 た。秋川まりえの居場所は知らなかったものの、それ以外の情報を進んで与えてくれもした。手
 足を自由にしてやっても、たぶん私の邪魔をしたり、害をなしたりすることはあるまい。それに
 この男を縛り上げたままここに残していくわけにもいかない。もし誰かにその姿を見られたりし
 たら、話がますます面倒になる。彼は床に座り込んだまま、縛られたあとのついた手首をごしご
 しと小さな手でさすった。それから額に手をやった。どうやら瘤ができかけているようだった。

 「ありがとうございます。これでもとの世界に戻ることができます」
 「先に行ってかまわない」と私は部屋の隅の穴を指さして言った。「おまえは先にもとの世界に
 戻っていればいい。ぼくはあとがら行くから」
 「それでは遠慮なく、お先に失礼します。ただ最後にこの蓋をきちんと閉めておくれ。そうしな
 いと誰かが足を踏み外して落ちるかもしれない。あるいは興味を持って中に入ってくる人がいる
 かもしれません。それはわたくしの責任になります」
 「わかった。蓋は最後に間違いなく閉める」

  顔ながは小走りにその穴のところまで行って、中に足を踏み入れた。そして顔の上半分だけを
 外に出した。大きな目がきょろきょろと不気味に光った。『騎士団長殺し』の絵の中の顔ながそ
 のままに。

 「それではお気をつけて」と顔ながは私に言った。「そのなんとかさんが見つかるとよろしいで
 すね。コミチさんと申されましたか?」
 「コミチじゃない」と私は言った。背中がすっと寒くなった。喉の奥が乾いて貼りつくような感
 触があった。一瞬うまく声が出てこなかった。「コミチじゃなく、秋川まりえだ。おまえはコミ
 チのことを何か知っているのか?」
 「いいえ、わたくしは何も知りません」と顔ながは慌てて言った。「今ふとその名前がわたくし
 のつたない比喩的な頭に浮かんだだけです。ただの間違いです。許しておくれ」

  そして顔ながはふっと穴の中に消えた。まるで風に吹かれて散る煙のように。
  私はプラスチックの懐中電灯を手にしばらくその場に立ちすくんでいた。コミチ? 妹の名前
 がなぜ今ここで出てくるのだ。コミもこの一連の出来事に何か関連しているのだろうか。でもそ
 れについて深く考え込んでいる余裕はなかった。私は穴の中に足を踏み入れ、懐中電灯の明かり
 をつけた。足もとは暗く、ずっとなだらかな下り坂になっているようだった。奇妙といえば奇妙
 な話だ。というのはその部屋は建物の三階にあり、床の下は当然二階になっているはずだったか
 ら。しかし懐中電灯の光をあてても、その通路の先を見通すことはできなかった。私は穴の中に
 全身を入れ、手を伸ばして四角い蓋をぴたりと閉めた。それであたりは完全な暗黒になった。

  そんなどこまでも深い暗黒の中にあって、自分自身の五感をまともに把握することができなく
 なった。まるで肉体の情報と意識の情報とが繋がりを断たれてしまったみたいだった。それはと
 ても奇妙な気分だった。自分がもはや自分ではなくなったような気がする。しかしそれでも私は
 前に進まなくてはならない。

  あたしを殺して、秋川まりえをみつけるのだ。

  騎士団長はそう言った。披が犠牲を払い、私が試練を受けるのだ。とにかく前に進むしかない。
 懐中電灯の明かりを唯一の味方として、私は「メタファー通路」の闇の中に足を踏み入れていっ
 た。

 

    第53章 火掻き棒だったかもしれない

  私を包んでいるのは濃密で隙のない、まるでひとつの意志を具えたような暗闇だった。そこに
 は一条の光も射さず、一点の光源も見当たらない。まるで光の届かない深い海の底を歩いている
 みたいだ。手にした懐中電灯の黄色い明かりだけが、私と世界をかろうじて結びつけていた。通
 路は終始なだらかな傾斜になっていた。岩盤を丸くくり抜いたようなきれいな筒形で、地面は堅
 くしっかりとして、おおむね平坦だった。天井は低かったから、頭をぷっつけないように常に身
 をかがめていなくてはならなかった。地下の空気はひやりとして肌寒かったが、そこに匂いはな
 かった。何もかもが奇妙なくらい無臭なのだ。ここにあっては空気さえもが、地上の空気とは違
 う成り立ちなのかもしれない。

  手にしている懐中電灯の電池がどれくらい長くもつものか、私にはもちろん判断できない。今
 のところそれが放つ光は揺るぎなく安定しているようだったが、もし電池が途中で切れてしまっ
 たら(もちろんいつかは切れるはずだ)、私は隙ひとつない暗闇の中に一人で取り残されること
 になる。そして顔ながの言葉を信じるなら、この暗闇のどこかには危険な「二重メタファー」な
 るものが潜んでいるのだ

  懐中電灯を握る私の手のひらは、緊張のために汗ばんでいた。心臓が鈍く堅い音を立てていた。
 その音は、ジャングルの奥から聞こえてくる不穏な太鼓の響きを思わせた。「何か明かりを持っ
 て行かれた方がいいと思います。かなり暗いところがありますから」と顔ながは私に忠告してく
 れた。ということは、この地下通路はすべてが完全に真っ暗というわけではないのだろう。私は
 あたりがもう少し明るくなってくれることを望んだ。またもう少し天井が高くなってくれること
 を望んだ。暗くて狭い場所はいつだって私の神経を締め上げる。それが長く締くと、呼吸をする
 のが次第に困難になってくる。

  できるだけ狭さと暗さのことを考えないようにとつとめた。そのためには何か別のことを考え
 なくてはならない。私はチーズ・トーストを思い浮かべた。どうしてチーズ・トーストなのかは、
 自分でもよくわからなかった。しかし何はともあれ、チーズ・トーストの姿がそのときの私の頭
 にふと浮かんだのだ。白い無地の皿の上に載せられた四角いチーズ・トースト。きれいに焦げて、
 上に載せたチーズも心地よくとろけている。それは今まさに私の手にとられようとしている。そ
 してその隣には、湯気の立つ熱いブラック・コーヒーがある。月も星もない真夜中のような黒々
 としたブラック・コーヒーだ。私は朝食のテーブルに並べられたそれらのものごとを懐かしく思
  い出した。外に向かって聞いた窓、窓の外にある大きな柳の木、その柔らかな枝に軽業師のよ
 うにあぶなっかしくとまった軽快な鳥たちの声。そしてそのどれも、現在の私からは測りしれな
 いほど遠く離れたところにあった。

  それから歌劇『薔薇の騎士』のことも思い出した。コーヒーを飲み、焼きたてのチーズ・トー
 ストを囓りながら、私はその音楽を聴こうとしている。英国デッカ製の、真っ黒なレコード盤。
 私はその重いビニール盤をターンテーブルの上に載せ、カートリッジの針をゆっくり下ろす。ゲ
  オルグ・ショルティの指揮するウィーン・フィルハーモニー。その流麗で緻密な音。「私は一
 本の箒だって、音で描写することができる」と全盛時のリヒアルト・シュトラウスは豪語した。
 いや、あれは箒じゃなかったっけ? なかったかもしれない。こうもり傘だったかもしれないし、
 火掻き棒だったかもしれない。なんだってかまわない。しかしいったいどのようにして、一本の
 箒を音楽で描写することができるのだろう? たとえば熱いチーズ・トーストを、角質化した足
 の裏を、明喩と暗喩の違いを、そんなものごとを彼は本当に音楽で正確に描写することができた
 のだろうか?

  リヒアルト・シュトラウスは戦前のウィーンで(アンシュルスの前だったかあとだったか)、
 ウィーン・フィルハーモニーを指揮した。その日の演奏曲目はベートーヴェンのシンフォニーだ。
 物静かで身だしなみがよく、決心の堅い七番のシンフォニー。その作品は明るく開放的な姉(六
 番)と、はにかみ屋の美しい妹(八番)とのあいだにはさまれるようにして生み出された。若き
 日の雨田典彦はその客席にいた。隣には美しい娘がいる。彼はおそらく恋をしている。



  私はウィーンの町の光景を思い浮かべた。ウィンナ・ワルツ、甘いザッハトルテ、建物の屋根
 に翻る赤と黒のハーケンクロイツ。
  思考は暗闇の中で、意味を欠いた方向に際限なく伸びていった。あるいは方向性のない方向に、
 というべきか。しかし私にはその伸び方を制御することができなかった。私の思考は私の手を既
 に離れてしまっていた。隙のない暗闇の中で自分の考えを掌握するのは簡単なことではない。考
 えは謎の樹木となり、その枝を暗闇の中に自由に延ばしていく(暗喩だ)。しかしいずれにせよ、
 私は自分を保つために何かを考え続けている必要があった。なんでもいい何かを。そうしなけれ
 ば、緊張のあまり通呼吸に陥ってしまう。

  様々なものごとについてとりとめのない考えを巡らせながら、私はまっすぐな傾斜路をどこま
 でも下降していった。それは曲がり角も枝道もない、純粋に直線的な通路だった。どれだけ歩い
 ても天井の高さも、暗さの度合いも、空気の質感も、傾斜の角度もまったく変化を見せなかった。
 時間の感覚は既におおかた消えてしまっていたが、下りの傾斜路をそれだけ延々と歩いたからに
 は、もうずいぶん地下深くに未ているはずだった。しかしその深さだって結局は架空のものに過
 ぎない。だいたい建物の三階からそのまま地下に降りられるわけがないのだから。暗闇だってや
 はり架空のものに過ぎないはずだ。ここにあるものはすべて観念、あるいは比喩に過ぎないのだ、
 私はそう考えようとした。しかしそれでも、私をぴったりと包んでいる暗闇はやはりどこまでも
 木物の暗闇であり、私を圧迫する深さはやはりどこまでも木物の深さだった。

  ずっと身を屈めて歩き続けていたせいで、首と腰が痛みを訴え始めた頃に、ようやく先の方に
 談い光が見えてきた。緩い曲がり角がいくつか出てきて、その角をひとつ曲がるごとに、あたり
 は少しずつより明るくなった。そしてまわりの風景がなんとか見分けられるようになってきた。
 まるで未明の空か徐々に明けてくるみたいに。私は電池を節約するために懐中電灯のスイッチを
 切った。

面白くも、疲れた感が残る。「邪悪な父」を殺し、秋川まりえを探す主人公の今後の展開はいかに!

                                      この項つづく

 


 【冬瓜とその食品の創作料理】

                     ゆく夏暑き室内の卓上に冬瓜一つ豊かけえくもあるか    竹中 皆二 

食事に鳥肉と冬瓜のココットが出されて美味しかったの、おでん種として冬瓜(トウガン、学名:
Benincasa hispida)が使われていないのか疑問に思い調べる存在し、冬瓜料理法もある(上写真は海
外のレシピ例)。ところで、冬瓜はウリ科のつる性一年草、雌雄同株の植物。果実を食用する夏野
菜。カモウリ(氈瓜・加茂瓜・賀茂瓜)とも呼び、富山県ではカモリ、沖縄県ではシブイと言い秋
の季語ともなっている。原産はインド・東南アジア。7-9月に収穫し、実は大きいもので、短径
30cm、長径80cm程度にもなる。完熟後皮が硬くなり、貯蔵性に優れ、丸(玉)のままなら冷暗
所保管で冬まで日持ちすることから冬瓜と呼ばれ、英名ではウインターメロン(winter meron)とな
る。完全に熟したトウガンは約半年品質を保つ。国内栽培は平安時代成立の『本草和名』に記載さ
れ、同時代に入っていたが渡来詳細が明らかでない。購入時の選別は重量感のあるもの、切り売り
で果肉が見える状態は、種子がふんだんに詰まり、表面がみずみずしいものが良品の目安となる。
丸(玉)のままなら長期保存が可能、切り口を入れた場合傷み冷蔵庫に保管し早めに消費する。ま
た、干瓢の原料にもなる。



成分的には95%以上が水分で栄養価は低いが、百gあたり16 kcalと低カロリーで、ダイエット
に最適。類似のユウガオよりやや果肉は硬め、味は控えめでクセがないので、煮物、汁物、漬物、
酢の物、和え物、あんかけ、など様々な具に用いられる。日本料理では大きく切って風呂吹きに使
う。広東料理では大きいまま、中をくりぬいて刻んだ魚介類、中国ハム、シイタケなどの具とスー
プを入れ、全体を蒸した「冬瓜盅(トンクワチョン)」(zh:冬瓜盅)という宴会料理、台湾では果実
に砂糖を加え水で煮込み、茶の一種として飲む。缶入り飲料がある。料理以外でも砂糖漬けや、シ
ロップで煮た後砂糖をからめて菓子にある。果実以外は果皮 - 果皮をユウガオの代用食材としてか
んぴょうに用いる。若葉・柔らかい蔓 - 炒め物などに用いることができる。種子 - 種子は乾燥さ
せ生薬として漢方薬「冬瓜子(とうがし)」で用いる。利尿や排膿の作用がある

● 冬瓜の主な産地と生産量
 
下表は政府がまとめた平成20年の全国の冬瓜生産量データ。これで見ると最も沢山生産している
のは沖縄県で、次いで愛知家、そして岡山県。関東以南の地域で作られている。一般的な瓜の旬で
ある夏になります。6月頃から9月頃まで。ただし、貯蔵性が高いので、寒くなってからでも流通
はされているようです。ただ、冬瓜の良さは薄味でさっぱりした食感にあり、夏に向きの食材と言
える。栄養素ではカリウム、ビタミンC、食物繊維が豊富で、夏の暑い季節に身体の調子を整える
のには適す栄養バランスの良い食品。暑い季節に旬を迎える夏野菜の多くは、水分を多く含み身体
を冷やしてく、全体の95%以上を水分が占める。

※冬瓜 果実 生 100グラムあたりの値(日本食品標準成分表2015年版:7訂)。

そこで考えたのが、干瓢の太さを細く裁断。ヌードル風にアレンジ加工することと、これをパウダー化し、好み
に色合い、風味付け、また、食感をアレンジし新しい食材にして、「ウインターメロンハパウダー®」/「ウイン
ターメロンヌードル®」の製造販売事業を立ち上げ、滋賀県から世界展開してみてはどうだろうかと考えた。



体調を三日前から崩す。原因はわかっている。粥食事と胃薬に、今日から催眠剤の服用(通常の半分以下)。
                                                                       

 

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戦争は最大の環境破壊

2017年09月23日 | デジタル革命渦論

  

                                 
          定公4年( -506)~哀公27年( - 468) / 呉越争覇の時代  

                                

           ※  子路の死(哀公15年、 -480)衛の大夫孔圉(こうぎょ:孔文子)は、
         蒯聵
(かいかい)の姉・孔伯姫を夫人に迎えた。二人のあいだに生まれた子が、
         憚(かい)である。ところで、孔氏が側近く使っていた者に、渾良夫(こんりょ
         うふ)という若者がいた。背がすらりとしていて、なかなかの美男子であった。
         かれは主人の孔圉が死ぬと、夫人の伯姫と通じた。
         当時、太子蒯聵は戚の地に立てこもっていた。伯姫は渾良夫を戚へ使いにやっ
         て、弟の太子に引き合わせた。そのとき太子は渾良夫に向って、「わたしを衛
         の国君に迎えられるようにして欲しい。そうなれば、おまえを太夫にとりたて、
         立派な車に乗れる身分にしてやるし、大それた罪を犯しても、三度まで死を免
         じてやろう」 と、もちかけた。渾良夫は太子に忠誠を誓い、衛に戻るとさっ
         そく孔伯姫に、協力してくれるよう頼んだ。

         閏月のある日、太子は渾良夫の手引きで衛の都城内に潜入し、ひとまず孔氏の
         別邸に腰を落ち着けた。夕闇が追ってから、二人は女の着物をひっかけて馬車
         に乗り込み、寺入(宦官)の羅に手綱をとらせて、孔氏の本邸に向った。入口
         で一行は孔氏の大夫・欒寧(ちんねい)に怪しまれたが、親類の家の妾だとご
         まかして通り抜けた。二人はすぐさま伯姫の居室に身を隠した。伯姫はかれら
         に夕食をとらせ、それが終ると、自分自身、戈を手にして案内役を買って出た。
         そのあとに太子が続き、さらに一味の兵士5人がよろいかぶとに身をかため、
         いけにえの豚をかついでつき従った。かれらは、孔悝を崖際(がけぎわ)に追
         いつめ、むりやり忠誠を誓わせた。それからさらに孔悝を高台に登らせて、群
         臣を呼び集めさせた。

         そのとき、大夫の欒寧は、酒を飲もうとして、焼肉のできあがるのを待ってい
         た。謀反だと知って、かれはただちに使いを邑宰(ゆうさい)の子路(仲由)
         のもとへ走らせる一方、家臣の召獲(じょうかく)に命じて、馬車の用意をと
         とのえさせた。そのあいだ、自分はゆっくりと酒を飲み、焼肉を食べていたが、
         準備がととのうと、国君出公を奉じて、魯へ亡命した。

                 一方、子路は急報に接して、すぐさま城へ向った。城内に入ろうとすると、亡
                  命しようとして城を出てきた大夫の子羔(しこう:高柴)に出遇った。「城門
         が閉まっていて入れません。行くのをおやめください」と、かれは押しとどめ
         たが、「とにかく行ってみるつもりだ」と、子路は答えた。「いや、どうか思
         いとどまってください。事態はもはや手遅れなのです。危険な場所に自分から
         飛びこんではなりません」と、子羔はなおも押しとどめた。だが子路は、思い
         とどまらなかった。「わたしは孔氏の禄を頂戴している身だ。孔氏が危険にさ
         らされているのに、わが身のことなどかまってはいられない」。こう言って、
         子路は子羔と扶を分かち、城へ向った。城門までくると、城門を守っていた大
         夫の公孫敢が門の内側から、「入ってもむだだ。帰るがいい」と、かれを入れ
         まいとした。子路は憤然として言いかえした。      
    
         「その声は公孫どのだな。禄を食んでいながら、わが身の危険を免れようとす
         るほど、わたしは恩知
らずではない。禄を頂戴している以上、主君を危険から
         救おうとするのは、当然ではないか」。
そこへ、使者が城内から出てきた。子
         路はすかさず門内に駆け込み、太子に向って叫んだ。
「孔悝さまを利用しよう
         としてもむだだ。たとい孔悝さまが殺されたとしても、わたしは、ご意志を

         いで、あなたを追い出してみせる」。
一方、群臣に向っては、「太子は諺病者
         だ。高台に火をつければ、半分も燃えないうちに、ふるえあがって孔悝さまを
         許すに
ちがいない」と、呼びかけた。あわてた太子は、一味の石乞(せきこつ)
         と盂黶(うえん)の二人に命じて、子路に立ち向わせた。二人は戈を手にして
         子路
に撃ちかかった。予防は冠の紐を切られてしまった。「冠をかぶらずに討
         死したとあっては、君子の恥だ」。子路
はこう言い放って冠の紐を結び直し、
         またも奮戦して討死した(時に63歳)。

         孔子は衛の内乱を耳にしたとき、子羔は亡命してくるだろうが、子路は討死
         するにちがいない」
と語った。こうして孔悝は、やむなく蒯聵を衛の国君に立
         てた。すなわち衛の荘公である。荘公は位につくと、今までの政策を認めず、
         国政に従っていた者全部を排除しようとした。その手初めに司徒(大蔵大臣)
         の瞞政を呼びつけて、こう言い渡した。「わたしは長いこと国外で辛酸を會め
         てきたのだ。おまえも、少しはその苦労を味わったがいい」。瞞政
は城を引き
         下がってから褚師比(声子)のところへ駆けつけ、二人して荘公を討とうとは
         かったが、結局、失敗に終わった。
 
         〈孔圉団〉諡(おくなり)して孔文子という。孔子は衛の国に来たとき、かれ
         と交際したことがあり、「敏にして学を好み、下問を恥じず」と賞めている。
         (『論語』公冶長)
         〈子羔〉 孔子の弟子高柴(こうさい)の字。先輩の子路の推挙で衛の賢臣の
         宰(町長)になっていた。孔子に「柴や愚」(馬鹿正直)と評された人物(『
         論語』先進)。この場合、子羔は出公の直臣であるが、子路は孔悝の家臣で、
         出公――出公(しゅつこう)は、中国の諸侯に対して贈られた諡号の一つ――
         に対しては陪臣――武家の主従関係において家臣の家臣を指した呼称。又者(
         またもの)、又家来(またげらい)とも呼ばれた――二人の立場はちがうので
         ある。

 

  No.71

【エネルギータイリング事業篇:TMD型太陽電池の風


● ダイカルコゲナイド(TMD)型フレキシブル透明太陽電池の開発に成功

9月21日、東北大学の研究グループは、❶原子オーダーの厚みを持つシート材料である遷移金属ダイ
カルコゲナイド(TMD :Two-dimensional transition metal dichalcogenide (TMD) )を用いて、透明かつフレ
キシブルな太陽電池の開発し、❷透明な二次元シートを使った太陽電池では世界最高の発電効率を達成
し、❸電極の形状と種類を最適化するだけのシンプルな構造のため大面積化できる太陽電池となる。

 
doi:10.1038/s41598-017-12287-6

【概要】

近年原子オーダーの厚みから構成される二次元シート材料が、次世代のエレクトロニクス用新材料とし
て大きな注目を集めています。炭素のみから構成される二次元シートであるグラフェンは 2010 年のノ
ーベル物理学賞の受賞テーマだが、グラフェンシートはバンドギャップを持たず金属的な振る舞いを示
し、半導体エレクトロニクス分野への応用は困難とされている。これに対し、類似構造を持つ炭素以外
の原子から構成された二次元シートが注目され、特に遷移金属(モリブデンタングステン)とカルコ
ゲン原子(硫黄セレン)から構成される遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)は、半導体特性を示し
注目を集めている。中でも、太陽電池への期待は大きく、原子オーダーの厚みであるため90%以上の
光を透過する“透明かつフレキシブルな太陽電池”としての応用ができ。透明フレキシブルな太陽電池
が実現できることで、現在主流のシリコンを用いた太陽電池では設置が困難な車のフロントガラスやビ
ルの窓、携帯電話ディスプレイの表面、さらには人体の皮膚等あらゆる場所へ太陽電池を設置すること
が可能。しかし、それらの発電には空間選択的キャリアドーピングによるpn接合形成や異種TMD を積
層させるヘテロ接合形成等高精度なデバイス作製技術を必要である。

同上研究グループはショットキー型――半導体材料と金属を接合させたときに自発的に形成される電気
的な障壁の一種。接合する金属の仕事関数と半導体のフェルミエネルギーにより障壁の高さが変化する
――太陽電池に注目。用いる電極の種類と形状を最適化するだけで発電が実現できるシンプルな構造を
もつ。❶まずはショットキー形成に最適な電極種の選定を行い、通常同種の金属をTMD 両端に配置す
るデバイスが一般的だが、TMD の両端に設置する電極の種類を変えた異種金属電極構造を用いる。こ
の両端電極対の組合せを様々変化させたところ、
両端電極仕事関数差(ΔWF)が大きくなるにつれ
発電効率(PCE)が向上することを突き止める。❷次に電極の間隔と TMD の配置方法を最適化し、電極
間隔を短く(~2μm以下)かつ TMD を基板に接触しない架橋型とすることで、発電効率が大幅に向
上し、最高で  0.7%(AM1.5G )照射)の発電効率を実現しました。これは同程度(3層以下)の厚
みをもつ TMD 太陽電池の中では世界最高の発電効率である。❸次に、半導体デバイス製造プロセスで
一般的に用いられ ているリソグラフィを使い、シリコン基板にあらかじめパターンニングした電極にT
MD
を塗布し作製、センチメートルオーダーの基板上でも容易に発電することを 確認。またシリコン基
板上に限らず、透明フレキシブルなポリエチレンナフタレート(PEN) 基板上でも同様に太陽電池を作
製し発電可能であることを実証。❹また、照射光の波長により得られる発電効率が異なることを突き止
め、TMD 特有の励起子とバンド構造の関係に由来することを発見する。

