霊仙 三蔵

2017年05月20日 | 近江の思想

   

☑ り

作成日:2017.05.20|更新日: 

♞ 霊仙 三蔵    

☑生誕:759 ~827近江国坂田郡(現・滋賀県米原市)※1
☑略歴:
・759年(天平宝宇三年):霊仙誕生
・804年:第十八次遣唐使の一人として渡唐
810年:「大乗本生心地観経」の翻訳にたずさわる
811年:翻訳完成。三蔵法師の号を与えられる
・820年:皇帝憲宗暗殺。雲仙長安を去り五台山へ移る
・822年:貞素が霊仙の書状を日本の嵯峨天皇に届ける
・827年:霊仙、霊境寺の浴室院で薬死する※1       
・828年:貞走、五台山に戻り霊仙の死を知る
・839年:霊仙の書き記した「大元帥法」が日本に伝わる
・840年:円仁(のちの慈覚大師)五台山を訪れる
・1913年:石山寺で「大乗本生心地観経」巻-の古写本発
     見。この経典が日本人(霊仙)によって漢訳され
         たことがわかる。
☑分野:僧侶/宗教家

☑ プロフィール
日本の平安時代前期の法相宗の僧。日本で唯一の三蔵法
師。出自については不明であるが、近
江国(現・滋賀県)
の出身とも阿波国(現・徳島県)出身とも伝えられる。
「霊船」「霊宣」
「霊仙三蔵」とも称される。霊仙の出
自については幾つかの説があるが、滋賀県醒井の松尾寺
住職等の努力により2000年(平成12年)「霊仙三蔵顕彰
の会」が発足し、「霊仙三蔵記念堂」※3 が松尾寺内に
設けられた。霊仙三蔵記念館に寄れば霊仙は、息長氏丹
生真人族※4 の中より霊仙山麓の地に生まれ、幼くして
仏門に入り金勝寺別院霊山寺、その後興福寺で学んだと
されている。



渡唐、霊仙は卓越した才によって,梵語(サンスクリット
語)を
修得。石山寺で発見された『大乗本生心地観経』
の筆受並び
に訳語の重責を果したことで当時の大唐国憲
宗皇帝から認め
られ、『三蔵』の称号を贈らる。号を賜
った高僧は、仏教発祥の地インドでは般若他四名、中国
では玄奘他一名、西域で一名、日本で一名と、世界中で
わずか八名。

 

♚ 大乗本生心地観経とは何か
『本生心地観経』『心地観経』と省略されてよばれるこ
ともある。仏道を成じて悟りに到達するためには,出家
して静かな場所に住し、すべての根源である心の中から
あらゆる煩悩の炎を消すことが大切である。ということ
が説かれる。心地というのは、ちょうど大地があらゆる
生物を生ずるように、人間の心こそが、清濁いずれの境
地をも生ずる源泉であり、出家者の修行について説いた
経典とされる,

尚、全体で13章あるうちの第2章に「報恩品(ほうおん
ぼん)」というのがあり,そこに父母・衆生・国王・三
宝の四つに対する四恩が記述され、日本でしばしば用い
られている。また、米原市枝折の醒井小学校周辺にある
三大寺廃寺からは、白鳳時代の瓦や建物基壇が発見され、
息長丹生真人一族の氏寺と考えられている。天武天皇
の時代、息長氏は天武八姓の第一位の「真人」姓を賜り
「丹生」は、赤色の顔料である丹が産出する土地の地名
で、この丹は古代に好んで用いられ、
奈良時代の『正倉
院文書』には、息長丹生真人氏が多く登場。この一族は
奈良の都にいて、画工司の令史や画師、造東大寺司の
画所領であったことが知られ、朝廷の画師集団として
寺院の造営などにかかわっていた。



☑ 霊山三蔵をめぐる歴史
✓ 霊仙山をめぐるひとびと:息長丹生真人一族
霊仙山麓の下丹生古墳(米原市指定文化財)は、古墳時
代後期(6世紀後半頃)の横穴式の石室がほぼ完全に残
っていて、中に入って内部を  観察することができる貴
重な古墳。古墳の被葬者は、豪族息長氏から分かれてこ
の地に進出した息長丹生真人(おきながのにうのまひと
一族の祖先(水銀製造技術をもつ渡来人)と伝わる。
※2,4,12