 Sep. 20, 2017

なお、透明フレキシブル太陽電池は有効に利用できる光エネルギーが小さい(光を透過させる必要があ
る)ため、光を透過しない従来のシリコン太陽電池に比べ発電効率自体が低くなることは避けられない
(※透明と可撓性にこだわらなければ、多層化し出力を大きくできる)が、その分透明性とフレキシブ
ル性という従来太陽電池にはない新たな付加価値をもち、今後より多くの場所に設置可能な新たな太陽
電池の活用できる。例えば、単純に発電量の面積換算、変換効率30÷0.7=≒42.86倍の面積を
確保すれば得られ、蓄電池、インバータ/コンバータなど付属設備含め完全及び太陽光併用型農園用フ
ィルム、ガラスなどの外壁・天井用向け、あるいは、建築用窓ガラス向け省エネ商品に即戦力として使
えそうだ。

 【産業用PVでも単結晶シリコン需要増:世界をリードするロンジ篇】

優れた変換効率と耐久性を両立させた単結晶シリコン太陽電池で、世界をリードするLONGi(ロンジ
(中国・西安)が、日本の産業用太陽光発電市場ニーズを捉え、日本市場に向けて、300XV以上の高効率な
単結晶PERCモジュールを供給する体制が整っているという(環境ビジネス、2017年秋季号)。つまり、
今年新たに世界的権威のある国際評価機関や保険会社から、長期信頼腫や安全性リスクが総合評価され
名実ともに単結晶太陽光パネルメーカーのグローバルトップメーカーの座を確保。市場では「単結晶モジ
ュールは産業用に採用するには高価」と言われてきたが、変換効率の高さと実発電量の優位性によって必
要なモジュール枚数を削減でき、用地面積、必要部材(架台・ケーブルなど)および施工、工期が抑えられ
ることから、発電所建設のトータルコストの削減が可能になった。 併せて、改正FIT後の制度変更もあ
り、PV発電所づくりから、PV発電事業施設の長期安定発電、運用が求められることから、単結晶モジュ
ールヘの需要が一気に高まってきているという。



同社は、単結晶シリコンのみにこだわり、インゴットから一貫した技術開発と品質管理を行う強みを活
かし、優れた品質と価格競争力の両立を実現している世界一の単結晶モジュールメーカー。単結晶シリ
コン・インゴット/ウエハのサプライヤーとして世界最大シェアを誇っている同社は、2014年からLERRI
Solar Technology社を傘下に加えたことで、セル/モジュール製造販売までトータルに手掛ける体制が整い
16年には約16.7億米ドルの売上の約半分をモジュール事業が占め、財務体質も、Photon(米)の財務ス
クリーニング連続No1Biooom Berg New Energy FinanceTierl格付けなど(最も信頼されている。太陽光
パネルは、技術革新と生産体制の整備が行き届いたことから、ここ数年の間に国際的に価格が大幅に下
落しており、太陽光発電事業の成長を加速させる一因となっている、一方で、価格競争の中でパネルの
品質も下がっているのではないかとの懸念も格強く、金融機関は20~25年間の収益予測に基づいて
投融資を判断するため、パネルの長期的な性能や品質を把握することが重要となる。



このような市場背景の中で、世界の独立系エネルギー専門認証機関のDNV GL社は、太陽光発電モジュー
ルの長期にわたる劣化や信頼性に影響を与える主要な要因について加速試験を行い、「DNV GL/2017 PV
モジュール信頼院スコアカード」を6月に発表。ロンジの主カモジュール(LR6シリーズ)が最高評価のA1-
1Pass
を受ける。信頼性テストは、IEC基準を大幅に上回る厳しい内容で、温度サイクル、動的加重、
高温高湿、結露凍結、潜在的な劣化の5項目が対象。世界各国の主要モジュールメーカーの製品性能が
試験された。また、世界最大の保険・再保険仲介会社であるエーオンの日本法人エーオンジャパンでは、
太陽光パネルメーカーの出力保証をバックアップする新たな保険の枠組みを開発。このスキームに採用
メーカーとしてロンジが選ばれる。今後、国内の太陽光発電所の長期信頼性を確保し、実現・運用をサポ
ートし、近い将来、国内において『出力保証をバックアックする保険』に加入可能な信頼陛の高い太陽
光パネルがロンジから提供されることになる。これにより、太陽光発電事業の長期信頼比を確保すると
同時に万一のパネルの不具合による出力保証を保険でバックアックする画期的なものとなっている。



● 300W以上の高効率単結晶モジュール 日本市場へ供給

同社は、16年に日本法人も設立。日本国内に技術サポート体制を構築し、品質とフォロー体制にハイ
スペックを求
める激戦の日本市場に本格参入。きめ細やかで迅速な顧客対応で、早くも市場ニーズに応
え実績を伸ばしている。
同社の製品は、大幅な出力低下を引き起こすPID(Potential induced Degradation)
現象への対策はもとより、塩
水噴霧試験やアンモニア腐食試験等もクリアしており、日本の厳しい環境
化での
使用も不安はない。さらに高強度フレームの採用により、表面許容静荷重(積雪)は5400Pa、裏面
許容静荷重(風圧)
2400Paを誇り、出荷時のセルのクラック検査も厳格な独自基準で行われており、そ
の管理は徹底している。保証サービスも、製品保証10年間に加え、出力保証はFIT買取期間を超える
25年の間、年率マイナス0.55%をリニアで保証している。太陽光パネルメーカーは、各社独自の製
品評価に基づいた25年の出力保証を行っているが、その客観性について疑問視されており、また、FIT
格の低下に伴い製品の品質や信頼院を犠牲にしたコストダウンを不安視する声もある。同社の太陽光パ
ネルが品質と信頼性を重視する日本市場で認知、導入され、その結果として、安全かつ信頼腫が高く、資
産価値の優れた発電所が増えると期待するという。この世界、日々新たである。面白い!



● 今夜の寸評:戦争は最大の環境破壊


※ EMP攻撃に対する企業・自治体の対策についての考察

19日、トランプ米大統領は、ニューヨークの国連本部で行った就任後初の一般討論演説で米国は北朝
鮮を「完全に破壊」せざるを得なくなる可能性があると発言。トランプ氏は41分間にわたる演説でイ
ランの核問題、ベネズエラの民主主義を巡る問題、イスラム強硬派などについても言及。キューバ政府
も批判したという。ところで、北朝鮮に対してアメリカが何らかの攻撃をした場合、北朝鮮の報復は、
(1)目標に到達しないリスクを冒しても既に攻撃を宣言しているグアムをミサイルで狙う、(2)在日米軍
基地を攻撃する、(3)在韓米軍を攻撃する、(4)韓国を攻撃する――の4つの選択肢のコンビネーション
になる。ただこの全ての場合において、日本あるいは韓国(もしくは両方)に被害が及ぶことになり、
アメリカの一存だけでは武力行使というオプションを取ることはできず、日韓両国の同意を取り付ける
必要がある。だが、実際に「戦争」を目の前に突き付けられたとき、日本も韓国も容易には武力行使に
同意しないだろうとし、マティス、ダンフォード、さらにジョン・ケリー大統領首席補佐官はいずれも、
イラク・アフガニスタンで01年以降続いている出口の見えない戦いの当事者だったことを上げ、朝鮮に
対する軍事攻撃は非常にハードルが高い。つまり、「言うは易し、行うは極めて難し」などという主張
がある(「炎と怒り」発言のトランプに打つ手はない?、ニューズウィーク日本版、2017.09.22)。そ
うかと言って、北朝鮮の核保有をなし崩しに認めてしまえば世界的な軍事的脅威は逆戻りするし、追い
詰め過ぎると「道連れヤケクソ暴発」も「ゼロ」ではないだろう(そのとき、緊張のあまり北朝鮮内部
崩壊も起きる可能性もある)が、いずれにしても、「(国家間の)戦争は最大の環境破壊」をもたらす
ことだけはリアル(現実)である。 

 高高度核爆発

 Aug. 27, 2017

 

コメント

秋風と野菜寿司

2017年09月22日 | マネー行動学

  

                                 
          定公4年( -506)~哀公27年( - 468) / 呉越争覇の時代  

                                

           ※  麒麟を捕らえる(哀公14年):十四年の春、魯の西部の原野で狩猟が催さ
         れた。そのおり、大夫叔孫家の御者の子鉏商(しよしょうという男が饌麟
         を捕獲した。叔
孫はその一種異様な獣を見て不吉なものと考え、虞人(狩猟
         係の役人)に下げ渡した。ところが仲尼(ちゅうじ:孔子)がつらつらその
         異説を観察して、「これは誤解だ。聖天子の世にはじめて現われる仁説であ
         る」と断じたので、叔孫は驚いて、いったん虞人に下げ渡したものを、ふた
         たび取り上げた。

         〈御者の子鉏商〉 原文は「車子鉏商」。車とは車士、つまり車御の意で士
         階級であるが、別に「車子の鉏商」と訓む説もある。卓子は卑賤なる車引き
         の意である。

 

    Sep. 20, 2017   



● ペロブスカイトの成功は人のつながりがなければ成し得なかった!

【今年の最有力ノーベル化学賞候補 桐蔭横浜大学宮坂力教授】

9月20日、米情報会社クラリベイト・アナリティクスは20日、学術論文の引用データ分析から予想
するノーベル賞候補者を発表した。今年は22人を選出し、日本からは化学分野で桐蔭横浜大学医用工
学部特任教授の宮坂力氏が選ばれた。同氏は有機無機ハイブリッド構造を持つペロブスカイト結晶の光
発電能力を発見。ペロブスカイト結晶を用いた太陽電池はペロブスカイト太陽電池と呼ばれ、近年のエ
ネルギー変換効率上昇や低コストからシリコン系に変わる次世代の太陽電池として期待されている。こ
発表を受け関連銘柄も思惑から上昇。08年に宮坂氏が立ち上げたベンチャー企業ペクセル・テクノ
ロジーズ、昭和電工と高性能プラスチック太陽電池素子開発に成功した藤森工業355円高の5円高の
4110円まで買われ、15年5月21日の上場来高値4000円を更新している。 

有機EL、色素増感型太陽電池の開発に関係してきたわたしとしては感無量ですたい。そうえいば、城
戸山形大学教授の両氏も早稲田大学理工学部つながり、「次世代太陽電池は俺に任せろ!」ですね。


  


 

 

 

● 事件背景と告発の意味 Ⅴ

 第2章 信教の自由・プライバシーと監視社会-テロ対策を改めて考える 

  第1節 スノーデン・リークが明らかにしたアメリカ政府による監視の全体像

                       異常に強力な監視技術が誤った者の手に握られるリスク

  スノーデン氏は、なぜこの危険性を強調していたのでしょうか。
 確かに、現在の政府は信用できるかもしれません。個人情報のすべてを保有されても問題ないかも
 しれません。政権が情報を保有する目的は崇高で有益なものかもしれません。しかし、これら個人
 情報
のすべてが、ドナルド・トランプ大統領に保有されるかもしれないと考えた時、アメリカ人は
 落ち着いていられるでしょうか。

  私はドナルドートランプが大統領になるとは思いません。しかし、彼が大統領になることもあり
 得るのだということ、そして異常
に強力な監視技術が誤った者の手に握られることにより民主主義
 が
瞬く間に崩壊しかねないことは理解しておかなければなりません。
  トランプ氏が、フリーハンドですべての裁判官や連邦議員の電話を聴くことができる事態を想像
 してみて下さい。彼が、過去五年間
にわたるすべての裁判官の居場所や同行者を示すデータベース
 にア
クセスできるとしたらどうでしょうか。このような能力は厳しく制御されなければなりません。
 さもなければ私たちの自由な社会を極
めて危険な状態に陥れてしまいます。

※ このシンポジウムは大統領選挙前に行われた。従ってワイズナー予想は極めて俄然信憑性を帯びる
  こととなるが、現実はどのように展開していくか細心要注意である。


                    NSAは日本語のメールや電話も傍受している

 井桁:日本ではNSAの監視についてどこか対岸の火事のように感じる向きがあります。アメリカ
 でインターネットの監視がされてい
たといっても、日本語のメールなんてNSAの戦具には意味が
 わからないだろうし、そもそも読まれないだろう、だからあまり気にする必要がないのではないか、
 と考えてしまいます。実際にアメリカ政府は日本人同士の日本語のメールや電話であっても傍受し
 ていたのでしょうか。本当に内容を読まれていたのでしょうか。

 ワイズナー:そうです。それがNSAの仕事です。アメリカ市民であれば、NSAによる監視に対
 して一定の保護与えられます。アメリカ市民でない場合、何の保護もありません。これは特に異常
 なことではありません。どの国でも同じです。私は日本法の専門家ではありませんが、もし日本で
 は情報機関が中国人やアメリカ人の情報を収集することを禁止する法律があるとすれば大変な驚き
 です。※

※ 実際、日本法でも海外に住む外国人の通信の傍受を禁止する法律はありませんただし国際法上の主
  権侵害等の問題は生じえます

  各国で法律上の制限の有無に違いがあるわけではありません。アメリカの特殊性はその能力にあ
 ります。インターネットの仕組み上、情報の大部分はアメリカ本土を通り、アメリカ企業を経由す
 るので、アメリカ政府は、日本やほかの国よりもけるかに多くの情報を傍受することができるので
 す※。アメリカ政府の特殊性はこの点だけで、外国人にとってこうした監視に対抗するための法的
 保護が存在しないことについてはどの国でも同じです。

※ 全世界のインターネット七の通信はほぼすべてがアメリカ本土を経由するとされています。これに
  よってアメリカ政府だけが物理的に通信内容にアクセスする特別な能力を手にしています。 

                              「すべてを集める」

 井桁:アメリカ政府は、具体的にどのくらいの数の個人情報を、どのくらいの頻度で集めていたの
 でしょうか。
 ワイズナー:具体的な数字をここで述べることはできませんが、NSAがすべての情報を集めるこ
 とを戦略としていたことは確かです。文字通り、”Collect it All”(すべてを集める)を目標とする
 と記載されている内部資料すらあります。情報の価値を検証するのは「すべて」を収集した後なの
 です。法律上必要な許可や権限を得ることすら、情報を集めた後に回されていました。いずれにせ
 よ戦略は「すべてを集める」なのです。この戦略に技術的な限界が影響することはあっても、法律
 や原則や価値観によって贈がはめられることはありませんでした。
  これはNSAの職員が悪人だからではありません。政府機関の本能に基づくものです。スノーデ
 ン氏の話を正確に理解したならば、これがアメリカ政府に特有の問題ではないことがおわかりにな
 るでしょう。これはすべての政府に共通する問題です。アメリカ政府は監視やドローンなどの技術
 に関して他国よりも数年進んでいることは確かであり、アメリカ政府が今まさに議諭している規則
 の内容は世界中の政府に影響を及ぼすことになると思います。
  スノーデン氏が述べた通り、このプログラム自体は難しいものではありません。近い将来、NS
 Aがアメリカ国民に行ったような監視の能力を匪界中の政府が持つようになるでしょう。

                            メタデータは監視タイムマシン

 井桁:すべての情報を集めるというとSFのように聞こえます。本当にそんなことがあるのだろう
 かと思ってしまいなかなか実感が湧きません。具体的にどのような情報が集められていたのか、ス
 ノーデンーリークを踏まえて教えていただけますか。

 ワイズナー:実際にスローガンの通りに全部の情報を集めていたわけではありません。けれども大
 量です。本当に大量です。必要十分以上の量です。
  NSAは、世界中のすべての通話の内容を収集し保存しているわけではありません。さすがにデ
 ータが大きすぎます。NSAは、特定の国からのすべての通話を集めています。これらの国の中に
 は、たとえばアフガニスタンやバハマが海まれています。アフガニスタンについては、通話を集め
 る必要性も理解できるかもしれませんが、バハマについてはなぜ集めているのか理解が少々困難で
  す。
   いずれにせよ、NSAはメタデータを集めています。さて、情報機関の職員や警察官に、電話
 の 通話内容とメタデータのどちらの価値が高いか関いてみたとしましょう。おそらく全員がメタデ
 ータと答えるでしょう。特にすべての人に関する情報であればまずメタデータと答えるはずです。
  スノーデン氏の話にもあった一通り、メタデータとは、電話で話した内容に関する情報ではあり
 ません。私たちが会話をしたという事実、通話の日時、通話時間、通話時の場所などがメタデータ
 です。
  これは私たちの交際関係のすべてです。メタデータは嘘をつきません。メタデータは真実だけを
 語ります。政府に電話を盗聴されてい
る時、私たちは器用に会話の内容を隠すことができます。メ
 タデ
ータについてはできません。
  NSAは会話の内容ではなく、私たちの交際関係のすべてを保存しているのです。これはタイム
 マシンのようなものです。過去にさ
かのぼることだけができる”監視タイムマシン”。今は政府か
 ら何も疑われていないかもしれません。しかしたとえ
ば二年後に何らかの容疑が持ち上がろと、政
 府はタイムマシンの巻
き戻しボタンを押して、二年前、三年前、四年前、五年前に戻り、あなたが
 その間何をしたかをすべて明らかにすることができるのです。

  あなただけではありません。あなたと連絡を取った人もこうした捜査の対象となるかもしれませ
 ん。このタイムマシンは確かに捜査にとって有用かもしれませんが、だからといって正当化される
 わけではありません。たとえば、捜査に有用だとして政府が私たちの寝室すべてにビデオカメラを
 設置したらどう思いますか。自宅の上に監視用のドローンが常に飛んでいたらどう思いますか。誤
 解されがちですが電話のメタデータはこれらと同じくらいプライバシーを脅かすものです。すべて
 のメタデータを保存することで、政府は私たちのすべてを知る能力を得ることになるのです。

※ あるデータの性質を説明するためのデータ。メタは「高次の」という意味を持つ。本に例えれば、
  表紙や目次索引などに書かれた情報を指す。放送では、表紙には番組名や出演者名、目痔索引には
  各場面の簡単な説明が該当する。番組全体の管理や番組表作りには前者、番組内容のチェックに後
  者のデータが使われる。日本では関係団体がJ/Metaという標準形式を定めているが、まだ利用は進
  んでいない。(2006-12-15 朝日新聞 夕刊 3総合)
※ NSA、グーグルと米ヤフーのクラウドに「思いのまま」アクセスか--米報道 - CNET JapanOct. 31
        2013: https://japan.cnet.com/article/35039237/

  第2節 ムスリムに対する監視

  9・11はムスリム過激派組織であるアルカイダによる犯行でした。以降、過激派という伜を超
 え てムスリム全体をテロリスト予備軍として監視する捜査が進められました。2011年8月、
 AP通信の調査報道によって、ニューヨーク市費が9・11以降、ニューヨーク州など三つの州で
 ムスリムに対する監視捜査を実施していることが明らかにされました。テロリストとの関連性やテ
 ロを起こす危険性、過激派思想の有無などによる選別は一切なく、ただイスラム教を信仰している
 ことのみが、監視の理由でした。
  報道後、ニュージャージー州とニューヨーク州で相次いで、ムスリムやモスクなどが原告となり、
 ニューヨーク市費などを相手方として監視ブログラムの差止などを求める訴訟が提起されました。
 ニュージャージー州のものはハッサン事件、ニューヨーク州のものはラザ事件と呼ばれています。
  ハッサン事件は、一審では原告が敗訴しましたが、連邦控訴審において、イスラム教という宗教
 のみに着目して実施された監視捜査は憲法に違反する疑いがあるとして、原審に差し戻されました
 ※。

  
ラザ事件は長年の協議を経て、2016年1月、ニューヨーク市費が二度と宗教に着目する監視
  を行わないことなどを約する、原告の勝訴的な和解条件が公表されました※)。パネリストのマ
  リコ・ヒロセ氏はこの訴訟の原告側代理人を務めています。ムスリムに対する監視捜査の実情や
  問題点などについて話を伺いました。

※ 決定全文はこちらです。https://ccrjustice.org/sites/default/files/attach/2015/10/Hassan%203rd%20Cir%20
         Ruling%2010‐13‐15.pdf

※ この訴訟は、本文でヒロセ氏が述べているようにハンチュー事件と併合して審理が行われており、
  1月に公表された和解案の効力が発生するためには別途ハンチュー事件の裁判所の同意が必要とさ
  れていましたが、2016年10月、その裁利所が、和解案の内容は、ニューヨークーク市費の違
  法な監視捜査の再発防止策として不十分であるとして、具体的な改善内容を提案しつつ和解案に対
  する同意を拒絶しましたhttps://www.adu.org/1egal‐doa,naent/raza‐v‐new‐york‐handschu‐court‐ruling‐
         proposed‐revisions‐hndschu‐guidelines
)。これを受け、改めて当事岩間で協議が進められ、最終的に
    2017年3月6日、ほぽ10月の裁判所の提案に圓した形で和解案が改訂され、公表されました
  (「ニューョークタイムズ紙」、"Aher Spying on Muslims, New York Police Agree to Greater Oversigh-
         t"',March 6 2017. http://www.nytimes.com/2017/03/06/nyregion/nypd‐spying‐muslims‐surveillance‐lawsuit.
   html
など
)。

 Mariko Hirose 

 9・11後のムスリムの監視は第二次世界大戦中の日系アメリカ人の境遇に似ている

 井桁:はじめに、アメリカ、特にニューヨーク警察のムスリム監視の手法を教えて下さい。
 ヒロセ: シンポジウムに招待していただき、JCLUのみなさまに感謝申し上げます。私はアメ
 リカ自由人権協会(ACLU)のニューヨーク州の支部であるニューヨーク自由人権協会(NYC
 LU)に所属しています。私がアメリカで取り組んでいる問題についてここにいるみなさんにお話
 しする機会をいただきうれしく思います。私は日本で育ちまして、日本語の質問を理解することは
 できますが、専門家としてのキャリアはすべてアメリカで積んでいますので、回答は英語で行わせ
 ていただければ幸いです。
  2011年のAP通信の報道(※)により、ニューヨーク市警察(NYPD)が9・11ロのす
 ぐ後から、ニューヨークー市や一市外のムスリムーコミュニティに対して大規模な監視を行ってい
 ることがわかりました。監視は特定の容疑に基づくものではなく、イスラム教徒であることのみを
 理由とするものでした。このような監視がなされていることに、ムスリム・コミュニティに属する
 多くの人は報道の前から気付いており、あるいは疑念を抱いていました。
  具体的な監視の内容としては、モスクの前に監視カメラを設置する、モスクやムスリムの学生団
 体への情報提供者・スパイの潜入、ムスリムが多く住むコミュニティの商業活動の把握やマッピン
 グ(※)などがあります。
  この監視捜査はムスリム・コミュニティに深刻な悪影響をもたらしました。相互不信の大きな種
 をまいたのです。モスクの来訪者も減少しました。
  このような事態が現実に生じているなど想像できない方もいらっしやると思いますが、この事実
 を理解することは極めて重要です。
  そしてこれが不正義であることは容易に理解していただけると思います。
  ここで行われていることは、第二次世界大戦の最中にアメリカで日系アメリカ人に起こったこと
 によく似ています。当時、アメリカで生まれアメリカの市民権を有しアメリカで暮らしているアメ
 リカ人が、日本人の先祖を持つというだけの理由で監視の対象となり、一定の地域から退去させら
 れ、自宅を捨てて収容所に出頭するよう求められました。※

※ AP通信はこの報道により2010年のピュリッツアー賞(調査報道部門)を受賞しました。
※ ニューヨーク市警は、ムスリムが多い国ごとにそれぞれニューヨークなどの地図を用意し、それぞ
  れの地図上にその国出身の、ムスリムの居住地、経営者や客の多くがムスリムの商店、モスクなど
  をひとつひとつ書き込んでいました。
※ アメリカ政府は、1941年12月8日の真珠湾攻撃以後、太平洋沿岸の大部分を軍事区域に指定
  し、区域内に居住するすべての日本人及び日系人に対して移住を命じました.人種に駄づく差別で
  あるとしていくつかの訴訟が提起れましたが、当時の最高裁はいずれについても日系人の訴えを棄
  却しました。数十年後に軍が主張していた日系人がスパイとなる危険性を示す証拠がねつ造された
  ものであったことが明らかとなり、政府と議会により、当時の措置が差別的で違法なものであたこ
  とが認められ、謝罪とともにひとりひとりに補償金が支払われました。 

                                       この項つづく  

  Sep. 13, 2017           

● 今夜の話題:彦根の背赤苔蜘蛛と洋野菜寿司

13日のことだが、平田町でセアカゴケグモ発見されたという。1995年11月に大阪府高石市で発
見されと日本で発見されている。オーストラリアでは古くから代表的な毒グモとして知られており、抗
血清も存在する。日本でも、発生地域の医療機関で抗血清を準備しているところがある。メスに咬まれ
た部位は激しい痛みを感じた後に腫れ、全身症状(痛み、発汗、発熱、頭痛、筋肉痛、不眠などが継続
するなど)が現れることがある。重症化することは少ないが、全身症状が現れた場合には119番に通
報し救急車を要請し、医療機関で診察を受けることが望ましいと指針されている。
セアカゴケグモは体
長がオス約3ミリ、メス約1センチ、メスは全体的に黒く、背に赤い帯状の模様があるのが特徴。危険
外来生物の1種。近年は滋賀県内の各市町でも確認され、彦根市内では昨年秋にも見つかっているから、
広範に生息しているのだろう。


側溝や排水
溝、花壇の周辺ヅランターの下、墓石のすき間、エアコンの室外機、すべり台やベンチの裏、
庭のサ
ンダル内などにいるとされる。家庭用の殺虫剤で駆除できる。今回は同日口午後5時ごろに市民
が側
溝付近でセアカゴケグモ2匹を捕獲。市職員が引き取って駆除した。市は「発見した場合は素手で
触らず、殺虫剤で駆除してほしい」としている。これもグローバル化の証なんだろう。

  
洋野菜握り寿司

                茄子寿司を頬張る君に満足しビールのみ干すルーティンかな   

  

  

埼玉県は洋野菜の栽培が盛んである。ところが、にぎり寿司店は回転寿司も含め、ここ10年で10分
の1ほどに
軒数が激減、そこで考え出されたのが、さいたま市の鮨割烹「山水」や鮨商生活衛生同業組
合が地元の洋野菜を使った洋野菜にぎり寿司を考案。これが健康志向ブームと合いまって燎原の火のご
とく広がる。彼女が「なす握り」を好み定番となる。しかし、店により敬遠される店もあるが、シャリ
なしのサラダ寿司やシャリ(酢飯)を米から大豆蛋白(豆腐)に変えた野菜寿司もだされるようになる。
これは大歓迎だ。

  

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ソーラーファサードの風

2017年09月20日 | デジタル革命渦論

  

                                 
          定公4年( -506)~哀公27年( - 468) / 呉越争覇の時代  

                                

           ※  檇李(すいり)の戦い(定公14年):呉が越を攻めたとき、越王勾践は
         李
檎(呉の地)に陣を張って、これと対峙した。何度か攻撃をしか
けたが、
         呉の堅陣はびくともしない。決死隊を二度までくりだして、呉の兵卒を多数
         捕虜にしたが、
呉軍はいささかも動揺の色を見せなかった。これはとても一
         筋縄ではいかぬと見た越王は、罪人たち
を三組に分け、一組ずつ一列横隊で
         呉の陣営に遣らせた。

         罪人たちは各自剣を抜いて自分の順に押し当て、「呉越二言の合戦を前にし
         て、われわれは軍令に背き、大罪を犯した。もはや死刑は免れぬ身、いっ

         ここで自決してごらんにいれよう」
と言うや、いっせいに自分の煩を刎ねた。
         これにはさすがの呉軍も度肝をぬかれた。そのすきに越
軍は呉の陣営に突入
         し、さんざんに呉軍をうち破った。

         越の大夫霊姑浮(れいこふ)は、戈をふりかざして呉王闔廬(こうりょ)に
         襲いかかった。闔廬は足の親指を負傷し、片方の
靴を奪われた。そして逃げ
         帰る途中、檇李から七里離れた陘(呉の地)で息をひきとった。それからと
         いうもの、国威の子の夫差は、家臣を庭先に立たせ、自分が出入りするたび
         に(父の霊に
代って)こう問わせた。
         「夫差よ、父が越王に殺されたことを忘れはしまいな」
         夫差の答はつねにこうだった。
         「いえ、忘れはいたしません」
         合戦から三年後、夫差はついに越に復讐をとげた。

 No.70

【ソーラータイル事業篇:ソーラーファサードの風】

ドイツなどの欧州では、ゼロ・エネルギービルディング向けのファサード(外装)太陽電池モジュ
ール導入がの実用化がでは10年ほど前から導入されている。「ソーラータイル事業」でも掲載し
てきたように、屋根型パネルと比較して発電効率をはじめとして色々と制約があるが、ファサード
ソーラーパネルは現時点では高価になるが、通常のファサードよりも塗装等のメンテナンス費用を
削減でき、また、エネルギーを生み出し、直接的な経済効果もあり。従来と比較して売電可能であ
り、何と言ってもゼロ・エネルーギー社会を実現でき、二酸化炭素削減・地球温暖化を防ぐ効果が
最も魅力的であることは言うまでもないだろう(参考:環境ビジネス「ファサードPVモジュールが
ニッチな業界を作り出す」、2017.09.18)。ところで、ソーラーファサードとソーラータイルとの
違いはあるのか?本質的には違いはない、ただ、後者の「タイル」には「敷き詰める」という意味
合いが含まれているので制御工学的側面で広範で深い(より緻密で設計要求項目も多い)。

 Feb. 10, 2015

  Megaslate®Solar facade


Photovoltaik-Fassaden: Jetzt wird’s bunt!


【蓄電池篇:太陽光市場の成長は蓄電池】

北米最大の太陽光発電関連の国際展示会「ソーラー・パワー・インターナショナル(Solar Power International:
SPI) 2017」(2017年9月10~13日)がネバダ州ラスベガスで開催された。今年も昨年と同様、北米最大のエ
ネルギー貯蔵関係の国際展示会「エネルギー・ストレージ・インターナショナル(Energy Storage International :
 ESI)との併催である。今年で14年目を迎えるSPIは 2万人を超える参加者を動員し、大きな賑わいを見せ
る(「米展示会レポート、 太陽光市場の成長は蓄電池が担う!」日経テクノロジーオンライン、2017.09.20)。



従来、太陽光発電はRPS法(再生可能エネルギー導入義務制度)など、公的な政策主導で導入が拡
大してきたが、低価格化が急速に進み、発電コストが従来の電源に匹敵、または勝るようになり、
政策・規制による促進だけでなく、「経済的に」メリットが生じ、企業や電力会社による電力事業
用のメガソーラー(大規模太陽光発電所)の開発が加速。実際、2016年に電力事業用セグメントの
設置容量は10GWを超える。カリフォルニア州やハワイ州では太陽光発電の大量導入に伴い、日中
に需要を上回る太陽光発電の余剰供給となり、系統の安定運用を脅かし、今後のさらなる太陽光の
導入拡大の壁になっている。SPIでは、太陽光発電が昼間に生み出す「過剰」電力量に対応に さま
ざま手法――例えば、❶自産自消モデルを促進するネットメータリング制度の改定、❷時間帯別電
気料金プランの導入、❸デマンドチャージの導入、❹マイクログリッド、電力会社による分散型電
源の統括計画など蓄電池を併用する政策、❺次世代のグリッドなど――がテーマに議論されている。

12日の「ソーラーと蓄電池の交差点」の基調講演で、太陽光パネルは大量生産によってすでに低
価格化した蓄電池の市場動向がについて議論されているが、小規模ではあるが蓄電池市場の成長は
加速してきている――昨年電力会社が207MW(257MWh)の蓄電池を系統に接続したデータが航海
され、電力会社は供給側にグリッド安定用に蓄電池を設置するだけではなく、電力需要側での蓄電
池の設置を促す数々のプログラムに乗り出していると、米スマートエレクトリックパワー協会のジ
ュリア・ハム氏と語る。また、米調査会社のブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンス
BNEF)のヒュー・ブロ
ムリー氏は、太陽光発電市場と蓄電池市場を比較するため、シリコン原
料とリチウムイオン電池の
価格推移を公表し、テクノロジーの統合により、太陽電池には異なるタ
イプがあるものの、シリコ
ン結晶系が市場をほぼ独占し、一つのテクノロジーに集中することで、
生産・製造の規模が大でき、
価格が大幅下落し1ワット当たり30セント(33円)に達した。
電池は、蓄電池市場は携帯、ラップトップなどの小型民生用、電気自動車(EV)など車載用、そ
して電力需給を調整する定置用蓄電池の3つのセグメントで構成され、太陽光パネルがシリコンテ
クノロジーに集約されるように蓄電池もリチウムイオンに集約され始め、蓄電池市場というゲーム
の勝算は規模にかかっいる。そして、規模はEVの成長にかかっている――EVのリチウムイオン
電池の需要は定置型の約20倍で、民生用の需要は定置型の約30倍になる。



このように、今年EVの販売は世界的に百%増加、2017年は転換点になる。EVの販売が増加し
年年は始めてEV用のリチウムイオン電池の生産が民生用を抜くとみられている。定置型蓄電池だ
けで、このEVの生産スケールに到達することは難しい。リチウムイオンという同じテクノロジー
を共有することで、定置型蓄電池はEV用のコスト低減の恩恵を受けることになる。BNEFのデー
タは、現在中国が55%のリチウムイオン電池生産の世界シェアを握っており、あと5年後には大
半のシェアを中国が独占すると予想する。数年前、米EVメーカーのテスラは、車載用蓄電池を応
用した定置型蓄電池「パワーウォール・パワーパック」を市場に投入する一方、米住宅・商業用太
陽光発電販売・設置でリードするソーラーシティー社を昨年、買収。こうした先進企業を例にとり、
「太陽光発電、EV、そして定置型蓄電池のテクノロジーは統合している。これらの相乗作用を考
慮した戦略が重要になると考えている。

     

【ZW倶楽部とRE100倶楽部の提携 13】

● カーボンアロイ触媒燃料電池スタックで白金80%削減


9月20日、日清紡ホールディングスは、開発を進めている白金代替触媒「カーボンアロイ触媒」
が、カナダの燃料電池メーカーBallard Power Systems 社の燃料電池スタックに採用されことを発表。
カーボンアロイ触媒は日清紡と群馬大学が2006年から共同で開発を進めているカーボンを主原料と
した白金代替触媒。炭素化工程の最適化と触媒表面の炭素構造を制御することで高い酸素還元活性
を持つ。固体高分子形燃料電池の電極に非白金触媒が実用化は世界初。カーボンアロイ触媒を使用
したBallard社の燃料電池スタックは、今年年12月から販売予定。固体高分子形燃料電池の電極触
媒は、高価で有限資源の白金を使用。発電時に二酸化炭素を排出しない同電池をクリーンエネルギ
ーソースとし、普及拡大させるには、白金に代わる触媒の開発が大きな課題の1つとなっている。
固体高分子形燃料電池の電極は、酸素を還元する空気極と水素を酸化する水素極があり、どちらに
も白金を利用。一方、カーボンアロイ触媒は白金を一切使用せず、工業生産で安定供給が可能なカ
ーボンを主原料とする。今回、Ballard 社の燃料電池スタックの空気極側に、酸素還元能を持つカー
ボンアロイ触媒の採用で、スタック全体の白金使用量を800%削減できる。

 Sep. 12, 2017

Ballard to Offer World’s First PEM Fuel Cell Product Using Non Precious Metal Catalyst

❏ 関連特許:特開2016-165706  ヘテロポリ酸系触媒及びその製造方法
                      並びにこれを用いた電極及び電池

【概要】

現在、多くの化学反応や次世代電池で、白金触媒等の貴金属触媒が使用されているが、貴金属の埋
蔵量に限りがあることや、高価であること、さらには、燃料電池電極触媒には、シンタリング現象
の活性低下が生じ、空気電池触媒には、貴金属が電解質溶液の分解等の化学反応を引き起し、技術
的面でも解決すべき課題が多く、白金等の貴金属を使用しない貴金属代替触媒の開発が進められて
いる。
 ここで、例えば燃料電池の原理について見てみると、アノードとカソードの間に電解質膜を挟み、ア
ノードには水素を、カソードには酸素または空気(空気中の酸素)を供給する。それによってアノード側とカ
ソード側でそれぞれ以下の式1及び式2の電気化学反応が起こる。具体的には、アノード側では式1の反応
により発生したHイオンが電解質膜を通過してカソード側に移動すると共に、電子(e)が導電回路を経
由してカソード側に移動する。一方、カソード側では供給された酸素(または供給された空気中の酸素)と、
電解質膜を通過して移動してきたHイオン、そして導電回路を経由して移動してきた電子が式2のとおり
に反応して水が生成する。これら一連の反応によって導電回路に直流電流が発生し起電力が生じる。

     アノード側:  H  →  2H+2e                        (式1)
     カソード側:  O+4H+4e  →  2HO            (式2)

ところで、カソード側では式2の反応(4電子反応)だけでなく、下記式3のような2電子反応が起こることが
知られている。

     O+4H+4e  →  2HO          (式2)
     O+2H+2e  →  H           (式3)
     H+2H+2e  →  2HO      (式4)

上記2電子反応(式3)が起こると過酸化水素(H)が生成する。この過酸化水素は触媒や
電解質膜を
劣化させ、燃料電池の耐久性を低下させる一因となっていた。 一方、ヘテロポリ酸は
優れた酸化触媒であ
ることから、主として燃料電池のアノード側触媒として用いられている。この
ヘテロポリ酸が導電体と複合体
を形成し電極材に担持された電極をカソード側の電極として使用す
ることも提案されているが、ヘテロポリ酸
と導電体を単に混合することによって使用される電極に
おいて、電極を酸素とプロトン伝導体と電子伝導体
と触媒とが同時に接触するような特定の構成に
することにより高い出力電圧が得られることは記載されて
いるが、触媒単体としての性能としては
さらなる酸素還元活性の向上が求められていた。

従って、酸素還元活性、過酸化水素還元活性の高いヘテロポリ酸系触媒の提供にあっては、ヘテロ
ポリ酸及び/またはヘテロポリ酸塩と金属酸化物と導電性材料とを含む触媒であって、ヘテロポリ
酸/ヘテロポリ酸塩の金属酸素酸骨格中に金属原子としてモリブデン/バナジウムを有し、および
金属酸化物の金属原子としてモリブデン/バナジウムを有する特徴の触媒を提供する。また、製造
方法は、ヘテロポリ酸/ヘテロポリ酸塩と金属酸化物と導電性材料とを含む触媒の製造方法で、金
属酸素酸骨格中に金属原子としてモリブデンバナジウムを有するヘテロポリ酸と、導電性材料とを
混合し、この混合物を500℃から900℃で熱処理することで触媒を得るものである。


【図8】図8は、比較例4のX線回折図形
【図9】図9は、実施例1~4及び比較例1及び2のサイクリックボルタンメトリーにおいて得ら
    れたボルタモグラム

下表1と下図11より、実施例1~4の触媒を作用電極に用いた場合では、比較例1~3の触媒を
作用電極に用いた場合よりも過酸化水素還元に対する0.1Vの時の電流密度の絶対値が大きく、
過酸化水素還元電流が増加していることが分かる。




さて、順調に定着し、エネルギーフリー社会の早期実現を祈願しておこう。
 


  

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自由と人権

2017年09月19日 | 時事書評

  

                                 
          定公4年( -506)~哀公27年( - 468) / 呉越争覇の時代  

                                

            ※  伍員(ごうん)と申包胥(しんほうしょう):楚の伍員と申包百とは、友人の間柄であっ
                  たが、伍員が国外に亡命することになった。出発に先立、伍員は申包胥に言
         った。

                 「そのうち、必ず楚を倒してみせるぞ」
                   申包胥もまけずに答えた。
                  「まあ、せいぜいやってみたまえ。おまえが倒したら、おれが建て直してみ
          せるから」

          その後、楚は呉に敗れ、楚の昭王(平王の子)は随の国に逃れた。申包胥
         は昭王
の使者として秦に行き、援軍を求めた。
                  「いまや呉は、中原の諸国を良い荒そうとしております。その貪欲さは、大
         猪か大蛇
にたとえられましょう。わが楚国はまっさきにその餌食となり、わ
         が君は行方定めぬ
旅を続けております。わたしはわが君の使者として援軍を
         求めにまいりました」

          申包胥は昭山王の言葉を伝えた。
          「"呉は貪欲飽くことを知らぬ野蛮の国、もしわが楚が滅ぼされ、貴国が呉
          と隣り合
わせになったら、国境で紛争が起こることは確実です。いまならば
          遅くはありません。呉がわが楚の全土を平定してしまわぬうちに、貴国から

          兵を挙げて、分け前をお取りください。もし、わが国が滅びたときには、そ
           の分は貴国の領土となります。また、もし貴国のお力で呉を追い払うことが
                  できた
ならば、わが楚は子孫の代まで貴国にお仕えいたします”わが君はこ
          う申しております」  

            秦の哀公は、家臣を通じて婉曲に断わらせた。
         「お使いの趣きは承わりました。しばらく館でお休みください。相談の上で
         ご返事いたします」

         すると申包胥は、
         「わが君は国をはなれて流浪しております。満足に休む場所さえないことで
         しょう。臣下のわたくし
が休んでいられましょうか」
         と言って、朝廷の塀にすがり、夜も員も声をあげて泣いた。飲むものも飲ま
         ず七日間も泣き通した。

          これに心を打たれ、哀公は「無衣」の詩を歌った。それを聞いて申包胥は、
         頓首の礼を九度くりかえ
し、ようやく座についた。
         かくして秦は楚に援軍を出すことになった。

         〈無衣の詩〉『詩経』秦風の一篇。その一節に、「王ここに師を興さば わ
         が戈を修めて 子と仇
を同じくせん 子とともに作(た)たん子と偕に行
         かん」とある。哀公は援軍承諾の意を表したのである。


               豈衣無しといはむや 子と袍を同にせむ
               王ここに師を興す 我が戈矛(くわばう)を脩め
               子と仇を同にせむ
               豈衣無しといはむや 子と澤を同にせむ
               王ここに師を興す 我が矛戟(ばうげき)を脩め
               子と偕に作(た)たむ
               豈衣無しといはむや 子と裳を同にせむ
               王ここに師を興す 我が甲兵を脩め
               子と偕に行かむ

                                
                             詩経国風「秦風」




        
★ かくて申包胥は、秦の兵車五百乗とともに、呉軍を稷(楚の地、河南省桐
                   柏県境)に敗った。
また伍員のその後のことは『史記』(伍子胥列伝)に
                   詳しい。

   

    
高橋洋一 著 『戦後経済史は嘘ばかり』  

   第1章 「奇跡の成長」の出発点見るウソの数々   

      第9節 資本主義が前提の日本では、労働三法でバランスがとれた

   戦後のGHQの民主化政策の中には、労働の民主化も含まれていました。労働三法(労働基準
  法、労
働関係調整法、労働組合法)が制定され、労働基本権が確立されて、労働組合を結成でき
  るようになり
ました,
    こうした労働の民主化が行われたのは良かったと思います,
    たしかに、労働者の権利意識が高まって労働争議がたくさん起こり、社会主義に転換するかも
   しれない
きわどい状況も生じました。
   しかし、労働者の基本的な権利を守らないと民主主義にはなりません,日本社会は、戦前から
   資本主
義のDNAが根付いていました、農地改革などで共産化の防止が行われていましたので、
   資本主義体制を前提とした労働の民主化は、
社会のバランスをとるうえで必要なものでした。

 
      第10節 財閥解体も集中排除も完全に骨抜きにした民間企業の知恵

   GHQは、財閥が軍国主義の温床であったとして、三井、三菱、住友、安田などを対象に財閥
  解体命令を出しました,また、独占禁止法や過度経済力集中排除法なども制定して、市場競争を
  促進する政策を導入しています,
   経済学的にいえば、集中排除の名目でシェアの高い企業を潰すのは必ずしも合理的なこととは
  いえません。シェアが高くなったのは、競争で勝ち残ってきた結果と考えることもできます。競
  争力の高い企業を一律に潰してしまうことは正しい策ではありません。集中排除は、あくまでも
  カルテルの温床をなくすという意味合いでなければなりません。
   財閥解体と集中排除で強い企業が潰されると、経済的に打撃を受けるおそれかおりますが、日
  本はそこをうまく切り抜けました。
   財閥解体を命じられても、完全にバラバラに解体したわけではなく、ゆるやかなグループとし
  て温存させたのです。今でも三井グループ、三菱グループなど、企業の結びつきは続いています。
  企業グループというのは、ある意味では取引上の保険のようなものです。新たに顧客開拓をし
  なくても、グループ内で買ってくれることが「期待できる」からです。グループ化してその中
  加わっていたほうが、経営が安定しやすいのです。

   財閥解体をうまく逃れて、相互互助的な、ゆるやかなグループにすることができたために、戦
  後の日本の企業は、一定の売り上げの保険
を持ったうえで、新たなことにチャレンジして発展し
  ていくことがで
きました。
  日本の企業は賢いので、GHQに対して財閥解体を「やったふり」をしながら、グループ化を認
  めさせました。財閥解体も集中排除も骨
抜きにしてしまったのです。日本人は理不尽な上からの
  命令を「換骨
奪胎」する知恵を持っていました。
   このようなことができたのは、日本企業の中に戦前からの資本主義の土壌があったからです。
  民間企業が中心となって、GHQをごまか
してうまく規制を逃れました。GHQは「まあいいじ
  やないか」とい
えば、日本政府の内部の社会主義的な官僚も、それ以上のロ出しはできません,

                    第11節 GHO苔IMFも「財政均衡」が大好き


  1948年12月にGHQは「経済安定9原則」を指示しました。

  その内容は、次のようなものです,

  
1.総予算の均衡
  2.徴税の強化
  3.資金貸出を復興のみに制限
  4.賃金安定
  5.物価の統制
  6.貿易の改善
  7.物資割り当ての改善
  8.原材料・製品の増産
  9.食糧集荷の改善