✓ 憲宗暗殺:霊仙不帰に由来する事件/事変:820年
長男の鄧王・李寧(恵昭太子)が19歳で早世すると、憲
宗はその悲しみから仏教や道教に耽溺、法門寺の仏舎利
を長安に奉迎することを計画し、韓愈の「論仏骨表」に
よる諫言を退け、莫大な国費を費やして供養を行い、丹
薬を乱用し精神的異常をきたし宦官を虐待。このため宦
官の王守澄や陳弘志らによって43歳で暗殺される。※13

✓ 大元帥法:霊仙唐で書き留める
大元帥法(だいげんすいほう)は、真言密教の大法(呪
術)の1つ。大元帥明王を本尊として、怨敵・逆臣の調
伏、国家安泰を祈って修される法で、承和6年(839年)
常暁が唐から法琳寺に伝えた。翌年、常暁は大元帥法の
実施を朝廷に奏上し、仁寿元年(851年 )に大元帥法を
毎年実施することを命じる太政官符が出され、この年に
成立したと言える。以来、毎年正月8日から17日間宮中
の治部省の施設内で行われる。必要な備品などは常暁ゆ
かりの大和国秋篠寺が調達。後には醍醐寺理性院の僧
侶が大元帥法を行う慣例も成立する。※14

✓ 飛行観音伝説
飛行観音を御本尊とする松尾寺は、航空機利用の多い昨
今、“空の安全、心の安寧”につとめ、飛行安全、厄除
け祈願をおこなう。航空利用者のお参りも多く、豊かな
歴史遺産の中での森林浴やウォーキングの場としても人
気を集め、また近江西国三十三観音霊場第十三番札所、
びわ湖百八霊場第五十番でもある。

御本尊の「空中飛行」に関する寺伝、役の行者、中興の
祖、松尾童子の師、三修上人は空を飛んだり、びわ湖の
上を走ったりすると伝えられ、ま
た、松尾寺には、山内
を守る天狗がいて、木々の間を自由自在に飛びまわり、
悪事をこらしめる“天狗の爪”や 馬が松尾寺山頂の一
本杉から伊吹山に向かって飛んだという伝説があり、そ
の“馬の角”が伝えられるなど、不思議な寺宝が存在し
古来より、空を飛んでみたいと願ってきた人々よりどこ
ろの寺となっている。

尚、昭和十年の松尾寺秘仏御開帳の際には、岐阜県各務
原飛行学校から長さ約3メートルのプロペラが奉納され、
現在も松尾寺内に保存されている。※15

【エピソード】    

  

【脚注及びリンク】
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  1. 霊山 Wikipedia 
  2. 息長氏 Wikipedia 
  3. 霊仙三蔵記念堂 米原市 
  4. 息長氏 - 好々彦の神代文化考 
  5. 醒井楼山麓の梅花藻 - 極東極楽 ごくとうごくら
    2017.05.14 
  6. 日本を救った、日本人の三蔵法師の物語 - 舞黒一
    太郎の優雅な電脳日記 2005.03.17
  7. さんどう会編『霊仙三蔵と幻の雲山寺』サンライ
    ズ出版
  8. NHK取材班・鎌田茂雄『仏教聖地五台山~日本
    人三蔵法師の物語』日本放送出版協会 Wikipedia
  9. 頼富本宏『波濤を超えて決死の渡海~日中を結んだ
    仏教僧』農山漁村文化協会
     
  10. マンガ霊仙三蔵 発行 雲仙三蔵顕彰の会 事務局:
    滋賀県米原市醒ケ井 作家 すずき孔
  11. 普門山定光院 松尾寺(飛行観音) 
  12. 霊仙山と松尾寺の文化財 - 滋賀県教育委員会
    2012.10.23 
  13. 憲宗暗殺(中国/唐時代) 
  14. 大元帥法 Wikipedia 
  15. 飛行観音伝説 松尾寺 渓流魚料理のお店 醒井楼a 
  16. 松尾寺山の里山整備活用事業 夏原グラント 
  17. 滋賀県出身の人物一覧 Wikipedia 

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