  この9原則を実現させるために翌年の1949年2月に来日したのが、本章の冒頭でも紹介し
  たジョセフ・ドッジでした。彼は翌3月か
ら、強力な財政金融引き締め政策を推し進めます(ド
  ッジ・ライ
ン)。
   これらの方針は、日本経済を自立させるためとの名目で出されたも一定の売り上げを稼ぐこと
 ができます。自社の製品を、同じグループの
企業が優先的にのですが、今のIMF(国際通貨基
  金)の政策によく似ています。IMFは常に緊縮財政を求めますが、戦後の日本も緊縮財政を求
  められました。しかし、それがきっかけでその後、不況に陥ることになります。
   財政の均衡というのは、あまりにも家計簿的な発想です。マクロ経済政策としては超不況期に
  は緊縮財政は正しい政策ではなく、ケインズのように有効需要をつくり出すほうがけるかに効果
  的です。

   しかし、家計簿的に考えてしまうと「均衡させなければならない」と思えるので、家計を節約
  するように、国家財政も緊縮が良いと考えてしまいます
   家計簿的な直感とはズレるかもしれませんが、実は国家の財政というのは無理に短期間で均衡
  させる必要はありません。破綻することは避けなければなりませんが、破綻しないのであれば短
  期間で均衡していなくてもかまわないのです
  「均衡しない=破綻」と思い込んでしまう人が多いのですが、「財政均衡」と「財政破綻」の中
  間にはいろいろな世界が存在しています。
   家計と違い、国家財政はある程度の赤字をずっと続けていても、大した問題にはなりません。
  たとえばアメリカの財政を見ると、「均衡財政」を掲げながらも均衡したことはほとんどありま
  せん
。百年間のうちに百回近く天井を拡大させています。建前は均衡ですが、ほぼ毎年均衡を破
  って赤字をつくっています。それでも破綻はしていません。

  逆に、杓子定規に一年ごとに均衡させようとするほうが経済には悪影響をもたらします。しか
  し杓子定規なIMFは、アルゼンチンにも、インドネシアにも、韓国にも、経済危機の際に融資
  と引き替えに超緊縮財政を求めました。その結果、各国の不況を深刻化させることになりました。
  IMFは2010年になって、ようやくその過ちを認めました,
   同じことが戦後の日本で行われました。GHQは政策を誤ったのです。
   もっとも、当時はマクロ経済学がまだほとんどできあがっておらず、国民経済計算もきちんと
  できていませんでしたので、仕方のない而もありました。
   現在のマクロ経済学からさかのぼって当時を見た「後知恵」ではありますが、緊縮財政は間違
  った政策でした。現在の知見に基づいて政策を打つのであれば、緊縮財政はやらなかったはずで
  。当時必要だったのは、緊縮財政ではなく、公共投資などで需要を増やして生産設備を伸ばす
  ことでした,

 

          第12節 ドッジラインの金融引き締めが深刻な不況を招いた

   終戦直後は、生産能力が極めて限定されていますから、そこに資金を大量に役人すれば、一時
  的にインフレに陥ることはやむをえませ
ん,しかし、当時の日本経済はアメリカからの物資の輸
  入で生産設備が
整いつつありました,生産設備が回復すれば、供給が増えてインフレは沈静化し
  ていきます。日本の場合は軍事転用されていた設備を元に
戻すことがメインでしたから、資金と
  材料さえ人手できれば比較的短
期間に転用は可能でした。まったく何もないところから新たに設
  備を
つくるには時間がかかりますが、基本的設備は残っていて、元の製造ラインに改修するだけ
  です。少し景気を良くして、今まで眠っていた
設備を稼働させることに重点を置けば、インフレ
 は収まっていったはずです
   しかし、GHQと日本政府はそれを待ちきれずに、安易に金融引き締めの方向に走りました。
  これによってインフレは収まりましたが、一転して深刻なデフレが起こり、不況に突入してしま
  いました。その結果、多くの中小企業が倒産し、失業者があふれるようになりました,つまり、
  GHQと日本政府は余計なことをしてしまったわけです,
   昔も今も変わっていませんが、インフレについて議論するときに、極端な例だけで考える人が
   たくさんいます。お金の要因とともに、供給、需要の要因の両方を見なければ、物価について理
   解することはできません。

                                                                         この項つづく

 

● 事件背景と告発の意味 Ⅳ



  第1章 スノーデンの日本への警告   

             自由を享受できる社会は市民が主役になって初めて実現される

 Q:終わりの時間が近付いてきました。最後にニコニコ動画のユーザーからの質問をメッセージ
 とともに読み上げます。多くの方が共感するメッセージだと思います。
 「あなたがやったことは勇敢であって尊敬しています。多くの日本人があなたの活動をサポート
 していることを知ってほしいと思います」。その上で質問です。「日本の人々にメッセージはあ
 りますか。日本人として、あなたをサポートするために何かできるでしょうか」。

 スノーデン:第一に関心を抱いて下さい。シンブルに間こえるかもしれません。しかしプライバ
 シーとは何かを隠すことではありません。守ることです。聞かれた社会の自由を守ることです。
 立ち上がり自分の権利を守らなければ、そして政府が適切に運営されるよう努力しなければ権力
 の腐敗が起こります。

 市民が反対しているのに政府が意に介さず法律を成立させるような社会では、政府は制御不能と
 なります。あらゆることのコントロールが失われます。人々は政府と対等のパートナーではなく
 なります。全体主義にならない保証はありません。

 私たちはみな、自分たちの子どもを自分たちが引き継いだ社会よりも自由でりベラルな素晴らし
 い社会に住まわせたいと願っています。それを実現させる唯一の方法は、常に目を光らせ続ける
 ことです。常に民主主義にかかわり続ける必要があります。監視の問題のみならず、自分にとっ
 て重要なことについてもかかわり続けなければなりません。

 ネガティブな面を見るだけでもいけません。もちろん政府が悪いことをした時には責任を取らせ
 なくてはなりませんが、非難するだけではなく、良いことを評価すること、そしてさらに重要な
 ことは具体的にこういうことをやってほしいと訴えることです。前向きな社会のヴィジョンを持
 って下さい。

 たとえば、電話をする時は常に、政府のデータベースに集められる内容を思い患う社会には住み
 たくないでしょう。私は自分がしたすべてのことが追跡され、監視される社会には住みたくあり
 ません。たとえば、三年前の三月四日にどこにいたか、私自身は覚えていませんがフェイスブッ
 クや携帯電話会社は知っているわけです。突き詰めれば、これは選択の問題であり、同意の問題
 であり、そして参加の問題です。人と話して下さい。価値観を共有して下さい。会話をして下さ
 い。議論をして下さい。そして決して恐れないで下さい。リスクを認識することそれが現実にあ
 ると認識することは大事なことです。

 手榴弾の上に身を投げ出しましょうなどと言っているわけではありません。誰もそんなことした
 くありません。殉教者など必要ありません。
 けれども行動を怖がらないで下さい。過ちを見つけたならば、すぐに行動に移して下さい、既定
 路線になる前に動いて下さい。政府の方針となることを待たないで下さい。物事を注意深く見て
 下さい。よく考えて下さい。受け身にならないで下さい。そして最後に、このことを忘れないで
 下さい。自由を享受できる社会は市民が主役になって初めて実現されるということを。あなたは
 誰かをサポートする脇役ではなく主役なのです。

 Q:ありがとうございました――今日の議論がプライバシーと国家の安全をめぐる議論の出発点
 になればうれしく思います。またいつかお話しできることを願っております。

 


  
第2章 信教の自由・プライバシーと監視社会-テロ対策を改めて考える

  第2部は四人のパネリストによる討論です。ベン・ワイズナー氏はAmerican Civil Liberties Union,
     ACLU
アメリカ自由人権協会)所属する弁護士で、スノーデン氏の法律アドバイザーを務めています。
 スノーデン氏のインタビューを踏まえて、スノーデン・リークによって明らかになった政府によ
 る監視の実態などについて話を伺いました。マリコーヒロセ氏は、ニューヨーク自由人権協会(
 )に所属する弁護士で、ニューヨーク市警によるムスリムの監視の差止を求める訴訟の代理人を
 務めています。監視の実態や訴訟の進捗などについて語っています。宮下位氏は中央大学総合政
 策学部の准教授で、プライバシーの専門家です。アメリカとベルギーの留学経験に基づいて、各
 国政府により行われている監視の実態や、その濫用を防ぐための法的な取り>組みなどを研究テー
 マとしています。青木理氏は、かつて日本警察の公安部門を集中的に取材した経験を持つジャー
  ナ
リストです。日本の警察組織の構造や思考過程などについて、これまでの取材経験を踏まえた
  体験談を
お話しいただきます。

         スノーデン・リークが明らかにしたアメリカ政府による監視の全体像

  繰り返しになりますが、スノーデン・リークとは、NSAの下請会社の職員であったエドワー
 ド・スノーデン氏が、膨大なアメリカ
政府の内部資料をジャーナリストにリークし、これを受け
 て2013
年6月からイギリスの「ガーディアン紙」、アメリカの「ワシントンポスト紙」など
 で始まった一連の調査報道の総称です。アメリカ
政府による想像を超える監視捜査の実態が明ら
 かにされました。

  とりわけ衝撃を与えたプログラムは以下の3つです。
  ひとつ目は、電話のメタデータのバルク・コレクション(BulK Collection)と呼ばれるものです。
  NSAがアメリカの電話会社に命
じ、米国と国外間の国際通話のみならず、米国内の国内通話を
 含む
すべての電話のメタデータを、毎日提出させるプログラムです。根拠条文から115条プロ
 グラムと呼ばれます。収集されるのはメタデータのみで、通信内容は含まれません。

  ふたつ目はプリズム(PRISM)と呼ばれるもので、フェイスブック、グーグル、アップルなど
  アメリカに本社を置く9社のテクノロジー会社に命じ、電子メールやSNSによる一通信内容な
  どを秘密裏に提出させるプログラムです。

   三つ目はアップストリーム(Upstream)と呼ばれるもので、アメリカ本土につながる海底光フ
 ァイバーケーブルなどに捜査官がアクセスし、目当ての通信情報を直接人手するブログラムです。
 ブリズムとアッブストリームのふたつのブログラムは、スノーデン氏もインタビューで触れてい
 た Foreign lntelhgence SulweillanceAct(FISA)という法律の改正法702条に基づいて実施されて
 いたため、合わせて702条プログラムとも呼ばれます。ターゲットがテロに関連してい るか
 どうかは要件とされておらず、また、裁判所から令状を取得する必要もありません。さらに、ア
 メリカ人は対象としない建前となっていましたが、傍受した通信の一方当時者が意図せずにアメ
 リカ人である場合は許される運用となっていたため、ほとんど歯止めなくインターネット上の
 りとあらゆる情報が収集
されていました。ある裁判では、この702条プログラムだけでで年間
 2500万件以上の通信情報が政府に取得されていたと認められています(※1)。
  パネルディスカッションの冒頭では、このスノーデン・リークによって明らかとなったアメリ
 カ政府の監視活動に関して、ワイズナー氏にお話しいただきました。

※1."Case Title Redacted", FISC, Oct. 3, 2011
※2. 井桁大介




            異常に強力な監視技術が誤った者の手に握られるリスク

 井桁※2:はじめにスノーデン・リークの意義について改めてワイズナー氏に伺います。スノー
 デン氏が明らかにした事実の中で何が一番重要で歴史的なことだったのでしょうか。

 ワイズナー:回答に先立ち、このシンポジウムに招待していただいたJCLU(公益社団法人自
 由人権協会)と、会場を提要して下さった東京大学に感謝申し上げます。
  さて、スノーデン氏は今回のリークの中心的なメッセージについてわかりやすく話してくれま
 した。最も重要なことは、以前は極めて高価であった監視が、今や大変安価になったことを明ら
 かにしたことだと思います。
  監視が高価な時代は監視対象に関する意思決定が必要でした。特定の人物の二週間にわたる居
 場所をすべて把握するためには日夜の尾行が 必要で、大変なコストを掛けて警察官のチームを
 発足させなければなりませんでした。そのため 政府は、十分な理由があると考える場合にのみ
 
監視を行っていました。

  しかし現在、監視システムはすべての情報を自動的に収集することができます。
  スノーデン氏が述べた通り、ポケットに持ち歩く携帯電話が居場所や一緒にいる人などをすべ
 て記録しています。人類史上初めて、人々の日常生活に関する個人情報のすべてを政府が収集し
 保存することが、技術的にも経済的にも可能になったのです。
  このような"能力”の存在自体はすでに知られていました。この”能力”が、実際に利用可能
 であるという理由だけで、市民の討議を経ずに複数の政府によって実際に用いられていることを
 スノーデン氏は明らかにしました。スノーデン氏の最も重要なメッセージは、監現に関するもの
 でなく民主主義に関するものかもしれません。社会における極めて重要な意思決定は、限られた
 公職者により秘密裏に行われるべきではありません。市民の討議と議論によってなされるべきで
 す。

                                      この項つづく

  

コメント

解散風 古色蒼然

2017年09月18日 | 時事書評

  

                                 
          定公4年( -506)~哀公27年( - 468) / 呉越争覇の時代  

                                

        ※  伍員(ごうん)と申包胥(しんほうしょう):舞台は長江(揚子江)の南岸にう
        つる。楚の半玉の太子建(けん)を補佐すべき少傅(しょうふ:侍従次官)費
        無極(けんぶきょく:『史記』では費無忌)は、建の妃として迎えた秦の公女
        を、なんと父・平玉にすすめて王の寵を獲得し、主人の建とその太傳(侍従長)
        伍奢を平王に讒言した。建は国外に亡命し、伍奢とその子伍尚は平玉に殺され
        た(-522)。伍尚の弟伍員(宇は子胥)は復讐の鬼と化した。かれは、建とそ
        の子勝(後の白公)のあとを追って国外に亡命し、やがて長江の下流・呉の公
        子光(後の呉王闔廬:こうりょ)に依った。光が呉玉官僚を殺して自立するや
        (-515)、その参謀となって活躍、定公4年(-506)ついに楚を柏挙(はく
        きょ:楚の地、湖北省麻城県境)に敗り、呉軍は楚の国都郢(えい)に入城し
        た。『史記』(伍子胥列伝)によると、そのさい伍具は楚の昭王の行方をハ方
        さがしたが、見つからなかったので、平王の墓をあばいて、その屍に鞭うつこ
        と三百、父と兄の恨みを報じた。山中に逃げていた申包胥が、人づてに「あま
        りひどいではないか」と伍員に告げると、伍員は「日暮れて道遠し。自分はそ
        んな道理なんかを考えているひまはなかった」と答えたという。申包胥が秦に
        奔って援軍を乞うだのは、その年が明けてからのことである。

        【経】 四年冬十有一月庚午、蔡侯、呉子を以いて楚人と柏挙に戦う。楚の師
        収績す。庚辰(こうしい)、呉、郢に入る。 


          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』   

  第52章 オレンジ色のとんがり帽をかぶった男 

  そこに出現しているのは、雨田典彦が『騎士団長殺し』の左下の隅に描いたのと同じ光景だっ
 た。「顔なが」は部屋の隅に間いた穴からぬっと頭を突き出し、四角い蓋を片手で押し上げなが
 ら、部屋の様子をひそかにうかがっていた。長く伸びた髪はもつれ、顔中にたっぷり黒い髭がは
 えていた。顔は曲がった茄子の上うに細長く、顎がしゃくれ、目は異様に丸く大きかった。鼻は
 扁平で低かった。そしてなぜか唇だけが、果物のような鮮やかな色をしていた。身体は大きくな
 い。全体的にバランス良くサイズを縮められた上うに見える。ちょうど騎士団長が、普通の大き
 さの人間をそのまま「立体縮小コピー」したように見えるのと同じように。

  それは『騎士団長殺し』に描かれた顔ながとはちがって、驚愕の表情を頭に浮かべ、今はもう
 亡骸となった騎士団長の姿を呆然と見つめていた。自分の目が信じられないというように、小さ
 くその目を開いて。いつから彼がそこでそのような姿勢をとっていたのか、私にはわからない。
 私は雨田典彦の様子をうかがいながら騎士団長の息の根を止めることに意識を集中しており、部
 屋の隅にいる男の存在にはまったく気づかなかったのだ。しかしおそらくその奇妙な男は、出来
 事の一部始終を洩れなく目撃していたに違いあるまい。なぜならそれこそが雨田典彦の『騎士団
 長殺し』に描写されていたことだったから。
  顔ながは身動きひとつせず、「画面」の端っこでひとつの姿勢を維持していた。まるでその構
 図の中にぴったり固定されてしまったみたいに。私は試しにそっと僅かに身体を動かしてみた。
 しかし私が動いても、顔ながは何の反応も見せなかった。片手で四角い蓋を持ち上げ、目を大き
 く見開いて、雨田典彦の絵に描かれたままの姿勢で騎士団長を凝視していた。瞬きひとつしなか
 った。

  私は全身に込めていた力を少しずつ緩め、定められた構図から抜け出すようにその場を離れ、
 こっそり顔ながの方に近づいて行った。血に濡れた包丁を片手に、猫のように足音を忍ばせ、ど
 こまでもひそやかに。顔ながをこのまま地下に戻してしまってはならない。秋川まりえを救い出
 すために、騎士団長は自らの命を捨てて『騎士団長殺し』の画面を再現し、この顔ながを地中か
 ら引っ張り出してきたのだ。彼の払った犠牲をむだにしてはならない
  しかしこの顔ながをどのように扱えば、秋川まりえに関する情報を得ることができるのか、そ
 の筋道は私にはまるでつかめなかった。顔ながの存在と秋川まりえの失踪がどのように結びつい
 ているのか、顔ながという男がいったい誰なのか、何なのか、すべてはわからないままだ。顔な
 がに関して私が騎士団長から与えられた情報は、情報というよりむしろ謎かけに近いものだった。
 しかし何はともあれ顔ながの身を確保しなくてはならない。それ以上のことはあとで考えるしか
 ない。

  顔ながの持ち上げている四角い蓋の大きさは、一辺六十センチほどだった。その蓋は部屋の床
 と同じ淡いグリーンのリノリウムでできていた。閉められてしまえば、床と運いがまったくわか
 らなくなってしまうことだろう。いや、おそらくは蓋そのものがそっくり消滅してしまうはずだ。

  私か近づいても、顔ながは微動だにしなかった。彼はそこで文字通り固まってしまっているよ
 うだった。ちょうど車のヘッドライトに照らし出された猫が、路上で硬直状態に陥ってしまうみ
 たいに。あるいはその絵の構図を少しでも長く固定し、維持することが、この場で顔ながに与え
 られた使命だったのかもしれない。いずれにせよ、彼がそのように一時的に不動の状態に陥って
 いたことは、私にとっては幸運だった。もしそうでなかったら、顔ながは近寄ってくる私の姿を
 目にして身の危険を察知し、さっさと地中に逃げ込んでしまっただろうから。そしておそらくそ
 の蓋は一度閉められたら、もうニ度と外に向かって開かないようになっていただろう。

  私は顔ながの背後に静かに回り込み、包丁を脇に置いて、素速く両手を差し出して襟の後ろを
 掴んだ。顔ながは暗くくすんだ色あいの、比較的ぴたりとした服を着ていた。作業着のようなか
 っこうの粗末な服だった。騎士団長の着ている上等な服とは、明らかに布地が違っている。ざら
 ざらとした質素な手触りで、あちこちつぎがあてられていた。

  私か襟を掴むと、それまで硬直状態にあった顔ながはそこではっと正気を取り戻し、慌てて身
 を振りほどき、穴の中に逃げ込もうとした。しかし私はその襟を強い力で掴んで放さなかった。
 何かあるうとこの男を逃がすわけにはいかない。そして全力を振り較って、顔ながの身体を穴か
 ら地上に引き上げようとした。それに対して顔ながは必死に抵抗した。両手で穴の縁を掴み、身
 体を突っ張って、地上に引きずり出されるまいとした。その力は思いのほか強かった。私の手に
 噛みつこうとさえした。私は仕方なく、彼の長い顔を思い切り穴の角に叩きつけた。そしてしっ
 かり反動をつけてもう一度。二度目の叩きつけで顔ながは意識を失い、その身体から急に力が抜
 けた。それで私はその男を、ようやく穴から光の中に引っ張り出すことができた

  顔ながの身長は騎士団長より少しばかり高かった。七十センチか八十センチ、そんなところだ
 ろう。彼が身につけているのは、農夫が農作業のときに、あるいは下男が庭を掃除するときに着
 るような、あくまで実用的な衣服だった。ごわごわとした上衣に、もんぺに似たかたちのズボン。
 腰のところが荒縄のような紐で結んである。履物は履いていなかった。たぶん普段から裸足で生
 活しているのだろう、足の裏は硬く分厚く、どす黒く汚れていた。髪は長く、ここしばらくのあ
 いだに洗われたり、櫛をあてられたりしたような形跡は見当たらなかった。黒い髭が顔の半分は
 とを覆っていた。髭に覆われていない部分は青白く、いかにも不健康そうだった。全身のどの部
 分をとってもあまり清潔には見えなかったが、不思議に体臭はなかった。

  その外見から私に推量できるのは、騎士団長はおそらく当時の貴族階級に属する人であり、こ
 の男は賤しい庶民なのだろうというくらいだった。飛鳥時代には庶民というのはこのような格好
 をしていたのだろう。いや、あるいはそれはただ「飛鳥時代の庶民はこのような格好をしていた
 だろう」と雨田典彦が想像した姿に過ぎないのかもしれない。でもそんな考証はどうでもいい。
 今ここで私がやらなくてはならないのは、秋川まりえの発見に繋がる情報を、この奇妙な顔つき
 の男から引き出すことだった。

  私は顔ながをうつぷせにし、近くにかけてあったバスローブの紐をとり、それで両手を後ろ手
 にきつく縛り上げた。そしてぐったりしたその身体を引きずって部屋の中央に運れてきた。体重
 は身長相応に、それほど重くはない。中型犬程度のものだ。それから私は窓のカーテンをまとめ
 るためについていた布紐を外し、それで彼の片足をベッドの脚に縛り付けた。これで意識が戻っ
 ても、もうあの穴に逃げ込むことはできない。

  縛られて床に横たえられ、意識を失い、明るい午後の陽光を全身に浴びた類ながは、みすぼら
 しく哀れに見えた。暗い穴から類を突き出して目を光らせ、こちらをうかがっていたときの、は
 っとするような不気昧さはそこから既に失われていた。近くから子細に観察すると、悪意や不吉
 な意志を持っているもののようには見えなかった。それほど類が良さそうにも見えない。そして
 その風貌にはどことなく鈍重な律儀さがうかがえた。そして臆病そうでもある。自分で何かを立
 案したり判断したりするのではなく、上から指示されたことをそのまま従順に遂行する種類の人
 間だ。

  雨田典彦は相変わらずベッドに横だわったまま、静かに目を閉じていた。微勤だにしない。生
 きているのか死んでいるのか、見かけからはまったく判断がつかなかった。私は彼の口もとに耳
 を近づけてみた。ほんの数センチしか離れていないところに。耳を澄ませると、とても微かにで
 はあるが、遠くの海鳴りのように呼吸の音が聞こえた。まだ亡くなってはいない。彼は深い昏睡
 の底に静かに横だわっているだけだ。そのことがわかって私はいくらかほっとした。政彦が席を
 外しているあいだに父親が息を引き取ってしまった、というようなことにはしたくなかったから
 だ。雨田典彦はそこに横向きになり、さっきとはまるで違うとても安らかな、満足げと表現して
 もいいような表情を類に浮かべていた。自分の目の前で私が騎士団長を(あるいは彼にとっての
 殺されるべき人物を)刺し殺すのを見届けて、それでようやく何かの思いが遂げられたのかもし
 れない。
                                                                           この項つづく

  No.69

     

【ZW倶楽部とRE100倶楽部の提携 12】 

● オールソーラーシステム篇:世界最大の電動ダンプトラック 

9月14日、スイスの企業コンソーシアムは、世界最高の採石専用電動ダンプトラックを開発。車
体重量が非積載時45トン、積載時65トン、バッテリーは、ステラ社のモデルS電気自動車8台
分相当の7000キロワット時、タイヤの直径は約2メートル、車体はコマツダンプトラック:Kom-
atsu HD 605-7
(下写真)をベース。電動機はブレーキ時に発電し充電、特に下り坂でフル充電状態
となる。なお、充電装置はニッケルマンガンコバルト電池1440個/重量4.5トン。最大電流、
3千アンペア、最大斜度13%対応。排ガスゼロ、静粛性に優れた省エネルギー車、大規模の建設
機械の新分野を担う。

 Sep. 14, 2017

● オールソーラーシステム篇:洗濯できる太陽電池 

9月18日、伸縮性があり洗濯もできる超薄型の太陽電池を開発したと東京大などのの研究チーム
が英科
学誌ネイチャー・エナジー(電子版)に公表。衣服に貼り付け、ウェアラブル(身につけら
れる)機器の電源
して応用できる。半導体の性質を持った有機化合物を極薄の高分子膜上に塗りつ
けて太陽電池を作製。
厚さがわずか3マイクロメートルで、曲げたり押しつぶしたりしても正常に
作動する。ペンで染みを付けた後、
洗剤液中でかき回して汚れを落としても、電池の性能は低下し
ない。太陽光を電力に変換する効率も、
従来の薄型太陽電池の2倍高いという。また、2枚の透明
ゴムで挟めば、伸縮性と耐水性をさらに強化でき
シャツなどに貼り付け、血圧や体温を常に測定し
て病気を早期発見する医療器具や、衣服と一体化した薄
型スマートフォンなどの電源に使えるかも
しれないと担当者ははなしている。変換効率30%超パネル時代
が約束されている現在、変換効率
以外の分野での応用商品開発に拍車がかかる。面白い!

 Sep.18, 2017

 Sep 18, 2017  

 ● オール燃料電池篇:使い捨て自律バイタルレコーダ  

9月18日、ニューヨーク州立大学の研究者は、糖尿病患者が運動中のグルコースレベル測定でき
る新しい紙ベースの使い捨てセンサーパッチを開発しとことを公表。最も広く普及しているグルコ
ース自己試験方法は、血液中のグルコースレベルの監視だが、運動中の低血糖を予防に適していな
い。、1)根底にあるプロセスが、侵襲的で不便な血液採取に依存し、様々な電解質とタンパク質を
含む汗による汚染や皮膚刺激の可能性がある、2)患者が、身体活動中に多くの付属品を運ぶ必要が
ある、3)洗練された電気化学的検出技術と十分な電気エネルギーが必要とされ、コンパクトでポー
タブルな方法ではない。この発明により次のようなことが期待できる。人間の汗に含まれるグルコ
ースを非侵襲的に測定し、自己給電型、着用可能、使い捨て可能なでる。このウェアラブルでな使
い捨てのバイオセンサは、垂直に積み重ねられた紙ベースのグルコース/酸素酵素燃料電池を標準の
Band-Aid接着パッチに内挿できる。
 

【今夜の寸評:解散風 古色蒼然】

疑惑隠し解散と揶揄される解散風が永田町で吹いている。言い換えれば、党利党略のエゴ解散とい
えるこの解散、非核化、脱原発、非武器輸出、地方分権促進の税制改革などのビジョンを鮮明でき
ず保身に窮していると見透かされている古色蒼然の解散風である。

   

コメント

美しすぎる直虎

2017年09月17日 | 環境工学システム論

  

                                 
          定公4年( -506)~哀公27年( - 468) / 呉越争覇の時代  

                                

        ※  定公四年、休戦条約は破れ、中原にはふたたび戦雲がみなぎった。だが、中原
        諸国の国力はすでに失われていた。歴史の舞台は南方に移り、これまで蛮夷と
        呼ばれていた楚・呉・越の三国の間で制覇戦がたたかわされる。呉は、すでに
        成公7年( -584)、晋の助力を得て楚と対抗、孫武(そんぶ)、伍員(ごうん
        )等の働きもあってこれを敗った。国力は充実を示し、中国一流の文化人季札
        (きさつ:呉王寿夢の子)を出し、また邗溝(かんこう:中国における最初の
        運河工事)も完成させた(-487)。 しかし、その呉も、無制限な領土拡張政策
                のために、国力を消耗させ、やがて南方の新鋭越(えつ)に取ってかわられる
        ことになる。かくて、春秋時代は終りを告げる。 



【鹿島神宮の鯰割烹 鈴章】

鹿島神宮に鯰のフルコースを出す店があることを知る。是非食べに行こうと予定する。鯰は河豚・鰻・
鯛の3つの美味を兼ね備えた魚であることはブログでも書いている。このような廉価で調理に富んだ
魚はない。また楽しみが増えた。

 No.68 

    

【ZW倶楽部とRE100倶楽部の提携 12】   

● オールバイオマスシステム篇:木質リグニン溶解工学

 Sep. 15, 2017

❏ 80℃以下でリサイクル可能なヒイドロトロープ酸で木質リグニンの迅速溶解
Rapid and near-complete dissolution of wood lignin at ?80°C by a recyclable acid hydrotrope
DOI: 10.1126/sciadv.1701735

9月15日、湘南大学などの研究グループは、リサイクル可能な芳香族酸の p-トルエンスルホン酸(
p-TsOH)特性を利用し、低コストで木質リグニンを高速溶解に成功したことを公表(Science Advances
Notification for 15 September 2017
)。それによると、ポプラ木材(NE222)リグニンの約90%が20
分で80℃で、既知ヒドロトロープで脱リグニン化に成功する。アルカリ性パルプ化を用いて150
℃以上で10時間以上、または150℃で2時間のみ達成。 p-TsOHにて2つに分画:❶ パルプ繊維、
リグノセルロース系ナノ材料/糖に酵素加水分解で溶解、高価値な構成単位に製造できるセルロース
水不溶性固体と、❷廃液を最小限のヒドロトロープ濃度以下に希釈リグニンナノ粒子として容易に沈
殿する主に溶解リグニン廃液とに分画。このように、溶解リグニンの核磁気共鳴分析で、p-TsOHがエ
ーテル結合切断反応を介しリグニンを重合分解し、木質から炭水化物を含まないリグニン分離が可能
であることを明らかにする。濃縮された微水溶性の p-TsOH の廃酸溶液を常温冷却し、結晶化技術
用い効率的なp-TsOH 回収のリサイクルを通し持続可能社会実現に貢献できる。

【概要】

経済的で持続可能な社会構築に構成単位あるいは分子基盤へのリグノセルロース細胞壁の応用可能
分画は、グリーンバイオ基盤経済達成の鍵である。この課題解決のため、様々な分画技術が開発さ

ている。例えば、❶希酸、❷アルカリ性、❸オルガノソルブ、❹イオン液体、❺亜硫酸塩などは商

的には限定実施されている。
リグニンは主要な細胞壁ポリマーで、中層のリグニンは植物のバイオマ
スの細胞のバインダーとして機能し、細胞壁の脱リグニン化には脱酸が重要である。
さらに、リグニ
ンは様々な生物製剤を開発する可能性があるが、
脱リグニン工程はエネルギー集約的で、パルプ/製
紙産業では周知の課題である。アルカリおよび亜硫酸パルプ化プロセスなどの既存の脱リグニン技術
は高温で操作し、加圧容器を使用し、高価な化学物質の回収を必要とし、将来のバイオ基盤経済に、
再生可能な生分解性のリグノセルロースの高度利用にあっては、化学物質を簡素で低温かつ迅速な脱
リグニン方法を開発する必要がある。ここでは、芳香族酸、p-トルエンスルホン酸(p-TsOH)、水の
沸点より低温で脱リグニン性能うぃもつヒドロトロープが使用し、
80℃以下で、20分という短
時間で相当量(約90%)の木質リグニンを溶解。同等の脱リグニンは、アルカリ木材パルプ化を使用
し、150℃で2時間、または芳香族塩などの既知のヒドロトロープを使用し約150℃で10時間
で達成する。特定の溶媒プロセスは、低温(16℃)でセルロースを可溶化でき、ある程度のリグニ
ン分離するが、これらの方法は、有用性が限定された非晶質セルロースおよび未知の特性を有するリ
グニン材料を生成する。上図1Aは、このタイプの酸性ヒドロトロープを用い、木材を2つの主要な
成分に分離することを示す。(ⅰ)リグノセルロース系ナノ材料(リグノセルロースナノフィブリル
などのリグノセルロース系ナノ材料製造に使用できる主に炭水化物の豊富な難水不溶性固体)。繊維
/糖を酵素的加水分解を経て、図1Bに模式的に図示するよう、廃酸液を最小限のヒドロトロープ濃
度(MHC)以下に希釈することで、グニンナノ粒子(LNP)の形態で容易に沈殿することができる、
主として溶解したリグニンを含む使用済み酸液流
p-TsOHは周囲温度での溶解度が低いため、濃縮さ
れた廃酸溶液を室温に冷却し結晶化技術を用いて効率的なp-TsOH回収を達成できる。



【結果及び考察】

● 木材分画

様々な濃度、反応温度および時間で濃p-TsOH水溶液を用いて、ウィリーミリングしたポプラNE222
子を分画。分取後の洗浄WIS 中の残存成分の割合を収率を用いて計算。未処理のポプラ材中の成分に
基づいてWISの化学組成を決定する。NE222(硬材)リグニンの約90%を80℃以下で20分以内に
可溶化する(図2)。また約65~85%のキシランを溶解でき、特に65℃以下の温度で、約15
%以下の最小のグルカン損失を達成する。その結果、ポプラ木材NE222をセルロースが豊富なWIS
分と、主としてリグニンヘミセルロースを含む廃酸液に分画する。


図2リグニン(●)と炭水化物(グルカン、キシラン、□、マンナン、◆)の溶解(1 - R)に対する
    反応条件の影響
※  Rは、未処理のポプラ材中の成分に基づく。(A)p-TsOH濃度は80℃で20分間作用する。(Bp-Ts
        OH
濃度における温度効果 P = 75wt%で20分間。(CおよびDP = 75wt %および80℃における時
   間効果
(C)及びP = 80重量%及び80℃(D)である。

以下、考察するようにヒドロトロープのp-TsOHは、リグニンを可溶/凝集化に依存、p-TsOH 濃度の
増加はリグニン可溶化改善しうことを見出す(図2A)。また、分画温度を上げると、リグニンとキシ
ラン可溶化の両方が大幅に向上する(図2B )。
しかし分画温度も p-TsOH濃度もグルカン分解に影響
せず、反応の最初の20分以内以外は、反応時間がリグニンおよびキシラン可溶化およびグルカン分
解に最小限の影響することを発見する(図2C)。
これらのデータは、非常に迅速な木材分画プロセス
を示す。
p-TsOH濃度P = 80重量%(wt%)およびT = 80℃)は、35分を超えWIS
中のリグニン含量を
増加さる(図2D)。
可溶化されたリグニンは凝縮され、次いキシランの溶解は、これらの重大な状態
でより長い反応時間で影響なp-TsOH  は、6炭素ヘミセルロースマンナン(図2D)よりも、キシラン
などの5炭素ヘミセルロ急速低温 p-TsOH(表1)は、 廃液中の溶解した炭水化物は主としキシ
ランと溶解キシロース(廃液中のオリゴマーキシロースを含まNE222
のキシラン含量に基づき90%
近くにあった。フルフラールのキシロースは最小分解と、ほとんどの実験では2%未満にある。
使用
廃液中の酢酸濃度1.5g/リットル未満であり、これらのデータは、p-TsOH 分画がヘミセルロース糖
を効率に解消できることを示唆する。

● 溶解リグニンの分離

ほとんどのヒドロトロープは、疎水性物質を可溶化するためにMHC(18,19)以上、または臨界凝集濃
度以上で凝集 溶液の導電率からp-TsOHMHCを決定する。p-TsOH溶液の伝導率が急激な変化を示す
11.55重量%の遷移濃度を見出し(図3A)、これはp-TsOHが11.5重量%のMHC以下のヒドロト
ロピー特性を失い始めることを示唆する。


図3 (A)異なる濃度の水性p-TsOH溶液の導電率を測定し、p-TsOHMHC 11.5wtの不連続性を示し、
  (B)希薄な消費物中のリグニン粒子の有効サイズを測定することによってp-TsOHMHCを測定す
    ること。 DLSを用いたp-TsOH液[挿入図は、希釈した使用済みp-TsOH液の画像を(底部)および
    遠心分離なし(上部)の遠心分離で示す。


したがって、使用済み液中のp-TsOHを11.5重量%のMHC以下に希釈することにより、溶解リグニ
ンを容易に沈殿できる。一例として、脱イオン(DI)水を使用して80℃でp-TsOH濃度75wt%で分
画したワイリー製粉NE222からの廃液を20分間希釈して希釈した(P75T80t
20と略記)。動的光散乱
(DLS)により、リグニンが沈殿したMHCをモニタ。異なる希釈率でのDLSで測定された有効なリグニン
粒子サイズは、3百ナノメートル未満の微小粒子サイズ処理し、15%超のp-TsOH濃度でリグニンの
沈殿サイズが最小であった(最初の高濃度、図3B)。測定された粒径は、使用済み液を10重量%
の希釈から急速に約3千ナノメートルに増加。 粒度の増加は、4重量%未満希釈では実質的でなく、
希釈した使用済みリカー試料を異なるp-TsOH濃度(図図3B入図の上部)で3千グラムで10分間遠
分離する。
10重量%以下のp-TsOH濃度で、図3Bの挿入図の底部のリグニン沈殿を観察(遠心チ
ューブを逆さにして沈殿物を上澄みから分離)、20重量%以上である。この発見で導電率測定から
決定した11.5重量%のMHCを確認(図3A)。4wt%以下の希釈により沈殿が増加し、上澄みが
不透明から透明に変化するこを見出す。

紙面限界のため残りの考察掲載は残件扱いとする。

                                       この項つづく

   

コメント

巨体化の試練

2017年09月15日 | 時事書評

 

 

                                        
         

           襄公21年(‐553)~定公4年( -506)   /  中原休戦の時代 

 

                               

        ※  ゆるやかな政治、きびしい政治:昭公20年、いよいよ肩が重くなったとき、
        子産は子大叔(したいしゅく)を呼んで言った。「わたしのあとを継いで国政
        をあずかる人物は、あなたをおいてほかにいな話を聞いてほしい。わたしは、
        政治には二つの方法があると思う。一つはゆるやかな政治、一つはきびしい政
        治だ。ゆるやかな政治で人民を服従させることは、よほどの有徳者でないとむ
        ずかしい。だから、一般きびしい政治をとった方がよいのだ。この二つは、
        たとえて見れば火と水のようなものだ。火の性質ははげしく、見るからに恐ろ
        しいから、人々はこわがって近よろうとしない。だから、かえってによって
        死ぬものは少ない。ところが、水の性質はいたって弱々しいので、人々は
        恐れない。そのためにかえって、水によって死ぬ者が多い。ゆるやかな政治は、
        水のようなもの、一見やさしそうだが、じつは非常にむずかしい」

        子産は数カ月にして亡くなり、子大叔があとを引きついだ。かれは、きびしく
        人民を抑えることをためらい、寛容を旨として政治を行なった。たちまち盗賊
        がはびこった。盗賊たちは萑苻の沢に巣食い、追いはぎ強盗を働いた。子大叔
        は、「最初から、子産の忠告にしたがっていたら、こんなことにはならなかっ
        たろう」 と、ようやく自分のあやまちに気づき、歩兵をくり出して萑苻(か
        んほ)の盗賊を一掃した。その後、しばらくは盗賊たちは賠りをひそめた。
        孔子は子産の政治方針を批評した。「これでなくてはいけない。人民というも
        のは、為政者が手綱をゆるめれば、つけあがりがちなものだ。そうなれば、為
        政者にはきびしさが必要とされる。だが、それも長く続けば、人民は耐えられ
        なくなる。そこでまた、手綱をゆるめる必要ができるのだ。
         このように、剛柔あい補って、はじめて政治は中庸を得る。

         ”民草は疲れたり 今しばし休ません
          中国を恵みなば 四方の民安らかん”

         と、詩(大雅、民労)にもあるが、これは寛大な政治で人民をいたわるさま
        をうたったものである。また、

         ”偽りと悪に親しまず 良心なき人を慎しませ 法を無みする仇をふせげ”
        ともいうが、これはきびしい政治で人民をしたがわせることをいう言葉だ。
         また、

         ”遠きをやわらげ 近きをおさめ王室の地位を定めよ”
        
         これは、和によって、人民を安定させることをいうのである。
         さらに、和については、詩(商頌、長発)に、

         ”強いず急がず 剛からず柔からず、和の政により 百の幸集まらん”

        とあるが、これこそ和のきわみである」
        子産が亡くなったとき、孔子は涙を流し、「かれは、古人にしか求めることの
        できぬ仁愛をそなえていた」と、嘆じた。

 

 No.67 

   

【ZW倶楽部とRE100倶楽部の提携 11】  

● 飲食店などの排水から回収し油脂改質した発電燃料 

    Sep. 8, 2017

9月8日、NEDOと(株)ティービーエムは、飲食店や食品工場における排水浄化の過程で分離回収
される油脂を原料とした発電用燃料の製造に日本で初めて成功し、この燃料を利用し発電する100KV
A
規模の発電機を搭載した国内最大級のバイオマス発電車を開発したことを公表(上写真)。それに
よると、同月10日、入間市主催の「第23回いるま太鼓セッション」において、(株)松屋フーズの協
力のもと、同社の入間店ほか埼玉県内98店舗から回収された動物性油脂を原料に発電用燃料を製造し、
同イベントに電力供給を行う実証試験を行う。飲食店や商業施設、食品工場などの排水は、下水道法
や水質汚濁防止法で規定する排水基準以下の濃度で排水することが定められている。そのため事実上
/下水道や公共用水域へ汚水や油脂が直接流出することを防ぐグリース阻集器(グリース・トラップ)
の設置が義務付けられている。グリース阻集器で集められる排水油脂(トラップグリース)の賦存量
は、全国で年間31万トンと推定される。排水油脂は、主に動物性油脂から構成されるが、水分含有
率や酸価が高く不純物も多いため、燃料として使うことが困難で未利用資源となっており、これまで
は、産業廃棄物として焼却処分されていた。

今回、排水から分離回収した動物性油脂を精製改質する技術を開発し、化学薬品を一切使わず、副産
物も出さずに発電用燃料に活用することに成功。合わせて、同燃料を利用して発電する100kVA規模
の発電機を搭載した「バイオマス発電車」を開発した。実証実験では、松屋フーズの協力のもと、同
社の入間店ほか埼玉県内98店舗から回収された動物性油脂から製造した発電用燃料を用いて、イベン
ト内の店舗に設置した調理機器や電灯、熱中症対策となるクールスポットを作るミスト発生装置など
に電力を供給している。

滋賀に住み住民運動を担っていたころ、廃食油を回収し苛性ソーダーを加え石鹸(せっけん)をつくる運動や
廃食油にメバイオマスメタノールを加えバイオディーゼル燃料をつくる運動などが展開されていた。そのころか
ら考えると、ブログの1つのテーマである「オールバイオマス事業」のひとつのプロトタイプであり、『菜の花エコ
革命』(藤井絢子著/創森社)のように菜の花の原料から植物油を圧搾採取、また、その他の部位からメター
ノール/エタノールを製造し、この油とアルコールから食用油とディーゼル油をつくりだすという究極の事業の
プロトタイプができあがる、あたは、「経済的合目」を果たせば完成する。

【オール地熱システム構想】

● オール地熱発電システムで完結 Ⅱ

再生可能エネルギーが注目されるなか、世界第3位の資源ポテンシャルを持ちながら、いまだ利用率の
低い地熱発電が見直されている(下表)。資源エネルギー庁の資源・燃料部政策課では、石油天然ガス・
金属鉱物資源機構と連携し、地熱発電を推進することを公表した(2015.07)、2030年度時点で再生可
能エネルギーのうち約5%を見込む。割合としては小さいが、この数字は2013年度時点で約50万kW
の設備容量に対し、割合の約150万kWまで増やす。ブログ「オール地熱発電システムで完結」(2017.
03.27)で掲載しているが、その特徴は、①二酸化炭素排出量がほぼゼロであり、環境適合性に優れて
いること、②他の再生可能エネルギーと比べて、発電コストが低く、季候や天候に左右される太陽光や
風力に比べ、設備利用率が約80%と格段に高いベースロード電源であること、③日本は世界第3位(
2,347万kW)の地熱資源を有していること、④発電後の熱水利用(例:ハウス栽培や養殖事業)など多段階
利用が可能であるというメリットがある(環境ビジネス 2017 AU)。 

しかし、いざ建設しようとなるとデメリットも大きい。そこで、事業リスクと必要な資金量に合わせ
た支援が必要となる。地熱発電の導入拡大を図る上では、①掘削成功率の低さと開発コストの高さ、②
リードタイムの長さなどが課題となっている。また、③地域に対する丁寧な説明も重要となる。これ
らの課題に対応するため、資源エネルギー庁では開発フェーズに応じ、補助・出資・債務保証による
支援を政府は行っている。地熱開発のプロセスは、①地表調査・掘削調査、②探査事業、③環境アセス
メント、④開発事業といったフェーズに分かれる。初期~中期のプロセスでは、「資源量調査事業」
としての補助金や「探査出資」としての出資で、最終段階のプロセスでは「開発債務保証」という形
で支援を実施する。「地下に資源があるかどうかを調査・探査する初期~中期の段階は事業リスクが
高くなるが、必要な資金量はそれほど大きくなく、補助金・出資といった形を取っています。対して、
最終段階のプロセスでは事業リスク開発債務保証は低いが、必要な資金量が大きいため、債務保証の
方が重要となる。因みに、2018年度の地熱開発関連の概算要求は合計で205.4債円。内訳は、「初期調
査に対する支援」93億円、「技術開発」」6億円、「地域理解の促進」5億円、「探査事業に対する出資
」15億円、「開発債務保証」66.4債円である。

 Jul. 25, 2006

 

 

● ホンダ 太陽光からの充電システムと新型EVを発表

9月12日、ホンダは)、「フランクフルトモーターショー2017(IAA 2017)」において、電気自動
車(EV)を含む新しいエネルギー管理システム(EMS)「Honda Power Manager Concept」を発表。E
V
をスマート電力網に組み込むことで、系統電力や太陽光発電システム、家庭や職場、EVとの間で効
率的な電力の充放電を行う。 また系統電力から供給、または、太陽光パネルにより発電された電力
を建物に供給し、EVを充電するのに利用できる。一方、EVがプラグインされている間、EVの電力を
家庭で利用したり系統電力に戻し、系統電力の安定化にも寄与する。ホンダの英国現地法人Honda
Motor Europe
社は、フランス政府が主導する、IoT技術や再生可能エネルギーの利用を促進する「SMI
LE(SMart
Ideas to Link Energies)」プロジェクトに参加し、仏西部で2020年までに展開される実証実
験にPower Managerユニットを提供。 同時にホンダは、新EVコンセプトモデル「Honda Urban EV Co-
ncept
」を発表した。同社が販売する小型車「フィット(欧州名:Jazz)」より全長が100mm短いコン
パクトカーで、同コンセプトモデルをベースとした量産EV2019年に欧州で発売する予定。
 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』   

  第51章 今が時だ 

 「いや、そうではあらない」と騎士団長は私の心を読んで言った。「雨田典彦が今目にしている
 のは、諸君が目にしているあたしの姿とはまた連ったものだ

 「ぼくが目にしているあなたの姿とは連った姿を、彼は目にしている?」

 「私は要するにイデアなのだ。場合により、見る人により、あたしの姿は自在に変化する」
 「雨田さんの目には、あなたはどのように映っているのですか?」

 「それはあたしにもわがらん。あたしはいうなれば、人の心を映し出す鏡に過ぎないのだから」

 「でもぼくの前に出てきたときには、あなたは意図してその姿を選んだのでしょう。その騎士団
 長の姿を。そうじやないのですか?」

 「正確に申せば、あたしがその姿を選んだというわけでもあらないのだ。そこでは原因と結果と
 が錯綜している。あたしが騎士団長の姿をとったことによって、一連のものごとは動きを開始し
 たわけだが、同時にまたあたしが騎士団長の姿をとったことは、一連のものごとの必然の帰結で
 もある。諸君の住んでおる世界の時間性に沿って話をするとなかなかにむずかしいことになるが、
 ひとことで言ってしまうなら、それはあらかじめ決定されていたことなのだ

 「イデアが心を反映する鏡だとすると、雨田さんはそこに自分が見たいものを見ているというこ
 となのですか?」

 「見なくてはならないものを見ているのだ」と騎士団長は言い換えた。「あるいはそれを目にす
 ることによって、彼は身を切るほどの苦痛を感じているかもしれない。しかし彼はそれを見なく
 てはならないのだ。人生の終わりにあたって」

  私はもう一度雨田典彦の顔に目を向けた。そして驚愕の念に混じってそこに浮かんでいるのが、
 激しい嫌悪の情であることに気づいた。そして耐えがたいまでの苦痛。それは意識と共に戻って
 きた肉体の苦痛だけではない。そこにあるのはおそらく、彼自身の精神の深い苦悶なのだ。

  騎士団長は言った。「彼はこのあたしの姿を見定めるためにハ最後の力を振り絞って意識を取
 り戻したのだ。激しい苦痛をものともせず。彼はもう一度二十代の青年に戻ろうとしているの
 だ」

  雨田典彦の顔面は今ではそっくり真っ赤に染まっていた。熱い血流が戻ってきたのだ。乾いた
 薄い唇が細かく震え、息づかいは激しい喘ぎに変わって私は心を決めかねたまま、騎士団長と雨
 田典彦の顔とを交互に見ていた。私にかろうじてわかるのは、雨田典彦が何かをきわめて強く求
 めており、騎士団長の決意がきわめて固いということだけだった。その二人のあいだで、私一人
 だけが心を決められずにいるのだ。

  私の耳はみみずくの羽音を聞き、真夜中の鈴の音を聞いた。
  すべてがどこかで結びついている。

 「そう、すべてはとこかで結びついておるのだ」と騎士団長は私の心を読んで言った。「その結
 びつきから諸君は逃げ切ることはできない。さあ、断固としてあたしを殺すのだ。良心の呵責
 感じる必要はあらない。雨田典彦はそれを求めている。諸君がそうすることによって、雨田典彦
 は救われる。彼にとって起こるべきであったことがらを、今ここに起こさせるのだ。今が時だ
 諸君だけが彼の人生を最後に救済することができるのだ

  私は席を立って、騎士団長の座っている椅子の方に歩いて行った。そして彼の抜いた剣を手に
 取った。何か正しいことなのか、何か正しくないことなのか、その判断が私にはもうつかなくな
 っていた。空間と時間を欠いた世界では、前後や上下の感覚さえ存在しないのだ。私という人間
 がもう私ではなくなってしまったような感覚がそこにはあった。私と私自身とが乖離しているの
 だ。

  実際に手にしてみると、その剣の握りの部分は私の于には小さすぎることがわかった。小さな
 人が手に取るようにできたミニチュアの剣なのだ。いくら刃先が鋭いとはいえ、そんな短い柄を
 握って騎士団長を刺殺することはほとんど不可能だった。その事実は私を少しほっとさせた。

 「この剣はぼくには少し小さすぎる。うまく彼うことができません」と私は騎士団長に言った。
 「そうか」と騎士団長は言って小さくため息をついた。「仕方あるまい。画面の再現からはまた
 少し遠くなるが、別のものを使うことにしよう」
 「別のもの?」
  騎士団長は部屋の隅にある小さなタンスを指さした。「そのいちばん上の抽斗を開けてみなさ
 い」 

  私は整理ダンスの前に行っていちばん上の抽斗を開けた。

 「その中に魚をおろすための包丁が一本入っているはずだ」と騎士団長は言った。

  抽斗を開けると、きれいに畳まれた何枚かのフェイス・タオルの上に、たしかに出刃包丁が置
 かれていた。それは雨田政彦が鯛を調理するためにうちに持参した包丁だった。その二十センチ
 ほどの長さのがっしりとした刃は、鋭く入念に研ぎ上げられている。政彦は昔から道具にこだわ
 る男だった。当然ながら手入れもいい。

 「さあ、それを使ってあたしをぐさりと刺し殺すのだ」と騎士団長は言った。「剣でも包丁でも、
 なんだってかまわない。あの『騎士団長殺し』の中にあったのと同じ場面をここに再現するのだ。
 急ぐことが肝要だ。あまり時間はあらない」
 
  包丁を手に持つと、それは石でできたもののようにずしりと重かった。窓から差し込む明るい
 陽光を受けて、刃先が白く冷ややかに光った。雨田政彦の持参した包丁はうちの台所から要を消
 して、この部屋の抽斗の中で、拡がやってくるのを待ち受けていたのだ。そして政彦は(結果的
 に)父親のためにその刃先を研ぎ上げたのだ。拡はどうやらその運命から逃れることができない
 ようだった。

  私はまだ心を決めかねたまま、それでも椅子に腰掛けた騎士団長の背後にまわり、包丁をしっ
 かりと右手に握り直した。雨田典彦はベッドに横になったまま目を大きく見開き、こちらを見つ
 めていた。歴史的な大事件をまさに目の前にしている人のように。口が開けられ、その奥に黄ば
 んだ歯と、白みを帯びた舌が見えた。その舌は何かの言葉を形作るうとするように、ゆっくりと
 した動きを見せていた。しかし世界がその言葉を耳にすることはないだろう。

 「諸君はけっして暴力的な人間ではあらない」と騎士団長は私に言い聞かせるように言った。
 「そのことはよくよく知っておるよ。諸君のひととなりは、人を刺し殺すようにつくられてはあ
 らない。しかし人には、大切なものを救うために、あるいは大きな目的のために、意に染まない
 ことをなさなくてはならない場合がある。そして今がまさにそれだ。さあ、あたしを殺すのだ。
 あたしはこのとおり小さな身休だし、抵抗もしない。ただのイデアだ。ただその刃先を心臓に突
 き立てればよろしい。簡単なことだ」

  騎士団長は小さな指先で自分の心臓の位置を示した。心臓のことを考えると、の心臓のこと
 を思い出さないわけにはいかなかった。妹が大学病院で心臓手術を受けたときのことを私はよく
 覚えていた。それがどれほど困難で微妙な手術であったかを。問題を抱えたひとつの心臓を救う
 のは至難の業なのだ。何人もの専門医と大量の血液が必要とされる。しかしそれを破壊するのは
 簡単なことだ。
  騎士団長は言った。「ああ、そんなことを考えてもしかたあるまいぜ。秋川まりえ取り戻す
 には、諸君はどうしてもそれをしなくてはならないのだ。たとえやりたくないことであっても。
 わたしの言うことを信じるのだ。心を捨て、意識を閉ざすのだ。しかし目を閉じてはならない。
 しっかりと見ているのだよ」

  私はその包丁を騎士団長の背後から振りかざした。しかしそれを振り下ろすことはどうしても
 できなかった。たとえイデアにとってそれが無数分の一の死に過ぎなくても、私が私の目の前に
 あるひとつの生命を抹殺するということに変わりはない。それは雨田継彦が南京で、若い将校か
 ら命じられた殺人行為と同じことではないのか

 「同じではあらない」と騎士団長は言った。「この場合は、あたしがそれを求めているのだ。自
 分自身が殺されることを、あたしが求めているのだ。それは再生のための死なのだ。さあ、心を
 決めて環を閉じるのだ」

  私は目をつより、宮城県のラブホテルで女の首を続めたときのことを思い出した。もちろんそ
 れはただの真似事だった。女に求められ、殺さない程度にその首を柔らかく絞めた。しかし結局
 私はその行為を、女が求めるほど長く続けることができなかった。もしそれ以上続けていたら、
 私は実際にその女を殺してしまっていたかもしれない。私がそのときラブホテルのベッドの上で、
 自分のうちに一瞬見いだしたのは、これまで覚えたこともないような深い怒りの感情だった。そ
 れは血の通った泥のように、私の胸の中で大きく黒々と渦巻き、そして本物の死に紛れもなく近
 接していた。 

  おまえどこで何をしていたかおれにはちやんとわかっているぞその男は言った。「さあ、そ
 の包丁を振り下ろすのだ」と騎士団長は言った。「諸君にはそれができるはずだ。諸君が殺すの
 はあたしではない。諸君は今ここで邪悪なる父を殺すのだ。邪悪なる父を殺し、その血を大地に
 吸わせるのだ」

  邪悪なる父?
  私にとって邪悪なる父とはいったい何だろう?

 「諸君にとっての邪悪なる父とは誰か?」と騎士団長は私の心を読んで言った。「その男を諸君
 はさきほど見かけたはずだ。そうじやないかね?」

  私をこれ以上絵にするんじやないとその男は言った。そして暗い鏡の中から私に向かってまっ
 すぐ指をつきつけていた。その指先はまるで刃物の切っ先のように、私の胸に鋭く突き刺さった。
  その痛みと共に、私は反射的に心を閉ざした。そしてしっかりと目を見開き、すべての思いを
 払いのけ、(あの『騎士団長殺し』のドン・ジョバンニがそうしていたように)すべての感情を
 奥に押し隠し、表情をそっくり消し去り、包丁を一気に振り下ろした。その鋭い刃先は騎士団長
 が指さしている小ぶりな心臓をまっすぐに刺し突いた。生きている肉体の具えた強い手応えがあ
 った。騎士団長自身は抵抗のそぷりをみじんも示さなかった。小さな両手の指が空をつかもうと
 もがいていたが、それ以外にはどのような勤きも見せなかった。しかし彼の宿った身体は、すべ
 ての筋肉の力を振り絞って、切迫した死から逃れようと努めた。騎士団長はイデアだが、その肉
 体はイデアではない。それはあくまでイデアが借用している肉体であり、その肉体にはおとなし
 く死を受容するつもりはなかった。肉体には肉体の論理がある。私はその抵抗を力尽くで押さえ
 つけ、相手の息の根を完全に止めてしまわなくてはならない。騎士団長は「あたしを殺しなさ
 い」と言った。しかし現実に私か殺しているのは、ほかの誰かの肉体なのだ。

  すべてを放り出し、このままこの部屋から逃げ出してしまいたかった。しかし私の耳には騎士
 団長の言葉がまだ響いていた。「秋川まりえを取り戻すには、諸君はどうしてもそれをしなくて
 はならないのだ。たとえやりたくないことであっても

  だから私は包丁の刃を騎士団長の心臓により深くのめり込ませた。ものごとを中途半端にやめ
 るわけにはいかない。刃先は彼の細い身体を突き抜け、背後にまで突き出た。彼の白い衣服は真
 っ赤に染まっていた。包丁の柄を握った私の両手も鮮血に染まっていた。しかし『騎士団長殺
 し』の両面にあったように勢いよく血が噴き出すということはなかった。これは幻なんだと私は
 考えようと努めた。私か殺しているのはただのに過ぎないのだ、これはあくまで象徴的な行為
 なのだ。

  でもそれがただの幻ではないことは、私にはわかっていた。それはあるいは象徴的行為である
 かもしれない。しかし私が殺しているのは決して幻なんかではなかった。私が殺しているのは紛
 れもないひとつの生身の肉体なのだ。雨田典彦の筆によって生み出された、僅か体長六十センチ
 の小さな架空の身体だったが、その生命力は思いのほか強かった。私が手にした包丁の刃先は、
 その皮膚を突き破り、何本かの肋骨を砕き、小さな心臓を貫き、背後の椅子の背にまで達してい
 た。それが幻であるわけがない。

  雨田典彦はこれまで以上にかっと大きく目を見開いて、そこにある光景を直視していた。私が
 騎士団長を刺し殺している光景を。いや、そうじゃない、今ここで私に殺されようとしている相
 手は、彼にとっては騎士団長ではない。彼が目にしているのはいったい誰なのだろう? 彼がウ
 ィーンで暗殺しようと計画していたナチの高官なのか。南京城内で弟に日本刀を渡し、三人の中
 国人捕虜の首を斬らせた若い少尉なのか。それとも彼らすべてを生み出したもっと根源的な、邪
 悪なる何かなのか。もちろん私にはそれはわからない。彼の顔から感情らしきものを読み取るこ
 とはできなかった。そのあいだずっと、雨田典彦の口が閉じられることはなかった。何か勤くこ
 ともなかった。ただそのもつれた舌だけが、何かの言葉をかたち作ろうと空しい努力を続けてい
 た。

  やがてある時点で騎士団長の首と腕から力がすっと抜けた。身体全休が急速に張りを失い、糸
 を切られた操り人形のようにずるずると下に崩れ落ちようとした。それでも私は彼の心臓に、な
 おも包丁を深く突き立てていた。部屋の中のすべてが動くことなくその構図を維持していた。そ
 れが長い時間続いた。

  まず最初に動きを見せたのは雨田典彦たった。騎士団長が意識を失ってぐったりとしてからほ
 どなく、その老人もまた精神を集中する力を使い果たしたようだった。まるで「見るべきものは
 見届けた」と言わんばかりに、彼は一度大きく息を吐き出し、それから目を閉じた。まるで鎧戸
 をおろすみたいにゆっくりと重々しく。口だけがまだ聞かれていたが、もうそこにもったりとし
 た舌は見えなかった。黄ばんだ歯が空き家の垣根のように不揃いに並んでいるだけだ。顔はもう
 苦悶の表情は浮かべてはいなかった。激しい苦痛は去ったのだ。その顔に浮かんでいるのは、安
 らかに落ち着いた表情だった。彼は昏睡という平穏な世界に、意識もなく苦痛もない世界に、再
 び戻り着くことができたようだ。私は彼のためにそのことを喜ばしく思った。

  私はそこでようやく手に込めた力を抜き、騎士団長の身体から包丁を抜いた。その間いた傷口
 から血液が勢いよく噴き出した。『騎士団長殺し』の両面に描かれているのと同じように。包丁
 を抜くと、騎士団長は支えを失ったように、そのまま椅子の中に力なく崩れ落ちた。目はかっと
 大きく見開かれ、口は苦痛に激しく歪んでいた。両手の小さな十本の指は虚空に突き出されてい
 た。その生命は完全に失われ、血液が彼の足下に赤黒い溜まりをつくっていった。小柄な身体の
 わりに流れ出た血の量は驚くほど多かった。

  そのようにして騎士団長は  騎士団長の姿をとったイデアは――遂に落命した。雨田具彦は
 深い昏睡の中に戻っていった。今この部屋に残された意識あるものといえば、血に濡れた雨田政
 彦の出刃包丁を右手にしっかりと握りしめ、騎士団長の脇に立ちすくんでいるこの私だけだった。
 私の耳に届くのは、私自身の荒く急いた息づかいだけであるべきだった。しかしそうではなかっ
 た。私の耳はそこに何かしら別の不穏な動きを聞きつけていた。それは音と気配との中間にある
 ものだった。耳を澄ませるのだ、と騎士団長は言った。私は言われたとおり耳を澄ませた
  何かがこの部屋の中にいる。何かがそこで動いている。私は血に濡れた鋭い刃物を手にしたま
 ま姿勢を変えることなく、目だけをそっと動かして、その音のする方を見た。そして部屋の奥の
 隅にいるものの姿を目の端に認めた。
  顔なががそこにいた。
  私は騎士団長を刺殺することによって、顔ながをこの世界に引きずり出したのだ。


『騎士団長殺し』が「邪悪なる父」にすりかわり、雨田典彦は「何かの言葉」をかたちづくり終えた
(?)その後、穏やかに他界し、騎士団長の”死”は「顔なが」をこの世に引きずり出す、この51
章(節?)の展開に息を呑み、読み終えしばらく無言で考え込む。

                                      この項つづく

 

 

 ● 今夜の一曲

❏ 荒木一郎 空に星があるように

「空に星があるように」(そらにほしがあるように)は、荒木一郎が自ら作詞作曲した1966年のヒッ
ト曲。
荒木にとってのデビューシングルで、B面は「夕焼けの丘」。1966年9月5日発売。荒木自身が
パーソナリテ
ィを務めた東海ラジオの番組『星に唄おう』のテーマ曲に起用されたことにより、当曲
が全国的に知られるきっかけとなった(なお『星に唄おう』は東海ラジオにとって開局以来初
となる
NRN全国ネット番組でもあった。提供は森永乳業で、首都圏はニッポン放送、関西は朝日放
送にネッ
ト)。高校の合同同窓会の案内状が届く。フォークソングバンド(トリオ)仲間のリーダ役の木沢義
明氏が亡くなられたことを知る。もう一人の田邊進氏とは音信不通状態にある。荒木一郎の曲が好き
だった同期の入社の野村和夫氏も40半ばで夭折しているから追憶の詰まった一曲である。  
                                         
                                            

                               

● 今夜の寸評:巨体化の試練

大相撲が休場者が相次ぎ盛り上がらないと彼女が言う。そういえばテレビ観戦もしていない。解説者
によ
ると体格が大きいからどうしても大きい衝撃に耐えられず怪我が絶えないという(世界一過酷な
商業スポ
ーツだ)。プロ野球にしろ、水泳選手にしろその傾向は皆同じように思える。そういえば、
最強力士と期待した逸ノ城は大きすぎて取り口にキレがなく色褪せている。日馬冨士のそれは気合い
が空回りし勝機に見放されている。いまさらだが、”柔よく剛を制す”はこのまま死語となるのだろ
うか。ビジネスとしての大相撲も試練の秋である。 

 

コメント

パネル効率30%超時代

2017年09月14日 | デジタル革命渦論

 

                                        
         

           襄公21年(‐553)~定公4年( -506)   /  中原休戦の時代  
                                                              

                               

        ※  天道は遠く、人道は逞(ちか)し:昭公一七年の冬、彗星が現われた。魯の甲須
        (こうしゅう)は諸国に火災が起こると予言し、同じく魯の梓慎(ししん)は火
        災の起こる日を壬午の日と予言した。鄭の大夫で天文占星の術に通じている裨竈
        (しんそう)が子産に言った。「宋・衛・陳・鄭、この四カ国で、同じ日に火災
        が起こるはずです。わたくしに、珪玉の爵と玉の勺をお借しください。これか使
        って天に祈るならば、わが国は災いを免れるでありましょう」しかし、子産は同
        意しなかった。よく年の五月、火星が夕方に出た。これまでになかったことであ
        る。そして、丙早の日(今の三月八日)に風が吹いた。わが魯国の梓慎は、こう
        予言した。「この風は融風(ゆうふう)と申します。火災の起こる前ぶれです。
        七日後に火災が起こりましょう」三日だつと、風ははげしさを加えた。七日目の
        壬午の日、風はいっそうはげしくなり、はたして宋、衛、陣、鄭の諸国にいっせ
        いに火災が起こった。梓慎は大庭氏の庫跡に登って見渡し、火災は宋、衛、陳、
        鄭の四カ国であると報告した。数日たつと、梓慎の言葉どおりこの四国から火災
        があったことが魯に通知されて来た。鄭では神能が、ふたたび子産に進言した。

        「今度こそ、祈りをささげなければわが国は二度目の火災に見舞われましょうぞ」

        人々は早産に抑厄のことばを採りあげるようにすすめたが、子産は働かされなか
        った。子大叙(游吉)がたずねた。「玉爵といい玉勺といい、すべて宝物は、人
        民を保護するためにあるものです。ここでもう一度火災が起こったら、わが国の
        存立そのものが危くなります。国の滅亡が防げるというのに、何でこれくらいの
        宝物を惜しまれるのですか」

        子産は、「天の働きははてしなく深遠である。それに対し人間の働きの及ぶ範囲
        はごく狭い。人智によって、天の意志を推測することが、どうしてできよう。裨
        竈だけにそれがわかるわけがない。でまかせをならべたてていれば、たまには当
        たることもあろうが」と言って、とりあわなかった。はたして、鄭には、二度目
        の火災は起こらなかった。
        

 

  No.66

【RE100倶楽部:百花繚乱パネル効率30%超時代】

8月25日、米国の国立再生可能エネルギー研究所(NREL)らの研究グループは、シリコン系三接合タ
ンデム型太陽電池として世界最高の変換効率とする35.9%を達成している。また、変換効率は30%
以内ではあるが、7月18日、大阪大学の研究グループは、10秒~30秒の簡単な溶液処理によって、
30%以下の反射率のシリコンウェーハを形成する方法など、パネルの品質向上の様々な改善技術も提案
されている。今回は、これらを含む関連する最新の太陽電池技術、特許事例をリサーチする。 

  


❏ 事例研究:特開
2016-131232 半導体基板、半導体装置の製造方法、半導体装置の製造装置、
           太陽電池および太陽電池の製造方法並びに太陽電池の製造装置

【概要】

従来、シリコン基板(Siウェハ)に対して、白金等の触媒金属の微細粒子が共存するフッ化水素酸・過
酸化水素水
(HF・H)混合溶液に作用させると、Siウェハの表面に、これらの触媒金属により、
開孔/開孔周辺での微細な多孔質層が形成さ
れ、この技術を太陽電池の受光面で適用し、光反射率を低減
することが知られているが、一方で、これらの従来技術は、処理後に溶液中の白金等の触媒金属の粒子が
Siウェハの表面に付着・残存し、半導体表面のキャリア特性を低下させてしまう。また先に、白金メッ
シュ等をローラーに装着して用いて、シリコン基板を酸化しかつ溶解し得る,例えば上述のフッ化水素酸・
過酸化水素水(HF・H)混合溶液等の処理溶液中で、上述白金メッシュ等を処理対象のシリコン基
板に対向配置し接触/近接させたとき、同白金メッシュ等が、その表面形状をシリコン基板の広い面積表
面で、酸化と溶解との反応の触媒作用を発揮し、短時間に、そのシリコン基板表面を微細なナノクリスタ
ル構造層に作り替えの転写用部材となる、同白金メッシュ等を転写用部材利用技術(=化学的構造転写法
-Surface Structure Chemical Transfer-SSCT法)を提示するシリコン基板を低反射光特性の表面の高い光電
変換性能の太陽電池を製造方法がある。 

  

また、転写用部材の形状には、メッシュに限らず、貫通孔/非貫通孔が形成された触媒材、アイランド状
の触媒材あるいは平板状の触媒材を用い得る
こと、さらに、この処理溶液中に1%以下の銀イオンなど少
量の金属イオンが含まれて
いてもよい。 この化学的構造転写法(SSCT法)を用いる場合も、極低反射率
を持ったシリコン基板表面を、迅速、確実に形成、並びにそのシリコン基板表面部のキャリア特性を安定
維持し、実現する方法に、この転写用部材の形状、構造、製作法等にはより創意工夫が求められている
例えば、白金箔の転写用部材をローラーの表面に巻き付ける方法)。この様に、下図23のように、シ
リコン基板表面で可視光領域の低反射率と、シリコン表面の少数キャリアの高移動度化を達成して、半導
体装置の特性向上にあたり、シリコン基板の表面に化学的構造転写法(SSCT法)でSナノクリスタル層
を形成した後、Sナノクリスタル層上に化学的形成の二酸化シリコン(SiO)膜/価電子供給源を含
む酸化物主体の薄膜を形成し、800~900℃の高温酸素雰囲気中で加熱アニール処理/400~50
0℃の水素雰囲気中でアニール処理で、シリコン基板表面での可視光領域の極低反射率を維持するととも
に、外部量子効率(EQE)特性から反射効率を考慮して見積もった内部量子効率(IQE)特性の改善
及びシリコン基板表面での少数キャリアライフタイムの向上並びに高い表面パッシベーション効果を得る
ことができる(詳細は下図ダブクリ参照)。 

 
JP 2016-131232 A 2016.7.21

【図22】本発明の実施例太陽電池の出力特性図
【図23】本発明の実施例太陽電池の反射率、及び量子効率特性図
【図24】本発明の別の実施例のSi基板表面部の断面構造による工程フロー図
【図25】本発明の他の実施例太陽電池の構造断面図

【符号の説明】

1,21  P型シリコン基板 2,22  ナノクリスタル構造層 3  アルミニウム蒸着層 
23  PSG薄膜 24  BSG薄膜 25  n領域 26  バックサーフェース(BSF)構造層


❏ 事例研究:特開2017-157781 光電変換素子および光電変換素子の製造方法

【概要】

前述の事例のごとく、裏面接合型太陽電池セルは、従来、結晶シリコン基板の受光面側に設けられていた
pn接合および電極を結晶シリコン基板の裏面側形成することで、結晶シリコン基板の受光面側に設けら
れる電極による影をなくし、太陽光をより多く吸収する高効率の太陽電池であり、裏面接合型太陽電池セ
ルには、結晶シリコン基板の裏面に❶不純物を熱拡散させpn接合形成したものが量産されている。❷ま
た、さらに高効率の裏面接合型太陽電池セルとするために、結晶シリコン基板の裏面にアモルファスシリ
コン層を形成したヘテロ接合型バックコンタクトセルの開発が進められてきた。

たとえば、裏面接合型太陽電池セルの製造方法が記載されている。まず、半導体基板の裏面上にi型非晶
質半導体層、n型非晶質半導体層および絶縁層をこの順に積層した後に、絶縁層の一部を除去し、残部の
絶縁層をマスクとしてi型非晶質半導体層およびn型非晶質半導体層のアルカリエッチングを行って半導
体基板の裏面の一部を露出させる。次に、半導体基板の露出した裏面ならびにi型非晶質半導体層、n型
非晶質半導体層および絶縁層の積層体を覆うようにi型非晶質半導体層およびp型非晶質半導体層をこの
順に積層する。次に、i型非晶質半導体層およびp型非晶質半導体層のそれぞれの一部をエッチングする
ことによって絶縁層の一部を露出させ、露出した絶縁層を厚さ方向にエッチングすることによってp型非
晶質半導体層を露出させる。その後、n型非晶質半導体層上およびp型非晶質半導体層上のそれぞれに電
極を形成することによって、裏面接合型太陽電池セルとする。しかし、下図のような許文献の裏面接合型
太陽電池セル技術では、特性をさらに向上させることが要望されている。


ここで、下図のごとく、特性を向上させることが可能な光電変換素子にあっては、光電変換素子は、半導
体基板1の第1の面1b側の第1導電型非晶質半導体膜3と第2導電型非晶質半導体膜5とを備え、半導
体基板1と第2導電型非晶質半導体膜5との間に第2のi型非晶質半導体膜4を備えている。半導体基板
1と第2のi型非晶質半導体膜4との間に介在するi型非晶質半導体膜2を備えた構成/構造の光電変換
素子が提供されている。

【符号の説明】

1  半導体基板、1a  受光面、1b  裏面、2  第1のi型非晶質半導体膜、3  p型非晶質半導体膜、
4  第2のi型非晶質半導体膜、5  n型非晶質半導体膜、6  誘電体膜、7  p電極、8  n電極、
9,10  エッチングペースト、11  レーザ光、21  フォトレジスト膜、31  メタルマスク、41 
絶縁膜、51  間隔

【特許請求の範囲】

  1. 第1の面および第2の面を有する第1導電型または第2導電型の半導体基板と、前記半導体基板の
    前記第1の面側の第1導電型非晶質半導体膜と、前記半導体基板の前記第1の面側の第2導電型非
    晶質半導体膜と、前記半導体基板と前記第1導電型非晶質半導体膜との間の第1のi型非晶質半導
    体膜と、 前記半導体基板と前記第2導電型非晶質半導体膜との間の第2のi型非晶質半導体膜と、
    前記第1導電型非晶質半導体膜上の第1電極と、前記第2導電型非晶質半導体膜上の第2電極と、
    前記半導体基板と前記第2のi型非晶質半導体膜との間に介在するi型非晶質半導体膜と、を備え
    た、光電変換素子
  2. 前記介在するi型非晶質半導体膜は、前記第1のi型非晶質半導体膜が前記半導体基板と前記第2
    のi型非晶質半導体膜との間に延在した部分を含む、請求項1に記載の光電変換素子
  3. 前記第1のi型非晶質半導体膜の厚さは、前記介在するi型非晶質半導体膜の厚さと異なっている、
    請求項1または請求項2に記載の光電変換素子
  4. 前記介在するi型非晶質半導体膜の厚さは、前記第1のi型非晶質半導体膜の厚さよりも薄い、請
    求項3に記載の光電変換素子
  5. 前記第2のi型非晶質半導体膜と前記第2導電型非晶質半導体膜との積層体と、前記第1導電型非
    晶質半導体膜との間には間隔が設けられており、前記間隔に位置する前記介在するi型非晶質半導
    体膜上に絶縁膜をさらに備えた、請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の光電変換素子
  6. 半導体基板の第1の面上に第1のi型非晶質半導体膜と第1導電型非晶質半導体膜とをこの順に形
    成する工程と、前記第1導電型非晶質半導体膜の一部を厚さ方向に除去するとともに、前記第1の
    i型非晶質半導体膜の一部を厚さ方向に一部残すように除去する工程と、前記第2のi型非晶質半
    導体膜と前記第2導電型非晶質半導体膜とをこの順に形成する工程と、前記第1導電型非晶質半導
    体膜上に第1電極を形成する工程と、前記第2導電型非晶質半導体膜上に第2電極を形成する工程
    と、を含む、光電変換素子の製造方法。 

❏ 事例研究:特開2017-157539 融雪機能を備えた太陽光発電モジュール及び該太陽光発電
               モジュールを設置した建設物 
   
  

【概要】

太陽光発電を行うソーラーパネルは、❶通常複数枚の太陽電池モジュールから構成されており、各太陽電
池モジュールには、下図3に示すように、実用的な電気出力を取り出すために、複数の太陽電池セルが並
べられ直並列に接続されている。❷
太陽電池モジュールにおいては、リーク電流を防止する等の目的で、
隣り合う太陽電池セルは所定の間隔(すき間)を置いて配置されている。
また、各太陽電池セルの受光面
側及び背面側(受光面側の反対側)には、太陽電池が生み出した電流を取り出すための電極が配置される。
❸背面側の電極としては、背面側は光を受けないので、集電効率を上げるために背面側全面を覆うように
電極が形成される。❹一方、受光面側の電極は、電極が太陽電池セルに入り込む日射を遮ることから、集
光効率及び集電効率を勘案して、図4に示すように、太陽電池セル内部で発生した電気を収集するための
微細な多数のフィンガー電極と、そのフィンガー電極と垂直に交わり、フィンガー電極が収集した電気を
外部に取り出すための比較的幅広なバスバー電極が形成される。❺
また、一般に用いられる太陽光発電モ
ジュールとしては、図4に示すように、表面保護部材307とバックシート308の間に、導電線303
によって接続された複数の太陽電池セル302が封入された太陽光発電モジュール301が用いられてい
る。



太陽光発電モジュールは太陽光が当たり易い部分に設置され、受光面からの太陽光の入射により太陽電池
セル内部で電気を発生させ、受光面側及び背面側(受光面側の反対側)に配置された電極により電流が収
集される。
このような太陽光発電モジュールが降雪地に設置され、その受光面が積雪した際には、太陽電
池セルに入射する太陽光が遮られるため、太陽光発電モジュールの発電効率が低下してしまう。さらに、
太陽光発電モジュールが家屋、ビルディング等建設物の高い箇所に設置されている場合には、降雪の度に
除雪作業を行なう事は面倒であり、危険でもある。このために、融雪機能を備えた太陽光発電モジュール
が提案されている。

例えば、下図5(a),(b)に示すように、太陽光電池モジュールユニット201/202の背面側(
受光面側の反対側)に発熱シートユニット150を積層した融雪太陽電池パネルが開示されているが、融
発熱シートユニット150が太陽光電池モジュールユニット201又は202の背面側に配置されている
ため、太陽光電池モジュールユニット201/202の受光面の積雪を経済的かつ効率的に除去できない。
また、下図6に示すように、受光面側のガラスパネル402の下面に、PET(ポリエチレンテレフタレ
ート)製の透明フィルムの受光面側にITO(酸化インジウム錫)製の透明電極膜を被覆した、透明な面
状発熱シート406を設け、太陽電池モジュール405の受光面への積雪414を除去するようにした融
雪機能付太陽電池モジュール405が開示されているが、このような透明電極膜には、インジウムは高価
であり安定供給に限界があり、脆弱で、曲げ耐性もない、薄膜作製に真空過程を必要とするためコストが
かさむ、面状発熱シート406の熱はガラスパネル402を介して積雪414に伝えられるため融雪が効
率的に行えない等の問題があり、太陽電池モジュールの受光面の積雪を経済的かつ効率的に除去すること
は難しい

ここでは、下図のごとく、太陽光発電モジュールの受光面の積雪を経済的かつ効率的に除去できると共に、
降雪時以外の通常時においても太陽光発電モジュールの発電効率を低下しない、融雪機能を備えた太陽光
発電モジュールを安価に提供するにあたり、
複数の太陽電池セルの受光面側に設けた発熱ユニット層1
を、1)透明な絶縁基材の表面に、一対の電極2,3並びに該一対の電極の間を接続する複数の細帯状の
発熱部4を設けた発熱体を導入、又は2)前記透明な表面保護部材の受光面側/背面側の表面、または、
この記太陽電池セルの受光面に、一対の電極2、3並びに一対の電極の間を接続する複数の細帯状の発熱
部4からなる発熱層を形成すること、により設け、発熱ユニット層1を、太陽電池セル間のすき間、並び
に各太陽電池セルのフィンガー電極及びバスバー電極の受光面側上部に配置させる。

【符号の説明】

1  発熱ユニット層 2 電極A 3  電極B 4 (発熱ユニット層の)発熱部 5  (発熱ユニット層
の発熱部間の
)スリット 6  太陽電池セル 7 (太陽電池セル間の)すき間 8  (太陽電池セルの)
フィンガー電極 9 (太
陽電池セルの)バスバー電極 150 発熱シートユニット 201 太陽光電
池モジュールユニット 202 太陽光電
池モジュールユニット 301太陽光発電モジュール 302 
太陽電池セル 303 導電線 307 表面保護部材
308 バックシート 402 (受光面側の)
ガラスパネル 405 太陽電池モジュール 406  (透明な)面状発熱
シート  414  積雪 a   
(発熱ユニット層の)発熱部の幅   b  発熱ユニット層の)発熱部のピッチ  c (発熱
ユニット層の
)電極の幅   d. (太陽電池セルの)フィンガー電極の幅  
e (太陽電池セルの)フィンガー電極のピ
ッチ  f. 太陽電池セル間のすき間の幅  g.(太陽電池セルの)バスバー電極の幅

❏ 事例研究:特開2017-157692  検査装置及び検査方法

【概要】

半導体試料に対して、所定波長の光ビームを照射し、それによって半導体試料から放射されるテラヘルツ
波を検出することによって、当該半導体試料を検査する技術が知られているが、平行光でない光ビームを
光学系で集光して半導体試料に照射する場合、半導体試料の厚さ方向の位置に応じて、半導体試料から放
射されるテラヘルツ波の強度が変化する場合がある。これは、光ビームに対する半導体試料の位置が変わ
ることで、光ビームの照射状態が変化するためである。半導体試料を良好に検査するためには、半導体試
料から高強度のテラヘルツ波を放射させる必要があり、そのためには、光ビームの光路に対して半導体試
料を最適な位置に配する必要があり、 例えば、太陽電池を検査する場合、一般的には太陽電池セルの表面
付近に光ビームを集光させることで、高強度のテラヘルツ波を放射できる。そこで、従来は、光ビームの
集光位置を太陽電池の表面付近に合わせるために、測長器を用いて表面位置の高精度特定するが、測長器
が比較的高価なため低コストで半導体試料の好適な位置を決定技術が求まられている。さらに、ワンセル
モジュールでは、太陽電池セルがエチレン酢酸ビニル(EVA)に封止し、並板ガラス等が重ねられたり
するケースがあるため、太陽電池セルの表面の位置を測長器で正確な特定が困難で、高強度テラヘルツ波
の発生させることが困難である。この様に
光ビームに対する半導体試料の好適な位置を低コストで決定す
る技術を提供にあたり、太陽電池が、試料
台に保持されるS10。そして、太陽電池の主面を撮影して取
得された主面画像に基づいて、太陽電池の厚さ方向における仮検査用位置が決定されるS20。続いて、
太陽電池を仮検査用位置及び仮検査用位置とはZ軸方向に異なる鉛直位置に配された太陽電池にパルス光
を照射することで放射されるテラヘルツ波各々の強度に基づいて、検査用位置が決定されるS30。次い
で、検査用位置に配された太陽電池にパルス光が配された状態で、太陽電池の検査が行なわれるS40。



以上、今回の残件事例はについて残件扱いとして後日掲載する。

 

  Sep. 13, 2017

● 今夜の一枚:ロールスロイス 自律型海軍艦隊モデル

  

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日本経済の歴史第5・6巻

2017年09月13日 | 時事書評

 

                                        
         

           襄公21年(‐553)~定公4年( -506)   /  中原休戦の時代  
                                                              

                               

        ※  われ聞きてこれを薬とせん:鄭の国では、人々が村の学校に集まって政治談義
                をたたかわす習慣があった。然明(ぜんめい)いう役人が上卿の子産に、この
        風潮を絶つため学校を廃止すべきであると進言した。「いや、そんな必要はな
        い。かれらは朝夕の仕事を終えてから(当時は朝と夕方と二回出勤制)学校に
        集めてまって、われわれの政治を批判している。わたしはがれらの意見を参考
        にし、評判のよい政策はどしどし実行し、評判のわるい政策は改めるように心
        掛けている。かれらは、いわばわたしの恩師なのだ。学校廃止などとんでもな
        い。”誠実でさえあれば、人の怨みを貿うことはない”という言葉がある。弾
        圧によって人の怨みを防ぐことはできないのだ。むろん弾圧によってかれらの
        言論を無理やり封じることはできよう。しかしそれは川の流れをせき止めるよ
        うなものだ。やがて水は瑕を切ってあふれ出し、大洪水となり、数えきれぬ死
        傷者を出すにちがいない。こうなったら手のほどこしようがなくなる。それよ
        りは、少しずつ放水して水路に導くに越したことはない。人民の言論もこれと
        同じこと、弾圧するより、聞くべきは問いて、こちらの葉とした方がよいのだ」

        然明は感服したおももちで、

        「いまにしてわかりました。あなたこそ真の政治家と呼ぶにふさわしいお方で
        す。目が醒めた思いです。いまのお考えが実行されたとしたら、あなたは二人
        や三人の臣下だけでなく、全人民の信頼を得ろことができましょう」。のちに
        孔子は、子産の言葉を伝え聞いて言った。「この言葉を聴いた以上、誰が子産
        のことを不仁(いつくしみのないこと)評しても、わたしはそれを信じない」

      ※ 子産が民主的な考えをもち、一般世論を尊重したことはこれでわかる。しかし、
        その対象はむろん士以上に限られ、下層の庶民は含まれない。予産は孔子に深
        い影響をあたえた(半奴隷社会?)。『史記』(鄭世家)によれば、孔子は鄭
        を訪れたとき、子産と兄弟のように交わったという。『論語』の中でも、孔子
        は三たび子産を評て、つねに絶賛を借しまず、『憲問』では「恵大なり」とい
        っている。 

      ※ 当用漢字以外はATOKの手書き入力で百%ヒットするが、それが一苦労で辟
        易、拡大させ再確認しているありさまである。  
 

 

      

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』   

  第51章 今が時だ 

 「簡単なことだ。あたしを殺せばよろしい」と騎士団長は言った。
 「あなたを殺す?」と私は言った。
 「あの『騎士団長殺し』の画面にならって、諸君があたしをあやめればよろしい」
 「ぼくが剣であなたを刺し殺す。そういうことですか?」
 「そうだ。うまい具合にあたしは剣を帯びている。前にも言ったように切れば血の出る本物の剣
 だ。大きなサイズの刺ではあらないが、あたしたって決して大きなサイズではないし、それでじ
 ゆうぷん用は足りよう」
 
  私はベッドの足元に立って、騎士団長の姿をまっすぐ見ていた。何かを言おうとしたが、口に

 すべき言葉が見当たらなかった。ただ黙ってそこに立ちすくんでいた。雨田典彦もベッドに横に
 なったまま身動きひとつせず、騎士団長の方に顔を向けていた。しかし彼の眼に騎士団長の姿が
 映っているのかどうか、そこまではわからなかった。騎士団長は自分の姿が見える相手を選ぶこ
 とができる。

  私はようやく口を開いて質問した。「つまりその剣を使って、ぼくがあなたを刺し殺すことに
 よって、それで秋川まりえの居場所がわかるのですか?」
 「いや、正確に述べるなら、そうではあらない。諸君がここであたしを殺す。あたしを抹殺する。
 そのことによって引き起こされる一連のリアクションが、諸君を結果的にその少女の居場所に導
 くであろうということだ

  私はその意味するところを理解しようと努めた。

 「でもどんな連鎖かはわかりませんが、そううまく見込み通りにものごとが連鎖してくれるもの
 でしょうか? ぼくがあなたを殺しても、いろんなことは予定通り連ばないかもしれません。だ
 としたら、あなたの死は無駄死にになってしまう」



  騎士団長は片方の眉をぐいと上げて私の顔を見た。その眉の上げ方は映画『ポイント・ブラン
 ク』のリー・マーヴィンの眉の上げ方によく似ていた。とてもクールだ。まさか騎士団長が『ポ
 イント・ブランク』を見たとは思えなかったが。

  彼は言った。「たしかに諸君の言うとおりだ。現実的にそんなにうまくものごとが連鎖すると
 は限らないかもしれない。あたしの言っておるのはあくまで予測・推論に過ぎないかもしれない。
 かもしれないが多すぎるかもしれない。しかしはっきり言って、このほかに方法はひとつもあら
 ないのだ。贅沢を言っている余地はあらないのだよ」
 「あなたを殺したとして、それはぼくにとってのあなたが死ぬということなのですか? あなた
 はぼくの前から永久に消滅してしまうということなのですか?」
 「そのとおり。諸君にとってのあたしというイデアはそこで息を引き取る。それはイデアにとっ
 ては無数分の一の死だ。とはいえ、それがひとつの独立した死であることに違いはない」
 「ひとつのイデアを殺して、それによって世界が変わってしまったりはしないのですか?」
 「そりゃ、変わることだろうぜ」と騎士団長は言った。そしてまた片方の眉をリー・マーブィン
 風にぐいと持ち上げた。「だってそうじゃあらないかね? ひとつのイデアを抹殺しておきなが
 ら、なにの変化もあらない世界があるとしたら、そんな世界にいったいどれはどの意味があるだ
 ろうか? そんなイデアにどれはどの意味があるだろうか?」
 「それによって世界が何らかの変更を受けることになったとしても、それでもやはりぼくはあな
 たを殺すべきだと、あなたは思うのですね」
 「諸君はあたしをあの穴から出した。そして今、諸君はあたしを殺さなくてはならない。そうし
 なければ環(わ)は閉じない。聞かれた環はとこかで閉じられなくてはならない。ほかに選択肢
 はあらないのだ」

  私はベッドに横になった雨田典彦に目をやった。彼の視線は、椅子に腰掛けた騎士団長の方に
 まっすぐ向けられているようだった。

 「雨田さんには、そこにいるあなたの姿が見えているのですか?」
 「ああ、次第に見えてきたはずだ」と騎士団長は言った。「あたしらの声もおいおい耳に届くよ
 うになってきたことだろう。そしてほどなくその意味するところも把握できてくるはずだ。彼に
 残された最後の体力と知力を懸命に集結してな」
 「彼はあの『騎士団長殺し』という線の中で、何を描こうとしたのでしょう?」
 「それはあたしにではなく、まずご本人に直接尋ねてみればよかろう」と騎士団長は言った。
 「せっかく作者を前にしているのだから」

  私はさっきまで座っていた椅子に戻った。そしてベッドに横たわった男と頭をつきあわせるよ
 うにして語りかけた。
 「雨田さん、ぼくは屋根裏であなたが隠していた絵を見つけました。きっと隠しておられたので
 しょう。あの厳重な包装から見て、あなたはどうやらあの絵を誰にも見せたくなかったようだ。
 でもぼくはその絵を開いてしまいました。あなたは不快に思われるかもしれませんが、好奇心が
 抑えきれなかったのです。そして『騎士団長殺し』が素晴らしい絵であることを発見してからは、
 その絵から目が離せなくなってしまいました。実に見事な絵です。あなたの代表作のひとつにな
 るはずのものです。そして今のところ、その絵の存在はぼくしか知りません。政彦くんにも見せ
 ていません。ほかには秋川まりえという十三歳の女の子だけがその絵を目にしました。そして彼
 女は昨日から行方がわからなくなっています」

  騎士団長がそこで手を上げて、私を制した。「そのへんで休憩をとった方がいい。今の彼の限
 定された頭脳には、一度に多くのことは入らない」

  私は口をつぐみ、しばらく雨田典彦の様子をうかがった。私の目にしたことがどれくらい彼の
 意識に入っていけたのか、私には判断できなかった。彼の頭には相変わらずどのような表情も浮
 かんでいなかった。しかし目の奥を覗き込むと、そこに前と同じ光源が見えた。深い泉の底に落
 ちた小さな鋭い刃物のような煌めきだ。

  私はゆっくりと言葉を句切りながら続けた。「問題は、あなたが何のためにあの絵を描いたの
 かということです。あの絵は、あなたがこれまでに描いてきた一連の日本画とは題材も構図も画
 風も、大きく違っています。そしてあの絵には何かしら深い個人的なメッセージが込められてい
 るように思えます。あの絵はいったい何を意味しているのですか? 誰が誰を殺しているのです
 か? 騎士団長とはいったい誰なのですか? 殺人者であるドン・ジョバンニは誰なのですか
 そして左の端っこで地下から顔を出している顔の長い、髭だらけの奇妙な男はいったい何ものな
 のですか?」


Julie Mehretu (born 1970 in Addis Abeba)


  騎士団長が再び手を上げて私を制した。私は口を閉ざした。


 「質問はそのへんにしておきなさい」と彼は言った。「その質問がこの人の意識に染みこむまで
 には、まだしばらく時間がかかろう」
 「彼は質問に答えてくれるのですか? そんな力がまだ残されているでしょうか?」
  騎士団長は首を振った。「いや、おそらく答えは戻ってはくるまい。それはどの余力はこの人
 にはもうあらない」
 「じやあ、なぜそんな質問をさせたのですか?」
 「諸君が口にしたのは質問ではあらない。諸君はただ彼に教えたのだよ。諸君が『騎士団長殺
 し』という絵画を屋根裏で見つけ出して、その存在を明らかにしたのだという事実を。それが
 一段階だ。そこから始めなくてはならない」
 「第二段階とは何ですか?」
 「もちろん諸君があたしを殺すのだ。それが第二段階だ」
 「第三段階はあるのですか?」
 「あるべきだよ、もちろん

 「それはいったいどんなことですか?」
 「諸君にはまだそれがわからないのかね?」
 「わかりませんね」

  騎士団長は言った。「われらはあの絵画の寓意の核心をここに再現し、〈顔なが〉を引っ張り出
 すのだよ。ここに、この部屋に連れ出すのだ。そしてそうすることによって、諸君は秋川まりえ
 を取り戻す」

  私はしばらくのあいだ言葉を失っていた。自分かいったいどんな世界に足を踏み入れてしまっ
 たのか、私にはもはや見当がつかなくなっていた。
 「それはもちろん簡単なことではあらない」と騎士団長は重々しい声で言った。「しかしなさね
 ばならないことだ。そのために、あたしは断固として殺されなくてはならないのだ」
  雨田典彦の意識に私の与えた情報が行き渡るのを待った。それには時間がかかった。そのあい
 だに解消しておかなくてはならないいくつかの疑問が私にはあった。
 「なぜ雨田典彦はその事件について、戦争が終わったあとも、長い歳月にわたって深い沈黙を貫
 いていたのですか? もう彼の発言を阻止するものもいなくなったというのに?」

 Gestapo torture

  騎士団長は言った。「彼の恋人はナチの手で無惨に殺害された。拷問でゆっくり時間をかけて
 殺されたのだ。仲間たちもすべて抹殺された。彼らの試みはまったくの無為のうちに終わってし
 まった。彼だけが政治的配慮によってかろうじて生き残った。そのことは深い心の傷になった。
 また彼自身も逮捕され、ニケ月ばかりゲシュタポに勾留され、手ひどい拷問を受けた。拷問は死
 なない程度に、また身体に傷跡を残さないように注意深く、しかし徹底して暴力的におこなわれ
 た。神経が壊れてしまうくらいのサディスティックな拷問だった。そして実際にその結果、彼の
 中で何かが死んでしまったのだろう。そのあと彼は、事件については沈黙を守るようにしっかり
 因果を含められ、目本に強制送還された」

 「そしてその少し前に雨田典彦の弟は、おそらくは戦争体験のトラウマから、若くして自らの命
 を絶っていた。南京攻略戦のあと、帰国して除隊になってすぐに。そうですね?」
 「そうだ。そのようにして雨田典彦は歴史の激しい渦の中で、かけがえのない人々を続けざまに
 失ってしまった。また自らも心の傷を負った。そこで彼が抱え込んだ怒りや哀しみは、ずいぶん
 根深いものであっただろう。何をしたところで、世界の大きな流れに逆らうことができないとい
 う無力感・絶望感。そしてまたそこには、自分だけが生き残ったという精神的な負い目もあった。
 だからこそ彼は、もう目を塞ぐものがいなくなったにもかかわらず、ウィーンでの出来事につい
 てはひとことも話るうとはしなかったのだ。いや、話ることができなかったのだ」

  私は雨田典彦の顔を見た。しかしその顔にはまだどのような表情も浮かんでいなかった。我々
 の会話が彼の耳に届いているのかどうかも、私にはわからなかった。
  私は言った。「そして雨田さんはある時点で――どの時点かはわかりませんが――『騎士団長
 殺し』という作品を描いた。目ではもはや語ることのできないものごとを、寓意として絵の形に
 した。それが彼にできることのすべてだった。とても優れた、力のこもった作品です」
 「そして彼は、自分か実際には成し遂げることができなかったことを、その絵の中でかたちを変
 えて、いねば偽装的に実現させた。本当には起こらなかったが、起こるべきであった出来事とし
 て」
 「しかし彼は結局、その描き上げた結を世間には公開することなく、厳重に包装して屋根裏に隠
 してしまった」と私は言った。「そのようにかたちを大きく変えた寓意圃であっても、それは彼
 にとっていまだにあまりに生々しい出来事であったから。そういうことですか?」
 「そのとおりだ。それは彼の生きた魂から純粋に抽出されたものだった。そしてある日、その結
 を諸君が発見した」
 「つまりぼくがその作品を白日の下に晒したことが、すべてのものごとの始まりになっている
 いうことなのですか? それが環を開いたということなのですか?」

  騎士団長は何も言わず、両手の手のひらを広げて上に向けた。

  雨田典彦の顔に目に見えて赤みが差してきたのは、少しあとのことだった。私と騎士団長は彼
 の表情の変化を注意深く見守っていた。顔に血色が戻るのに呼応するように、その眼球の奥深く
 に潜んでいた神秘的な小さな光が、少しずつ表面に浮かびあがってきた。長く深海で作業をして
 いた潜水夫が、水圧にあわせて身体を調整しながら、時間をかけて水面に浮上してくるように。
 そしてそれまで眼球にかかっていた淡いヴェールが次第に薄れ、やがては両方の目がしっかりと
 見聞かれた。私の前にいるのはもう死を目前にした、衰えひからびた老人ではなかった。その目
 には一瞬でも長くこの世界に留まろうとする意志が座っていた

 「彼は余力を集結しているのだ」と騎士団長が私に言った。「少しでも多くの意識を取豊根そう
 と努めている。しかしながら意識が戻れば、同時に肉体的な苦痛も戻ってくる。彼の身体は肉体
 的苦痛を消すための特殊な物質を分泌している。そういう作用があればこそ、それほど激しい苦
 痛を感じることもなく、人は静かに息を引きとることができる。しかし意識が戻れば、それと共
 に苦痛も戻る。それでもなお彼は意識を取り戻そうと懸命に努めている。たとえ厳しい肉体の苦
 痛を引き受けたとしても、彼には今ここでなさなくてはならないことがあるからだ

  騎士団長の言葉を裏付けるように、雨田典彦の顔には次第に苦悶の表情が広がっていった。自
 分の身体が老いに冒され蝕まれ、まもなくその機能を停止しようとしていることを彼は今あらた
 めて感じとっている。それは何をしたところで回避しようのないことなのだ。彼の生命システム
 はほどなく時間切れを迎えようとしている。そんな姿を目にしているのは痛々しかった。余計な
 ことはせず、意識を混濁させたまま、苦痛もなく安らかに息を引きとらせてあげるべきだったの
 かもしれない。

 「しかしそれは雨田典彦自身が避んだことなのだ」と騎士団長は私の心を読んだように言った。
 「気の毒だがやかを得ないことだ」
 「政彦はまだここに戻ってこないのですか?」と私は騎士団長に尋ねた。
  騎士団長は小さく首を振った。「まだ当分は戻ってこないよ。仕事の大事な電話が入っておる
 のだ。話はかなり長くなるはずだ」

  今では雨田典彦の両目は大きく見聞かれていた。皺だらけの眼高の奥に引っ込んでいるように
 見えた目は、まるで人が窓から身を乗り出すように、前にせり出していた。その呼吸はずっと粗
 く、深くなっていた。息が喉を出入りするときのざらざらという音が耳に届くほどだった。そし
 てその視線は揺らぐことなく、まっすぐ騎士団長の上に往がれていた。間違いない。彼には騎士
 団長の姿が見えているのだ。そして彼の顔が浮かべているのは紛れもない驚愕の表情だった。彼
 は自分の目が見ているものをまだ信じられずにいるのだ。おそらく自分か結に描いた想像士の人
 物の姿が、実際に目の前に出現したという事実が、うまく呑み込めないのだろう。


俄然!面白くなり、濃い展開となる。個人的にはかなり疲れた感が残る。

                                      この項つづく 

    
高橋洋一 著 『戦後経済史は嘘ばかり』  

    第1章 「奇跡の成長」の出発点見るウソの数々    

           第5節 政府の「成長戦略」に期待するのも、間違った認識から

    政府の産業政策や、政府金融の重要性を強調したい人たちにとっては、戦後から高度
   成長期にかけての時代は、まさに伝説的で英雄的な時代であるべき期間です。現在も、
   永田町や霞が間では「成長戦略」という言葉がさかんに使われ、政府が主導して産業を
   育てるべきという意見が数多く出されますが、こういう意見を持っている人は、おそら
   く「戦後、通産省が導いた経済成長の夢を再び」と考えているのでしょう。
    たしかに、政府が主導して産業が育つケースもあります。産業政策が間違いなく効く
   のは、産業のゆりかご期から幼少期です。
    明治初期の日本の産業は、ョチョチ歩きの状態でしたから、政府が主導して産業を育
   てていきました。また、よく、満洲国での急速な産業発展が、戦後の経済政策のモデル
   になったなどともいわれますが、それは、当時の満洲国が未開の荒野だったから可能な
   ことでした。発展途上国でも、「開発独裁」と呼ばれるような上からの産業政策が効果
   を発揮する段階が、問速いなくあります。
    日本の場合、明治の中期以降は、官営事業の払い下げなども行われて、徐々に民間中
   心に移っていきました。大正時代、昭和初期を経て、第二次世界大戦前には日本にはか
   なりの産業が育っていました。少なくともョチョチ歩きの状態はとっくに脱していまし
   た。
    それどころか、戦前の日本の産業界は、今のアメリカに匹敵するくらいのむき出しの
   「資本主義」であり、民間企業が非常に大きな力を特っていました。当時の財閥をイ
   メージしてもらえば、よくわかるはずです,
    しかし、その後、第二次世界大戦という総力戦を戦うための戦時体制に入って、民間
   主導の産業が変質していきました。政府主導による軍事転換が行われ、民生品をつくっ
   ていた工場の多くも軍用品をつくるようになりました。政府が主導する統制経済は、戦
   時中の特別な体制です。
    日本は戦前からすでに産業のインフラが整っており、かなり高度な産業が発展してい
   ました。第二次世界大戦に敗れて国土が荒廃したとはいえ、もともと産業基盤はあり、
   資本主義の仕組みに十分に慣れ親しみ、高い技能を特つ人が数多くいたわけですから、
   それを復活させれば再び成長します。

    戦前から日本はすでに「大人の経済」の段階に達していましたから、「ヨチヨチ歩き」
   にしか効かない産業政策を通産省が主導したり、政策金融で特定産業を伸ばしたりする
   必要などなかったのです。
    繰り返し指摘しますが、「傾斜生産方式」や「通産省の業界指導」がほとんど役に立
   たなかったことは、今や多くのまともなエコノミストの共通認識です。
    実は私は、大蔵官僚だった時代に公正取引委員会(公取)で働いたことかありまし
   た。そのとき、通産省の業界指導がまったく効果がなかったことが、痛いほどよくわか
   りました。1980年代後半のことです。
    通産省の業界指導というのは、早い話が、事実上のカルテルです。1960年代、1
   970年代を通じて通産省はずっと業界指導をしてきたわけですが、はっきりいえば、
   うまくいったものは1つもありませんでした。私が公取にいた時期に、カルテルによっ
   て競争力を落としてしまった企業が、カルテルをやめたくて公取に相談に来たのです。
   通産省の業界指導のなれの果てのようなものです。

    1960年代、1970年代の日本の産業界は「日本株式会社」といわれていて、通
   産省の下で一糸乱れぬ形で株式会社的に運営されてきたとされていました。ところが、
   企業の人たちに聞くと「業界指導なんて、まったくうまくいかなかった」と口をそろえ
   ていうのです。商社の人に聞いても、「我々は指導なんて受けていませんよ。勝手に海
   外に進出しただけです」といっていました。 
    通産省のやっていたことは、新たな産業を育てることではなく、石炭産業のような斜
   陽産業に横から口出しすることがメインでした。あるいは第2章で詳しく紹介します
   が、業界の人だちとつきあって、「今後、この分野が成長する」ということがわかった
   ら、それが伸びた理由を後づけして、あたかも通産省のおかげであったかのように誇っ
   ていただけでした。そのような話を、私は公取時代に、様々な企業の方々から間いたも  
   のです。
   
    もちろん公取に持ってこられた話ですから、そのような意見はある程度、割り引いて
   考えるべきでしょう。しかし、世間の人が思っている「通産省の指導で日本の産業が発
   展した」というのは、まったくの間違いだということです。
    戦後の日本企業は、一部の許認可企業を除いて、通産省の指導などまったく関係なく
   成長を遂げています。むしろ通産省を当てにしなかった企業が戦後の日本産業を発展さ
   せています。「通産省の指導で戦後日本の産業が発展した」という事実と反する認識を
   持っていると、現在の経済政策に対する認識でも、あまりにも筋の悪い間違いを犯しか
   ねません。

    繰り返しますが、現実には、幼稚産業国家以外では政府が主導する「成長戦略」は、
   ほとんど効果かあません。現在の日本は幼稚産業国家ではなく、高度に産業の発遂し
   た一流国です。政府に「成長戦略」を求めるより、民間企業が自分たちでやってしまっ
   たほうが、産業界も個々の企業も成長します。

         第6節 戦後の「預金封鎖+財産税」は財政再建には意味がなかった

    終戦翌年の1946年2月に預金封鎖が行われました。預金封鎖とは、銀行預金など
   の金融資産の引き出しを制限することです。当時の預金封鎖は、猛烈なインフレ対策と
   して強制的に貨幣の流通速度を下げるためといわれていました。
    しかし、本当の目的は債務償還のために富裕層に財産税を課すことでした。これにつ
   いては、NHKのテレビ番組(2015年2月16日放送 「ニュースウォッチ9」の
   特集「”預金封鎖”もうひとつのねらい」)でも報道されていました。
    同番組では、当時の渋沢敬三蔵相の証言記録が紹介されていました。財産税は、国民
   が持つ10円超の預金や不動産に最高90%の課税をし、敗戦による国の借金を国民に負
   わせる異例の措置とされていました。
    つまり、敗戦直後の預金封鎖は、インフレ抑制よりも財政再建が真の目的であったと
   いうわけです。

    私は、報道された「預金封鎖十財産税」の事実について知っていました。大蔵官僚
   だった若いときに、戦後の財政史をよく調べたものですが、「昭和財政史-終戦から講
   和まで」(全20巻、大蔵省財政史室編)という資料にうまくまとめられていました。必
   要があれば、その原資料も保存文庫という資料室で調べることができました。NHKで
   報道されたような手書きの印刷物を私も見たことがあります。
   戦後の財政史を勉強した人ならば、預金封鎖が財産税のためであったことは以前から
   知っています。と同時に、当時の猛烈なインフレのために、財産税はあまり意味がな
   かったこともわかっています。『昭和財政史-終戦から講和まで』にも、そう書かれて
   いたと記憶しています。

    財産税による増収は、1946年以降の数年間で400億円ほどでした。しかし、イ
   ンフレ率が高かったため、増収分か目減りしてしまって、ほとんど意味がなくなってい
   たのです。
    1946~1949年のインフレ率を東京小売物価指数で見ると、514%(194
   6年)、169%(1947)、193%(1948年)、633%(1949)と
   なっています。インフレの結果、自然に名目上の歳大熊が増えていき、一般会計歳入の
   名目値は、1189億円(1946年)、2145億円(1947年)、5080億円
   1948年)、7586億円(1949年)となりました。財産税による増収分の4
   
0億円がかすんでしまうくらい1949増え方です,
    つまり、この間の猛烈なインフレによって、実質的には財産税の税収は大した金熊に
   はならなかったということです。預金封鎖は二年間ほど行われましたが、財産税による
   徴収よりインフレによる増収のほうが大きかったわけです。
 
    戦後、日本政府は、「預金封鎖と財産税という手段を使ってでも、財政再建をしなけ

   ればならない」と考えたわけですが、しかし、説明したように戦後の「預金封鎖十財産
   税」は意図通りの成功を収めませんでした。インフレによって税収が増えただけです。
    インフレによる実質的な資産の目減りを、経済学では「インフレ税」といいます。税
   法による課税ではありませんが、インフレが実質的に税と同じ役割を果たす、という意
   味です。インフレは、政府の債務の実質的な削減にもなるのです。
    戦後の史実から出てくる教訓としては、精緻な税制を構築するより、インフレ税のほ
   うが効果かおるということです。
    もちろんインフレが行き過ぎて「ハイパーインフレ」になってしまったら国民生活を
   混乱させますので、それは抑えなくてはなりません。戦後のインフレの原因は、生産設
   備や原材料の不足による供給不足ですから、それらを増やす政策を打てばインフレ率は
   収まっていきます。預金封鎖による資産課税というおかしな政策を行う必要はなかった
   のです。

    資産課税で需要を抑えようとしたのですが、その結果として、生産も伸びなくなりま
   した。本来は、供給サイドに目を向けて、供給を増やす政策を打つべきだったのです。

 May 1, 1946

       第7節 GHQの改革がなくても、日本は戦前から「資本主義」大国だった

    社会の教科書などでは、戦後、アメリカ軍の占領政策によって「経済の民主化」が行
   われたことの意義が、ことさらに強調されています。その結果でしょうか。戦後の日本
   経済は、アメリカの占領政策によって資本主義が根付いて、経済が生まれ変わったかの
   ように誤解している人がいます。
    しかし、日本はアメリカの占領政策を待つまでもなく、もともと資本主義の精神が根
   付いていた国です。資本主義の土壌があったうえに、アメリカの占領政策が加わったこ
   とで、戦後の経済発展の基盤が整ったと見るべきです。

    先述のように、明治維新の当初は日本には産業が育っていませんでしたので、官営で
   産業振興が図られましたが、産業が育ってくるにつれて、官営事業は民間に払い下げら
   れ、民間中心の産業形態へと移っていきました。
    大正時代には、第一次世界大戦による好景気で成金が出現するなど、むき出しの資本
   主義経済が進んでいきました。金融の自由化も進んでいて、間接金融よりも直接金融が
   主体でした。企業は株式公開で市場から資金調達していましたので、銀行など当てにし
   ていませんでした。今の日本よりも、もっと資本主義的な経済の仕組みだったのです。
    わかりやすくいうと、現在のアメリカのような状態です。当時は、経済的な規制はほ
   とんどなく、日本は貧富の格差も非常に大きい国でした。
    ところが、戦争の足音が近づいてきて国の仕組みが変わっていきました。戦時体制に
   移行し、経済は統制経済に変わっていきます。民間企業は統制されて面白くなかったと
   思いますが、戦争中だったので我慢したのです。
    そうやって押さえつけていた統制を、終戦後にGHQが1つずつ剥がしていきました。

    統制経済の日本をGHQが「民主化」したというのは、あまりにも近複眼的な見方で
   す。戦前からの流れを追っていけば、日本にはもともと資本主義の考え方が根付いてい 

   たものが、たまたま戦争によって統制経済になっていただけであり、敗戦によって統制 

   経済から元の資本主義経済に戻されたと見るのが素直な見方です。


          第8節 農地改革は購買力を増やしたのではなく、共産化を防いだ

    戦後の改革の1つに農地改革があります。社会の教科書では、「農民層の窮乏が日本
   の対外侵略の重要な動機になった」とGHOぶ考えて改革を求めたことになっています,
   当時の日本では、農業従事者は全就業者の五割を占めていました。農地の半分近くは
   小作地であったため、大地主から国が強制的に買い上げて小作人に安く売り渡しました。
    この農地改革は1946年から950年にかけて段階的に実施されます。その結果、
   小作農の比率は、1946年11月には45・9%でしたが、1950年8月には9・
   8%にまで減少しました。元農林水産省(農水省)の官僚だったアナリストの山下一仁
   氏の研究によれば、当初、GHOは農地改革には関心を持っておらず、日本側の提案で
   農地改革が進められたそうです。

    農地改革を進めたのは、第一次吉田政権(1946年5月~1947年5月)で農林
   相を務め、片山政権(1947年6月~1948年3月)で経済安定本部総務長官だっ
   た和田博雄です。和田は、東京帝国大学法学部を1925年に卒業して、農林省に入省。
   一時、企両院調査官を務めた人物で、戦後、経済安定本部総務長官を退任したあとは、
   社会党(左派社会党)の代議士になっています。
    そのような人物ですから、もともと国家統制への関心は高く、戦前の第二次近衛内閣
   時代には、企両院調査官として「経済新体制確立要綱」1940年10月)を策定する
   中心メンバーとなりました。企両院は、戦争遂行のために経済統制を進める役所ですが、

    彼らの「経済新体制確立要綱」安太はあまりに国家社会主義的な内容で、自由主義経
   済を標傍する小林一三をはじめとする財界人たちは「赤化思想の産物」と猛反発。その
   結果、和田たちは治安維持法違反容疑で逮捕されます(企両院事件。なお和田らは敗戦
   後の1945年9月に無罪判決となる)。
    そんな和田たちが推進した農地改革によって、農民層の購買力が増えたと主張する人
   もいますが、農地改革は経済的には大した効果はありませんでした。晨大の効果は、地
   主層が増えて共炭化を防ぐことができたことです。

    戦後の日本は、資本主義になるか社会主義になるかの瀬戸際のところにいました。実
   際、社会党の片山政権が誕生していたわけですから、社会主義化しても不思議ではあり
   ませんでした。戦争の状況次第では、アメリカとソビエト連邦(ソ連)によって分割統
   治されて、東西ドイツや南北朝鮮のようになっていてもおかしくはなかったのですが、
   アメリカが占領することになり、冷戦が激化するとGHQは社会主義を嫌うようになっ
   たために社会主義体制を食い止めることができました,それでもソ連からの社会主義化
   の圧力は受けていました。

    農地改革を進めたことで、農民たちは格安の値段で土地を買って地主になり、経済的
   にも余裕が生まれました。和田自身は左派社会党の議員になるような人物ですから、心
   の底では、日本が社会主義化することを望んでいたのかもしれませんが、しかし結果と
   しては、自作農(地主層)を増やしたことが社会主義化を防ぐ一因となったと見ていい
   でしょう。もともと資本主義的な考え方が根付いていた日本では、自作農となった農民
   は、むしろ自民党の根強い支持者層になっていったからです。

まあ、GHQが行った「農地解放」は、明治新政府が西欧を模倣した「地租改革」を第一革命だとす
れば第二の革命だと考えているわたし(たち)は社会主義と資本主義の考え方に差異があるものの大
略同意できるものである。

                                      この項つづく
  ● 今夜の一曲

『恋人達のペイヴメント』(こいびとたちのペイヴメント)は、1984年10月17日に発売されたALFEE
19枚目のシングル。アルフィーのシングルの中で初めてオリコンチャート1位を獲得した作品。「
メリーアン」でブレイクして以降、初の高見沢俊彦によるリードボーカル曲で、高音ボーカルで歌わ
れている。

       あゝ街の灯が冷たい風ににじむ

       長い髪 盤君のシルエット・・・立ちつくす街角

       もう泣かないで顔をあげてごらん

       あどけない微笑を僕にあずけてほしい

       世界中に誓えるのさ

       愛しているのは 目の前の君だと

       さあそばにあいで本枯しの舗道 ペイヴメント
    

                              唄 :THE ALFEE
                             作 詞:高見沢  俊彦
                             作 曲:高見沢  俊彦 

 

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